2013/10/11 日経
もう一つの人生
子育て卒業 新たな飛躍Wの未来
「カリスマ駅弁販売員」。三浦由紀江(59)を周囲はこう呼ぶ。日本レストランエンタプライズ(東京・港)上野営業所次長。専業主婦を23年間、44歳でパートを始めた。上野駅の店に配属されるや1年間で年間売り上げを3千万円増やした。
弁当はすべて買って食べた。「そちらは少し油がきつい。お年を召した方にはこちらの方が」。舌で確かめた助言で次々と売れた。
営業部長に抜擢
大学在学中に結婚。3人の子供を育てた。大学生となった長女に「毎日ブラブラして、この先どうするの」と迫られた。働きたかったわけではなく、自転車で通える場所をたまたま選んだだけだった。
いざ働きだすと、たちまちのめり込んだ。「勧めてくれたの、おいしかったよ」。リピート客の反応もうれしい。仕入れも任され責任が重くなるほど、やりがいは大きくなった。「専業主婦を楽しんだ後、別の人生を楽しめている」
変圧器の輸入販売会社ワンゲイン(大阪市)が新規ビジネスとして昨秋発売した、災害時などに使う家庭用蓄電池。社内公募に案を出したのは、その半年余り前に事務職採用されたばかりの岸田真由子(41)だ。息子が小学生になり時間に余裕ができ、関西学院大学の再就職講座を半年受講した後、就職した。
大型の蓄電池を片手で扱えるようキャスターと取っ手を付けたのが新商品の特徴。「緊急時は子供とつなぐために片手は空けておきたい」。主婦ゆえの着想だ。
実力が認められ昨年12月に営業統括部長に抜擢(ばってき)され、海外出張も任される。「新卒生を集めづらい中小企業に主婦は宝の山だ」と社長の梅千得。
深夜に学び資格
いつからでも遅すぎることはない。専業主婦の潜在力を家庭外で生かそうという、子育てが一段落した世代の雇用者は増えている。岸田のような大学の再就職講座の志望者も急増した。
41歳で社会保険労務士になった石崎芙美子(47)は9月上旬、念願の事務所を岡山市で開いた。名刺には「働きやすい病院づくりコンサルタント」。医師や看護師が過労に陥らない環境づくりを目指す。
短大卒業後に就職し20歳で結婚退社。2人の息子はもう大学生だ。子供が成長するにつれ「家庭での役割が一段落したら社会に役立つ仕事をしたい」と思うようになった。日中はパートで夜は家事。深夜の3時間、食卓で勉強した。
資格取得直後に大学病院で女性医師の復職プログラムを手伝った。医療現場のワークライフバランス(仕事と生活の調和)を多くの病院に広げたいと開業を決意。「私が先駆者になる」とライフワークに据えた。
「一寸先は光」。作家の桐衣朝子(62)は色紙にこう書き添える。35年の専業主婦生活後、昨年の小学館文庫小説賞を受賞した「薔薇とビスケット」でデビューした。乳がんを患い「このまま専業主婦として人生を終えたくない」と書いた作品。「頑張っても実現できないこともある。でも頑張らないと何も始まらない」
一歩踏み出す勇気がWの未来を広げる。(敬称略)