旅の途中で観る夢は(おやじの旅日記)

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函館、トラピスチヌ修道院へ「Ⅲ」。

2018年07月15日 07時21分18秒 | 旅の途中で

 大人の休日クラブ、函館2日目。

 今日の予定は、函館ドック・トラピスチヌ修道院・五稜郭タワー・立待ち岬・教会群を回る予定です。  

 

 ↑ 函館元町ホテルから函館ドック方面を眺める。

 お天気に恵まれて函館は快晴  ですが、ニュースでは札幌はお天気が悪いとか、小雨  が降っていたようです。


 

 ↑ 今日お世話になる、函館バス・市電1日乗車券(1000円)。函館バス観光ご利用ガイド。

 後は、昨日乗船した、大沼湖の乗船切符(1100円)と函館山ロープウェイ往復乗車券(1280円)。

 函館バス・市電1日乗車券は購入後自分で使用「年月日」を小銭で削る乗車券でした。


 

 ↑ 弥生小学校。

 1882(明治15)年創建、昭和9年大火後鉄筋コンクリート造りの耐火建築で再建。老朽化のため2010年に解体、2012年に旧校舎の外壁を一部利用して新校舎に。

 幾度となく大火に見舞われた函館で、最大規模であった1934年(昭和9年)の大火後の復興建築として建てられた学校のひとつが弥生小学校です。

 1938年(昭和13年)に完成した校舎は、4階建の重厚な鉄筋コンクリート造り。中央にグラウンドを置いたロの字型で、大火時の住民の避難所としての役割も当てられました。坂の街・函館らしい傾斜のある地形を生かしたデザインで、街並みを彩る「市景観形成指定建築物」に指定されています。

 2012年に新校舎を建造。旧校舎の北東角、特徴的な曲面仕上げの正面入口の外壁を保存して、道路に面した外観デザインのイメージを継承しています。


 

 ↑ なお、校内は一般公開しておりません。外観のみ見学ください。


 

 ↑ 中華会館。

 東坂を少し下った所に小林写真館があります。


 


 

 ↑ 中華会館案内板。


 

 ↑ 小林写真館。

 1907(明治40)年築、現存する写真館として北海道最古の洋風建築。2009年全面改装し、創建当時の外観を復元して写真館として営業している様です。

 電車通りからは、東坂を進むと間もなく左手に美しい色遣いの建物が現れます。

 木造2階建て、洋風建築のたたずまい。現存する写真館としては道内最古で、明治・大正期を代表する歌人石川啄木が、かつて函館に居住していた時期に家族写真を撮りに通った由緒ある場所としても知られています。

 1902(明治35)年に開業しましたが、1906(明治40)年8月の大火で建物は焼失したものの、当時は写真館の書き入れ時が正月ということもあり、この年の末には再建されたそうです。

 1988(昭和63)年に開業当時の写真を基に改築され、当時の電話番号「壱〇五壱番」と記した看板を復元され、2009年7月、市内の谷杉写真館が運営する写真館として営業を再開しました。

 予約制で、写真の予約をされた方のみ中に入り見ろ事が可能とか。

                             パンフレットより。



 

 ↑ 小林写真館を写真に納め、再び東坂を上り、中華会館を左に曲がり。

 中華会館の前の道を元町公園方面へ。


 

 ↑ 「基 坂」から眺める元町公園方面、はるか遠くには元町観光案内所の建物が。


 

 ↑ 函館市内のいたる所にみられる消火栓。

 全国的には赤い消火栓が主流ですが、函館の消火栓はなぜ黄色。

 昭和5年国勢調査概況によると、当時10万以上の人口がいる全国の都市ランキングで函館は第10位の197,252人。ちなみに第1位は大阪市の2,453,596人、第2位は東京市2,070,529人。開港都市として諸外国との交易で栄えた函館には多くの人たちが暮らして居たようです。

 明治元年から昭和9年までに100戸以上を焼失させた大火は延べ26回。最大規模は昭和9年3月に住吉町から類焼し24,186戸を焼失させた函館大火です。

 当時の函館全域の家屋戸数は42,200戸余りでしたから、焼失した家屋は全体の57%にあたります。市内にあった家屋の半数以上が焼けたわけですから、その規模は想像を絶します。海に囲まれた函館山の麓周辺では、その地形柄、特異な風が吹いたのかもしれません。

 そんな函館の町に設置されたのがアメリカ式の黄色い消火栓だそうです。

 函館は火事が多かった様ですね。

                                        パンフレットより。
   


 

 ↑ 広末町電停付近。

 電車は、函館駅方面から来た函館ドック行き。

 電車後部の後ろに隠れているのは北島会館です。
 

 

 ↑ 北島会館。

 中を観る予定でしたが、営業時間に私の予定が合わなくて今回も見る事が出来ませんでした。

 どうも、私は建物の中の展示物より、自然や建物に興味がある様です。


 
 
 ↑ 市電内部。


 

 ↑ 函館ドック電停前。

 函館駅方面から来た市電は、湯の川行きに成る様です。


 

 ↑ 函館ドック電停。


 

 ↑ 魚見坂。ここは弁天岬台場跡。

 実際は少し離れた場所にあったようですが、魚見坂現在地の入船児童公園に碑が建ってあります。

 江戸幕府が、外国船の襲来に備えて1856(安政3)年から約8年をかけて築造した不等辺六角形の軍事要塞が弁天台場です。

 設計は、日本初の西洋式城郭となった五稜郭を手がけた武田斐三郎です。

 新選組が中心となった旧幕府軍が陣取っていましたが、新政府軍の攻撃を受けて1869(明治2)年5月15日に降伏。弁天台場は箱館戦争の舞台のひとつとして、記憶されています。

 後の港湾改良工事で解体。

                                          パンフレットより。


 

 ↑ 新撰組最期の地の標識が。

 良く小学生の頃新撰組の映画を夢中になって観た記憶がよみがえります。

 函館市の外れ、市電の「函館どっぐ前」電停の向かい(南側)の公園にひっそりと「新撰組最期の地」の碑と弁天岬台場の説明看板があります。

 函館は何回か訪れており、話には聞いていましたが初めて行きました。

 土方歳三が孤立した新撰組を救うために出陣し、途中の若松町近郊で銃弾に倒れたという話は小説等で有名になっていますが、孤立した側の最期の地は公園の片隅にありました。


  
 

 ↑ 金網越しに見る函館ドック。


 

 ↑ 函館ドック。


 

 ↑ 市電で函館駅に戻る事に。

 函館駅バス停からトラピスチヌ修道院行きのシャトルバスに乗車し、五稜郭を経由して「トラピスチヌ修道院」へ。




 ↓ トラピスチヌ修道院。

 明治31年にフランスから派遣された8人の修道女が設立した日本初の女子修道院。園内には、テレジア、ジャンヌダルク、天使ミカエルなどの聖像や資料館があり、道なりに牧歌的な草原が広がっている。売店で手造りのロザリオや菓子を販売しています。


 

 ↑ トラピスチヌ修道院、入り口。


 


 

 ↑ 聖ミカエル像?。


 


 


 

 ↑ 庭園はきれいに整備されていて落ち着いた雰囲気です。修道女の方がいるところは立ち入ることができません。外から雰囲気を眺めるという感じです。教会内にも入ることはできません。


 


 

 ↑ 園内を眺めると。


 

 
 


 


 


 

 ↑ 函館山方面。

 カメラをかまえて、ファンダーを覗いて居たら視界の鳥が、シャッターをすぐに押しましたが鳥は早い。


 


 

 ↑ 手前のエリアが一般公開エリア、奥に見える壁の向こうが修道院内部。

 一般公開エリアは函館市が管理している様です。


 

 ↑ この建物がお祈りをされているところだそうです。

 修道女らは祈り、労働、聖なる読書を日課の3本柱に共同生活を送っています。

 祈りは3時半の起床から、19時45分の就寝までに7回。

 生計を立てる収益事業として製造するマダレナケーキやクッキーは、修道院を訪れた際の土産物として人気です。

 立ち入ることができるのは前庭のほか、売店に併設する資料室を見学でき、院内での生活や修道院の歴史などを紹介しています。

 資料室は撮影禁止でした。


 

 今日は、澄みきった青空気持ちが良い。


 

 ↑ このエリアは函館市が管理しているようです。


 
 

 


 

 ↑ トラピスチヌ修道院。

 函館駅から五稜郭タワーまで15分、トラピスチヌ修道院まで37分、函館空港まで47分。乗り換えなしで楽々アクセスできるシャトルバスです。

 帰りは、函館行きのシャトルバスに乗車し五稜郭タワーで下車。

 函館駅から30分間隔で出ている、五稜郭タワー・トラピスチヌ直通のシャトルバスが便利です。私は1日券を買いましたが2日間券を買った方も居たようです。

 シャトルバスに何度も乗り降りできて便利でした。函館駅への帰りは降りた所と同じバス停から乗りました。


 五稜郭タワー・トラピスチヌシャトルバス

 運行期間 通年

 運賃

 函館駅⇒五稜郭タワー240円

 函館駅⇒トラピスチヌ修道院300円

 函館駅⇒函館空港300円

(トラピスチヌ修道院⇒五稜郭タワー260円)。

 続く。


 

  
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夜景が綺麗な函館へ。「Ⅱ」

2018年07月11日 12時55分43秒 | 旅の途中で
 函館の夜景はこんな感じです。

 テレビ番組  やその他の映像  で見ているとは思いますが間じかで見ると美しさに感動すると思います。


 

 ↑ 以前私が行った時の写真です。

 この日は、前列から3列目くらいに居ました。

 日没まじかの一番美しいとされる光景を眼では見ましたが、この時は写真に納める事は出来ませんでした。

 遅くとも日没30分位に函館山の展望台の最前列のカメラ  をかまえて居るとベストなのですが。


 

 ↑ 函館の夜景は。

 冬が空も澄んでいるし綺麗に見える様な気がします。

 後は、お天気が悪かったり霧が出たりなかなか理想的な条件にはなりません。




 ↓ 何回かチャレンジして、お勧めしたい光景写真は。

 一度訪れただけでは、中々最高の条件で見る事は困難だと思います。

 

 ↑ 日没30分くらい前から、函館山展望台の最前列にカメラ  を構えられると最高の瞬間を撮影できると思うのですが。


 
 

 

 ↑ 最前列に居ることと、後は寒  さ対策を忘れずに。

 一枚上に羽織  る物を持って行くことをお忘れなく。

 ともかく風が強い。




 
 ↓ アンジェリック ヴォヤージュ 。

  

 ↑ 私が泊まった「函館元町ホテル」  からは徒歩  で2分くらいの所に有る中華会館の前にあるお店です。

 私が始めて知ったのは7~8年くらい前でしょうか?。

 その頃も混んで居ましたが、現在よりは買いやすかった様な気がします。

 冷凍庫で保存は30日くらい。

 食べる分だけ冷蔵庫で解凍しその日のうちに召し上がらないと。

 口に解ける、大人の香りのチョコレートです。

 開店前から並んでいるようです。

 今回も買いたかったのですが、私がお店を訪れた時間はすでに売れきれでお店は閉まっていました。

 大量生産が出来ないようです。ネットを調べたら10日くらい待つとの事でした。
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夜景が綺麗な函館へ。「Ⅰ」

2018年07月11日 06時34分34秒 | 旅の途中で

 大人の休日クラブ初日。

 大沼公園から函館行きのスーパー白鳥  に乗って「函館」へ。

 北海道新幹線  が開通して初めて函館に来ました。

 

 ↑ 久しぶりの北海道「函館駅」です。

 観光案内所に行って函館のパンフレットを頂いて。

 「観光案内所」は駅改札口を出て、左側エリア(ガラス戸)の中の一番奥に有ります。


 

 ↑ 駅前。

 まっすぐ進んで最初の信号  を右に曲がると、函館市電「函館駅前」電停が有ります。


 

 ↑ 「函館ドック前」行きの市電に乗り電停「大町」下車。

 「弥生坂」を登って  数分、今日泊まる「函館元町ホテル」  に着きました。


 

 ↑ 外出の準備をして、外に。

 目の前に有るのは。「弥生小学校」、石川啄木が教鞭をとった学校が。


 

 ↑ 中華会館。

 中華会館前に有る小さなケーキ屋さん「アンジェリック ヴォヤージュ」。

 「アンジェリック ヴォヤージュ」函館周辺のおみやげとして、人気急上昇中の注目スイーツが”ショコラ・ヴォヤージュ”。

 ふんわり生クリームを、ガナッシュ(チョコレートにたっぷり生クリームを加えたもの)で包んだ生トリュフで、函館市弥生町にある洋菓子店「Angelique voyage(アンジェリック ヴォヤージュ)」で販売されている。

 濃厚な味のガナッシュが、たっぷりの生クリームと口の中で溶けあうことで、マイルドな味わいになり、その相性の良い味に思わず顔がほころぶ。冷凍状態で売られているので、遠方へのおみやげには不向きだが、現地でぜひ味わってもらいたい。

 私は、5~6年前に数回冷凍宅急便で自宅に送って頂き食べた事が有ります。

 今まで食べた事が無い食感でした。今は、あの頃以上に中々買えない様です。

 限られた数と、冷凍品なので食べるまでの管理が少し大変かも、この事知らないと以外に感動が少ない。

 今回も頼んで来たかったのですが、開店と同時に並んでいる方が居るらしく、私が訪れた時は今日の分は完売でした。残念。


 

 ↑ 「基坂」。

 上りきった所には、元町公園が有り、公園内には「旧函館区公会堂」が有ります。

 明治時代に里数を測る基点となる「里程元標」が立ったことからこの名前がついた。坂を上りきったところには、「元町公園」や「旧函館区公会堂」など有数の観光スポットがある。

 かつては行政の拠点として、坂上に役所が置かれていたエリア。松前藩時代の亀田番所、幕府直轄時の箱館奉行所、明治以降は開拓使、その後は1950(昭和25)年まで渡島支庁……と、時代の経過とともにその名称も変わってきたのです。

 そのため、住民の間では「お役所坂」「御殿坂」の名で親しまれていました。正式名は、里数を測る上で基点となる元標が坂下に建てられていたのに由来するそうです。

 明治天皇御上陸記念碑が高くそびえ、通りの角にはモスグリーン色をした相馬株式会社の社屋。山の方に目を向けると木々に囲まれるように、ブルーグレーとイエローの鮮やかな外観をした旧函館区公会堂が存在感を示しています。

 ときどき坂下を振り返りながらゆっくりと歩を進めていき、左手の旧イギリス領事館、右手のペリー提督来航記念碑を越えると、坂の突き当りの元町公園に到着です。

 公園では、眼下に広がる市街地や函館港を見渡すもよし、ベンチに腰掛けてひと息つくのもよし。

 また、旧開拓使函館支庁書籍庫を眺めたり、旧北海道庁函館支庁庁舎1階にある観光案内所に立ち寄り、各観光施設の情報を収集するのもおすすめです。

 行政の中心だった地は、時を経て函館有数の観光拠点に様変わり。名所巡りの合い間を利用して、そんな歴史の詰まった元町公園を散策すると、その片鱗が感じられることでしょう。

                                       パンフレットより。 
                                

 

 ↑ 元町公園内。

 茶色いレンガ造りの建物は、旧開拓史函館支庁書籍庫。 


 

 ↑ その隣は、元町観光案内所。


 

 ↑ 四天王像。

 函館精神の源流といわれる函館四天王:像に向かって左から説明文より抜粋。

 今井市右衛門の生涯:天保7年(1836)~明治20年(1887)

 北海道最初の新聞社の北溟社を創立、医師と共同で福祉事業の育児会社や恵まれぬ人のための鶴岡学校を創立する等多くの私財を投じて少しも惜しまなかった・・・


 平田文右衛門の生涯:嘉永2年(1849)~明治34年(1901)

 函館繁栄のため造船所、器械製作所、学校、病院、新聞社の設立等四天王の功績は多くこの人が主唱し計画・・・


 渡邊熊四郎の生涯:天保11年(1840)~明治40年(1907)

 巨費を投じて函館病院を再建、2代3代にわたり私財にて育英的な人材を養成・・・


 平塚時蔵の生涯:天保7年(1836)~大正11年(1922)

 四天王の1人として公共事業に尽くし私財を投じては慈善事業に貢献・・


 

 ↑ 人口は。終戦直後までは、全国第十位前後であったそうです。


 

 ↑ 元町公園から、函館湾を望む。


 

 ↑ 公園内のビューポイントには展望案内板が設置されているので、実際の景色と見比べてみましょう。

 実際見てきた観光地を確認するのも楽しいし、これから行く場所のチェックするのにもいいですね


 

 ↑ 「旧函館区公会堂」。

 函館港を見下ろす高台に建つ旧函館区公会堂は、明治43年(1910年)に建てられた左右対称のコロニアルスタイルとブルーグレーとイエローの色が特徴的な美しい建物です。

 当時としては最もモダンな建物であった公会堂は、今なお基坂の下から見上げる華麗な姿から、元町のランドマークと呼ばれています。

 旧函館区公会堂 大広間 。

 明治44年には大正天皇が皇太子殿下として行啓の際宿舎として使用されており、館内は貴賓室や130坪の大広間など、当時の華やかな雰囲気をそのままに残しています。

 この由緒ある旧函館区公会堂は、明治時代に建設された日本各地に現存している公会堂の中でも建築意匠・技法に優れ、建物の改造が少なく家具の保存状態も良いことなどから、昭和49年に国の重要文化財に指定されています。

 今回館内を見る予定でしたが、時間が丁度しなくて今回も観れませんでした。

                                      パンフレットより。                                   
 

 
 

 

 ↑ 「大三元坂」。

 カトリック元町教会が有ります。

 教会の前に有るソフトクリームのお店。ソフトクリームも美味しいけど。

 瓶に入った牛乳も濃くて美味しいとある旅番組で放送していたけど。私がたどり着いた時間にはすでにお店はクローズしていました。

 残念。


 <

 ↑ 「八幡坂」。

 函館山からの夜景と並んで、函館のビュースポットとして紹介されることが多い坂。

 かつてこの坂を上りきったところに函館八幡宮があったとされ、名前の由来となっている。

 赤レンガ倉庫が立ち並ぶウォーターフロントの先を進むと、函館山へ導いてくれるのが「八幡坂」。

 両歩道脇には、坂上まで手すりつきの階段が整備され、冬には歩道にロードヒーティングが施されています。

 突き当たりにあるのは、演歌界の大御所・北島三郎が通ったことで知られる函館西高校。

 その真下からの眺めが絶景で、かつて、CMで年配の夫婦が手をつなぎながらスキップするシーンのロケ地として評判となり、「チャーミーグリーンの坂」と呼ばれることもあります。私の年代だと、「チャーミーグリーン」の映像が記憶に残っている様な?。

 私の脳裏にも、年配の夫婦がスキップするシーンがかすかに残されています。

 坂名は、河野政通の館跡地(現在の元町公園付近)から移設された函館八幡宮があったことに由来すると伝えられています。

 大火の被害を受けて1880(明治13)年に現在の谷地頭町に移ったものの、その後も坂の名称は残されました。

 かつては湾曲していたそうですが、今は海に向かって真っすぐの美しい道。港に係留展示されている青函連絡船記念館「摩周丸」を正面に望める、函館で1、2を争う人気の高い坂となっています。

 冬には「はこだてイルミネーション」で、街路樹と石畳が美しく照らし出されます。訪れる季節、時間によって異なる情景を、カメラのファインダー越しにもお楽しみください。

                                     パンフレットより。


 

 ↑ 函館ハリストス教会。


 

 ↑ 函館ハリストス教会。

 八幡坂をのぼりきり少し歩いたところにある教会です。

 周りには「カトリック元町教会」や「聖ヨハネ教会」がありますがこちらはロシア風の教会です。


 

 ↑ 函館ハリストス教会。
 
 いつも函館を訪れた時は、立ち寄るところです。白い壁ととんがり屋根のこじんまりとした可愛らしい教会です。

 当然内部は撮影禁止のようです


 

 ↑ チャチャ登り。

 「チャチャ」とは「おじいさん」の意。あまりにも急な坂で誰もが腰を曲げて登ることから名付けられたそう。登り切って振り返ると、教会を含む函館らしい絶景を拝むことができます。

 函館山のふもとにある坂のなかでも、かなり急な部類に入るチャチャ登り。

 「アイヌ語でおじいさんが腰を屈めて歩く様」と案内にあるとおり、勾配が急な坂を上ると前のめりで腰が曲がりそうです。

 「日本の道百選」に選ばれた大三坂を上がってくると、坂を上の途中には蕎麦彩彩 久留葉、少し進んで右手にカトリック元町教会。

 そこからさらに進んだ奥の坂が「チャチャ登り」。道幅は車一台がやっと通れるほどの狭い石畳。

 英国国教会系のモダンな建物、真上からみると十字のデザインだとわかる「聖ヨハネ教会」や、白い壁と王冠のような形で緑青の屋根が美しい「ハリストス正教会」が見えてきます。

 宗派の違う3つの教会が隣り合って立っているエリアです。ロープウェイの方に少し歩くと日本式のお寺も在るし。

 チャチャ登りを上りきって振り返ると、3つの教会とその奥に港が見える函館の奇跡のような風景が待っています。大三坂の上からゆっくり歩いて5分くらい。ぜひ上っていただきたいと思います。

                                     パンフレットより。


 

 ↑ 残念ながら今回は。

 「聖ヨハネ教会」は改装中でした。


 

 ↑ チャチャ登りから観る  「ハリストス正教会」。

 緑の木々の間から見える、白壁が綺麗な教会です。とんがり帽子の様な飾りの屋根も?。

 ここからの写真が好きで、行く度写真を撮影  しています。今回は木々が生茂っているみたいで、建物が隠れすぎてる感じでした。


 

 ↑ 何度観ても「聖ヨハネ教会」は改装中でした。


 

 ↑ 教会群を見た後は。

 函館山にロープウェイで昇る事にしました。

 駅前から函館山山頂までバス  も運行されています。


 


 

 ↑ 函館山展望台  からの眺め。


 


 

 ↑ 函館ドック方面 


 


 

 ↑ 五稜郭タワーはこの辺り。 


 

 ↑ 肌寒くて早めに、降りる事に。

 夜景には多少未練は有るけど、何回か見ているので。


 

 ↑ ロープウェイの中からの眺め。

 この時間に成ると上りのロープウェイで訪れる方が大勢居ました。


 

 ↑ 「東本願寺函館別院」。鉄筋コンクリート造り寺院です。

 「二十間坂」。

 その名の通り、道幅が二十間(約36メートル)ある。何度も函館を襲った大火に備えて整備されたもの。

 冬期にはライトアップされ、明治館前まで続くイルミネーションを楽しめる。

 長さの単位である1間(けん)が1.81mで、その道幅が20間(約36メートル)に相当するのが語源。

 1879(明治12)年の大火後、防火帯として整備されました。当初は、木が多く茂っていたことから「緑坂」、または付近に大工や工人が多く住んでいたために「大工町坂」と称されていたこともありました。

 1900(明治33)年には、道幅の広さからか、函館山要塞に備える大砲を搬送するのに利用されたそうです。

 現在では、黒っぽい石が規則的に敷き詰められ、その美しさがロマン漂う町並み形成の一端を担っています。

 坂をバス通りまで上ると、左手には郷土が誇る老舗レストランの五島軒。

 また、突き当たる右手前には、1915(大正4)年に建立された国内最古の鉄筋コンクリート造り寺院で、瓦の大屋根が特徴の東本願寺がそびえます。

 この道は、函館山を背にどんどん進むと「開港通り」と呼ばれ、地元住民や観光客の胃袋を満たしてくれる函館朝市へと通じています。

 冬期間は沿道の木々に電飾が施され、ショッピングモールとして人気のはこだて明治館(旧函館郵便局)まで続く壮大なイルミネーションは、ロマンチックな感動を与えてくれるはずです。

                                      パンフレットより。


 

 ↑ ハリストス教会付近。

 左の上り坂は、チャチャ昇り。


 

 ↑ 八幡坂。

 はるか多くには函館連絡線「摩周丸」 が。


 

 ↑ 「旧函館区公会堂」。


 


 

 ↑ 元町公園。


 

 ↑ 元町公園も日が暮れて。


 

 ↑ 夜の函館駅。


  

 ↑ 大沼公園で購入してきた「大沼だんご」をホテルで食べて。

 後は寝るだけ。

 ともかく「函館」は坂の町、けっこう疲れました。

 函館に来ていつも思うのは。函館湾を中心に、色々な坂を登っていくとそこには異国の文化がひっそりとたたずんで居る事です。

 それが私には、心を癒してくれる光景なんでしょうか?。

 そう言う私は、函館の「教会」や「旧函館区公会堂」の中には一度も訪れた事はありません。

 建物たたずまいや、自然と共有する風景が好きな様です。


 思い描いていた「大人の休日クラブ」   最初の1日でした。
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北海道、「大沼公園」に行ってきました「Ⅱ」。

2018年07月08日 20時34分56秒 | 旅の途中で
 ↓ 北海道、「大沼公園」に行ってきました「Ⅰ」より続く。

 

 ↑ 大沼と小沼のさかえに在る陸橋を渡ると「小沼」に成る。

 手前が道道、奥が函館本線。

 函館本線といえば、山川 豊さんの「函館本線」 を思い出す。


 

 ↑ 函館本線の陸橋を過ぎると、ここは「小沼」です。


 

 ↑ 小沼には水草が自生している様子が、眼に飛び込んできました。


 

 ↑ 遠くには陸橋が。


 

 ↑ 望遠で見るとこんな感じに。


 

 ↑ 池に自生している茎を見ても余り水深は深く無いようです。


 

 ↑ 駒ケ岳は何処から見ても大沼公園のシンボルの様に聳えています。

 山に白いたての線が見えるところは登山道だそうです。

 途中までは車で行くことが出来るそうですが。


 

 ↑ 山の稜線までもはっきりと。


 

 ↑ 小島が点々と。


 


 

 ↑ 大沼国定公園のシンボルが、秀峰・駒ヶ岳。標高1131メートルの活火山です。

 富士山型の美しいラインを持つことから「渡島(おしま)富士」とも呼ばれ、山麓の大沼や森林など豊かな自然環境も含めて景勝地・リゾート地として親しまれています。

 駒ケ岳は、見る角度によって異なる姿を見せるのが特徴的。七飯町の大沼方面からの場合、横に長く、なだらかで優美な印象です。森町方面や鹿部方面からの場合、急傾斜と山肌が荘厳な景観を見せます。


 

 ↑ 浮きの向こうは水深が浅いので、遊覧船は航行不可能だそうです。
 

 


 

 ↑ 何と言う鳥だろうか?。


 

 ↑ 二人乗りのボートが。


 

 ↑ 「鰻塚」の碑が。

 気になったので調べたら。

 かつて、大沼・小沼にも鰻がいたそうです。

 現在は、海との境に水門を設けてしまったため、絶滅してしまったとか。
 

 

 ↑ 遊歩道。

 「千の風になって」のモニュメント。?


 

 ↑ 湖水に浮かぶボート。

 湖上テラスで味わう湖上クルーズランチ。湖上テラスといっても、湖畔をただ眺めるだけではありません!なんと、開放感あふれる湖上テラスがボートのように湖面を回遊してくれるのです浮かぶ食事処だそうです。


 


 

 ↑ 遊覧船が船着場に戻るところです。


 

 ↑ 私が乗った遊覧船は右から二番目遊覧船でした。


 

 ↑ 遊歩道にはそれぞれ見所の異なった5つの散策路があり、使える時間に合わせコースをたどって歩くのもいいですが、時間にゆとりがあるならば、自由に景観を楽しみながらの散策で、四季折々の自然を満喫するのがおすすめです。エゾリスなどの小動物や数々の野鳥との出会いも楽しめます。


 

 ↑ 大島の路(徒歩15分)・森の小径(徒歩20分)・ 夕日の小沼路(徒歩25分)などの遊歩道を歩くと。


 


 

 ↑ 大沼公園のシンボル駒ケ岳。


 

 ↑ 遊歩道大島の路(徒歩15分)。

 「千の風になって」のモニュメント。


 

 ↑ テノール歌手・秋川雅史さんが歌い一躍有名となった名曲「千の風になって」。

 悠々とした世界観が感動を呼ぶこの歌は、作家の新井満さんが大沼の別荘で過ごした夏に完成させた。

 千の風のモニュメントは、「名曲誕生の地」を記念し2008年、大沼国定公園の湖畔に設置。直径3メートル高さ30センチほど、薄くふくらんだ円形に自然石を積んだデザインは、大地になじむように周囲の景観と調和。駒ヶ岳を望む場所で、静かに風に吹かれている。

 

 ↑ そこにあるのはモニュメントと。


 

 ↑ 千の風になっての誕生地だそうです。


 

 ↑ 大沼公園散策マップ。


 

 ↑ 遊覧船が。


 

 ↑ 湖面に映る木々が。


 


 

 ↑ 大沼公園広場。


 

 ↑ 函館に行く電車の時間を頭に描いて駅に戻る事に。


 


 

 ↑ 元祖大沼だんご 沼の家 〔ぬまのや〕。

 駅売りから始めた大沼だんごは、一口サイズの食べやすさと、上質の材料を使った餡、胡麻、正油の3つの風味でプルンと柔らかく、いつ食べてもおいしく飽きのこない味。

 シンプルだからこそ、手をかけ時間をかけ、こだわり抜いているという。人情味溢れる温かい接客なども、この店の名物。

 遠くに住む人も、地元の人も大沼に行ったら大沼だんごを、という根強いファンが多いそうです。


 

 ↑ 大沼公園駅。


 

 ↑ 大沼公園駅の待合室。

 特急函館行きに乗って「函館」  まで行くことにしました。

 この日は、何といっても「駒ケ岳」の全容が観れた事でした。

 前回訪れた時は霧に隠れて裾野さえ観れなかったので、今回は最高の大沼公園の電車旅でした。
 


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北海道、「大沼公園」に行ってきました。

2018年07月06日 12時43分05秒 | 旅の途中で

 今回の「大人の休日クラブ」で北海道の「大沼公園 」  に行ってきました。

 北海道新幹線の指定席の切符が思う様にとれなくて苦労しました。

 大人の休日クラブの期間中は。

 北方面、秋田新幹線・北海道新幹線の指定席の切符がとれなくて苦労しているようです。

 特に北海道方面は。

 比較的南の方面の指定席の切符はとれるのですが。

 

 ↑ 郡山駅。

 ホームから町中を眺める。


  

 ↑ 郡山を朝8時代の新幹線  に乗車し、北海道新幹線に乗車するために仙台に向かいました。


 

 ↑ 車内販売のコーヒーはいつも思うのですが、冷めにくい。

 なかなか熱くて飲めません。

 大人の休日クラブの初日は一番心が踊ります。


 


 

 ↑ 仙台駅。

 仙台駅から北海道新幹線の乗り継ぐのですが、1カ月の前の10時少し過ぎに窓口の方に機械操作をしていただいたのですが、1番列車・2番列車の指定席はとれず。

 ようやく3番列車の指定席の予約が取れまた。わずか数十秒の差なのに。

 そう言えば前回、五能線に乗った時も指定席の予約が取れず苦労しました。

 列車  は、定刻通り、盛岡・青森と進み。

 

 ↑ まもなく青函トンネルに入る車内放送が有りました。

 北海道には、数回訪れましたが北海道新幹線が開通してからは初めての道内入りです。


 

 ↑ 何枚か写真を撮影しました。本州側最後の写真 です。


 

 ↑ どうやら北海道側に入った様です。


 

 ↑ 車内の案内を見るとまもなく木古内の文字が流れています。


 

 ↑ 本州側では曇って居ましたが、北海道に入ってから青空  が。


 

 ↑ 函館北斗駅で、「スーパー北斗11号」特急「札幌」行きに乗って「大沼公園」に行きました。

 大沼公園改札口。


 

 ↑ 大沼公園周辺マップ。

 大沼国定公園は、昭和33年7月に、全国で13番目、南北海道唯一の国定公園となりました。

 北海道の南西部渡島半島の中央部に位置し、活火山である駒ヶ岳  と、噴火によってできた「大沼」、「小沼」、「蓴菜(じゅんさい)沼」をはじめ大小の沼、自然豊かなその周辺地域一帯が指定されています。

 総面積は9,083ヘクタールで、亀田郡七飯町、茅部郡鹿部町、及び森町の3町にまたがっているとか。

 
 

 ↑ 大沼公園駅から徒歩で10分くらい歩  いただろうか?。


 

 ↑ 大沼公園遊覧船  の乗車案内が聴こえて来ましたので。

 乗車時間を聞いて急いで乗車しました。

 運行は。

 遊覧船: 定期、不定期 (島巡り一周コース) 。

 大沼湖・小沼湖の島巡り遊覧。所要時間は約30分 。

 乗車料金は:大人/1,100円 小人550円 でした。


 

 ↑ ペダルボート (30分) 。

 2人のり 1隻 1,500円のようです。


 

 ↑ 3つの湖と「駒ケ岳」を抱く大沼国定公園。

 駒ケ岳の裾野に広がる大沼湖は、名前の通り3つの沼の中で最も大きい沼で、周囲24km。その湖面に浮かぶ小島のいくつかには橋がかけられ、島から島へと歩きながら湖上の散策を楽しめます。

 
 

 ↑ 大沼公園には今回で2回目です。

 1回目は、霧で駒ケ岳を見る事が出来ませんでした。

 それに比べてごらんの通りの美しい姿を見る事が出来感激していました。

 乗船した船の案内人の方が色々説明をしてくれました。

 大沼の諸湖水が、火山泥流によって河川がせき止められて生成したということでした。
 

 

 ↑ 大沼の風光は、主として複雑な水陸の配置と、背景となる駒ヶ岳の雄姿とにあるが、湖上に散在する島々は低く、また白砂の浜もなければ岸壁もなく、凹凸の多 い沼沢地に水があふれて湖をなしました。


 

 ↑ また、今日の様に駒ヶ岳の山頂  が良く見えるのも珍しい様です。


 

 ↑ 湖水の表面積 大沼 5.12km2   最大水深 12.2m 平均水深4.7m
        小沼 3.8km2   最大水深 5.5m 平均水深2.3m
        蓴菜沼 0.75km2  最大水深 4.6m 平均水深3.0m    だそうです。   

 浅い湖水なので全体の2割くらいのエリアしか遊覧船は運航できないそうです。 

 ↑ 水位の浅さには、これには少しビックリしました。


 

 ↑ 手漕ぎボートも。


 

 ↑ 少し離れた所に見えるまるい浮き輪は、それ以上行くと浅瀬になる境界線だそうです。


 

 ↑ 波をたてながら。


 

 ↑ 駒ヶ岳方面に向かって。


 

 ↑ 面白い波を見たので。
 

 

 ↑ 駒ケ岳の突起部分まで見えたのは最高でした。


 

 ↑ 駒ヶ岳はかつて、富士山のような円錐形の1,700メートルほどの火山だったといわれています。

 たび重なる噴火活動を経て、寛永17年(1640年)の大噴火によって山頂部が崩壊し、火口原を取り巻く外輪山として、主峰の剣ケ峯(1,131メート ル)、砂原岳(1,113メートル)、隅田盛(892メートル)、稜線の駒ノ背(約900メートル)、馬ノ背(約850メートル)が形成されました。

 その後、安政年間の大噴火、昭和4年の大噴火、昭和17年に中噴火を起しています。

 最近では、平成8年と10年の小噴火が記憶に新しいです。

 道南きっての景勝地大沼公園も、この駒ヶ岳の噴火によってできたものです。


 


 

 ↑ 遊覧船内。


 


 

 ↑ 木々を間じかに見る事が出来ました。


 


 

 ↑ 赤い鉄橋が見えて来ました。


 

 ↑ 手前が国道  の鉄橋。

 向こう側がJR北海道(函館本線)  の鉄橋です。

 続く。
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