街に出掛けたついでに、JR久留米駅まで足を延ばしました。現在の駅舎は新幹線の開業を機に建て替えられました。開業以来、4代目か5代目の駅舎になると思います。
個人的には先々代の駅舎が好きでした。天井が高く、駅入り口の広い開口部は7本の大きな円柱で支えられていました。如何にもステーションという感じがしたものです。
今の駅舎は橋上駅で、2階は駅を東西に抜けるための自由通路になっています。天井が高く、ステンドグラスになっています。外観はどうかなとも思いますが、ステンドグラスの写真を撮る人をよく見かけます。
駅前には幾つかのモニュメントがあります。豚骨発祥の地の屋台モニュメントは以前紹介しました。
これはブリヂストン創業の地を示すモニュメントで、世界最大級のタイヤです。直径が4メートル、重さが5トンあります。建設・鉱山用のタイヤだそうです。いかにもゴムの町という感じがします。
久留米は昔は「3シャの町」と云われていました。医者と芸者と自転車です。
医者は九州医専(今の久留米大学医学部)の関係で医者が多いからです。芸者は戦前に久留米が軍都だった関係ですね。自転車は久留米にゴム3社(今のブリヂストン、アサヒコーポ―レーション、月星化成)の工場があり、通勤する従業員の自転車が多かったからです。
自転車と芸者は昔日の面影はありませんが、人口当たりのお医者さんと病床数は今でも多いですね。
下の写真は、東芝の創業者である田中久重の生誕200年を記念して作られた、からくり時計です。久重が製作した太鼓時計をモチーフとしています。(田中久重についてはこちら)
一時間に2回、文字盤が回転しからくり儀右衛門が登場します。
儀右衛門が自分が作った弓曳童子や蒸気機関車などについて説明し、動かして見せます。
これは蒸気機関車の模型を説明しているところです。
蒸気機関車が左から右へと走っていきます。
駅前にからくり時計が出来ると聞いた時は期待していましたが、実物を見て少しがっかりしました。もっと洒落たものを期待していたのです。でも15年以上も経つと馴染んでしまいました。
田中久重の最高傑作は国の重要文化財である「万年自鳴鐘」で、東京の国立科学博物館に収められています。
JR駅から西に少し歩いて洋画家の坂本繁二郎生家を訪れました。青木繁の友人ですね。この生家は久留米に残る唯一の武家屋敷だそうです。
裏庭の井戸です。復元だと思いますが、撥ね釣瓶は初めてみました。てこの原理で水を汲み上げるのを楽にするようです。
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