川越だより

妻と二人あちこちに出かけであった自然や人々のこと。日々の生活の中で嬉しかったこと・感じたこと。

私が聞いた北朝鮮の暮らし⑤ 《成分》 鈴木倫子

2011-01-21 09:56:29 | 韓国・北朝鮮
《成分》
 
 みんながまだ北朝鮮で暮らしていたときに病気で亡くなってしまったという真

紀子さんのおとうさん。「労働党員になれない」ということを、死の間際まで嘆

き、悔しがっていたという。「労働党員でなければ人間扱いされない」と言って。

そういう社会が、あたしには想像もつかない。

「人間扱いされない」ってどういうことなのか、聞いてみたが、とにかく文字通りそういうことであるらしい。
 
 人に優れた技術を持ち、まじめに働いていたお父さんが、いくら希望しても党

員にしてもらえなかった理由は、ただひとつ。「成分が悪いから」だった。
 
 あ、またわかんないことが出てきた。「成分」とはなんぞや? 

まだうまく消化できないんだけど、聞いたことをあたしなりの言葉で書いてみる。

「この風邪薬成分は…」というようなそういう「成分」じゃない。「社会成分」というのだ

が、これにはいくつもランクがあって、国民は一人ひとりみんな、どこかにラン

ク付けされているんだそうだ。で、それは孫子の代まで引き継がされていく。

最高の「成分」は革命英雄で、その最高位が、言わずと知れた金日成様。つまり、

今ではあの王様とその一族ということになる。独立前「貧農」だった人たちはラ

ンクが高い。何がしかの「資本家」だった人たちはかなり低いランクになる。

帰国事業のとき鉦や太鼓で持て囃されて渡って行った在日朝鮮人とその家族は最低

ランクに入れられている。この人たちは「資本主義社会で暮らしていたから、思

想的に毒されていて」、要再教育、要監視の対象なんだそうだ。そううことが50

年たっても変わらずにある。
 
 日本でも「身分」とか「門地」といった概念はある。徳川幕府の時代には士、

農、工、商、さらにその下に被差別の身分がおかれて厳しく規制されていた、と

学校で教えられたし、今でもたぶんそうなんだろうが、実際には、士や農の次、

三男が工や商になったりしている。また、下克上や成り上がり、逆には零落もあ

って、歴史的に見れば日本の「身分」や「門地」はかなり流動的だ。「本人の才

覚次第」という側面がある。ところが北朝鮮の「成分」は、本人の努力や才覚で

はどうにもならないものであるらしい。
 
 たとえばミサキさん。金日成総合大学とまではいかないが一流の大学で、工学

部に女子は彼女一人という状況の中で首席の座を守り通して卒業した。あの国で

は、卒業後の就職先はすべて、党の指令に従うことになっている。学生は一人ひ

とり就職係のところに呼び出されて、配属先を申し渡される。いつまで待っても

、ミサキさんへの呼び出しがかからない。とうとうクラスで一番成績の悪い、落

第すれすれの男子学生のところまで声がかかった。一人だけ取り残されたミサキ

さんは、意を決して就職係のところへ行き、その理由を尋ねた。「わたしは党の

意志に不満を述べているのではない。ただ、理由を聞いて納得したいのです」。

なんどもしつこく尋ねるミサキさんに対して、係りの人は最後にひとこと。「そ

の理由はあなたが考えている通りのことです」。
 
 ミサキさんが得た職は、彼女が専攻した学問とは縁もゆかりもないものだった

。社会の根底に「成分」という枠組みがあって、それによって、ただそれだけで

無惨にも将来を閉ざされてしまう優秀な若い人たちがいる。誰が見たって、明ら

かに大きな社会的損失だし、いまどきそんなおろかな仕組みがまかり通っている

国があるなんて、信じられない。でもとにかくそうなんだから、北朝鮮がそうい

う国だってこと、認めるしかない。


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