川越だより

妻と二人あちこちに出かけであった自然や人々のこと。日々の生活の中で嬉しかったこと・感じたこと。

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漢詩二首 浜離宮庭園

2013-05-22 04:21:33 | 東京・関東

5月21日(火)晴 夏日

きいちご散歩教室の「生徒」:山野文雄さんからいつものように漢詩が届きました。


漢詩二首

『学習』 

旧浜離宮芳梅亭 
移動教室師生情 
江戸歴史東京伝 
温故知新無止境 

 林さんも 私も 移動教室の生徒として 教室で よく勉強になり 皆さんと同じ 感謝の気持も いっぱいです 

『松蔭結縁』

古松三百年 
五人聚松蔭 
人松不服老 
縁結離宮前 

三百年の古松があり 
松の蔭には五人の男が集まり  
老のことを忘れられ 
離宮において縁を結びます 

 松蔭は 吉田松蔭の喩もあり 五人とも学校の仕事を勤めていたことがあります 
 離宮は もう一つ意味があり 庭園を離れる前に記念写真を撮ったことも示します 

            2013.05.20 文より


 啓介 林さん 勝義さん 山野さん 精さん  浜離宮300年古松前



 菜穂子さん 啓介 山野さん



 良子さん  啓介 山野さん

山野さんは僕と同年の「中国残留日本人孤児」。両親は愛媛の出身です。四月に都心に出現した「四国88箇所」を数時間で踏破したとも聞きました。「松蔭結縁離宮前」なんて、学識もユーモアもさすがですね。

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今昔の感

2013-05-20 09:56:54 | 東京・関東

5月19日(日)晴

きいちご散歩教室への出発です。妻がこの日に間にあうように作務衣(さむえ)を作ってくれました。初夏向きです。3月の故郷訪問には春向きのを着ていきましたから、これが第二弾ですが、東京方面に出向くのは初めてです。

 作業をするためではありません。さらにのんびりゆったり余生を楽しんでほしいという観音さんのプレゼントです。還暦祝いに息子がくれた帽子も初めてかぶっていくことにしました。


 新橋駅出発が一時間近くも遅れてしまいました。駅の変貌で汐留(しおどめ)口がわからなかったようです。

 新橋駅から汐留駅(ゆりかもめの駅)あたりまでの回廊を歩きました。汐留の貨物駅があった辺りです。巨大なビルの林立に圧倒されるばかりです。

10年ほど前に再開発が本格的に始まったとは聞いていましたが…。大島高校に勤めるようになってから妻と初デートの地に選んだの「浜離宮」です。その頃のことを思うと正に「今昔の感」があります。想像もつかなかった光景です。


某TV局。TV局を操る電通本社のビルも近いようです。日本を牛耳る電波網の巨大本社ビルがいまや東京の名所になっていますが、僕には魔物のように感じられます。こんなビルにたむろする種族によって日本人の心が操作されているのです。恐ろしいことだと思います。

11時ごろにやっと浜離宮庭園の芳梅亭について自己紹介とお勉強。江戸時代末期の江戸の古地図を広げて160年ほど昔にタイムスリップしてもらいました。

これほどに変貌の激しい都市もそうはないでしょう。それでもこの街の後背部に深く江戸の歴史は潜んでいます。それを知ることが今を相対化して知ることにつながります。

 今の「繁栄」がどれほどのものなのか、ここままこの道を進んで良いのか?想像力をたくましくする力を若い人には身につけてほしいものです。

このあと木陰の芝生でゆっくり昼食会。持ち寄ったご馳走の相伴にあずかっておしゃべりはいつまでも続きました。

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今日は「江戸」へ

2013-05-19 05:11:40 | 東京・関東

5月19日(日)

 今日はきいちご多文化共生基金の主催する「第一回きいちご散歩教室」の日です。

一泊バス旅行を主体とした「きいちご移動教室」は昨秋の15回目で終了しました。それを継ぐ形で今度は「散歩教室」です。

 東京の名所旧跡をゆっくり散歩することにします。東京は住まいとして職場としてかかわりの深いところです。しかし、意外と知らないところばかりです。

今までも「東京の中の朝鮮」などというテーマでフィールドワークをしたことはありますが、散歩教室には特定のテーマはありません。皆さんの意見をお聞きしながら企画を立てていきます。

移動教室と同じように春(5月)秋(10~11月)に実施します。年間、1000円程度の寄付をすれば誰でも会員になれます。行事に参加してから気に入れば会員になっていただければいいのです。

 HR担任の鈴木啓介が元気なうちは続きます。

第一回は「浜離宮庭園」です。江戸時代の将軍の「浜御殿」があったところで今は都立公園になっています。

 芳梅亭という和式家屋で自己紹介などをしたあと、持参の弁当で昼食会をします。今日はまずまずの天候ですから外でできるかな。 午後はぶらぶら散歩。

お勉強のほうは「江戸」へのタイムスリップ。江戸の頃のこのあたりはどんな様子だったかを古地図などを見ながら想像してみます。

僕の好きな江戸湾岸の図。

第107景深川州崎十万坪

これは安藤広重が今の江東区東陽町辺りを描いたものです。遠くに筑波山が見えます。

浜御殿(中央区)からはどんな景観が広がっていたのでしょう?

興味が湧いてきたらどうぞお出かけください。あと数名は大丈夫です。

 

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善光寺出開帳

2013-05-16 12:58:22 | 東京・関東

5月15日(水)晴

 両国の回向院で行われている善光寺出開帳に出かけました。

人出で大変かと思われたのですがそれほどでもなくゆっくりお参りすることができました。

善光寺に行ってもお目にかかることのない「絶対秘仏」の阿弥陀如来像にお参りすることができました。出開帳時専門の仏像だといいます。(なんだか面白いですね)。このご本尊との結縁によって極楽浄土へ導かれると多くの人びとが善光寺詣りをしたのです。

 僕も何回か、長野の善光寺を訪ねました。「戒壇めぐり」をして真っ暗な回廊を進み、「極楽の錠前」に触れたこともあります。これによって阿弥陀如来との結縁を果たし、極楽往生が叶うと信じられていたのです。出開帳でも体験できるようになっています。

一光三尊阿弥陀如来像(出開帳仏)の画像

 竹の回廊の美しい念仏堂2階は「祈りの場」。

被災地からの菩薩像が出開帳。

木造如意輪観世音菩薩座像の画像

手を合わせていると旧知の若麻績敬史師が気づいてくれました。出開帳期間中「祈りの場」の隅に座して人びととともに祈られているようです。

やおら席を移して、参詣中のすべての人びとに向かって「祈りの場」の意味と諸仏の紹介をしてくれました。

寺も檀家の多くも津波に流された「要害観音堂」の「木造聖観世音菩薩立像」も瓦礫の中から発見されたといいます。錫杖をもった観音さんです。

若麻績さんは錫杖を持って衆生救済に駆け回る地蔵菩薩信仰とダブった観音さんの姿ではないかと話されました。お地蔵さんは三途の川原で石を積む子どもたちを鬼から守ってくれる菩薩です。大津波でいのちを失ったたくさんの子どもたちのそばにいてくださる方です。

弟を喪ったときに聞いた三途の川の説話を思い出して心がキュンとなる心地がしました。

出開帳が終わったら元の地(陸前高田市)に帰られるといいます。すべてが流されてしまった地だからこそ、供養の祈りが求められるのでしょうが、さてどうやって…?住職も檀家も居られないとすれば。

今回の出開帳は「東日本大震災復幸支縁」と銘打たれています。

わたしたちの人生にまたとはあろうとは思えない大災害に直面して僕のようなものでさえ「供養」や「祈り」という行動に無縁ではなくなっています。

 皆さんはどうですか?気が向いたら両国・回向院にお出かけになってみてください。19日までです。

善光寺出開帳●http://ekoin.or.jp/event201301/

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<お誘い> 5・19 浜離宮散歩

2013-05-08 06:41:20 | 東京・関東

「移動教室」に続いて「散歩教室」を企画しましたが、締切日までに参加希望をされた会員が少数です。

 会員登録をされていない方の参加を募集します。お弁当を持って「浜離宮」で半日を過ごしませんか。当日、格別の予定がない友人たちが居られたら、気楽にお出かけください。


第一回「きいちご散歩教室」
 
浜離宮(はまりきゅう)庭園
 
海辺の名園でお弁当とおしゃべりを楽しもう
 
 park_img_028.jpg
 
 
 移動教室は終わりました。これからは東京や近郊の名所を訪ねて一日をゆっくり過ごしましょう。東京には「江戸」の名残が少なくありません。「浜離宮」もその一つです。新緑の美しい季節です。久しぶりにお会いできるのが楽しみですね。
 
 
 5月19日(日) 
   
   9時30分 JR新橋(しんばし)駅汐留口(しおどめぐち)集合
 
   10時~12時 浜離宮庭園 芳梅亭(お話・昼食)
 
   12時~15時 園内散策 (現地解散)<var></var>
 
 昼食(弁当)・レジャーシート持参  少雨決行
 
 入園料 一般300円 65歳以上150円 小学生無料 都内在住在学の中学生は無料
   (当日自己負担 65歳以上の方は保険証など年齢を証明するものが必要)
 
 参加申し込み 鈴木啓介まで(電話 080-1278-4906)名前のみで結構です。
 
 申し込み期限 5月18日 定員25名です。
 
 主催 きいちご多文化共生基金
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三浦三崎

2013-02-17 10:43:37 | 東京・関東

2月15日(金)曇雨

勝義さんを三崎口駅に送った後、三浦三崎の街歩き。三崎港で不思議な光景に見とれました。

宮古港の151勝運丸の水揚げ。鮪(まぐろ)がクレーンで吊り上げられています。こんな光景を見るのは初めてです。仲買の人たちの姿もありますがセリがあるのか?鮪はトラックの冷凍庫にそのまま積み込まれていくように見ました。

右手が城ヶ島。海峡にかかるのが城ヶ島大橋。

このあたりは古くからの漁港です。昭和のはじめに室戸岬のマグロ船が野島崎沖にまで来るようになってここを基地にするようになったと聞いています。今も徳島県・高知県出身者が多く住んでいるとのことです。

港近くに海南神社があります。拝殿の懐かしい風景。 

街は昔日の繁栄の面影を残しています。丘の上には寺が多く、三浦一の生まれたという最福寺を訪ねました。

港で漁協女性部が運営する「ハマユウ」の煮魚が美味しいと聞きました。次回、きっと。

 

 

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剣崎灯台から城ヶ島

2013-02-16 21:45:00 | 東京・関東

2月14日(木)

 三浦海岸でレンタカーを借り、啄木の夫婦歌碑を見た後、剣崎灯台へ。三浦大根の畑の中の道の果て。はるかに房総の山々。突然の誘いに乗った勝義さんが喜んでくれた。

(駐車場が整備されていないのはどういうことか。)

写真

城ヶ島公園はスイセンの花盛り。見事な公園に整備されていた。

泊まりは油壺の観潮荘。

潮の湯。しびれた脚にもしみわたる。

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相模原に遊ぶ

2013-01-31 22:26:48 | 東京・関東

1月30日(水)晴れ

善助さんの葬儀の夜は相模原の功子ちゃん夫妻の家に世話になった。

翌日は快晴無風で近隣の麻溝公園のグリーンタワーに登ったあと坂東33観音めぐりに連れて行ってもらった。

 (1)相模原市立麻溝公園

グリーンタワー相模原展望台と子供の広場

家族連れが弁当を持って遊びに来ている。タワーからは丹沢の山並みが良く見える。目の前に女子美術大学があった。

 (2)坂東33観音⑧星谷寺(しょうこくじ)座間市

市街地にあるが閑静。

 (3)⑥長谷寺(ちょうこくじ)(飯山観音)厚木市

厚木の市街を遠望する丘の上の寺。宏大。花の名所らしい。今度はゆっくり歩きに来たい。

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三浦三崎 三浦半島の旅(下)

2013-01-25 10:42:58 | 東京・関東

1月23日(水)晴れ

午前中に鎌倉方面の観音さんを歴訪・参詣。

坂東33観音②岩殿寺(逗子)①杉本寺(鎌倉)③安養院(鎌倉)。④長谷寺は他日を期す。

観音めぐりを思いつかなければ訪ねることのなかった寺寺である。最初に訪ねた岩殿寺で妻は「納経帳」を買った。住職が「おまけ」だといって「干支お守り・巳」を付けてくれた。

ウィークデイだが杉本寺付近を歩く人の姿が目に付いた。

葉山の磯魚料理店で昼食。同席した女性たちの中に四国88箇所を巡った方が居られた。近頃は高野山に詣でたあと中国・インドと巡礼の旅をするのが流行っているらしい。西域・チベットをとおるのだろうか?

旅の終わりは城ヶ島。北原白秋詩碑。

「雨がふるふる 城ヶ島の磯に 利休ねずみの 雨がふる」●http://www.youtube.com/watch?v=g7BQc5XgB8Y

 

46年前の今頃、わたしたちは浦賀に住む平野の祖母(母の叔母)を訪ねた足でここに寄った。

同じようにして写真を撮った。

白秋記念館の職員の方が遠い昔の話をしてくれた。

短大を出て三崎漁協に就職したのが68年4月、鮪漁の活況で働くことの喜びを体で感じた。友人には徳島や高知の人が多く、四国の言葉が飛び交っていた。父は鯖漁の船主で今では想像すらできない豊漁が続いた。

いま、対岸の三崎港に係留している船はいわき海星高校の実習船だけである。街は年寄りだけになった。この急変振りには驚くばかりだ。

それでも7月中旬の土日の海南神社の夏祭りは賑わうらしい。近隣から若い人たちも帰ってきて神輿を担ぐのだろう。ぜひ、来てくださいといってくれた。

三浦三崎は小さいときから聞きなれた港町。1949年10月、パトリシア台風のため伯父の「三号富佐丸」が遭難し、全員が死亡した。岩貞という先生が「時は10月秋深く ふるさと遠く三崎沖 行く手を阻む台風は 怨みぞ深し パトリシア」という歌を作って教えてくれた。

川越だより「水掛地蔵」●http://blog.goo.ne.jp/keisukelap/e/581e21f2e58f7670c399224b933fdc65

 

 

 

 

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称名寺の浄土庭園  三浦半島の旅(上)

2013-01-24 10:07:36 | 東京・関東

1月22日(火)小雨 曇 晴

 ①9時過ぎ 「弘明寺」参拝。坂東33観音の14番。駅のすぐ前だとわかったので突如下車。

 ②金沢文庫 駅からタクシー。「法華経の世界」展。

   お釈迦さんの10大弟子像や椰子の葉にびっしり書かれた細字のお経が印象に残った。お経はこうやってインドから中国に伝えられた、のか。

 貝葉経(ばいようきょう)●http://asiaplan.main.jp/baiyo.htm

 

 「金沢文庫」を出ると、「極楽浄土」の世界が広がっていた。北条氏の建てた称名寺。

③お昼過ぎ、三浦海岸に着き、「カサゴの煮付け」の昼食。美味。

レンタカーを借りて伸子さん(旧姓・中屋)を訪ねる。

小学校の同期会を横須賀で開いて以来30年ぶりか。突然のことでびっくりされていたが喜んでもくれた。こんな風に対話するのは人生71年目にして初めて。焼津の妙子さん(旧姓・竹本)とも交信。このお二人とは家が遠く離れていたり、同級になったことがないので、小さいときの記憶がよみがえるわけではないが、共通の友人たちには事欠かない。浩昭くん、訓子さん、治雄くん、公夫くん、鬼籍に入った友人たちを偲んだ。浦賀に住む訓子さんのお姉さんとも久しぶりに交信。

 ④京急油壺・観潮荘

早めに旅装を解き、隣接の「マリンパーク」見学。陽がさし始め、海の風光が良い。

アシカショーを楽しんでいるうちに一身上に浮かび上がっていた不安のようなものもどこかに行ってくれた。

宿の露天風呂は海洋深層水を暖めたものらしいが、海の眺めもよくつい長湯をしてしまった。

マリンパークつきで8800円。気に入ってしまった。

 

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気仙沼八幡太鼓

2012-05-06 07:20:19 | 東京・関東

5月5日(祝)☼

10時前に有明をスタートして順子号(ぼくの愛車)で都心を縦貫し、初夏の東京を楽しむことにした。

①江東区東雲(しののめ)

 都営団地の9階にTさん夫妻を訪ねる。僕の生徒だった輝子さんのご両親。Tさんは「中国残留日本人孤児」でながく息子さんの中国料理店で働いてきたが近頃引退した。

 例によって突然の訪問である。びっくりされていたが昼前まで人生の話を聞かせて貰った。2時間ほどの散歩のあとは一日中、パソコンに向かって映画などを見ている日々だという。帰日して20数年、日本語の理解はできるがおしゃべりが苦手。そこへきて料理の達人と来ている。人付き合いはしなくても日々はすぎていくのだろう。それでも奥さんは心配している。僕は「きいちご」の旅への参加を促したが‥。

 近く奥さんも完全引退をすれば夫婦であちこち旅をしたいという。川越も訪ねてくれるかな。

②銀座柳まつり

 晴海通りを北上、豊洲・月島・築地‥広々とした歩道を走る。巨大なビル街だが新緑が美しい。

西銀座の通りが歩行者天国になっていて、音楽隊のパレードが続いていた。宮城県・気仙沼の「八幡太鼓」の公演があるというので道端に座り込んで開会を待つ。

 気仙沼・八幡太鼓●http://www.youtube.com/watch?v=crQsXSP8dZs

2・30人のこどもたちの熱演。観客も手拍子で応える。銀座の街が人々の感動で包まれた。

代表が「銀座のみなさん・世界のみなさん、こんにちは」と挨拶したあと、人と人の交流が世界平和を打ち立てるとメッセージを送ってくれた。震災で肉親や友人を喪った子もいるのではないか。そんなこどもの熱演にぼくも大いに元気づけられた。

 YoUTUBEに早速搭載してくれた方がおられる。みなさんももう一度楽しんでください。

八幡太鼓●http://www.youtube.com/watch?v=KoTuU-kBojE

高知の「よさこい鳴子踊り」も披露されているというので2丁目まで行ってみた。こちらには故郷のリズムがあった。

③経済産業省前 反原発テント

 「5月5日 原発ゼロの 空が晴れ」 と書いた方がいた。ここからが勝負どころだ。世界中から核を廃絶する第一歩にしなければ‥。

④千鳥ケ淵・北の丸公園

 堀ばたをジョギングする人が多い。新緑の中にツツジの花が美しい。

⑤東京都戦没者霊園

 川越街道(春日通)に出て富坂を登る。ここで一休み。人影のない巨大な空間で頭を下げる。

⑥旧東京教育大学跡 

 懐かしい春日通り。教育大学跡に残っていたE館(文・教育学部)は姿を消し、新しい5階建ての筑波大・放送大学のビルが建っていた。

裏の占春園は昔のまま。夕暮れのせいか、結構、深い森に見えた。

 要町の佐和子ちゃんの家に自転車をあずけたのは6時過ぎ。千川から地下鉄に乗って川越へ。

動き回ったが、元気が滲み出てくるような一日だった。 

 

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都立潮風公園を歩く

2012-03-03 19:13:03 | 東京・関東

3月3日(土)☼

入院12日目。午前中に歯科で治療を受け、痛みは消える。午後入院以来初めて外出。

癌研から広いプロムナードを歩いてお台場へ。途中に武蔵野大学の新校舎。4月から利用が始まるのか。こんな不況時にどうしてホテルのような大学が建つのか?貧乏人には不思議でならない。

 浜辺に沿って船の科学館まで歩く。久しぶりなのでよたよただがだんだん調子が出てくる。大井ふ頭が見えるあたりは「潮風公園」というらしい。お台場とは違って人影が少ない。海水に触って舐めてみた。立派な塩水だ。

船の科学館は休館中、再開の予定はない、とのこと。南極観測船「宗谷」だけが公開中。

気温が下がってきたので帰りはゆりかもめにした。

6年前から入院ごとに通う道だが程よい散歩のあとの眠気は気持ちいい。

来週、火曜日退院と告げられた。あと、すこしだ。

 

写真:潮風公園

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東京マラソン・ゴール寸前

2012-02-26 17:01:04 | 東京・関東

2月26日(日)☁

今日は東京マラソンです。東京ビッグサイトの東南の広場がゴールです。ランナーはゆりかもめの線路下の道を走ります。最後の難関が首都高速湾岸線に架かる橋です。ここからは癌研有明病院の12階建てのビルが目の前に見えます。防災公園はチアガールなどの公演? で賑わっています。癌研の正面玄関をすぎて左折するともうまもなくゴールです。

(癌研有明病院は防災公園の一角に建っています)

 有楽町・銀座・日比谷 写真 

(右上がゆりかもめ有明駅 左が癌研 ランナーはビッグサイト方面に向かいます)

有楽町・銀座・日比谷 写真

出典●http://4travel.jp/traveler/domo/pict/22574204/

僕の病室は8階です。11時ごろから北側の窓際に集まった数人の方々と一緒に見物しました。選手たちからは嫌でも目に入る位置だと思われます。

藤原新選手が二位になろうとするところが見えました。僕の目には凄いスピードです。遠くから見下ろすのですからTVのように表情は見えません。

昼寝を挟んで4時前にも覗いてみました。スタートから7時間近く経っています。「走っている」という感じのランナーはほとんどいません。「歩行者」の行列が果てもなく長く続いています。

新宿から42Km、ひとりひとりのランナーがそれぞれの思いを胸に秘めて走ってこられたのです。初任校の大島で二回校内マラソンにでた以外に長距離走の体験がありません。マラソンを完走する人々に拍手。

 

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東京ゲートブリッジまもなく開通

2012-02-07 10:30:25 | 東京・関東

 2月7日(火)☂

昨日は癌研有明病院で血液検査とCT撮影がありました。10分程度の検査のために往復5時間かかります。西尾主治医の診断は金曜日です。

癌研の病棟からよく見えた東京ゲートブリッジが12日には開通するそうです。これで江東区新木場方面から大田区方面への湾岸道路のバイパスが完成し、東京港のあちこちにあるコンテナ基地からの輸送がスムーズになるということです。

photo         東京ゲートブリッジの完成を記念して橋をランニングするランナーら=東京都江東区若洲沖の東京湾で2012年2月4日午前、本社ヘリから 

5日には開通前にゲートブリッジを走ったり、歩いたり、サイクリングしたりするイヴェントが行われたようです。僕の生徒だったマユコさんが走り終えて若洲でとった写真を見ました(右側)。二度とありえない(?)貴重な体験でさぞ爽快だったことでしょう。

     

ちなみに橋に歩道はあるが若洲からの往復のみが利用可、自転車の通行は不可とのこと。中央防波堤内側埋立地に「海の森」公園が開園(2016年)すれば事情が変わるのかな。元気があるうちに歩いて往復することが出来るか?

海の森●http://www.uminomori.metro.tokyo.jp/outline_0.html

川越だより「千年の森構想は今」●

 http://blog.goo.ne.jp/keisukelap/e/0f4539b1afcca31ea53762be57b5b26b

 

 

 

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江東区あちこち  湾岸だより(14)

2011-08-26 05:47:27 | 東京・関東

15泊16日に亘った癌研有明病院での生活もまもなく終わりです。抗がん剤「イレッサ」服用開始に伴う副作用を警戒しての入院でしたが平穏無事に過ごすことが出来たのは何よりです。医療スタッフはもちろんのことですが同室の方々にも恵まれ、新しいお友達になれたことは特に嬉しいことでした。昨夕は最後の晩餐をしました。元気に生きて今度はシャバのどこかで出会いたいものです。新しい友人たちの健闘を祈ります。

8月25日(木)曇

 洲崎神社~洲崎遊郭跡~木場公園~猿江神社~猿江恩賜公園~横十間川自転車道~亀戸天神社~亀戸緑道~東砂・Aくん宅~新木場

 同室のMさんの勧めで亀戸天神を目指すことにしました。

 ①木場公園は元々は「木場」があったところだといいます。新木場に移ってから公園になったそうです。Mさんに聞いたところによると地下は都営地下鉄の車庫だとか。

 

 広重「深川木場」

②猿江恩賜公園

猿江恩賜公園

出典●http://www.tokyo-eastpark.com/sarue/index.html

 これはミニ「木蔵(きぐら)」と名付けられた池。ここももとは貯木場で材木に石を載せて沈めて保管したのだといいます。海水と真水の混ざり具合が良く何十年も保存できたと書いてありました。富山県魚津の海底埋没林のことを思い出しました。西川材も入間川・荒川を経由してこの辺リに運ばれてきたのでしょう。木場というのは広大な池だったのですね。

③横十間川自転車道●http://www16.plala.or.jp/mameyake/awc/v-walk/vw-oyoko/vw-oyoko.html

 猿江公園の脇にこんな快適な道がありました。水路の発達している江東区にはこんな素晴らしい自転車道があちこちにあるようです。

④亀戸天神社●http://www.kameidotenjin.or.jp/koyomi/index.html

 水辺のいたるところに藤棚が作られている。後ろにはスカイツリー。藤の季節に来てみたい。

⑤亀戸緑道亀戸緑道公園(Kameido Green Way Park)

 30年もむかし、大島のKさん宅を家庭訪問したときに歩いた。

⑥Aくん宅

 中国残留婦人の孫にあたるAくん(北高校OB)が東砂に家を建てたと聞いていたので回り道をして寄ってみた。立派な3階建。えらいものだ。残念ながらどなたも不在。

 近くに「中国残留邦人交流センター」があった。日本語の学習会などをやっているらしい。

⑦新木場 14号地第2貯木場

ファイル:14号地第2貯木場.jpg

 1969年に木場はここに移されたが丸太で輸入される時代は終わり、今日は利用されていないらしい。

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