川越だより

妻と二人あちこちに出かけであった自然や人々のこと。日々の生活の中で嬉しかったこと・感じたこと。

朝鮮戦争から62年  朝鮮高校の歴史教科書を読んでみよう

2012-06-25 11:55:01 | 韓国・北朝鮮

6月25日、今日は朝鮮戦争勃発から62年になる日です。日曜日の払暁、北朝鮮の人民軍が韓国に攻め込んで3年にわたる同族相はむ悲惨な戦争が始まったのです。1950年(昭和25年)のことで僕は8歳(小3)でした。

 北(朝鮮民主主義人民共和国)の金日成(キム・イルソン)首相が中国の毛沢東主席の支持とソ連のスターリン首相の許可を得て「祖国解放」を旗印として始めた戦争です。人民軍はあっという間にソウルを占領し、釜山の近くまで攻め込んで「韓国」は滅亡の瀬戸際に追い詰められました。北朝鮮の思惑通り、「朝鮮の統一」が実現するかと思われたのです。

 9月に入って日本を占領していた米軍が本格的に介入し、韓国の滅亡は食い止められました。その後、米軍は北朝鮮の奥深くまで攻め入り、今度は米軍主導の統一なるかという勢いになったとき、中国人民解放軍が「抗米援朝」を旗印に「義勇軍」と称して参戦しました。ここからは実質的に「米中戦争」となり、53年夏の休戦に至るまで朝鮮半島のほぼ全域が阿鼻叫喚の戦場となり、人々は塗炭の苦しみを味わうことになりました。

 社会主義的統一も自由主義(資本主義)的統一も実現せず、分断を深め固定する結果となり、今日に至っています。

この戦争が北側の用意周到な準備のもとに始められたことは今日では誰の目にも明らかです。「東風が西風を圧する」という認識のもとに国際共産主義勢力が中国での勝利(1949年10月中華人民共和国成立)に続いて朝鮮半島でも「勝負」に出たのです。

 日本でも日本共産党が在日朝鮮人を先頭に立てながら反米武装闘争を展開し、アメリカ占領軍と吉田自由党政府と戦いました。彼らは当時、日本でも「社会主義革命」が成就できると考えていたのでしょう。多くの有為な若者がこの戦いに巻き込まれていきました。

 

 あれから60年の歳月が流れました。ソ連をはじめとする社会主義国は崩壊し、「社会主義」のあまりにも無惨な現実が誰の目にも明らかになりました。しかし、中国と朝鮮では社会主義を標榜してきた独裁政権が今日なお君臨し続けて中国・朝鮮の人々は無論のこと、東アジア全体の脅威となっています。

 僕は学生時代に社会主義(マルクス主義)を学びました。誰かに強制されたわけではなくそこに真理があると思うようになったからです。ソ連や中国、北朝鮮を「祖国」と思ったり、讃える気持ちになったことはありません。しかし、これらの国でも社会主義制度の下で人々の生活は改善されつつあると思っていました。共産党の独裁が過渡的にはやむを得ないもので「人民の敵」とまでは思っていなかったのです。

 朝鮮戦争についてもいくつかの疑問をそのままにして曖昧な態度をとりつづけてきました。今日のような認識に至ったのはソ連崩壊後のことであり、先人の著作に裏付けられてからのことです。

 曖昧にしてきた最たるものが「朝鮮戦争は南北どちら側が始めたのか?」です。

「認識には過程がある」と言いますが社会科の教師でありながら自分から解明する勇気に欠けていたことは否めず、まことに恥ずかしいと今では思っています。東アジアと日本の戦後を考えるとき、朝鮮戦争は決定的な出来事です。その評価を曖昧にして来たのですからその歴史観はいい加減だったことになります。

 拉致被害者の肉親や中国の文化大革命の体験者・北朝鮮から脱出してきた方々と出会うようになって我が罪の深さを思い知らされています。

今日に至ってもいけしゃあしゃあとウソの歴史を強要する北朝鮮の独裁政権と朝鮮総連。

日本の左派・人権派の圧倒的多数が今も自らの歴史観を問うことなく、彼らの工作に動かされていることは由々しき事態です。

漏れ伝わってくるニュースでは菅前首相の周りにも工作は及んでいたようです。与党を支持する日教組の幹部の中には北朝鮮の独裁者のお友達を自任する人が何人もいたのですから驚くほどのことではありませんが。

 左派の友人たちにせめて彼らの教科書に書かれていることを読んで欲しいと思います。日本の検定教科書に対すると同様に朝鮮学校の教科書にも目を通し、彼らが友達たりうるかを判断して欲しいものです。



 朝鮮高級学校教科書『現代朝鮮歴史 高級1』


  「第2編 祖国解放戦争(1950.6ー1953.7)」抜粋


 「共和国政府は…祖国の平和統一を終始一貫主張し続け、米帝と李承晩の戦争挑発策動が絶頂に達したときにも、なんとしてでも戦争を防ぎ平和統一を実現するためのあらゆる努力を尽くした。………しかし南朝鮮当局は…ついに全面戦争に挑発する犯罪の道へと進んだ。」(P77~78)

    添付画像

    (『現代朝鮮歴史高級1』P79)

     ②朝鮮戦争の開始と拡大


 1全面戦争への拡大


 全面戦争の開始、「国連軍」の参戦

 米帝のそそのかしのもと、李承晩は1950年6月23日から38度線の共和国地域に集中的な砲射撃を加え、6月25日には全面戦争へと拡大した。共和国政府はただちに李承晩「政府」へ戦争行為を中止することを要求し、もしも侵攻をやめないときには決定的な対策をとることを警告した。しかし、敵は戦争の炎を引きつづき拡大した。 

 6月25日共和国に作り出された厳重な事態と関連して朝鮮労働党中央委員会政治委員会が招集され、ついで共和国内閣非常会議がひらかれた。敬愛する金日成主席様におかれては、会議で朝鮮人をみくびり刃向かう米国の奴らに朝鮮人の根性を見せてやらねばならないとおっしゃりながら、共和国警備隊と人民軍部隊に敵の武力侵攻を阻止し即時反攻撃に移るよう命令をお下しになった。」(P79)

 (参考までに)

 「3年間の祖国解放戦争は、全朝鮮を占領し、さらにアジアと世界を制覇しようという米帝の侵略計画を破綻させた。また、米帝の強大性の神話を打ち砕いてしまい、下り坂の始まりとなり、民族解放のための世界人民の闘争を大いに鼓舞した。」(P111)

 「全世界の進歩的人民は、世界史上初めて米帝に打ち勝ち、祖国解放戦争を勝利に導かれた敬愛する主席様を「偉大な軍事戦略家」、「反帝闘争の象徴」として高く称賛し、わが人民を英雄的人民と称揚した。」
「朝鮮民主主義人民共和国最高人民会議常任委員会は、祖国解放戦争で卓越した軍事知略と指揮によって敵に殲滅的打撃を与え、祖国の歴史に不滅の業績を積まれた敬愛する金日成主席様に1953年2月7日、朝鮮民主主義人民共和国元帥称号を、7月28日には朝鮮民主主義人民共和国英雄称号を捧げた。」(P111~112)

(お知らせ)

 日本語訳教科書の入手先。 「星への歩み出版」 ☎FAX072-990ー2887 

                    〒581-0868 大阪府八尾市西山本町7-6-5 3F

参考図書  朝鮮学校「歴史教科書」を読む 萩原遼・井沢元彦著  祥伝社¥780

 


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1 コメント

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魑魅もうりょうな「北朝鮮」 (非凡)
2012-10-17 20:08:15
魑魅もうりょうとする「北朝鮮問題」につて、分かり易い解説、ありがとうございました。

「総連」とは、そもそも一つの組織として連綿として続いてきたのではなく…もともとは「朝連」がはじまりでした。何度も分裂して改変されてきたのですが…その歴史的背景は、あまりにも複雑に錯綜していて、普通の人々には分かりにくいものと思います。実は、日本共産党の「6全協」を知る人には少々分かるのでしょうか?

1970年代、韓国の民主化闘争に連帯していく在日韓国人の運動「韓民統」では、何と「金一成著作集」がバイブルのように読まれていましたっけ。
あのころは、毛沢東、金一成をスターリニズムと批判すると、猛攻撃をうけたものです。何しろ、日本社会党には礼賛する人々が多くいましたから(日本共産党は論外です。彼らは排除していました)。

ようやく、歴史の暗部が明るみに出てきて、かすかな望みが持てそうです。

啓介さんが、闘病中にもかかわらず、このような難題課題に挑戦しておられて…ひじょうに感動しました。
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