泉を聴く

徹底的に、個性にこだわります。銘々の個が、普遍に至ることを信じて。

潮の音、空の青、海の詩

2023-12-09 21:04:02 | 読書
 この本は、「せんだい3.11メモリアル交流館」で出会った一冊です。




「せんだいメモリアル交流館」は、地下鉄東西線荒井駅と隣接しています。
 2度目の訪問でしたが、早朝に出発していた今回は時間に余裕があり、館内を見回すことができ、この本棚を発見することができました。
 その後、仙台の大学の先輩が営業している古本とコヒーのお店「マゼラン」で上の写真を見せると、「潮の音、空の青、海の詩」はあるとのこと。
 ただし、仙台の老舗の書店「金港堂」で開催されている古本市に、売れてなければ。
 で、歩いて金港堂へ。
 ありました。
 そんな流れで出会って、手に入れた本。旅に出たからこそ出会えたと言えます。
 たぶん、まだ文庫になってないから、その存在自体を知りませんでした。熊谷さんの作品はよく読んでいるのに。
 仙台から帰って、読みかけの本を読み終えてからすぐに読み始めました。

 ああ、やっぱり熊谷さん。
 3.11の日から物語は始まり、次に50年後が描かれます。そしてまた震災後に戻って未来へつながっていく。
 主人公の聡太は気仙沼の出身。
 大学進学のため東京に出て、就職も東京で、でも訳あって仙台まで戻って、仙台での生活を送る中で被災した。
 仙台で2度目の失業を味わう。幼馴染と仙台で再会したこともあり、何より気仙沼の両親と連絡がつかないままで、車に集められるだけ集めた支援物資を積んで気仙沼へ帰郷。
 変わり果てたふるさとの姿。けんか別れをしていた同級生の思いがけない優しさ。
 避難所と化した母校を包む静寂。その静寂は、亡くなった人、また遺族たちへの思いの表れでした。
 また、どんな言葉を持ってしても、目の前のことをつかむことができないのでした。
 この本を読み進めていくうちに、今自分が書いている小説のあちこちに手を入れました。
 決定的な事実誤認がいくつかあったので。
 読むことによって、自分が書いた前のページが変わっていく。
 そして当然未来も変わっていきます。
 やっぱり、行ってよかった。行きたいところに行って、出会いたい場所や人や作品と出会う。そうすることで自分もより充実する方に変わっていける。
 そんなことを思いました。
 小説に戻ると、「空の青」の部分が50年後で、最初は「あれ、違う作品かな」と思った。
 でも、読み進めると、50年後に重要な出会いがあり、そのことで過去が変わる可能性が示されます。
 50年後の気仙沼が出てくる(作品では、あくまでも「仙河海」です)のですが、かなり衝撃的な姿になっています。
 巨大な防潮堤が立ち並び、大島には核の処分場が作られ、唐桑も含めて無人化されている。
 遠洋漁業は衰退し、マグロの養殖が行われている。
 内陸では長大な中性子の加速装置が稼働している。そして、理論的に過去への介入が可能になっている。
 おじいちゃんとなった聡太が、呼人(よひと)という少年と、巨大な防潮堤の上で出会う。
 その出会いが、過去を変え、未来を変えていく。
「変えたい現実」があるということ。聡太が人生をかけて開発した知識や技術も、家族を失った痛みが起点となっている。
 聡太の試みは、作者の企みでもあります。
 ただ事実を描いていくだけが小説じゃない。そこにはやはり何か伝えたいことがある。
 伝えたいことが作品を描かせるとも言えます。
 熊谷さんの仙河海シリーズは、本当に私のアイデンティティーに近寄ってくれる。
 私の奥深くにある大事なものと触れる。
 それを「救う」というのかもしれません。
 作品は愛であり、創作は救いだと、よりよく感じます。
 有難い、私を変えてくれた一冊になりました。

 熊谷達也 著/NHK出版/2015
 

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