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[kaotan_rika book club]打撃の神髄-榎本喜八伝

2005-08-06 21:53:21 | book club
打撃の神髄-榎本喜八伝この本の冒頭に、日米野球で来日したスタン・ミュージアルと榎本喜八のツーショット写真が
掲載されています。恐らく、榎本喜八という選手はアメリカで言えばミュージアルと同じような
選手だったのではないかと思います。どちらも「打撃の神様」として崇められ、一方では
ふたりとも注目度の低いチーム一筋で(榎本喜八は最後の年に西鉄ライオンズに移籍したが、
不本意な成績しか残せませんでした)がんばっていった、この点が重なる気がします。

しかしながら、注目度が低かったことが翻って榎本喜八という選手の実態が見えてこなかったとも
言えそうです。もし榎本喜八がセリーグ、それも巨人や阪神に在籍していたら、今頃どのような
評価をされているでしょうか。少なくとも、対戦相手だったパリーグの元投手からはものすごい評価を
受けているようです。しかし、晩年の「奇行」と呼ばれるイメージが一部の野球ファンの間で強いようです。

と、書いていますがこれらはすべてこの本を読んで知ったことです。「榎本喜八」というすごい選手が
かつていたらしいということを知ったこと自体、ここ最近のことです。一体どれくらいすごい選手だったのか、
特にイチローよりも若くして1000本安打を達成したというその打撃スタイルとは何なのか、
そしてなぜ忽然と球界から去ってしまったのか、これを解くために筆者は、中野区で現在ご隠居の
ような生活を送っている榎本喜八氏を口説き落として、インタビューを挙行した本です。
ちなみにその家というのは、かつて中野に住んでいた頃の自分のアパートから程近いところにあるようです。

しかし、この本を読むとわかりますが、読者も一緒に体を動かしながらではないと到底理解ができない、
それくらいに難しい本です。本の最後に参考文献が載っているのですが、そこには野球の本ではなく、
合気道の書籍が並びます。「合気打法」と言われる榎本氏の打法は、この言葉にあるように、
「臍下丹田(せいかたんでん)」つまりおへその下を軸とするという、思い切り平たく言えば、
合気道の基礎に則った打法を編み出したことにあります。ちなみに、筆者がマスコミとの接触を完全に
断っている榎本氏とのインタビューできたいちばんの要因は、筆者自身も合気道への興味が
あったからだと書いてあります。また「臍下丹田」は何かというのは説明が長くなるので、
モノの本を読んでいただくか、この本を読みながら、実際に体を動かすというのがいちばんのようです。

しかし、皮肉なことにこの「臍下丹田」が、結果的には現役引退と共に球界の表舞台から去っていった
原因だったような気がします。貧しい子供時代から這い上がり、「3割を下回ったら給料が下がる」という
思い込みの中、プロに入って活躍を続けました。しかし晩年、データ野球への移行に乗り切れなかったり、
「大選手」に慕う戦後生まれの若手選手に対して、「臍下丹田」をはじめとした立ち方から教えようとして
バカにされてしまうなど、自分のやり方にこだわりすぎた、いやあまりにもがんばりすぎたことに気づき、
ひとり孤独に悩まされたり、「奇行」に走らせたりしたのでしょう。

当然、そうした打撃に対するひたむきな姿があったからこそ、名選手のひとりとして名を刻んでいるのです
(2000本安打を打っているので「名球会」の資格があるが、一度も顔出ししたことがないらしいです)。
人は「天才の言うことは凡人には理解できない」と、時に軽々とした意識で口にすることがあります。
榎本喜八と比較されるイチローのインタビューを見ていても、一般人の理解を超えることを話すことが
よくあります。そこには経験者だからこそ言えることがあるので、経験者ではない人には理解を超える
部分が出ても仕方ないと思います。しかし、「凡人には~」と軽口を叩かれた「天才」の気持ちに立つと、
これほどむかつき一方で理解されないことに悲しむ言葉も他にはないでしょう。

ありきたりな言葉ですが、天才は常に孤独なんだと改めて思わされます。と同時に、天才だからこそ
訪れることができる世界が存在します。人々が天才に期待することは、その世界を0.01%でもいいから
垣間見たい、共有したいという欲求なのかもしれません。


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