kamacci映画日記 VB-III

広島の映画館で観た映画ブログです。傾向としてイジワル型。美術展も観ています。

雑談:プラハ、プラハ、プラハ

2014年01月11日 | 雑談ほか
昨年12月からどうもプラハづいている。
まずは広島市映像文化ライブラリーで「死刑執行人もまた死す」。

第二次大戦中、ナチ統治のチェコ総督だったライハルト・ハイドリヒがプラハで暗殺された事件とナチによる犯人狩りを描いたフリッツ・ラングのサスペンス映画。描いたといっても史実とはほとんど別物だし、戦時中の作品なので当然、全編セット撮影。

ほぼ20年ぶりくらいに見たが、記憶に残っていたのはハイドリヒが全然似ていないことと、ドイツ語のジョークのくだりと転がる帽子。

改めて観ると、冗長な感じがしないでもないが、疑心暗鬼が疑心暗鬼を呼びながらサスペンスの主軸が変わり、裏切者とはいえ無実の人間を暗殺犯人としてつるし上げていく恐怖は「M」に通じるものがある。

ナチの追求も終息し、ひとまずはハッピーエンドとなるのだが、史実で同時進行で起きた報復措置としてのリディツェ村の虐殺はまだ描かれない。

お次は愛媛県美術館の「ミュシャ展 パリの夢モラヴィアの祈り」。
この展覧会の詳細はまた改めるとして(いつ?)、今回、特徴的だったのが、プラハ時代の作品が数多く、出展されているということ。

プラハ時代になると作品のトーンがパリ時代と変わったのが一目瞭然。作品のタッチが変化し、テーマにおいてもスラブの民族色が前面に出る。ミュシャは晩年、ナチのゲシュタポに逮捕され、尋問されたのだが、あの時代にあっては、プラハにあふれるミュシャの作品は危険視されたのだ。

そして、年末年始に読んだのが、ローラン・ピネの「HHhH プラハ、1942年」。
年越しで読むつもりで12月29日に買ったのだが、これが面白いのなんの。ページを繰る手が止まらないものだから、強制的に一時中断したくらい。

先のハイドリヒ暗殺を巡る小説なのだが、書評にも書かれているように「小説を書く小説」。
もちろん、ハイドリヒ暗殺事件について、リサーチにリサーチを重ねた内容は言うまでもなく、小説とは何か、フィクションとは何か、歴史とは何かと問うてくる書きようが刺激的でワクワクしてくる。
その過程で「死刑執行人もまた死す」から「暁の七人」「パットン大戦車軍団」「慈しみの女神たち」と覚えのある作品が次々と引き合いに出されるのも楽しい。(「ファーザーランド」なんか再読するために、実家の書庫から引っ張り出したよ。)

ところで作中、作者のピネが他の作家の作品を読んで、こう語る。
「ここを読むと、まるでマカロニ・ウエスタンの映画を見ているときみたいにうれしくなる。」
君もマカロニ・ウエスタンファンなんだねっ!(←いつもの悪い癖)

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