■安倍政権の7年8カ月の間に日本人は堕落した
Newsweek(ニューズウィーク)2020年08月31日
https://www.newsweekjapan.jp/furuya/2020/08/78_1.php
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<人々は権力批判を忘れ安倍に追従。そして筆者は、右派・保守派から「反日・左翼」に押し出された>
安倍政権の7年8カ月とは、少なくとも保守派にとっては「絶望と挫折」に尽きる。
2012年、民主党野田政権下で行われた自民党総裁選で、石破茂を破って総裁になった安倍新総裁は、「尖閣諸島への公務員常駐」と「竹島の日式典政府主催」を掲げ、実際に同年の衆院選挙における自民党政策集の中ではこれを明記した。
2012年当時、私は29歳の右翼であった。
私を含めた右派・保守派のほとんど全部は、これまでの民主党政権および歴代の自民党政権でも実現しえなかったこの二つの公約を切望した。
しかし竹島の政府主催式典は第二次安倍政権がスタートした直後撤回され、尖閣諸島への公務員常駐は有耶無耶になり、2017年になって安倍総理自身の口から「現在はそういう選択肢を採っていない(衆院予算委員会)」として正式に完全撤回された。
第一次安倍政権の約1年での短命から、本格的なタカ派保守政権の誕生を期待した私たち保守派は、政権誕生劈頭になされたこれらの撤回措置や放置措置に対して不満であった。
しかし「まずは自民党政権が誕生しただけでも良しとするべき」という意見が大半で、公約撤回に際しての不満は封印された。
次に保守派は、タカ派的価値観の持ち主であった安倍総理に河野・村山談話の撤回ないし見直しを熱望した。
保守派にとって従軍慰安婦問題における日本軍の関与を認めた河野談話は許容できず、先の大戦における日本の侵略的側面を痛切に反省した村山談話もまた、唾棄すべき対象として映ったからである。
・安倍に歴史の修正を求めた保守派
しかし保守派のこのような怪気炎を私は醒めた目で見ていた。
秦郁彦らによる実証史学により、「日本軍による婦女子をトラックにぶち込んで」という強制連行は疑わしいものの、従軍慰安婦の存在は事実であり、戦後日本は反省する責を負う。
また先の大戦で日本が南方作戦と称してアジアの資源地帯を掌握するために軍事行動に出たことは事実であり、侵略的側面を否定するのは無理筋である、と考えていたからである。
事実、安倍内閣では河野談話の検証を行ったが、河野談話を撤回することはせず、また村山談話については検証自体を行わず、2015年の戦後70年談話で河野・村山談話を踏襲し、先の戦争に対する日本の間違った国策を認める談話を発表した。
私は「安倍晋三は歴史修正主義者と言われているが、談話を見る限りにおいては戦争に対する反省を行っており、なかなか見直した」と思った。
しかし保守派の中枢はこの、河野・村山談話を踏襲した安倍戦後70年談話にかなり不満のようであった。
そうこうするうちに、2015年12月、韓国朴槿恵政権といわゆる「慰安婦合意」が成った。
「従軍慰安婦など無かった」と主張する保守派はこの合意自体に大いに不服であったが、私は日韓関係の未来のためには極めて重要であると考え、安倍総理のこの合意締結は英断だと思った。しかしこのころ、つまり2015年前後から、どうも私の考えは保守派の主流から外れていったらしい。保守派の主流は、戦後70年談話にも日韓合意にも大いに反対で、安倍内閣に対しもっと強硬で、歴史修正主義的な政策や言動を切望するようになっていった。このころから、ポスト安倍はささやかれ始め、石破茂の名前がやり玉に挙がったが、保守派の主流は石破に批判的で、むしろ「安倍の足を引っ張っている」と呪詛するようになった。
私は自分のことを「対米自立」を唱える保守本流と思っているが、この時期の保守の主流は、とにかく安倍総理のやることに対抗するそぶりを見せたものは「反日」として攻撃の対象にした。
2015年自民党総裁選で無投票で信任された安倍総裁は、2018年の総裁選で立候補した石破と争ったが、そのころには石破を支持するものは「反日」という空気が出来上がっていた。
石破茂は憲法9条2項の「陸海空軍の戦力を持たず国の交戦権はない」の改正を唱える改憲論者だが、なぜか石破は「左翼」に認定されており、安倍追従が大合唱された。
・無能なコメンテーター
こうした保守主流の動きを鑑みて、2015年ごろから私は彼らの言説に批判的となった。
どう考えても安倍追従の大合唱は異常であって、健全な民主主義社会の形ではない。
安倍総理・総裁を信任するのは良いにしても、そこには根底で喧々諤々の議論が起こらなければならない。
2015年の自民党総裁選における安倍総裁への無投票信任はこれを象徴する出来事であった。
同じころ、主にテレビのコメンテーターには、無批判な安倍追従を是とする「自称文化人」が跋扈しだした。
当初、彼らは物珍しさから登用され、次第に浸潤戦術のようにわが物顔で跳梁跋扈するようになった。
しかしその多くはすぐに差別的な失言を行ったり、SNS上でデマを流したり、はたまた商魂たくましく己の権益を拡大しようと無理筋な攻勢に出たために、漸次的に番組や局から追い出され、生き残ったのは少数であった。
が、これに代わって無味乾燥な、実態の知識・教養は空っぽであるにもかかわらず、権力に対して微温的にYESの姿勢をとるものが重用されだした。
本当に批判精神を欠いた無能なコメンテーターが増えた。
この傾向は現在も続いている。
しいて言えば、安倍政権7年8カ月の罪とは、こういった無味乾燥のコメンテーターや芸能人が、「報道」の領域までに跋扈してきた空気感の醸成にあろう。
「私は中立です」と装いながら、実際には権力への擁護者で溢れた。私はこの状況に危機感を抱いた。
一般大衆にはこの7年8カ月で批判精神の欠如、権力への懐疑精神の喪失、中立を墓標とした権力への追従が目立った。
例えば私事だが、これまで政治的には明らかにノンポリとされる人が、安倍政権下で行われる事業や企画にひとつ「噛み」だすと、途端に自分も権力者の一員となったように権力擁護に豹変しだした。
何か言うと「それでも安倍さんは頑張っているんだ」と反論を逞しくする。
こういった事例が私の周囲でひとつやふたつではない。
事業や企画の進行と政権への評価は是々非々で行われるのが普通だが、そういった精神は消し飛んでいる。
翼賛体制に近しい空気感がいよいよ瀰漫してきた。
知性とは懐疑から始まる、と信じて疑わない私はこういった翼賛的同調圧力に抗っていると、2014年~2015年を境にして、私への評価は「反日・左翼」へと変貌した。
・「中間管理職」の堕落
私は根っからの対米自立論者でかつ憲法9条改正論者であり、人間の理性に懐疑的で漸次的な社会改良を良しとする保守主義者である。
時代が時代なれば「新右翼」に数えられていたであろう。
にもかかわらず、権力への懐疑、同調精神への批判を行うとそれが即「反日・左翼」と結び付けられる風潮が開始された。
このような風潮は知的堕落以外の何物でもなく、異常事態である。
日本大衆全体に知性の弾力性が失われ、健全な批判精神が失われた。
日本社会の構成員たる中産・上位階級や純然たる民間放送企業が、総理官邸の指示を受けているわけでもないのに自発的に行った批判精神の喪失であり知性の堕落である。
まさに丸山眞男が言った、戦中の日本型ファシズムを支えた中間階級第一類(社会の中間管理職)による負の典型が、この7年8カ月で大手をふるって氾濫したのである。
安倍総理が辞意を表明して以降、保守派からはすわ「第三次安倍政権」待望論や、「病気療養後の院政」を期待する声が溢れている。
本当に情けないことだ。
安倍総理自身が「(以降の日本の諸課題を)強力な新体制にゆだねる」と言っているのに、安倍総理を思慕する大衆や自称言論人が、すでに旧体制への捨てきれない未練と、浅はかな追従精神に縋り付いている。
総理を辞した安倍総理には、彼自身が辞職会見で言ったように一代議士として職責を全うすればよろしい。
しかし7年8カ月という、短いような長いような期間続いた長期政権の下で、日本大衆はその知的弾力性を失い、精神思考は硬直し、自発的な権力への追従という、笑えない精神構造を保持し続けているように思える。
・内心にたぎる熱情はどこへ
ポスト安倍がどのようになるかは分からないが、日本社会の根本的病理とは、この批判精神の欠如と権力への無批判にこそある。
まさしくこの7年8カ月という絶妙な権力の時間的長さは、1945年8月の敗戦から、1952年のサンフランシスコ講和条約まで日本を間接統治したGHQの約7年間の統治期間と重なる。
日本は52年のサ条約で完全に主権を回復して独立したにもかかわらず、占領軍の主軸たるアメリカの意向を慮って、対米追従の政策をつづけた。
しかしそれでもと言おうか、かつての保守の自民党政治家には、面従腹背でいつしか対米自立を遂げるという気骨があった。
「戦後政治の総決算」を掲げた中曽根は米大統領レーガンと「ロン・ヤス関係」の蜜月を構築したが、それは冷戦下の国際情勢の要請であって、彼の内心のたぎる熱情はあくまでも対米自立であった。
このような面従腹背の気骨すら失い、ひたすら権力の広報を信じ、「中立です」と標榜して事実上権力礼賛を続ける人々の精神構造を根底から改良しなければ、ポスト安倍が誰になろうと日本人の知的堕落は継続されるだろう。
そしてそうなった場合、それこそが安倍7年8カ月が残した最大の負の遺産である。
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安倍政権の7年8カ月の間に日本人は堕落した
Newsweek(ニューズウィーク)2020年08月31日
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