バニャーニャ物語

 日々虫目で歩く鈴木海花がときどき遊びに行く、風変わりな生きものの国バニャーニャのものがたり。

バニャーニャ物語 その7 あめふり図書館へ!

2011-08-01 08:41:55 | ものがたり



作・鈴木海花
挿絵・中山泰
 


国境の町のむこう、
<ナメナメクジの森>を越えると
そこには、
ちょっと風変わりな生きものたちの暮らす国がある



 バニャーニャ ミニガイド
『バニャーニャ物語』も7回目になりました。
最初のほうの話を忘れてしまったとき、
また初めて読む方は、
このミニガイドを役立ててください。


バニャーニャ
ある大陸から突き出たタンコブのような形の半島。
潮が引くと大陸へ歩いて渡れる道があらわれるが、
潮が満ちると、大陸から切り離される。

ナメナメクジの森
大陸側にある国境の町とバニャーニャを隔てている深い森。
ここを通るものは(バニャーニャのモーデカイ以外は)ナメナメクジに
たかられる。

ナメナメクジ
深い森に大量にすんでいる。灰青色の体に緑色の長い舌をもつ3センチほどの生き物。
ナメナメクジになめられると、かさぶたになり、非常にかゆい。
さらに、しばらくは窓からナメナメクジが入ってくる悪夢に悩まされる後遺症も。

ジロのスープ屋
バニャーニャでいちばん長いマレー川のほとりにある
ジロがやっているスープの店。
おいしい手づくりのスープとスイーツが人気。
誰かに会いたいときはここにくればたいてい会える。

丘の上の石舞台
バニャーニャでいちばん高い丘の上にある石づくりの舞台。
舞台の背後は紺碧の海で、絶壁の上につくられている。
舞台のまわりには、同じく石から彫りだされた、
いまではコケむした客席がある。
風雨にさらされて、崩れかけているが、
数々の謎と歴史を秘めた場所。

貝殻島
バニャーニャの近海でおきた海底火山の噴火によって生まれた小さな島。
3つの海流が渦をまいていて、貝殻がたくさん打ちあがる。
まわりをあたたかい海水に囲まれているので、
生えている植物などもバニャーニャとは違う。

ポポタキス
バニャーニャ特産の果物。
他の土地ではなぜか育たない。
熟すと木から落ちて
スーパーボールのようにポンポンはねる。
実がなるのは春から夏。


バニャーニャの主な住人たち

○ジロ
  マレー川のほとりでスープ屋をやっている。
  胸に秘めた冒険の旅を敢行して帰ってきたところ。
  そのおいしいスープと、おっとりしたあたたかい性格で
  バニャーニャのみんなによりどころとして愛されている。
  
○フェイ
    世界中から集められた200種以上の砂を売る砂屋をやっている。
  砂はバニャーニャでは大切な薬などの材料で
  フェイは症状によって砂を配合して薬をつくることができるので、
  みんなにたよりにされている。
  趣味は魚釣り。

○モーデカイ
  みんなが恐れているナメナメクジの森を通って
  その先の国境の町まで行ける特技と大きな体を活かして
  お使い屋をやっている。
  バニャーニャのみんなは、半島にはないものが欲しい場合、モーデカイに頼んで
  国境の町で買ってきてもらう。時には背負子に旅人を背負ってくることもある。
  タマゴが好きで、料理もとくい。

○シンカ
  めまいの崖に住むギル族のひとり。
  ギル族は首の両側に小さいエラをもっており、
陸上でも海中でも息をすることができ、
泳ぐだけでなく、海底を歩くことができる。
真面目で誠実な性格で、博物学の研究に情熱をそそいでいる。

○カイサ
   虫などの小さな生きものが大好きな元気な女の子。
   いつもなにか虫を連れている。
   甘いものが大好き。
   植物や動物など、自分以外の生き物の内部にはいることができる
特別な力をひいおばあさんから受け継いでいる。

○バショー
  石舞台に立つ大きなカシの樹のうろに住んでいる。
  バニャーニャの長老的存在だが、けっこうおっちょこちょい。
 
○コルネ
 大きな帆船で世界じゅうを航海した船長だったが
バニャーニャ沖で難破し、以来故郷の家に似たホテルを建てて
ここに住むことにした。
 半島で唯一のホテル、 ジャマイカ・インの主人。
細かなことにこだわらないおおらかな人柄。
ハーブとスパイスには造詣が深い。

○アイソポッド
 めまいの崖からつづく深海にすみ
泥を食べて生きている大きくて象牙色をした海棲ダンゴムシ。
その頭脳は世界の知恵の宝庫で
海底火山の噴火も予知した。

○ボデガ
 「大理石王」と呼ばれていたいまは亡き夫のヒッチが、
ボデガのために建てた石のお屋敷にひとりで屋敷に住むバニャーニャの富豪夫人。
黒い花々を集めた「黒の花園」が生きがい。ときどき壁の肖像画から
ヒッチが出てきて、黒の花園に水をまいている、というウワサがある。

○アザミさん
 ブーランジェリー・アザミを営んでいるパン屋さん。
焼きたての美味しいパンと裏庭の巣箱でとれるハチミツ、
手作りの発酵バターを売っている。内気だがしっかりした性格の持ち主。
毎朝ジロはスープにそえるパンをここに仕入れに来る。

○チクチク
 ジロが冒険の旅に出て留守にしていた間に食料庫に入り込み、
乾燥キノコを食べてしまった、トゲトゲのあるマイペースな生きもの。
ほんとうの好物はハエ。冬は冬眠する。
発する言葉は「タタタ・・・」だけだが、カイサにはその意味がわかるようだ。



『バニャーニャ物語』その7 あめふり図書館へ!

 銀糸のような雨がおだやかに降っている3月末の朝早く、
ジロはスープ屋の店の裏にある、小さな畑にいました。
「いい雨だなあ」


掘り返しておいた畑の土は、
雨をふくんで黒々といい色になり、
見るからに栄養たっぷり。
あちこちで、あざやかな緑色の小さな葉がたくさん噴き出してきました。

パセリ、ハナニラ、アスパラガス、赤カブ、黄カブ、青ネギ、シマシマニンジン、
それから豆類をいくつか。
店で出すスープに使う野菜を、ジロはここで育てています。
自分で育てた新鮮な野菜をみんなに食べてもらえるのは、ジロの楽しみのひとつなのです。

ホテル ジャマイカ・インのコルネからもらった
カリフラワーとキャベツの苗も
ぐんぐん葉をのばしはじめました。
ジロは雑草もほとんどそのままにしておくので、
あちこちにタンポポが黄色い花を開き
旺盛にツルをのばして絡みあっているカラスノエンドウも元気です。





カラスノエンドウの、ほんの指先ほどの小さなサヤ豆はかわいくて、
スープの浮き身にもってこいの春のごちそうです。

 この雨があがったら、
きっとカイサが「虫、ちょうだい!」といって、
キャベツの青虫や、カラスのエンドウにびっしりついているアリマキなんかをとりにくるでしょう。
アリマキはカイサが育てているテントウムシの大好物なんだとか。

ジロが店のなかにもどろうとしたとき、
「ジロ、おはよう」と
かごを持ったフェイが川向うから
橋を渡ってくるのが見えました。
「サンドイッチつくってきたから、今朝はいっしょに食べようよ」
フェイがいいました。
「じゃあコーヒーいれるね」。

ジロとフェイがハムとチーズ、
とろとろタマゴとトマト、
ジャムとピーナッツバターのサンドイッチを食べていると
戸口で「おはよう」と声がして
シンカの青い顔がのぞきました。


「これからコルネのところにいくところなんだ。
今朝早くお客さんが着いて、
ちょっと手伝ってほしいんだってさ」
「じゃあ、サンドイッチかじりながら行けば?」とフェイ。
「たすかるよ、朝ごはん食べてないんだ」
シンカはそういうと両手にひとつずつサンドイッチを持って、
ホテル ジャマイカ・インに向かって急いで歩いていきました。

 そのころ、ホテル・ジャマイカ・インに・・・・・・



ひとりの旅人が到着しました。


「いやはや、うわさには聞いておったが、
ナメナメクジの森をこえるのが、
こんなにたいへんだとは思わんかった」
旅人はそういって、ナメナメクジになめられたところにできた、
赤いぶつぶつをかきむしりながら、
宿帳に名前を書きました。


 それによるとアッシェンバッハ、というのが
この見るからにお金持ちの旅人の名前でした。
職業欄には「蒐集家」とあります。
「いろんなものを集めて、
世界の果てまで歩きまわるのが仕事のようなものでして
―たとえば、金と銀のコガネムシ、
幾何学もようの貝がら、
虹色ガエルのミイラ、
毒鳥の剥製、
古代の彫像やアンティークのレース、
巨大切手や絵ハガキにつぼ、
まじないの仮面、
歩く人形―」
そこまで一気にいって、
アッシェンバッハ氏は息を継ぎ、
「それにもちろん、
世界にふたつとない珍しい本なんか、ですな」
といいました。

「ひとつテーマがきまると
それしか目にはいらなくなります。
このアッシェンバッハ、
蒐集のためなら、金に糸目はつけません!
どんな苦労もいといません!」
 
「へええ、でもそんなにものを集めて、どうするんですか?」
コルネがききました。
「わたしは、ちょっとした博物館をもっておるのです、
自分の屋敷の敷地内に。
この私設博物館の完成のために
私は生涯をかけているというわけです」

 「ところでご主人」
とアッシェンバッハ氏は、
コルネが用意したジャマイカ・イン特製のウェルカム・ドリンクを
おいしそうに飲みほすと、いいました。

「わたしがバニャーニャへ来たのは、もちろん蒐集のためです。
ここのあめふり図書館に所蔵されているという幻の書『孔雀ものがたり』をさがしに、
はるばるやってきたのです」


「あめふり図書館?」
はて?・・・そんなものあったっけ。
ふだん本なんかに用のないコルネは、すぐにはおもいだせません。
「そうだ、シンカに聞いてみましょう。
あいつなら、そういったことを
よく知っているに違いありません」

 シンカはもちろん、あめふり図書館を知っていました。
博物学に興味のあるシンカにとって、
図書館は頼りになる先生や友だちみたいなものです。
「でもねえ・・・」
明日さっそく図書館に案内して欲しいというアッシェンバッハ氏に、
シンカはいいました。
「バニャーニャのあめふり図書館は古くて本がたくさんある、
りっぱな図書館なんですが、
いまではもうぼくの他は誰も行かなくなっちゃって、
すっかり荒れ果てていますよ。
何十年か前に、
最後の図書館員がでていってしまってから、
ほったらかしなんです」

「けっこう、けっこう!」
とアッシェンバッハ氏は
力のみなぎった大きな声でいいました。
「じつは、その最後の図書館員から―今ではサーヌ川のほとりで古本屋をやっている老婆ですが―
私はじかに話を聞いたのです。

それは赤いモロッコ革の上等な表紙に
金色の文字で『孔雀ものがたり』と書かれた、
サンドイッチくらいの大きさの本だということです。
つる草のような美しい手書きの文字で書かれ、
かずかずの古代魔法の謎を秘めている、といわれる本です。
廃墟のような図書館―そういう場所こそ、
この本のありかにふさわしいというもの。
いやはや、いやはや、コレクター魂がうずいてきましたぞ!」
アッシェンバッハ氏は、
鼻のあたまに汗をうかべながら、
目をきらきら輝かせていいました。

 バニャーニャの西、ドコド湖のほとりの雑木林をぬけると、
そこにあめふり図書館があります。
大きな石づくりの建物の壁という壁はびっしりとツタにおおわれ、
強い風が吹くと雨のようにドングリがふりそそぎ、
何十年にもわたってふりつもった落ち葉が、
まわりを埋めつくしています。

 「ああ、ナメナメクジになめられても、
ここまで来たかいがあったというものだ」
ぎいっと、重々しいため息のような音をたてるドアを開けて、
図書館に一歩はいったアッシェンバッハ氏は、
感嘆のこえをあげました。




 天井近くの高窓からひとすじにぶい光がさしこみ、
かびくさい匂いがします。
壁には消えかけた字で
「あめふりの日は、図書館へ!」と書かれた
古いポスターがひらひら。

 「このなかから、たった一冊の本を見つけ出すなんて、
できるのかなあ?
あの最後の図書館員は、まるで気が狂ったみたいに、
本をめちゃめちゃな順番にならべてから出て行ったようなんです」
シンカは、とほうにくれたようにいいました。
「ふーむ、たしかに、これはおもったよりおおごとかもしれん・・・」
アッシェンバッハ氏は、
ホコリまみれの本がぎっしりと並ぶたなをみあげながら、
なにやら思案していました。

 翌日、バニャーニャのあちこちに、
こんなはり紙がはりだされました。
「あめふり図書館にて、『孔雀ものがたり』を見つけたものに
100ルーンの賞金!
フォン・アッシェンバッハ」


 はり紙を見てバニャーニャじゅうのものたちが、
あめふり図書館に集まってきました。
「こんなことは、バニャーニャはじまって以来のことじゃワイ」。
バニャーニャでいちばんの年寄りのバショーまでやってきました。
「そういえば、バニャーニャに図書館があるなんてことさえ、
わすれていたなあ」と他の年寄りたちもいいます。

「しかし、ほんとにホコリだらけだねえ」
「きみ、もうおしりまっくろだよ」
みんなは、そんなことをいいながら、
図書館じゅうにちらばり、
てんでに『孔雀ものがたり』をさがしはじめました。

 でもまず、あらゆるところにつもりつもった厚いホコリをそうじしなくてはなりません。
うすぐらいので窓ガラスもふいて、
くたびれたらちょっと腰をおろしたいから、
床のぞうきんがけもしました。
地下にある発電機を修理して、
読書灯もつくようにしました。

 そんなこんなで、本が見つからないまま、
またたくまに1週間がすぎました。
でもいまや図書館はさっぱりときれいになって、
居心地がよくなってきました。
そのせいか、一冊ずつ本を棚から出してさがしながら、
面白そうだと思うと、
床に座って読みはじめるものもでてきました。




 そんなふうにかれこれ、2週間もたったある日のことでした。

 ヤシノミ族のウルは、本さがしつかれて、
ついうとうととするうち、
百科事典に寄りかかってすっかり眠りこんでしまいました。
ヤシノミ族は体が小さく、
バニャーニャの南海岸に流れ着く
ヤシの実の中に住んでいる種族です。
とても内気で、ふだんは果肉がなくなったヤシの実のなかで、
ひっそりと暮しています。

さて、ウルが目を覚ますと、なんということでしょう!
すっかり日は暮れ、
みんなはねむりこんでいるウルに気がつかずに帰ってしまったようです。
図書館の中はしずまりかえって、
夕闇の影がそこここをおおいはじめています。
ひとりぼっちのおそろしさにあわてて起きあがったとたん、
ウルは本棚からころげおちてしまいました。

「アイタタタ・・・」
体じゅうをしたたかに打ってしまったウルは、
しばらく起きあがることができず、
床の上にころがっていました。
痛みがおさまってきたので、
やっとのことで体を横にしたときでした。
背の高い本棚の下のすきまに、
なにか赤いものが見えました。
うす闇のなかで、ウルは目をこらし、
その小さな体で、棚の下のすきまにはいこみました。




「ん?ク・ジャク・モノガタリ・・・
あったー!これだ、みつけたぞ!」
ウルはひざの痛さも忘れて力をふりしぼり、
なんとかその重い(本はウルの体より大きかったのです)本を、
本棚の下から押し出しました。

 ウルがはあはあ息をきらせながらジャマイカ・インに着いたときには、
アッシェンバッハ氏は、
コルネのお得意メニュー、
バニャーニャ特産の水晶クラゲのステーキの夕食をおわり、
ポポタキスのシャーベットをおかわりしているところでした。

「あの、ぼく、見つけました!ク、ク 、『孔雀ものがたり』を。
重くて持ちあがらなかったので、
2階の、奥から3番目の本棚の下においてあります」
そういうなり、ウルは目をまわして、
床の上にのびてしまいました。

 アッシェンバッハ氏がバニャーニャを去る朝、
みんなはナメナメクジの森の入り口まで、見送りに行きました。
「いやはや、バニャーニャには、またいつか来るような気がするんじゃ。みんな、たっしゃでな」
アッシェンバッハ氏がにこやかにいいました。

 バニャーニャのものたちは、
図書館でみつかった『孔雀ものがたり』を、
アッシェンバッハ氏にあげることにしました。
アッシェンバッハ氏が、みんなにあめふり図書館の楽しみをおもいださせてくれた、お礼として。

「またきっと、来てくださいね」コルネがいいました。
「こんど集めるモノも、きっとバニャーニャにありますよ!」
口々にそういって手をふるみんなに深く一礼すると、
蒐集家アッシェンバッハ氏は、
来た時と同じように、
ゆうかんにナメナメクジの森に入っていきました。

 ウルは、賞金の1ルーン銀貨100枚のうち、
1枚だけを自分のためにとっておいて、
残りはみんなにわけてしまいました。
ヤシノミ族はもともと、
あまりもモノをたくさん持ちたがらないのです。

 春風が気持ちいいある日、ジロたちはおべんとうを持って、
マレー川の上流の原っぱへピクニックに出かけました。
バニャーニャ名産ポポタキスの実もよくうれて、
ことしも地面のうえでぽんぽん、はねています。

 「あのさあ・・・・・・」とジロが、
つかまえたばかりのポポタキスの実をかじりながら、
いいました。
「ぼく、本をつくろうかな、っておもってるんだ、
このあいだの冒険のことを忘れないように。
でさ、できたら、読んでくれる?」

「あ、ぼくもおんなじこと考えていたところなんだ。
ジロがくれたカメラでさ、
きれいな砂の写真をたくさん撮ったのを本にしたいなあ、なんて」

フェイが目を輝かせてそういうと、カイサも
「あめふり図書館で毎日本をみてたら、
こぉんなにたくさん本があるんだもん、
1冊くらい自分の本があってもいいよねっておもっちゃった。
冬のあいだ、クッションの刺繍をしながらずっと考えてたお話があってね・・・・・・うふふ、ちょっと怖い話なんだ」
といいます。

「そろそろ緑色のノートに記録してきたことをまとめたいなあ、
と思ってたとこだし」
と、シンカもひざをのりだしました。




 そこでみんなは、
それぞれの心のなかにある本におもいをめぐらし、
草のうえにねっころがって、
自分の本につける題を考えるのにぼっとうしました。

 そんなわけで、やがてあめふり図書館には、
ずいぶん新しい本がふえたのでした。

たとえば―
『毛糸の舟ぼうけん記』ジロ著
『世界の砂カタログ・保存版』フェイ著
『タマゴ好きのためのタマゴレシピ101』モーデカイ著
『カイガラ島とその生きものたち』シンカ著
『バラコガネムシ殺人事件』カイサ著
『幻想詩集・黒いバラのバラード』ボデガ著
『実話ホラー 石舞台を歩くモノ』バショー著
『誰でも作れる!リトル・ボートの作り方』コルネ著、
などなど。

とうぜんのことですが、
だれもが、自分がいちばん好きなことについての本をつくったのでした。
そうそう、あのウルも、
藍色の表紙のきれいな本、
『闇夜のこびとたち』をつくりました。
これは毎晩、ウルが夜の海辺でぼーっとしている時に思い出した
生まれ故郷に伝わる話なのだそうです。

本を作るのはとっても楽しく、
また同時にとても骨のおれることでしたので、
誰もが図書館に置いて、みんなに読んでもらいたい、
と思ったのでした。


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 私設博物館をつくるという、とんでもなく魅惑的な夢を実現したごく少数の人たちのなかに
イギリスの大富豪ロスチャイルド家の人々がいます。
なかでもナサニエル・チャールズ・ロスチャイルドと長女ミリアム父娘は、
その財力と権力を駆使して、世界中のノミの標本を網羅して、
ノミの分類学に大きく寄与したそうです。
なにしろ、蒐集のために北極へ採集船を出したこともあるというのですから・・・・・・すごい。
大富豪とノミ。
この組み合わせのミスマッチさも限りなく贅沢。

そこで、珍しいものを求めて世界中を旅し、
広大なお庭の一角にある私設博物館の陳列物に目を輝かしているような、
そんな大富豪に、バニャーニャにもきてもらうことにしました。


 この大富豪の名前のアッシェンバッハというのは、
あのルキノ・ヴィスコンティ監督の『ヴェニスに死す』の主人公から。
映画の主人公は大富豪というわけではなく大作曲家ですし、
バニャーニャを訪れたアッシェンバッハは、
美少年に魅入られながらペストで死んでいく映画の大作曲家の退廃美の世界とは違う、
情熱的で元気いっぱいの蒐集家ですが、
なにか「ものものしい名前」が欲しかったので、
大好きな映画からこの名前をかりました。

 本をつくる、というのは、まっとうにやろうとすれば、
もうほんとうにたいへんなことで、
同時にやりがいのあることです。
自分がとても好きだったり興味があったりすることを、
とことん突き詰めなければなりませんし、
自分だけが面白いのでなく読む人が楽しめなければならないし、
印刷物は間違えてしまうとすぐには直せないので、
そりゃあ緊張します。

 でも一冊の単行本というのは、すみからすみまで自分の世界。
できあがって手にするときの喜びは無上のものがあります。
ジロもフェイも、みんなそんな喜びを味わったに違いありません。

 さて、ヤシノミ族のウル、大活躍でした。
ウル、というのは南太平洋地域で、ココヤシを意味する言葉。
ヤシノキは世界に200種もあるそうですが、
ココヤシはその実が利用価値が高いため、
植林されることが多いようです。

 ヤシノミはほんとうに、隅から隅まで役に立つ果実で、
採りたての果実に穴をあけて飲むココナツジュースの味は忘れられないおいしさだし、
外皮は燃料やタワシ、ホウキなどの材料として有用で、
南の島でココナツがあれば、飢え死にすることはなさそうです。

 ココヤシの実はだいたい20センチくらいの大きさですが、
ヤシノミ族は、中身がすっかり空になったヤシノミなかに住んでいる種族で、
いわばヤドカリのような生き方をしています。
 なのでココヤシがないとヤシノミ族は生きていけません。

 以前、国境の町へ行ったモーデカイのカバンにかくれて(第3話参照)
バニャーニャにやってきた「小さいものたち」(今では貝殻島に棲んでいる)も、
ヤドカリのような生きものです。
「ヤドカリという生き方」は、なんとも運まかせで、心細いような不安のような・・・・・・仮住まいの一生。
 カタツムリのようにたとえ極小でも自前の殻をもっている生きものとは違う、
こういう仮住まいを生き方として選んだ生きものに、
なんだか心ひかれます。
その潔いような、ゆるいような、運まかせな生き方に。
 
 ヤドカリは大きくわけて、海の中にいるものと、
産卵の時以外は陸に棲むオカヤドカリの2種類がいます。
もともとは海の中にいたヤドカリのなかのあるものが、
ある時期、新たなニッチを求めて陸へあがったようです。
 
 陸にあがったヤドカリのパイオニアたちは、
死んだ魚や砂地の植物、雑多なゴミ、といった海辺のゴミを食べるスカベンジャー(掃除屋)として、
強い生命力を獲得しました。
かなり環境が変わっても適応して生きていく能力には驚くべきものがあります。

 もう20年も前のこと。
貝拾いにいったタヒチから、思いがけず貝の中にはいったまま、
はるばる東京の我が家に来てしまったオカヤドカリは、
なんと3年も生きていました。


 初代「うちのオカヤドカリ」。





 海のヤドカリとの大きな違いは、このつぶれたような、つぶらな瞳。
こんな平べったい眼でみた世界は、どんなふうに見えるのか。


初代から殻を受け継いだ2代目は体が白くて眼の色が濃かった。


サンゴの白砂の上で、遠い故郷の海辺を思い出しているのか。


 ヤドカリもヤシノミ族も、
運まかせな一生を生き抜かなくてはならないため、
体は小さいけれど、とてもたくましい。
バニャーニャにはウルの他にもヤシノミ族がいるらしいのですが、
まだ発見されていません。
なにしろ、とてもひっそりと暮らしている生きものなので。