バニャーニャ物語

 日々虫目で歩く鈴木海花がときどき遊びに行く、風変わりな生きものの国バニャーニャのものがたり。

2013年前半は不定期更新になります

2013-03-15 08:50:35 | ものがたり
 いつも『バニャーニャ物語』を読んでいただき、ありがとうございます。
ただいま6月に発売予定の虫をテーマにした本を制作中です。
そのため、こちらのブログの更新は、いままで毎月1回でしたが、
不定期とさせていただきます。
 たぶん、本の原稿が印刷やさんに入る5月下旬には
新しいお話をアップできると思いますので、
また遊びに来てください。


2013年前半は不定期更新のお知らせ

2013-01-15 18:13:57 | ものがたり
 
 いつも『バニャーニャ物語』を読んでくださり、ありがとうございます。

 今年もバニャーニャのお話を書いていくつもりですが、
目下5月~6月にかけ、虫関連の新著を出版すべく制作中です。
この制作に集中するため、
心苦しいのですが、夏前まで、今年の更新は不定期とさせていただきたいと思います。

 バニャーニャでは、相変わらず、フェイが「王様の金魚」が欲しいと言い出したり、
ジロが書いた『毛糸の舟冒険記』が、あめふり図書館のベストセラーになったり・・・・・・
 と、いろいろなことが起こっています。
毎月15日にお出でくださっているみなさまには、申し訳ありませんが、
更新が不定期になりますので、更新しましたらfacebookでお知らせいたします。

 これからも、バニャーニャの物語を楽しんでいただけますよう、
どうぞ、よろしくお願いいたします。





『バニャーニャ物語』その21 五月に雨降れば

2012-12-20 13:34:25 | ものがたり



                  

作・鈴木海花
挿絵・中山泰
 


国境の町のむこう、
<ナメナメクジの森>を越えると
そこには、
ちょっと風変わりな生きものたちの暮らす国がある


*はじめてお読みの方は、「その8」にあるバニャーニャ・ミニガイドを
 ご覧ください。
 



  『バニャーニャ物語』その21 五月に雨降れば 



 五月にはいって、バニャーニャは雨の日がつづいています。
 「きょうも雨か……」
 砂屋の戸口で、ザアザアと音をたてて降る雨を見ながらフェイはためいきをつきました。
目の前の風景も白っぽくかすんで見えます。
「あーあ、せっかくの五月だっていうのに……うんざりだよ」
 なんだか気分が重くて、朝ごはんをつくる気にもなれません。
 ぼんやりと店の前の道にできた、大きな水たまりに雨が絶え間なくはねるのを見ていると、すっぽりと雨合羽を着たモーデカイがやってくるのが見えました。





 「あれ?モーデカイ、この雨のなか、国境の街へお使いに行くの?」
 「うん、雨つづきで、<よろずや>のお客さんもあんまり来ないしね。
みんなからいろいろ頼まれているものも、たまっているから、きょうは街まで行ってこようと思うんだ」
 「あっ、そうだ、ぼくが手紙でたのんでおいたトットリ砂丘の砂も、郵便局に届いていたら、持ってきてね」
 こんな日は森にはもやがたちこめて、ナメナメクジがいつもより元気づき、数も多いから森を抜けるのがちょっとユウウツなんだけどさ、といいながら、モーデカイは手を振って出かけて行きました。

 「雨天ユウウツ症だな……モーデカイもぼくも」
 フェイはそうつぶやくと、店のなかにもどり、薄暗いのでランプをつけてから、世界中から集めた砂の入ったビンを並べた棚を、のろのろと掃除しはじめました。


  フェイが世界中から集めた砂は少しずつ増えて、今では267種になりました。
バニャーニャでは、砂はいろいろな使い途のある必需品です。
 砂はそれぞれ、うす緑色、灰色、茶色、黒、黄色、橙色、レンガ色、ピンク色と、色や細かさ、手触りもちがうので、これらで描く砂絵はバニャーニャでは人気があります。
 庭や鉢植えに撒いて、彩りを添えることにも使われます。
 でも、なんといっても砂がいちばん役にたつのは、調合してよくシェイクした砂薬としてでしょう。体の具合の悪いときやケガをしたときの治療薬として欠かせません。
 みんなはどこか具合が悪いときは、フェイに頼んで薬を調合してもらいます。

 「なんだか気分がのらないけど、きょうはユウウツ症を治す薬でも調合するとするか……」
 フェイが掃除道具を片付けて、そうつぶやいたときでした。
 店の扉が勢いよくあいて、シンカが顔をのぞかせました。
 「フェイ、まだ家にいたの?早く行こうよ!」
 「えっ、行こうって、どこへ?」
 「なんでも、海岸にたくさん流れ着いたんだってさ」
 「流れ着いたって、なにが?」
 「さあ、そこまではわからないけど、とにかくジロもカイサも、海岸に向かってるよ」

 「この雨のなか、気がのらないなあ」
 ぶつぶつ言いながらも、フェイは青いレインコートを着て、シンカと海岸へ向かうことにしました。

 雨の海岸では、バニャーニャじゅうの生きものが、波打ち際にそって集まっていました。
波打ち際の線に沿って、なにやら色とりどりのものが流れ着いています。
フェイとシンカが近寄ってみると、なんとそれは大きさも、色も、形もさまざまな帽子でした!
 「フェイ!こっちこっち」カイサが手を振っています。
 「なんだい、これ」
 フェイもシンカも目の前の光景にびっくり。
 「あすこにいる太った人が帽子屋さんでね、舟で帽子を運んでいて、バニャーニャの沖で
転覆しちゃったんだって。それでこんなにいっぱい、帽子が流れ着いちゃったっていうわけらしいよ」

 カイサが指した方へ行ってみると、コルネが背の低い太った人を毛布でくるんであげながら、さかんに何か話しています。



「あーあ、ぎょうさん国をまわって仕入れた帽子がこない水浸しで、だいなしでんがな。そやさかい、またはじめっからやり直しせなあきまへん」
太った人がコルネにいいました。

 「おいらの帆船がこの沖でひっくりかえった時も、積み荷がここにわんさか流れ着いたっちゅうことだったからな」
 コルネがいいました。
 「この先の国境の街で店を開くために、ここまでやってきたっちゅうに、なんとも難儀なこってすなあ」
 帽子やさんは、毛のない頭をタオルで拭きながら、がっくりと肩を落としました。
 「帽子はまた集められるけど、命はひとつだからね。今夜はうちのホテルでゆっくり休むといいや」
 コルネが帽子屋さんの肩をたたいてなぐさめました。

 水浸しになった帽子はもう売り物にはならないけれど、乾かせばまだ立派に役に立つものもあるので、帽子屋さんは欲しかったら持って行きなはれ、とみんなにいいました。
 集まっていたみんなは、雨にぬれるのもかまわず、さっそく波打ち際にかがんで、自分に合う帽子を物色しはじめました。

 「わあ、これもらっちゃっていいの?うれしい!こんな帽子ほしかったんだー」
 カイサが、渦巻きもようの生地でつくられたオシャレな帽子をうれしそうに拾いあげていいました。



 「あ、これいいなあ」
 フェイも薄茶色のストローで編まれた上等そうなパナバ帽子をひとつ拾い上げて、濡れたまま頭に載せました。
 「モーデカイにももらっていこっと」
というと、すぐそばに落ちているツバの広い、黒いリボンのついた麦わら帽子も拾いました。こびりついている砂をはらうと、それは濡れているにもかかわらず、シャキッとして見えました。これから来る夏に、お使いに行くモーデカイにきっと役立つに違いありません。

 「ねえ、これどうかな?可笑しい?」


 ジロがうぐいす色のフェルト帽の形を直しながら頭に載せていいました。
 「わあ、似合う似合う、ジロにぴったりだよ」
 カイサがいいました。
 「タ、タタ、タタタタ」
 カイサが足元を見ると、チクチクも好きな帽子を見つけたようでした。



 「チクちゃんったら、その赤いベレー帽が気に入ったの?」



 みんなは自分が欲しい帽子を選ぶと、もう使いものになりそうもないほど傷んでしまっている帽子の残骸を拾い集めて、海岸の掃除をしました。
 「あれ?!雨が……止んだぞ!」。誰かが叫びました。
 波打ち際がすっかりきれいになったころ、沖の空に、大きなアーチを描いて虹がかかりました。




 翌朝、カイサが目を覚ますと、カーテンの隙間から一筋の黄金色の光がさしています。
 「わあい、やっとお天気になったぁ」
 家中の窓をあけ、台所へ行ってやかんを火にかけてお茶を淹れる用意をしてから、居間の草テーブルのところへ行って、
 「氷虫ちゃん、おはよう~」
 と、いつものように声をかけます。

 去年の秋に、洞窟の氷の花から出てきた虫を、カイサはこう呼んでいます。
 冬から春へ、虫はポポタキスの実を吸ったり、草テーブルのまんかなに生えた雑草の茂みのなかを歩きまわったりしていました。

 カイサは草テーブルの雑草の葉をそっとかきわけて、氷虫を探しました。
 ところが……いつもはすぐに見つかるのに、今朝は何度さがしても、虫の姿が見えません。
 「おかしいなあ……いつもこの辺にいるのに、どこへ行っちゃったんだろう?」
 カイサはあたふたと、部屋のなかを探しまわりました。

 「いない、いない、いないよー」
 カイサは泣きだしそうになりながら、ふと、草テーブルの横の椅子に目をとめました。
 そこには、きのう波打ち際で拾った、きれいな帽子がかけてあります。びしょ濡れだった帽子は、もうすっかり乾いています。

 「ん?」
 帽子のふちに何かついている、と思って見ると……それは氷虫でした。
 でもなんだか様子がいつもと違います。
 帽子の布地に、肢の爪をくいこませるようにして、じっとしています。
 そして、カイサが見ているうちに、なんと虫の背中が割れはじめたではありませんか。
 そう、虫はついに幼虫から脱皮して、成虫になろうとしているようなのです。

 カイサは目を見開き、息をころして、変化していく虫の姿を見つめました。
 やがて帽子の布地につかまるように、ぐいと体を後ろにそらせた虫は、背中の割れ目から幼虫の殻を脱ぎ、鮮やかなオレンジ色の体をした成虫が姿を現しました。
 古い殻から抜け出した虫は、殻のそばでじぃっとしています。
 カイサは虫を驚かせないように、そおっと帽子をテーブルの上に置きました。
 見る見るうちに、オレンジ色だった虫の体の色は、透明感のある灰青色の体に変化しました。


 

 そしてお尻のほうを持ち上げるような格好をしたかとおもうと、ブ~ンと翅音をたてて、草テーブルの真ん中のツルエンドウの葉の上に着地しました。
 「わあ、翅ができたんだね!!!飛べるんだね」
 カイサが歓声を上げたその時でした。
 虫は、そよ風がカーテンをゆらす窓へ、またブ~ンと翅音をたてながら飛び移り、
あっという間に、外へ飛んで行ってしまいました。

 「まってー」
 カイサはドアを開けると、全速力で虫の後を追いました。

 野原を越え、虫はカイサの家のいちばん近くのポポタキスの木の葉に止まりました。それから枝をつたってピンク色に熟れているポポタキスの実にのぼり、おいしそうに果汁を吸いはじめました。
 「はあ、はあ、はあ……お腹がすいてたんだね!」
 なんとか見失わずに虫を追いかけてきたカイサは、立派に羽化した虫の美しい姿にみとれました。
 背中にはまるでカットグラスのような凹凸があります。
 体の上のほうには入り組んだ美しい模様が刻まれ、青い眼はまるでダイアモンド。触覚は細いツララのようです。
 なんて、ステキな虫なんだろう!!!



 今までにみたことも、きいたこともないこの虫を、カイサは誰かに見せたくなりました。
そ こで、虫が夢中で果汁を吸っているポポタキスの実をそっと折り取ると、逃げないように(いまやこの虫は飛べるのです)そおっと家に持ち帰り、こんな時のためにとっておいた、いちばん大きなハチミツのビンのなかにそっといれ、胸に抱えてジロの店へ向かいました。


 久しぶりの五月晴れのこの日、ジロの店にはまだお昼にもならないのに、たくさんのお客さんが詰めかけていました。
 「ジロ、あのね……」カイサがそういいながら調理場に入って行くと、ジロは顔を真っ赤にしながら、なべをかきまわしていました。
 「あ、カイサ、きょうはね小カブと新タマネギ、それにエビのお団子のはいった5月のスープだよ。もうすぐできるからちょっと待っててね」
 「うん……あのぅ……去年氷の洞窟でさ……ううん、なんでもない。あとでスープ飲みにまた寄るね」
 こんなに大忙しのジロに、とても虫の話をするヒマはなさそうです。
 そこへ、モーデカイが入ってきました。
 「ジロ、デザートのマンゴープリンに使うマンゴー、貝殻島で採ってきたよ。これでいいかな」
 「わあ、真っ赤に熟れてるね、これならきっといい香りのプリンができるよ」
 ジロはそういうと、モーデカイから受け取ったマンゴーにさっそく切り目を入れて
ミキサーにかけました。
 「そいじゃあ、おれもう行くね。ジロの店が忙しいときは<よろずや>も忙しくてね。あ、カイサ、いつものイチゴのマシュマロ、仕入れてあるぞ」
 モーデカイはそういうと、カイサが胸にもっているハチミツのビンにも気づかずに、急いで帰っていきました。



 カイサはなんとなく気持ちがショボンとしました。でも気をとりなおして、今度はフェイの店に行ってみることにしました。
 入口の扉を開け放って、フェイはカウンターの後ろで、砂薬の調合をしているようでした。
 「こんちはー。元気ぃ?」
  カイサが声をかけました。
 「やあ、こう天気がいいと、気持ちいいよな。きのうまでのゆううつ症がケロリとなおっちゃったよ。元気、元気」
 「あのさフェイ、去年みんなで氷の洞窟へ行ったとき、氷の花のなかから虫が出てきたの、覚えてる?」
 「ん?虫?ああ、そういえば、そんなこともあったかな」
 フェイが砂薬の調合の手を休めずにいいました。

 「あの虫ね、まだ幼虫だったんだけど、家でずうっと飼ってたら、今朝、羽化したんだよ!」
 「へえ……そうなんだ」
 「すごくきれいな虫なんで、見てみたいかなあって思って」
 「ふうん、見てもいいけどさあ。あのさ、ぼくどっちかっていうと、虫にがてなの、知ってた?」
 「あ、そうか、フェイは虫にがてだったんだ……ごめん。いそがしそうだから、じゃ、帰るね……」
 カイサはそういうと、すごすごとフェイの店を出ました。

 「もう、かえろかな」
 食欲がないので、カイサはジロの店でお昼を食べるのを止めて、家に向かうことにしました。
 ハチミツのビンを抱えて、とぼとぼと歩いていくと、あめふり図書館のほうから、シンカがやってくるのが見えました。


 「あれ、シンカ、図書館は?」
 「うん、雨が降りつづいていた間は、みんな本を読みに来たんだけど、きょうみたいなお天気の日は本を読む気にならないみたいで、誰も来ないよ。きょうはもうおしまいにしたんだ。まあ、あめふり図書館っていうくらいだからね」
 シンカが笑いながらいいました。

 「カイサ、そのビンに入ってるの、なに?」
 シンカが、カイサが抱えているビンを指して訊きました。
 「うん、これさ、氷の花のなかから出てきた虫が、羽化したやつなんだけど」
 カイサがそういいかけると、シンカは目を輝かして、
 「へえー、それはスゴイな。あ、きれいだなあ。幼虫の時もきれいだったけど、成虫は迫力あるなあ」
 「えっ?この虫のこと、きれいって言ってくれたの、シンカだけだよ」
 カイサは急に元気を取り戻していいました。
 「すごくきれいだし、それにすごく珍しい虫なんだと思うよ。だって、あの氷の花のなかでずうっと眠ってたわけだから、きっとポポタキスを食べながら大昔からバニャーニャに生きていた虫かもしれないね」
 「そうだよね、氷のなかで生きつづけていたなんて、不思議だね」
 「うん、体がまるで氷のクリスタルみたいじゃないか!そうだ、この虫、あめふり図書館の図鑑にも出ていなかったから、勝手に名前つけちゃおうよ……そうだな、<クリスタルモドキ>っていうのはどう?」
 「<クリスタルモドキ>!かっこいいね。この虫にぴったり」

 翌朝、カイサはクリスタルモドキを連れて、ポポタキスの林へ行きました。
 ハチミツのビンから名残り惜しそうにクリスタルモドキを出すと、そっとポポタキスの実の上に止まらせました。去年の秋からずっといっしょに暮してきたクリスタルモドキがいなくなると、ちょっとさびしいな、と思いながら。


 でも、ここへ来れば、またきっと会えるでしょう。

  あ、そうだ、モーデカイの店へ、イチゴのマシュマロ買いに行かなくちゃ。
 それからお昼ごはんにはジロの店の川辺のテーブルで、おいしいスープを飲んで……。
 カイサはそんな風に思いながら、のんびりと歩きはじめました。
 道端にはハルジオンの薄桃色の花が風にゆれています。
 雨をたっぷり吸った木々の緑が、見る間に濃さを増すような、5月の朝でした。










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 自分がときどき遊びに行きたくなる世界をつくりたい、と思いこの物語を書きはじめたのですが……名前はどうしよう?
と、思った時に全くなんの脈絡もなく浮かんできたのが、「バニャーニャ」という名前でした。
 現実の世界で「バニャーニャ」という場所はあるのだろうか?と調べてみると、
イタリアのトスカーナ地方にある、中世期に開かれた湯治場を指す言葉のようです。
 またバナナチップみたいなお菓子に「バニャーニャ・チップ」という商品があるようなので、バナナを意味するイタリア語なのかもしれません。
 

 『バニャーニャ物語』はファンタジーですが、この世界での自然観、そのなかに暮らす生きものたちを考える上で、インスピレーションの素になっているのは、ふだんの虫観察です。
 今回の「氷虫」の羽化も、野外や飼育で観た、虫の幼虫からの羽化の様子に基づいています。

 今年3月、5月に石垣島の林道で見たナナホシキンカメムシの5齢幼虫。


 羽化がはじまった!



 そして、しばらくするとピカピカの成虫に変化。



 「クリスタルモドキ」は、もちろん架空の虫で、幼虫(終齢幼虫)はバニャーニャにある氷の洞窟に咲く氷の花のなかから見つかって、氷が溶けたあとに動きだした幼虫を、カイサが飼育してきました。
 
 終齢を迎えた幼虫が羽化するまでの時間は、虫によってさまざまですが、
例えば私の大好きなアカスジキンカメムシは、10月ごろ終齢幼虫となり、そのまま越冬して、翌5月ごろに羽化して成虫になる、というかなり長い期間を終齢幼虫として過ごします。
 現実に、氷の中で幼虫時代を過ごす虫がいるかどうかはわかりませんが、もっと小さいもの(1ミリ以下とか)であれば、いるかもしれないと思います。

 あのクマムシのように、乾燥、真空、高温、高圧、放射線にも耐えて、電子レンジでチンしても平気だし、120年間水なして生き続けるという生物が現実にいる!のですから、まだ人間の知らないどこか過酷な条件下で、幼虫時代を過ごす虫がいても不思議ではないでしょう。
 人間の生存条件からは想像もつかないような、突飛ともいえるような生き方をしている生物は、まだまだたくさんいるんだろうなと思うと、とてつもなく世界は広く深いような気がして、わくわくしてくるのです。





  今年も一年間、バニャーニャ物語を読んでくださって、
 ありがとうございました!!!
 更新日が遅れたり、1話が2話分にふくらんだり……と
 いろいろ不備もありましたが、読んでくださるみなさまのおかげで
 つづけることができました。

  また、原宿の「シーモアグラス」では、「紙で読むバニャーニャ展」を開催することができ、モニターで読むのとはまた違うバニャーニャをつくる試みもできました。
 会場を提供してくださったシーモアグラスさん、
 企画をしてくださったカヨさん、
 そして、見に来てくださり、感想を寄せてくださったみなさまに、
 心からお礼申し上げます。


 来年も、どうぞ、よろしくお願いいたします。
 みなさま、よいお年をお迎えくださいますように。


 鈴木海花
 中山 泰

 

 





 





『バニャーニャ物語』その20 「ぼく、誰だっけ?」つづき

2012-11-15 19:20:20 | ものがたり


                  

作・鈴木海花
挿絵・中山泰
 


国境の町のむこう、
<ナメナメクジの森>を越えると
そこには、
ちょっと風変わりな生きものたちの暮らす国がある


*はじめてお読みの方は、「その8」にあるバニャーニャ・ミニガイドを
 ご覧ください。
 







      バニャーニャ物語 その20 「ぼく、誰だっけ?」つづき



 翌朝、目をさましたヒュウくんは、「ん?ここはどこだろう?」といっしゅん頭のなかがグルグルしましたが、すぐに、そうだ!きのうはホテルに泊まったんだった、と思い出すことができました。
 朝陽の差し込む食堂に降りていくと、ぱりっとした白いクロスのかかったテーブルに、ココアのカップが湯気をたて、そのそばにバターがたっぷりしみこんだきつね色のトーストと、生野菜をたっぷり添えたオムレツのお皿が載っていました。

 「おう、おはよう、よく眠れたかい?」
厨房から出てきたコルネがいいました。
 「おはよう。なんだか夢をみたような気がするけど忘れちゃった。でもよく眠れました」
 「そりゃ何よりだ。朝ごはんがちょうどできたところさ」
コルネがテーブルの上をさしていいました。
ヒュウくんのおなかが「ぐぅっ」と鳴りました。

 「ヒュウくん、おっはよー!」
ココアを2杯おかわりして、朝ごはんがすんだところへ、カイサがやってきました。
バニャーニャに来たばかりのヒュウくんが、たきぎ集めに行くのに、きょうはカイサが道案内をしてくれることになっているのです。
 「まず、ジロの店の川向うにある雑木林にいってみようか」
ヒュウくんはオレンジ色のリュックを背負うと、コルネから渡されたタキギをいれる袋をもってカイサといっしょに出発しました。

 きょうはいいお天気。
道端には、カラスのエンドウやタンポポ、オドリコソウやタチツボスミレなどなど、春の草花がいっぱいです。
 「あ、テントウムシの幼虫がいるよ、どんなテントウムシになるのかなあ」
カイサが、カラスノエンドウの花でアリマキをムシャムシャ食べている小さな虫を見ていいました。
 「それがテントウムシになるなんて、ぼくちっとも知らなかった」
ヒュウくんが目を丸くしていいました。

 「みてみて!もうバニャーニャハナムグリが出てきてるよ」
こんどはヒメジョオンの花に頭をつっこんで花粉を食べている虫を指さしてカイサがうれしそうな声をあげました。
 「ピンク色にピカピカ光っているね。こんな虫はじめてみたよ」
 「シンカがいうには、この虫はバニャーニャにしかいない珍しい虫なんだってさ。これに会うと、春だーって気がするんだ」
 カイサの声がうきうきしています。
 ヒュウくんもなんだかうきうきしてきました。

 ふたりは道草しながら、春風のなかをぶらぶら歩いていきました。
すると、ヒュウくんがいきなり立ち止まって、いいました。
 「あれ、この木、なんだろう?見たことないなあ」。
 「それはポポタキスだよ。ポポタキスもバニャーニャにしかない木なんだって。美味しい実がなるんだよ」
 カイサがポポタキスの実をひとつとって、ヒュウくんにわたしながらいいました。
 「あれ、あっちの木の下で、実がぽんぽん跳ねてる!」
 カイサのまねをして、ポポタキスの実をチュウチュウ吸いながら、ヒュウくんが目を丸くしていいました。
 「ポポタキスの実はね、熟して地面に落ちると、しばらくああやって元気にはねまわるんだ」
 「これ……おいしい!」
 ヒュウくんはそういうと、やにわに背中のリュックを下ろして、なかからスケッチブックとクレヨンを取り出し、草の上に座って、一心にポポタキスの木の絵を描きはじめました。

 「わあ、ヒュウくんって、絵が上手なんだねえ」
できあがった絵を見て、カイサがいいました。スケッチブックの上に、まるでポポタキスの木が生えたみたいに、それは活き活きと描かれていましたから。
 「あ、思い出した!こうやって木の絵を描くために、いつもスケッチブックとクレヨンを持っていたんだった」
 ヒュウくんがにっこりしていいました。

 ふたりはポポタキスの実をいくつかポケットにいれると、またあっちこっちで足を止めて道草しながら、ジロの店のそばにある雑木林を目指しました。
 雑木林のなかには、冬のあいだに枯れた小枝が地面にいっぱい落ちていましたので、コルネに渡された袋はたちまちいっぱいになりました。

 「ふう、これだけあればもういいね。お腹が空いたとおもったら、もうお昼だよ。ジロの店で、美味しいスープでも飲もうよ」
 カイサがいいました。
 「でもぉ・・・・・・ぼくルーン、もってないよ」
 「だいじょうぶ、ほら、この木の根元にいっぱい咲いてるニオイスミレをつんでいこう。お店のテーブルの上に飾るのに、ちょうどいいから、ジロよろこぶよ」。

 橋を渡ると、ジロの店が見えてきました。
 あたたかくなったので、ジロの店では川岸にテーブルを並べています。お客さんは川の流れる音をききながら、スープを飲んだりパンを食べたり。
 すると、ヒュウくんが川岸に沿って並んでいるヤナギの木を見ていいました。
 「サリックス アルバ トリティス」
 「えっ、なになに?」カイサがききました。
 「サリックス アルバ トリティス……シダレヤナギの名前」
 ヒュウくんはそうつぶやくと、またリュックからスケッチブックを取り出して地面に座り、やわらかい小さな黄緑色の芽をたくさん出して、ゆったりと風に枝をゆらせているヤナギの木の絵を描きはじめました。

 「おおい」と声がして、ジロが手振りながらやってきました。
 「ヒュウくん、元気そうでよかったよ。あれ?絵を描いてるの?うまいなあ、まるで絵の中でヤナギが枝をゆらせているみたい」
 ヒュウくんの絵をみたジロが感心したようにいいました。
 「あのぉ……スープ飲みたいんですけど、これで足りますか?」
 絵を褒められて恥ずかしそうにしていたヒュウくんが、ニオイスミレの束を差し出してジロにいいました。
 「うーん、なんていい香りなんだろう。これだけあれば、全部のテーブルに飾ることができるよ。ありがとう。お礼に好きなスープ、なんでも飲んでいいよ」。
 「ジロ、きょうのスープはなに?」カイサがききました。
 「春キャベツとえんどう豆とアスパラガスの緑尽くしスープと、掘りたてのタケノコと海藻に、マスのお団子が入ったスープだよ」。
 「わっ、どっちも美味しそう」
 「じゃあ、両方飲むといいよ」。
 ジロはそういうと、いそいそと調理場に向かいました。

 カイサとヒュウくんがテーブルに座ると、ヒュウくんの足元にトゲトゲしたものがころがってきてぶつかりました。
 「ひゃっ!」
 ヒュウくんが驚いていうと、
 「それはチクチクっていうの。チクちゃん、冬眠から目がさめたんだね」
 「チクチクさん、こ、こんにちは」ヒュウくんがいうと、チクチクはヒュウくんを見上げて「タタタタ、タタ」というなり転がるように、川のほうへいってしまいました。
 「な、なんていったの?」
 「ハエ、食べたいーって、いったの」カイサが笑いながらいいました。
 「チクちゃんはハエが好物なんだ」

 ふたりがゆっくりとお昼ごはんを食べ終わるころには、他のお客さんは誰もいなくなっていました。
 ジロが前掛けで手をふきふき、ふたりのテーブルにやってきて、椅子に腰かけました。
 「ヒュウくん、タキギは集まった?」
 「カイサさんが手伝ってくれたんで、もうこんなに」
ヒュウくんが足元の袋を見せていいました。

 「じゃあ、明日はぼくの手伝いしてくれない?」
 「ぼくにできることなら、なんでもやります!」
 ヒュウくんがいいました。
 「畑の収穫を手伝ってほしいんだ。あしたはデザートにクリームがけの三月イチゴを出そうと思っているんで、イチゴを摘んで、それからインゲン豆の皮むきも手伝ってもらえると、助かるなあ。 あ、それが終わったらさ、モーデカイの<よろずや>と、アザミさんのブーランジェリーにパンを買いに行くのを手伝ってほしいんだ」

 「わあ、イチゴ摘み、してみたいな。それによろずやさんやパン屋さんにも行ってみたいや。バニャーニャのいろんなところへ行ってみたくなっちゃった。だって、バニャーニャにはいろんな木があるんだもん」
 ヒュウくんが顔を輝かせていいました。
 「ヒュウくんって、木が大好きみたいだね。木の絵を描きだすと、なにもかも忘れちゃうみたい」カイサがいいました。


 翌朝、ヒュウくんは朝ごはんがすむとすぐ、ジロのスープ屋へ向かいました。
 「はやいね。でも助かるよ、お昼にはお客さんが来るからね、その前に用事をすませちゃいたいんだ」
ふたりは収穫用のカゴをもって、店の横にある畑に行きました。
 「こんな真っ赤なイチゴ、見たことないよ」ヒュウくんがいいました。
 「バニャーニャの三月イチゴは、粒は小さいけど、なかまで真っ赤でルビーみたいなんだよ、ひとつ食べてみて」
 ジロが、摘んだばかりの三月イチゴをヒュウくんの口に入れてくれました。
 「おいしい!甘くて酸っぱくて、味が濃いや」
 「あとでモーデカイの<よろずや>で、クリームを買って、これにかければ、みんなの大好きなデザートのできあがりだよ」
 それをきいたヒュウくんののどがゴクリ、と鳴りました。
 カゴいっぱいにイチゴを摘んだ後は、ポタージュスープにするインゲンマメのサヤをむいて、
 「よしっ、これですっかり準備できたぞ。それじゃあ、こんどはいっしょにアザミさんとモーデカイの店の買い物、手伝ってね」ジロがいいました。

 ふたりはカゴをさげて、アザミさんがやっているパン屋さん「ブーランジェリー・アザミ」に向かいます。
アザミさんの店が見えてくると、ヒュウくんは、とつぜん立ち止まりました。
 「あれ、どうしたの?」ジロがきくと、ヒュウくんは、アザミさんの店の脇にある大きなクスノキを指さしていいました。
 「シナモア・カムフォーラ!」
 そして、いきなり駆け出したので、ジロはびっくり。

 クスノキは一年中、つやつやした葉をつけていますが、春の葉は特にみずみずしくやわらかそうで、たくさんの葉っぱが風にゆっくりとゆれるようすは、いろんな緑色が混ざった体をした大きな生きもののようです。
 ヒュウくんは、クスノキの根元に腰をおろすと、リュックからスケッチブックを取り出して、クスノキを見上げながら絵を描きはじめました。



 一枚のページいっぱいに、大きなクスノキの絵ができあがると、ふたりはアザミさんの店にはいっていきました。


 お店のなかには、焼きたてのパンの香ばしい香りが満ちています。
 「あら、あなたがもしかして……ヒュウくん?」
 アザミさんがいいました。
 「カイサからウワサはきいているわ」
 「はじめまして、ヒュウです」
 「きょうはね、ぼくの手伝いをしてくれているんだ」
 ジロがにこにこしていいました。
 「きょうはふたりだからいつもよりたくさん持てるから棒パンを10本ください。あ、それに発酵バターも2ビン。ハチミツはまだ採れないのかな?」

 冬のはじめの大嵐で、アザミさんが丹精してきた裏庭のミツバチの巣が吹き飛ばされてしまったのです。
 「ええ、もうちょっとだけ待ってね。少しずつハチがもどってきているから、もうすぐまたミツが採れるようになると思うわ」
 「あ、思い出した!ぼく、ハチミツ大好きだったんだ」
 ふたりの話をきいていたヒュウくんがとつぜんいいました。

 「まあ、よかった、少しずつ忘れていたことを思い出しているのね。それじゃあ、ちょっと待ってね」
 アザミさんはそういうと、店の奥へ入って行きました。
 「はい、これヒュウくんにプレゼント。嵐の前に採れた最後のハチミツなの。樹木蜜っていってね、樹に住んでいるちっちゃな虫の出す蜜を、ミツバチが集めてきたものなのよ」
 アザミさんはそういうと、ヒュウくんにひとビンの、こっくりした色のハチミツのはいったビンを渡しました。
 「わあー、ありがとうございます!」
 ヒュウくんはハチミツのビンをだいじそうに背中のリュックにしまいました。

 ジロとヒュウくんは5本ずつ棒パンをもって、次はモーデカイの<よろずや>に向かいました。
 「やあ、きみがココア好きなヒュウくんだね」
 モーデカイが、お店のひさしから、顔をのぞかせていいました。
 「あれから、みんなが欲しがるものだから、きのう国境の街で、缶入りのココアをたくさん仕入れてきたところだよ」
 「じゃあ、さっそくひと缶もらおうかな」ジロがいいました。

 ジロがあれこれ買い物をしている間、ヒュウくんは地面に座り込んで、店の横に立っている木の絵を描き始めました。
 
 「あのう……モーデカイさん、この木、なんていう名前か教えてもらえますか?」
 「ああ、その木はたしかタイサンボクっていうんだったかな。もうすぐ大きな白い、いい匂いのする花をつけるんだよ」
 「タイサンボク……学名はなんていうのかなあ?」
 ヒュウくんはリュックから小さな植物図鑑をとりだして、調べはじめました。
 「これには出てないなあ」
 「うーん、じゃあね、あめふり図書館へ行けばもっと大きな図鑑があるかもしれないよ」
 「あめふり図書館?バニャーニャに図書館があるんですか?!」
 「うん、いつもシンカがいて、調べ物の手伝いをしてくれるよ」
 ジロがいいました。

 「行ってみたいなあ」ヒュウくんがいいました。
 「じゃあ、ついでにこの本、返してきてくれないかな」
 モーデカイが棚の後ろから一冊の本を取り出していいました。
 「あ、ぼくも借りっぱなしの本があるんだった。いっしょに返してもらえると助かるし、お使いをしてくれたら、そのお礼でホテル代が払えるし。それじゃあ、店に帰ってお昼を食べたら、図書館までの地図を書いてあげるね」
 ジロがいいました。



 翌朝、ヒュウくんは、モーデカイとジロから預かった本をもって、あめふり図書館目指して出かけました。
 「バニャーニャって、ほんとにタンコブみたな形をしているなあ」
 ジロが書いてくれた地図を見ながら、ヒュウくんは思いました。
 いつものように、道草をしながら歩いていくと、古めかしいお屋敷のような建物が見えてきました。
 「あ、あれが図書館かな」。
 でもまずヒュウくんの目にはいったのは、建物をおおうように枝を広げているシラカシの木でした。
 あたりの地面にはチョッキリが切り落としたのでしょうか、きれいな緑色のドングリのついた小枝がいくつか落ちています。
 「クエルクス ミルシナエフォリア」
 ヒュウくんはそうつぶやくと、リュックからスケッチブックを取り出し、地面に座りこんで、シラカシの絵を描きはじめました。
 絵ができあがると、ぱんぱんと、おしりについた枯葉を払ってから図書館の重い扉をあけました。

 そこは背の高い本棚が立ち並ぶ、大きな図書館でした。
 見たところ、館内には誰も見当たりません。
 ヒュウくんは、おずおずと本棚を見上げながら歩き回りました。

 「うわっ、びっくりした!ヒュウくんじゃないか」
 オーロッパ文学の棚の後ろから、シンカが急に姿をあらわしたので、ヒュウくんもびっくり。
 「ええと、ええと、ぼく調べたいことがあってきたんです」
 「へえ、調べたいことって、なに?手伝おうか」。
 「あの、モーデカイさんの<よろずや>のそばに立ってるタイサンボクっていう木の学名が知りたくて」。
 「タイサンボクねえ……あ、植物図鑑の棚は、こっちだよ」。

 「たぶんこの図鑑に載っているんじゃないかな?」
 シンカが、棚の上のほうにある、分厚い植物図鑑をひっぱりだして、読書机の上に広げました。
 「あっ、あったあった、マグノリア グランディフローラ、だって」。
 シンカがページを指していいました。
 「マグノリア グランディフローラ……そうかぁっ、タイサンボクはモクレン科の木なんだ!だからマグノリアで、大きな花を咲かすからグランディフローラなんだ」
 「ヒュウくん、すごいなあ、ラテン語がわかるなんてさ」。
 「ううん、ぼくラテン語なんて知らないよ。でも学名だとその木について、いろんなことがわかるから面白いなって」。

 「あ、そうだ、忘れてた、これジロとモーデカイから図書館に返して欲しいって頼まれてたんだった」
 ヒュウくんはリュックから2冊の本を出して、シンカに渡しました。
 「どっちも返却期間をかなり過ぎてるぞ、しょうがないなあ。ヒュウくんありがとう」。
 シンカは2冊の本をもって、返却ノートに記入するために、受付カウンターのほうへ行きました。

 「ここ、りっぱな図書館だなあ。ぼく、バニャーニャに来る前にも、大きな図書館によく行ってたこと、思い出した!」
 「へえ、またひとつ思い出せてよかったねえ」

 「あ、そうだ、ヒュウくん、みんなの手伝いをしているんだよね」
 「うん、ジャマイカインに泊まるルーンがいるんです」
 「それじゃあ、明日はぼくの手伝いしてよ」
 シンカはそういうと、カウンターの下から、真新しい一冊の本を取り出しました。真っ黒な表紙に金色の押し文字で、『名探偵ココスの冒険シリーズ 南海の死闘の巻』と書いてあります。
 「石舞台に住んでいるバショーがリクエスした本がきょう届いたんだ。きっとバショーは早く読みたくてうずうずしていると思うから、きみが明日届けてくれたら、きっとすごく喜ぶと思うんだけど」。
 「わあ、明日の手伝いが見つかって、よかった。でもぉ……石舞台って、どこにあるのか、ぼくわかんないや」。
 「大丈夫、丘のふもとから見上げれば、頂上にあるブナの大木がよく見えるから、そこを目指して行けば迷いっこないよ。バショーはそのブナの樹に住んでいるんだ」。
 ブナの大木がある、ときいたヒュウくんの目が輝きました。
 「おっきなブナの樹があるの?!ぼく、行きたい!配達まかせてください」


 翌朝、ヒュウくんは、コルネに丘のふもとまで連れて行ってもらいました。
 シンカがいったように、見上げるとよく晴れた青空を背景に、こんもりとしたブナの巨木が見えました。
 「さあて、と。ここからはひとりで行けるかな」。
 コルネが水筒をわたしながらいいました。きょうは気温が上がって、暑いくらいです。コルネは冷たくしたココアを水筒に用意してくれたのです。
 「コルネさん、ありがとう。行ってきます」。
 ヒュウくんはうれしそうに水筒を受け取ると、元気に丘を登りはじめました。

 丘全体が、甘い春の香りに包まれて浮かれているかのように、道の両側には、びっしりと草花が生えています。
 ときどき足を止めて深呼吸したり、水筒の冷たいココアを飲んだりしながら、ヒュウくんはブナの樹を目指しました。

 ついに丘の頂上に着くと、「ファガス・シルヴァティカ」
ヒュウくんは、目印にしてきたブナの古い大木を見上げてつぶやきました。

 そこは、なんとも不思議な場所でした。
 なるほど、これが石舞台かぁ、とヒュウくんは、半円形になった石のイスや、舞台を見下ろして思いました。
 それにしても、なんて美しい海でしょう!
 はるかにつづく石灰石の崖に映える薄緑から濃い青色とさまざまに色の混じった海の美しさに、ヒュウくんはしばし見とれていました。

 「ほい、なんとおったまげた!ヒュウくんじゃないか」
その声とともに、濃い緑色の葉がみっしりと生い茂ったブナの枝のなかから、バショーが転げ落ちてきました。
 「バショーさん、だいじょうぶ?」
 ヒュウくんがかけよっていいました。
 「アイタタ。なに、いつものことじゃよ。ちょっと居眠りしておったんじゃ。なんせ春風が気持ちいいからのう。よくひとりで迷わずにここまで登って来られたものじゃわい」
 「このブナの樹を目印にきたので、ぜんぜん道に迷わなかったよ」

 「ぼくシンカに頼まれて、図書館に入った本を届けにきたんです、これ」
 ヒュウくんはシンカから預かった黒い表紙の本を差出しました。
 「おお、それは!首を長くして待っとったんじゃ。ありがとう」。
 バショーは『名探偵ココスの冒険シリーズ 南海の死闘の巻』を受け取ると、だいじそうに、胸の羽毛のなかにしまいました。

 「あのぉ、バショーさんは、このブナの樹に住んでいるんですか?」
 「そうじゃよ、もうずうっと昔から、ここに住んどるんじゃ」。
 「樹に住むなんて、うらやましいなあ」
 ヒュウくんはうらやましそうにそういうと、リュックからスケッチブックを取り出して、ブナの樹の絵を描き始めました。
 「ほう、いままでこのブナの樹を絵に描こうとしたものは、ひとりもおらんかった。きっと樹も喜んでいるに違いないわい」。
 できあがった絵を見ながら、バショーが感心していいました。

 「どれどれ、どのページも樹の絵ばかりじゃわい。あんたは樹が好きなんじゃな」
 「うん、ぼく……樹が大好きなのを思い出したよ!それからココアとハチミツが大好きなのも、思い出した」
 「そうじゃそうじゃ、だれもがそれぞれの「好きなこと」でできあがっているんじゃ。だから自分が好きなことを思いだせば、自分のことがわかるというものじゃ」。
 バショーが目を細めながらいいました。

 「ところで、そんなに樹が好きなんだったら、バニャーニャのモミノキ林に行かにゃならんて」。
 「モミノキ林?」。ヒュウくんの目が輝きました。
 「明日はわしが、モミノキ林に案内しよう」
 「わーい!」と飛び上がってから、ヒュウくんはちょっと顔をくもらせていいました。
 「でも、ぼく明日もジャマイカインに泊まるために、なにか手伝いをしないといけないんだけど……」
 「それなら、なーんの心配もないワイ。今ごろのモミノキ林には、コルネの大好物がわんさと出ているじゃろうから、それをカゴいっぱい採って行けば、1週間でも2週間でもジャマイカインに泊まれるさ。それじゃあ明日、丘のふもとで待っとるからな」
バ ショーはそういうと、ブナの梢に座って、さっそく『名探偵ココスの冒険』を読みだしました。

 翌朝、ヒュウくんが丘のふもとで待っていると、バタバタとバショーが風を切って翼を鳴らしながら飛んできました。
 ふたりは連れだって、バニャーニャの東にあるモミノキ林に向かいました。
 林に近づくにつれ、道にはモミの折れた枝が重なるように落ちていて、そのうえを踏んで歩くと、針葉樹のすっきりした香りが立ちのぼってきました。
 「ああ、いい匂いだなあ。ぼくこの匂い大好きなの、思い出したよ、針葉樹の香りだ」
 立ち止まって、深く息を吸いこんだヒュウくんがいいました。
 空を目指してまっすぐに伸びている丈高いモミノキが、たくさん立ち並んで、あたりは薄暗くひっそりとしています。
 「アビエス アルバ」。
 ヒュウくんはつぶやくと、いつものように、座りこんで、スケッチブックを広げました。
 林のなかは、ひっそりとして、ときおりカッコウの鳴く声がきこえるだけです。

 「さあてと、絵が描けたら、こんどはコルネの大好物を採るとしよう。ほれ、そこにも、あそこにも、たっくさん出てるワイ」
 バショーが翼で差した方を見ると、湿った木の根元にニョキニョキと出ていたのは、皺のよった筆先のような形をしたキノコでした。
 「アミガサダケじゃよ、春のアミガサだけはコルネの大好物でな」
 カゴはじきにアミガサダケでいっぱいになりました。
 「ほう、今年は豊作じゃワイ。でもちょっとくたびれたな。ヒュウくん、帰りにちょっとジロのところへ寄って、お茶にしようかい」。
 バショーが、腰のあたりをトントンとたたきながらいいました。


 バショーとヒュウくんがジロの店へ行くと、川辺のテーブルでフェイ、モーデカイ、カイサ、シンカが顔をそろえて、お茶を飲んでいました。
 「ヒュウくん、ずいぶんいろんなことを思い出したんだってね!よかったねえ」
 カイサがいいました。
 「うん、ぼくね……ぼく木が、特に針葉樹が大好きだってこと、きょうモミノキ林にいって思い出したんだ」
 ヒュウくんはうれしそうに、みんなに木の絵でいっぱいになったスケッチブックを見せました。
 「ヒュウくんが描くと、どの木もみんな違ってて、活き活きしている感じだなあ」
 モーデカイがいいました。
 「あの、ぼくお願いがあるんだけど……」
 ヒュウくんがとつぜん、フェイに向かっていいました。
 「えっ?なに?ぼくにお願いって」
  
 「ぼくがはじめてバニャーニャに来た時の場所に、もう一度いってみたいんだけど」
 「ええっ、あそこぉ……あそこはさ、ぼくだけの秘密の釣り場なんだぜ」
 「あら、あたしも行ってみたいな、フェイの釣りの邪魔なんてしないからさ」
  カイサがいいました。
 「じゃあ、明日みんなでそこへピクニックに行こうよ」
  ヒュウくんのために、ココアを淹れてきたジロがいいました。
 「いいねえ、明日は図書館がお休みだし、ぼくも行くよ」
 シンカがいいました。
 「それじゃあ、おれも明日は店を閉めて行こうかな」。
 <よろずや>の店を開いてからまだ一日も休んでいないモーデカイがいいました。
 「腰の調子がよかったら、わしも行くワイ」
  バショーがいいました。
 「しょうがないなあ、じゃあ、ぼくのとっておきの場所に、みんなを案内するかな」
  フェイがしかたなさそうにいいました。

 そんなわけで、春たけなわの一日、みんなは連れだって川の上流へ、ピクニックに出かけました。
 水底の石や水草が透けて見える澄んだ川に沿って、上流への道なき道を登って行くと、お昼頃にはまわりを木々に囲まれたちょっと開けた場所に着きました。

 「ここがぼくの秘密の場所だよ。もう秘密じゃなくなっちゃったけどさ。ヒュウくんを見つけたのは、あの木の根元だよ」
 フェイが差した方をみたヒュウくんが、「あっ!!!」というなり、川のなかの石を伝って、木の方へダッシュしたので、みんなはあわてて後を追いました。
 
 「……」。
 ヒュウくんは、言葉もなく一本の木を見上げていました。
 それは、地面からまっすぐに立ち上がっている木でした。
 「ピセア マリアナ」。
 ヒュウくんが小さな声でつぶやくようにいいました。
 「最初に来た時は、気がつかなかった。ぼくの夢見た木はここにあったんだ」。
 ヒュウくんは、そういうと、両手を広げて、木の幹を抱きしめました。

 「へえ、この木、そんなにすごい木なの?」フェイがいい、集まってきたみんなは木を取り囲んで見上げました。
 「まるで天まで昇っていけそうな、まっすぐな木だなあ」
 ジロがいいました。
  「ねえ、上の方の枝に、ちっちゃな紫色の松ぼっくりの赤ちゃんみたいなのがあるよ」
 カイサがいいました。

 「一枝、ほしいなあ……でも、あんな上のほうじゃ届かないや」
 ヒュウくんがいいました。
 「それじゃあ、ワシがちょいと採ってこよう」
 くたびれてモーデカイの肩にとまっていたバショーが、飛び立ちました。


 
 「ほれ、これでいいかな。なんとも美しい木じゃワイ」
 「わあ、バショーさん、ありがとう!」
 ヒュウくんはそういうと、リュックから紙コップを取り出し、ひと握りの土をいれてから、川の水を注いで湿らせ、そこにバショーから渡された小枝を挿しました。
 「そうか、リュックのなかの紙コップは、こういうときのためだったんだね」
 シンカがいいました。
 「うん、思い出したよ。ぼく気に入った木があるとね、木に一枝もらって、自分の庭に……あ、また思い出した!ぼくの庭」

 「ふうん、ヒュウくんは自分の庭に好きな木を植えているんだ」
 シンカがいいました。
 「この木は、クロトウヒっていうんだけど、もうずぅぅっと見たくて見たくて、それで、おかあ……あっ!思い出した」
 ヒュウくんがそう叫んだときでした。

 クロトウヒの木の前に立っているヒュウくんのまわりに、水滴のようなキラキラ輝くものがあらわれました。
 「あっ、このキラキラ、ヒュウくんを見つけた時にも見たよ!」
 フェイが叫びました。
 みんなが驚いてみている間に、ヒュウくんの姿はしだに薄くなり、やがてキラキラした霧のような粒に包まれて、見えなくなりました。

 しばらくの間、みんなは声もなく、ヒュウくんが消えたあたりを見つめていました。

 「急に来て、急にいなくなっちゃったなあ、アイツ」
 フェイはまだ自分の見たことが信じられないようです。
 「なんだかとっても大事なことを思い出したみたいだったね」
  モーデカイも目をシロクロさせています。
 「夢にまで見たクロトウヒに会えて、いっぺんにいろんなこと思い出したんじゃない?」
 カイサがいいました。
 「記憶をとりもどすことで、自分の居場所にもどっていったんじゃろう」。
 バショーが首をふりふりいいました。
 
 その夜、カイサはホーローのミルクパンでていねいにココアを淹れました。
 それを大好きな葉っぱ模様のカップに注ぐと、部屋の真ん中にある草テーブルの前に座り、舌をヤケドしないように、ゆっくりと飲みはじめました。
 「ヒュウくんも、いまごろどこかで、きっとココアを飲んでるんだろうな。これからはココアを飲むたびに、ヒュウくんのこと、思い出しそうだ」と、つぶやきながら。


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 10月5日より31日まで、原宿「絵本の読める喫茶店 シーモアグラス」さんでの『紙で読む、見る バニャーニャ物語展』にたくさんの方においでいただき、ありがとうございました。
 この催しを機に、わたしたちも、今までモニターで見ていたこの物語を紙の上に表現することができました。

 中村さま、三浦さん、花田さま、中崎さま、宇佐美さん、南谷さま、なかむらさま、木内さま、マツヤマさま、とづかさま、おざきさま、宇都宮さま、山崎さま、熊澤さま、平岡さま、新井さん、ゆうきさま、平本さま、SAITAさま、SHINさま、杉江さん、照井さま、宮崎さま、スドウさま、石橋さま、そして、ボデガが好きと書いてくださったチカさま……感想を寄せてくださったみなさまに、心よりお礼申し上げます。



 さて、『バニャーニャ物語 その20』は、「ぼく、誰だっけ?」というタイトルで、この節目の回のお話として、また登場人物やバニャーニャのあちこちなどをおさらいする意味もこめて、この物語の熱烈な愛読者 親友のユウヒ(→ヒュウ)くんに、バニャーニャに来て、木をテーマに観光を楽しんでもらうことにしました。
 
 ユウヒくんのことは、前にもいちどちょっと触れたことがありますが、
小学校4年生の植物が大好きな男の子です。
彼のおかあさんによると、植物好きなユウヒくんと虫好きの私は、行動形式やものの見方がとても似ているそうです。
  漢字がまだ全部読めないユウヒくんのために、何度も何度も、おかあさんやお父さんが声に出して読んでくださっているそうです。(お父さんはボデガの声音が得意とか)

 植物―特に木が大好きというユウヒくんは、どこに行っても木が目印。
バニャーニャに生えている木は、みんな知っているそうです。
(アザミさんのパン屋さんが出てくると、
「あ、あのクスノキがあるパン屋さんだ」、という風に)
 それに、植物の名前を、和名だけでなく学名で覚えていいるのもすごい。
ユウヒくんの頭の中では、植物の種類がきれに分類されていて、
それには学名が便利なのだそうです。

 バオバブを見に南アフリカへいったり、マングローブを見にボルネオに行ったり・・・・・
現実世界でも木を見にあちこち旅しているユウヒくんですが、今一番見たいと願っているのは、
クロトウヒという針葉樹なのだそうです。
なので、バニャーニャではクロトウヒを見てもらうことにしました。



 ユウヒくんのことを知ってもらうのに、一番いいのは、彼の書いた物語をちょっと読んでもらうことではないかと思い、了解を得て、ユウヒくん作・『旅する葉』という元気いっぱいの物語を下記にご紹介したいと思います。


<旅をする葉>

登場人物

モミー:はぶね(葉船)をコントロールする
カシー:物知りで力持ち
エダー:少し怖がり
「旅立ちの日(森の中を通って)」

 冬、落葉樹が落葉しました。
モミー、カシー、エダーは、葉ぶねを用意しました。「つなをはずすぞー!」カシーは言いました。「葉ふねの様子を確認するよ」とモミーはカシーに言いました。モミー、カシー、エダーは、旅をするのです。
 船は、風で進みます。風の弱いときはゆっくり、風の強いときは早く進みます。3人は、風が中くらいの道を選びます。その方が、順調に進むからです。モミジやエンジュの木が、手を振って見送ってくれました。
 
「ビュウ!」、船が風で動き出しました。
「ゴオ!」、空に舞い上がり、森の中へと向かいました。
「うまくいったね!」エダーが、ニコニコしながら言いました。
風は中くらいの強さで森の中をかけぬけ、船もそれと同じ早さに走りました。ここから20km行くと海です。風は船を運び、南に向かっては走ります。
 森の中は、うっそうと木が茂り、ウルシなどが自生しています。船のセンサーで、出発地からもう12kmも来ているとわかります。カシーたちは、わくわくしながら、海へ向かいます。

 あと7kmのところに着くと、クロマツの林になりました。海岸の近くの木は、クロマツだからです。3人は、クロマツの木の上で休憩することにしました。カシーは船の縄を一本のマツの木の下にかけ、モミーは船のセンサーを切りました。クロマツの葉のにおいがします。葉はとがっているので、枝で休憩しました。
「やあ、クローくん」と、カシーはあいさつしました。「やあ、カシー」クロマツのクローくんもあいさつしました。
「休憩してもいい?」エダーが聞くと、「お泊まりもいいよ」とクローくんは答えました。
「じゃあ、えんりょなく、泊まらせてもらうよ」カシーはうれしそうに言いました。「夜になると、ここら辺は、とっても月がきれいなんだよ」クローくんは言いました。
 今はお昼の12時。お昼ご飯の時間です。「ぼくの家、クロー住宅のクロマツには、シェフがいるんだ」クローくんが案内してくれました。
メニューは、植物の食べ物です。ポトー液、樹皮ふりかけごはん、カポックポップコーン、太陽の光のジュース、タマゴオムライスなのです。どれもとてもおいしそうです。「クローくん、いいな~」とエダーはよだれをたらしながら言いました。
「でも、君たちもいいな。。」クローくんはつぶやきました。「ぼくたちは、常緑樹だから、葉船は用意されていないんだ。だから、旅もむずかしくて」
「それなら、ぼくたちの仲間に入りなよ!」モミーは言いました。
「ホント?!入るよ!」クローくんはうれしそうに言いました。
新しい仲間が加わりながら、ごはんも来ました。みんな、おなかいっぱい食べました。
 その夜4人は、きれいな星空を見ました。
                      (おわり)
  
 なんとも元気なこの物語を読むと、いつも疲れがふっとびます。
「お泊りもいいよ」ってクローくんがいうところとかがかわいくて。
それにカポックポップコーンとか、樹皮ふりかけごはんとか、ポトー液とか、タマゴオムライスとか、
想像するだけで楽しい食べ物がいっぱい出てきます。

  私もユウヒくんに刺激を受けながら、『バニャーニャ物語』を書き続けていきたい、という思いを新たにしています。
 これからも、ぜひバニャーニャに遊びに来てください。