バニャーニャ物語

 日々虫目で歩く鈴木海花がときどき遊びに行く、風変わりな生きものの国バニャーニャのものがたり。

バニャーニャ物語 その3 ウナギ沼まで、おつかいに

2011-04-01 08:56:46 | ものがたり


作・鈴木海花
挿絵・中山泰
 


国境の町のむこう、
<ナメナメクジの森>を越えると
そこには、
ちょっと風変わりな生きものたちの暮らす国がある




 きょうも暑くなりそうだな。
いつもより早起きしたモーデカイは、
のぼってきたばかりの太陽を見あげながら思いました。

 ツルバラの花のなかでは、
もうマルハナバチが体じゅう花粉だらけにして、
ぶんぶん、ぶんぶん、羽音をたてながらミツをあつめています。



 モーデカイがきょう早起きしたのは、
きのう国境の町の郵便局からあずかってきた手紙や荷物を配達する仕事が
どっさりあるからでした。
 でも仕事のまえに、まずは朝ごはん。
古いオケをさげて、お茶をいれる水をくみに川辺へおりていきます。
でも川には水がほんのちょろちょろ流れているだけ。
 「ことしは日照りの夏か・・・・・・」

 バニャーニャでは一年おきくらいに、
ほとんど雨の降らない夏がやってきます。
川は干上がり、みんなの家の水がめの水も心細くなり、
海の水さえ塩辛く苦くなります。
 そんな日がつづくと、バニャーニャではだれともなく、こんな歌をうたいはじめます。


 『きのうのよおる
  なにしてた?
  クラカチーナに たのまれて
  ウナギ沼まで おつかいに

  沼はふかくて 体がしずむ
  青い目の大ウナギに おねがいしたよ
  雨がふるように  雨がふるように』

 北の森の奥深く、年取ったバニアンツリーの根元に
ひっそりとあるウナギ沼。
そのどろっとした水のなかには、
銀黒色のヌルリとした肌、青い目をしたオオウナギがすんでいます。
そしてこの沼だけは、
日照りの夏でも水が涸れるということがありません。
昔、ある嵐の晩に雨雲からこの沼へ降りてきた、
という言い伝えがあるからでしょうか、
バニャーニャではオオウナギは雨の神さまなのです。



 きれいな色の布でつぎはぎしたベッドカバー、
寝返りをうっても落ちない大きなベッド、
窓のそばにはどっしりした正方形のテーブル、
ぎしぎしと眠気をさそう音をたてるゆりイス
―モーデカイの家にあるものはみんな、
モーデカイが自分でつくった家具ばかり。
モーデカイにはとっても居心地のいい家なのです。
 「とうぶん、お茶はいっぱいだけにしよう」
 モーデカイは、川でくんだほんの少しの水をなべでわかし、
ていねいにお茶をいれました。

 それから台所の戸棚の下にある
<ぺとぺと>の入ったツボをとりだしました。



そのやわらかい、黄色の粘土みたいなものに手を入れてかきまわしながら、
きのう埋めておいた大好物のセロリをだして、
かわりに塩をまぶした新しいニンジンを入れました。
セロリはしんなりとして、
いかにもおいしそうな鮮やかな緑色にかわっていました。

 <ぺとぺと>は、もうずっと昔、
ここをおとずれた旅人が残していった
たいそう便利で不思議なものです。
<ぺとぺと>のなかに埋めておくと
食べものがおいしく変わるのですから。
いつしかバニャーニャ中の家になくてはならないものになりました。
 ただ、これに食べものを埋めるときには必ず、
こう唱えるのを忘れてはいけません。
「monamona onaona monamona momona monamona onaona momona! 」
と、心をこめてかきませながら唱えます。
これを忘れると、食べものはくさって台無しになってしまいます。


 大きな鉄のフライパンに、きのう国境の街で買ってきたダチョウの卵を
えいっと割りいれて、特大の目玉焼きをつくります。
三日前につくった三色豆のシチューの残りも、今朝食べてしまいましょう。

 窓をいっぱいに開けると、
まだほんのりと夜明けの匂いを残した風がはいってきます。
窓ぎわのテーブルに座って、
モーデカイはゆっくりと、時間をかけて朝ごはんを食べました。

 食事が終わると、こんなときのためにとっておいたボロ布で、
お皿をきれいにぬぐいます。
川が干上がろうとしているときに、お皿を水で洗うなんて、
おろかなことですから。
 

「さて、と・・・・・・」
 でかける前に、バニャーニャの北と南、西と東、
あて先を見て、手紙や荷物をわけておきます。
そのとき、モーデカイは、手紙の束のあいだにはりつくようにはさまっていた、
一枚の絵ハガキに気づきました。
 ハガキには、トゲトゲのはえた葉っぱをのばした
見たこともない花の絵が描いてあり、
いかにも長い旅をしてきたハガキらしく、
まわりがボロボロすり切れていました。



 あちこちに地図のような形の茶色のシミがついているので、
字がにじんで読めないところもあります。
目を近づけて差出人の名前をみたモーデカイは、
うれしさにおもわず大声をあげました。
 「こいつぁ、ジロからオレたちへの絵ハガキじゃないか!」
 モーデカイは、大急ぎで手紙の束を配達かばんにつっこむと、
ジャマイカ・インめざして走り出しました。
きょうもみんなは、あそこに集まっているにきまっていますから。


 夏のはじめに、海底火山の噴火で生まれた小さな島。
みんなはなんとなく、「貝殻島」と呼んでいます。
この島のまわりでは、遠くから押し寄せる3つの海流がうずをまいていて、
おかげで驚くほどたくさんの種類の貝殻が、
浜辺をふちどるように打ち上げられるからでした。
 コルネの作った小さなボートの進水式をにぎやかにすませると、
みんなはさっそく、貝殻島へ出かけていこうと、
毎日ジャマイカ・インに集まってくるのです。



 モーデカイが汗をかき、息を切らせて入っていくと、
案の定フェイもカイサもシンカも、バショーまでが、
海風が吹きわたるジャマイカ・インのテラスで、
おろしたてのピリッと辛いショウガを使った
コルネ自慢のジンジャーエールを飲みながら、
ボートに乗る順番を待っていました。



 「おはよう!モーデカイ」とカイサが、
手を上げていいました。
 

「ねえねえ、貝殻島にはもう25種類の草と、クモとアリと、カタツムリと、
それにこおんなにおっきいミミズがすみついているんだよ」
とフェイが興奮ぎみにいいました。

 「わたしは毎日海底を歩いて島に行って
記録をつけていますから、まちがいありません」
シンカがみどり色の表紙の、ふあつい帳面をめくりながらいいました。

 モーデカイはカバンのなかから、ジロの絵ハガキを出して、
みんなの前におきました。

 「あっ、これジロからだ!」フェイが叫びました。
 「ジロはぶじに旅をしている、というわけじゃわい」
居眠りをしていたバショーも目を覚ましていいました。

 「ずいぶんボロボロになっちゃって、よく届いたもんだ」とコルネ。
 「インクがにじんでよく読めないけど、メ・・・なんとか、って国にいるらしいね」
とカイサ。

 「“メ”のつく国が世界にいくるかるか、調べてみよう」とシンカ。
 「だけど、いつ帰ってくるのか、かんじんなとこがシミで読めないんだよね」
とフェイが顔をくもらせていいました。

 「でも、元気に冒険してるってことがわかっただけでもいいじゃないか」
 モーデカイはそういうと、
ジャマイカ・インの特大の水がめからコルネが分けてくれた冷たい水を水筒につめて、
配達に出かけました。

 島中をまわって陽が西の海に沈むころ、
モーデカイは涼しくなった風にふかれながら、
夏草のしげった坂道をのぼっていきました。
配達カバンのなかに残っているのは、
あと一通だけ―ボデガへの小包だけでした。



 ボデガは、海を見下ろす高台にある大理石のお屋敷に住んでいます。
黒と白と薄緑色が混じった、冷たくて美しい石を使って建てたこのお屋敷は、
「大理石王」と呼ばれていたいまは亡き夫のヒッチが、
愛するボデガのために建てたものでした。

10年前のある晩、ヒッチが夕食の大きなステーキのかたまり
―ヒッチは野菜というものをいっさい食べませんでした。
朝も昼も夜も、食事はぶあついステーキだけ。
それからデザートにはびっくりするほど色鮮やかな
ピンクのマシュマロがお気に入りでした―
をノドにつまらせて死んでしまってから、
ボデガはひとりでこの広いお屋敷に住んでいるのです。



 ボデガは異常なほどの暑がりでしたから、
石のお屋敷がとても気に入っていました。
夏の日中は、大理石の冷たい床に体をペッタリと横たえて、
そのしめった肌にこもった熱を冷やすのでした。
 冬になると、やっとなにかをやる元気を取りもどし、
日がな一日、せっせとクモのタランにレース編みを習います。
お屋敷じゅうが、せんさいなクモのレースで飾られているのは、そういうわけなのです。

 「ボデガさーん、お待ちかねの黒いバラの種がとどきましたよー!」
 モーデカイが大きな声でそういいながらドアをたたくと、
明かりもついていない暗いお屋敷のドアがあいて、
たっぷたっぷと太った体をゆすりながら、ボデガがでてきました。

 「うんまあ、ついに来たのね!わたしの<世界でいちばん黒いバラ>!」
 ボデガはすっかり元気をとりもどして、
ご自慢の「黒の花園」へ、モーデカイをひっぱっていきました。
 

 そこには世界中から集められた
めずらしい黒い花々が咲いています。
黒いスイセン、黒いユリ、黒いダリアに黒いスイレンに黒いスミレ。
夜の空気のなかに、それらの甘く重たい花の匂いが満ちていましたので、
モーデカイはちょっと、めまいがしました。

 モーデカイに手伝ってもらって、
綿アメみたいにふんわりした土にそっと種をまくと、ボデガはいいました。
 「これでいいわ、水はアノヒトがやってくれるから」

 ときおり、広間の肖像画からぬけ出した亡きヒッチが、
ボデガのためにその黒い花園に、
霧のようにおおいかぶさって水をまいている、
というウワサをモーデカイもきいたことがあります。
あのウワサはやっぱりほんとうだったのでしょうか?
そういえば、この日照りにもかかわらず、
ボデガの黒の花園の地面は、しっとりと水気をふくみ、
どの花もぴんと茎をたてて咲いています。

 モーデカイは背すじがゾッとしましたが、
どうじに頭が混乱しました。
 ユウレイはこわいけれど、
やさしいユウレイがいたら、
それもこわいんだろうか・・・・・・。
モーデカイは帰り道、ずっとそのことで頭を悩ますことになりました。



 月のない晩でした。
 「きのうのよおる なにしてた?」

 ウナギ沼のほとりにさしかかると、
ホタルの小さな光が近づいてきて、
ささやくように、そう歌いました。
暗闇が苦手なモーデカイのために、
今夜はホタルのなかに入っているカイサが、
いっしょについてきてくれたのです。
 「クラカチーナに たのまれて
  ウナギ沼まで おつかいに

  沼は深くて 体がしずむ
  青い目のオオウナギに おねがいしたよ
  雨がふるように 雨がふるように」

  ふたりが声をそろえて歌いながら歩いていたころ、
ウナギ沼では、水面がゆれて、オオウナギが青い目を、
ボッ、と光らせました。



 ちょうどそのころ。
誰もいないはずのモーデカイの家のベッドの下で、
コトン、と音がしました。

 そしてきのうモーデカイが国境の町へもって行った
大きなリュックサックのなかから、
小さなものがゾロゾロはい出してきました。
 「ウミ、ドコ?」
 「ウミ、コッチ?」
 「ウミ、アッチ?」
 「ハヤク、ハヤク」
 「イマノウチ」
  その小さなものたちは、口ぐちにそういいながら、
ドアのすきまから、外へ出ていきました。

 外では、銀色の細い糸のような雨が、夜の中で静かに降りだしていました。



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もうずいぶん前、
海の無脊椎動物や貝殻が好きで、南の島へよく行っていたときのこと。

島の青年と話していると、10年に1度くらいはサイクロンがきて
家もなにもかも、みんな持って行っちゃうんだ、
と、顔をくもらせながら言いました。
それをきいて、いま自分が観光客として
ただその美しさや豊かな生物を楽しんでいる海が
ここに住む人たちにとって、
過酷な顔も持っていることを知った私の顔もどっと暗くなりました。

すると次に、青年の顔が、急に日がさしてきたかのように明るくなり、
「でも、災害はル・ネッソ~ンスのときでもあるんだ」
と言ったように聞こえました。
(この島はフランス語圏なので、彼はフランス語で話していた)

ル・ネッソ~ンス???
もしかして、日本語でいう、いわゆるルネッサンスのこと?
ルは、もう一度、ネッソ~ンスは、生まれるっていう意味?

「そう、災害は再生のときでもあるって、彼は言ってる」と通訳をしてくれていた
人がいいました。
「前よりいい世界になるんだって」

それをきいた私は一瞬・・・・・止まりました。
災害が、同時に再生の時だっていう考え方がすぐには呑み込めなかったから。
でも以来、自然災害が人間にとって再生のとき(いやおうなしの)でもある、
という実感のこもったこの青年の言葉をときどき
思い出すのです。

 日本を襲った未曽有の災害は原発という重すぎる問題を含んでいて
この青年の住む南の島のように、すぐ
ル・ネッソ~ンスというわけにはいきそうもありません。
(でもこの美しすぎる島国で、フランスは核実験をしていて、
奇形の海産動物が増えています)
でも、シリアスすぎるニュースを聞く毎日のなかで、
ときどき、このときのことを思い出します。

 今回はモーデカイの住み心地のよさそうな家からはじまります。
「ペトペト」って、もちろん、ヌカミソのこと。
ヌカミソって、魔法の物体みたい。
埋めておくだけで、野菜がおいしくなるなんて。
そこで、ぜひバニャーニャにもヌカミソを、と思ったわけです。

「ペトペト」に野菜を埋めて唱える呪文「モナモナ・・・・・」とは
おいしい、という意味のタヒチ語です。

 半島一のお金持ち、ボデガの亡くなったご主人のヒッチは
私が一番好きな映画監督のアルフレッド・ヒッチコックがモデル。
フィクションを書くとき、ときどき想像力が枯れたように
進めなくなってしまうことがあります。
そんな時、ヒッチコックの映画を観ると、
何かを白紙から発想するという力が
もどってきて、また前に進めるようになるのです。

 ヒッチというのは、ヒッチコック監督のニックネームだったそうです。
ヒッチの伝記を読んで忘れられないのが、
彼が、野菜ソムリエがひっくりかえりそうな
体に悪~い、肉ばかりの食事をしていた、ということでした。
でも86歳まで生きて、最後まで映画をつくっていたのですから
健康って、なんなんでしょうね。

 バニャーニャの雨の神さま、青い目のオオウナギというのは
ほんとうにいる生きもの。
前述した南の島の小さな村の
バニアンツリーの樹のうろに住んでいました。
体の太さは男性の太ももくらい。
この島ではウナギは神さまで
誰も食べません。
だからどんどん大きくなって、年をとっていくみたいです。

 モーデカイの配達カバンにかくれて
なにか小さいものが
バニャーニャにやってきたようです。
彼らはどこを目指しているんでしょうか?