バニャーニャ物語

 日々虫目で歩く鈴木海花がときどき遊びに行く、風変わりな生きものの国バニャーニャのものがたり。

バニャーニャ物語 その4「幸運のオニギリ石」

2011-05-01 08:30:50 | ものがたり



作・鈴木海花
挿絵・中山泰
 


国境の町のむこう、
<ナメナメクジの森>を越えると
そこには、
ちょっと風変わりな生きものたちの暮らす国がある






 落ち葉があつく積もった森のなかを、
フェイは考えごとをしながら歩いていました。
ボデガがこのところずっと原因のわからない
ユウウツ病にとりつかれているというのです。
毎年すずしい秋になると楽しみにはじめる
クモの糸のレース編みもする気になれず、
食欲が全くなく、
アイスクリームしかのどをとおらない、といいます。



「こんなにやせちゃって・・・」
とボデガは脂肪が(すこし)うすくなってシワだらけになった
5重あごの上の顔をくもらせました。
相談されたフェイは、
何回も砂薬を調合して飲んでもらっているのですが、
どうも効果があらわれません。
この午後もできたての砂薬を届けに行って
3色アイスクリームをごちそうになっているうちに、
すっかり遅くなってしまいました。

 月のない闇夜の道を、
考えごとをしながら歩いていたフェイは、



くさった倒木につまづいてころんでしまいました。
ころんだ拍子に落ちたのか、
フェイは気がつくと大きな穴のなかにいました。

「あれ、ここはどこ?」
じんわりとしめったコケのじゅうたんが敷きつめられた広間のようなところです。
フェイがきょろきょろしていると、
どこからともなく青むらさき色にボーっと光るけむりがただよってきて、
フェイをすっかり取り囲んでしまいました。
体がしびれたように感覚がなくなっていきます。
青むらさき色のけむりは冷たくて、ほこりっぽくて、
フェイはひどく咳こんでしまいました。


どれくらい時間がたったのでしょう。
気がつくとフェイはもとの森のなかに立っていました。
「ふう、いまのはいったいなんだったんだろう?」
どこといってかわったところはないのですが、
なんだか体じゅうがじっとり湿っていました。

 翌朝、フェイはベッドから起きると、
ふと自分の腕に目をやってびっくりしました。
なんとそこにはきのうのケムリと同じ色のキノコがいっぽん、はえているではありませんか。



「ひぇ―、なんだこりゃ?!」
見たこともないキノコです。
フェイはじっと観察しました。

たしかにキノコはしっかりとフェイの腕からはえているようです。
「これ、もしかして毒キノコじゃないかな。だったらえらいことだ、
自分の腕に毒キノコがはえてるなんて!!
シンカに相談してみよう。
あいつはキノコにくわしいからな」

フェイはキノコに触らないように、
右手だけで顔を洗って歯をみがくと、
朝ごはんも食べずに、砂屋の店の入り口に
「きょうは、お店はおやすみ。またきてね」
と書いた紙をはって、でかけました。

 外は秋晴れの、ほんとにいい天気です。
色とりどりの落ち葉がおりかさなっておおわれている地面は、
高価なつづれ織りのカーペットみたいで、
それを踏んで歩くのはすごくゼイタクな気分でした。



歩いているうちにフェイは腕のキノコのことも忘れ、
そもそもなんのために出かけてきたのかも忘れ、
鼻歌を歌いながらずんずん歩いていきました。

 すると向こうの樹の陰から、
突然、大きな荷物を背負ったひとりの行商人が、
ひょいとあらわれました。



「見て行かないかね?見るだけはタダ!」
バケツのような形の奇妙なぼうしをかぶった行商人はそういって、
フェイの腕のキノコをギラっとした目で見ました。

行商人が背負っていた大きなカゴを下ろし、
中から布でつつんだ荷物をいくつもいくつも落ち葉のうえに広げると、
そこは即席のお店に早変わりしました。



ヒビの入ったまっ黒いタマゴ、
何にもうつらない手鏡、
水玉もようの鳥の羽、
金糸銀糸でおった小さな袋、
鼻が欠けたモンスターの置物、
三角形の本、
虹色に輝くコガネムシの標本、
くねくねとした模様がほってある古めかしいツボ、
竹で編んだお人形、
レンズのくもった天眼鏡・・・
どれも細々したもので、
こういうものが大好きなフェイは目を輝かせて品物に見入りました。

 行商人が3番目の布を広げた時、
あるものがフェイの目に飛びこんできました。
オニギリのような形をした黒っぽい石です。
見たところごく普通の、そのへんに落ちている石みたいなのに、
フェイはどういうわけかその石から目が離せなくなりました。

「ワタシは、あなたのものです!」
まるで石からそういわれているみたいに、
欲しくて欲しくてたまらなくなりました。
「さすが、お目が高い!
その<幸運の石>に目をとめられるとは!
誰にでも価値がわかるってもんじゃありやせん。
ものごとの外見にまどわされないものだけが、
この石の持ち主にふさわしいんでやんす」


「これ、高いかな?今ぼく、ルーンを持っていないんだけど」
「お金でいいものが手に入ると思ったら、
世の中大まちがい!
うちの店では物々交換しかやっておりやせん」
「じゃ、うちにもどってポポタキスの実をとってくるから待っててくれる?」
「バニャーニャ名物のポポタキスもけっこうでやんすが・・・・・・
ひとつどうでしょう、その腕にはえてるキノコと交換、てえのは?」

「えっ?!」
そういわれてフェイは、
きょう店を休んで出かけてきた理由を思い出しました。
「これ?こんなんでいいの?でもこれ腕からとれるかな?いたくないかな」
「いつまでもキノコを腕からはやしてちゃあいけませんや。体中をのっとられちまう」
行商人はニヤリとして
「あっしにおまかせくださって」
というと、フェイの腕のキノコをスポッという感じではがしました。
行商人はすばやくキノコを黒い薄い布でつつむと、
だいじそうにふところにしまいました。

「さあお客さん、これで<幸運の石>はあんたのものです。
いいことあります、それをもってりゃね、
なんせ<幸運の石>ってくらいだから」
そういうと行商人は、目にもとまらない早さで荷物をまとめ
森の木々の間に姿を消しました。

<幸運の石>を手に入れたフェイは、うれしくてたまりません。
石はフェイの手のなかで、ちいさなオニギリのようにホワンとあたたまり、
持っているだけでほんとに幸福な気分になってきたから不思議です。
 キノコはなくなりましたが、
フェイはさっそく<幸運の石>を誰かに見せたくて
シンカの家のほうへ歩きつづけました。


 するとむこうからモーデカイ、カイサ、シンカ、コルネがいっしょにやってくるのが見えました。
「フェイ、ちょうどよかった、今あんたも誘って、
みんなでキノコ狩りに行こうと思ってたとこ。
あれ、なんだかうれしそうだね、なんかいいことあったの?」
カイサがいいました。

「うん、行商人からさ、<幸運の石>を手に入れたんだ」
フェイはにぎっていた左手を開いてみんなに見せました。
みんなは順番にフェイの手の中の石を見て、触らせてもらったのですが、
どうみてもその辺に落ちている石にしか見えません。

「おまえさん、いっぱいくったな。
行商人てのは信用なんねえ。高い金とられただろ?」コルネが言いました。
「それがさ、ぜんぜん高くないんだ」
フェイはきのうの夜からのことを話しました。
「フェイは夢を見たんじゃないかな?」
とモーデカイが言います。

「そのキノコっていうのがさ、
ホントに腕にはえてたとしてだけど、
すごい珍品だったりして」
とカイサ。


「ふーむ、たしかきのうの晩は月が出てなかったな。
闇夜に青むらさき色に光るけむりというと―
まてよ、まさか!ヤミヨケムリタケじゃないだろうな」
シンカがつぶやきました。
「でもそんなことはありえない。
ヤミヨケムリタケは
もう150年も前に絶滅したはずの夜光性のキノコなんだから。
うーむ、これは調べてみなければ」

「まあ、いいや、とにかくタダみたいなもんで、
ぼく、<幸運の石>を手にいれたんだから」
そういうフェイがいかにも幸せそうに見えたので、
みんなはもしかしたら石の力はホントかも、と思いながら、
キノコ狩りに出発しました。




 ワカクサタケ、ミドリヌメリタケ、クロタマゴテングダケ、
オオウスムラサキフウセンタケ、ムラサキホウキタケ・・・・・・。
 森はキノコでいっぱいでしたから、
夕方までにはカゴはいっぱい。
そこでジャマイカ・インにもどって、
キノコパーティをすることにしました。

コルネがホテルの裏庭で育てている野草畑の香りのいい葉っぱも加えて、
焼いたり、煮たり、炒めたり。
みんなでおなかいっぱい、キノコを食べました。

 次の朝、目覚めたフェイは、
なんだか心がウキウキするのを感じました。
新しく始まる一日が、
秋の日差しの中できらきらと輝いているのが
目に見えるような気持ちです。

「きっとこれのおかげだな」
フェイは枕の下から<幸運の石>をとりだして、
しばらくの間両手のなかで転がしました。
そのうちまるで山登りして頂上についた時みたいに
気持ちよくおなかがすいてきたので、
きのうのパーティの残りのキノコを、
フライパンでソーセージやインゲンといっしょに炒めて食べました。
「もう一日お店を、休んじゃおうかな。
そうだ、そうしよう。そいで、釣りに行こう!」
フェイが釣竿をもって歩いていくと、
むこうからバショーがアワを食って飛んでくるのに出会いました。


「たいへんだ、カイサもシンカもモーデカイもコルネも、
みんな毒キノコにあたって、おなかが痛くて大変じゃわい!
あれ?フェイ、おまえさんもキノコを食べたというんで
心配してきてみたのに、なんともないのか?」
「ええっ!毒キノコだって!
ぼくもみんなと同じもの食べたけど、なんともないよ」
「なんとも、フシギなことじゃわい」バショーはそう言うと、
フェイに急いでおなかの痛いのを治す砂薬を作ってくれるよう頼みました。

 フェイの砂薬が効いたのか、
みんなのおなかの痛みはつぎの日にはよくなりました。
でもどうしてフェイだけが毒キノコにあたらなかったんでしょう?
もちろんフェイは、<幸運の石>のおかげだと思いました。

 それからのフェイには、
毎日なにかしらいいことが起こりました。
川へ釣りに行けばサケがたくさんつれましたし、
海辺を歩いていると珍しい赤珊瑚の枝がひろえたし、
今まで一度も花が咲いたことがなかった庭の金魚ランが、
うろこのあるみごとな花をつけたり、
明日はぜったい晴れてほしいと思うとそのとおりになったり、
といったことが毎日あるのです。

 そしてある午後、
ココナッツ・ティーとビスケットで一息いれていたフェイのあたまに、
とつぜんひらめいたものがありました。
「そうだ、わかったぞ、あれだ!」
ボデガのゆううつ病を治す、いい砂薬の材料
―それがひらめいたのです。
あとひとつ、何かが足りないと思っていたのです。
「火山が吐き出した、混ざりもののない黒い砂だ!」


フェイはさっそくホテル・ジャマイカ・インへ向かいました。
「コルネ、舟、借してねー!」
そういうとフェイはもやい綱をほどいて
ボートを漕ぎ出しました。
その時ボートの底のほうに、
なにやら小さいものが乗りこんでいたのに
フェイは気がつきませんでした。

 波静かな海を、フェイはすいすいと舟をこいで
貝殻島に渡りました。
フェイが上陸すると、
いっしょに乗りこんでいた小さなものたちも、
こそこそと上陸しました。
「ココ カイガラ イッパイ」
「ココ テンゴク」
小さいものたちはそうささやきながら、
海岸にざくざくと打ちあがっているカイガラのなかで
小さな歓声をあげました。

 火山の噴火で生まれたこの小さな島は、
もうあちこちに草や木が育ち、
黒い砂と海の青、海岸線を彩るピンクや白の貝殻、
ジャングルのような濃い緑色の森をもつ美しい島になりました。
海辺には50センチもある長い髪の毛のような葉をゆらすモクマオウの木が育ち、
鳥たちがやってきては、実をつついています。
草むらでは虫たちがはいまわり、
木の枝にはコガネグモが巣を張って風にゆれています。

 フェイはさっそく持ってきたビンに、
ぬれて光っている黒い砂をすくって入れました。
 急いで帰ってボデガの砂薬をつくろう、
とフェイがボートに戻ろうとした時でした。
ふと沖のほうを見ると、小さな舟の影が見えました。
フェイが目をこらすと・・・
それはジロ号ではありませんか!!!

夢だろうか?フェイは目をこすりましたが、
たしかにその舟は波にゆられながら、
バニャーニャの海岸をめざしてやってきます。

やがてジロの姿がはっきり見えてきました。
フェイは大きく手を振って、夢中で叫びました。





「ジロー、ジロー、おかえりぃ!」
そのときフェイの手からあの<幸運の石>が、
ぽちゃん、と海の中に落ちたのに
フェイは気がつきませんでした。



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 虫をさがしていると、ときにはキノコを見つけることがあります。
キノコが食草のキノコムシなんていうのもいます。

 数年前のこと。
キノコ熱が高まりつつあった私は、キノコ好きの友達と、
キノコ名人のいる富士山のペンションで、
キノコ観察合宿をしました。
富士山五合目の山道でたくさんのキノコを見ての帰り道。
キノコ料理を食べた山小屋で売っていたヒラタケの菌床をおみやげに買いました。

 毎日霧吹きをして大事に育てた菌床からは、
間もなくきれいな灰色をしたヒラタケが、たくさん噴き出してきました。



日追うごとにヒラタケは順調に大きくなり、
得も言われぬ美しい灰色の(私は色の中で灰色がいちばん好き)
立派なキノコに育っていきました。
あまりにきれいな色なので、
なんだか食べる気になれず、
毎日見とれていました。


 そんな或る晩。

ベランダに面したガラス戸の戸締りをして、
寝る前にまた「きれいだなー」と、ヒラタケに目をとめた時、
ヒラタケの縁に、さっきまではなかった、
白くてほにゃほにゃしたものが現れたのに気が付きました。



「なんだろう?」と好奇心いっぱいになり、
ぐっと目を近づけたとのとき・・・・・・・
その白いものがふわ~っとゆれて、
けむりのようなものを、うわ~っ、という勢いで噴き出したのです。

 思ってもみなかった展開に、
私はほぼシリモチ状態になり、
驚いたひょうしに、ヒラタケの吹き出した白いケムリ状のものを、思いっきり吸い込んでしまった!
 ヒラタケは菌類とは思えないような、
エネルギーに満ちている動物のようにかすかに波うちながら白いケムリ―胞子―を射出
(菌類が胞子を出すのを専門用語でこういう)しつづけています。

 けっこういろいろな生物を見てきた私ですが、
このときは、かなりマジでやばいと思いました。
だって、さっき吸い込んでしまったヒラタケの胞子はいま、私の肺のなか・・・・・・・。
気のせいか、胸のあたりがムズムズするような。

 自分の肺のなかに、ヒラタケが生えてくる、という想像に半分パニックになりながら、
キノコ友達に電話して、肺に入った胞子は大丈夫だろうか、と聞きました。
夜分にもかかわらず、彼女はすぐ、
友人のキノコ専門家 『キノコの下には死体が眠る?!』という素晴らしい本の著者でもある、
千葉菌類談話会の吹春俊光さんに、連絡をしてくれました。
吹春さんによると、菌類の研究者は日々胞子を吸いこんでいるけれど、
肺に異常は、ましてキノコが生えたということはない、というのでどっと安心しました。

 でもヒラタケは相変わらず、とっても活発に活動している様子。
このまま室内に置いておいたら、朝までに居間にヒラタケの胞子が充満してしまうのではないか、
と心配は尽きず、庭に出して寝ることにしました。

 翌朝。ヒラタケの胞子射出活動は、おさまっているようでした。
しかし、午後になると、またはじまりました



 吹春さんに、胞子の一部を黒い紙に貼りつけて送ったところ、
吹春さんも今までにこのような状態の胞子は見たことがない、珍しい現象とのこと。
たぶん異常に射出が活発に行われたために、
キノコの縁に胞子が房のようにたまってついてしまったのだろう、ということでした。
 その日の午後、ふたたび活発に射出を繰り返したこのヒラタケは、
まるで一気に命を使い果たしたかのように、
翌日、急速にしぼんで枯れてしまいました!

 あのときの怖かったこと、でもとっても面白くもあったことを思い出しながら、
青紫のキノコの胞子に包まれてしまったフェイの話を書きました。

 フェイのボートにこっそり乗り込んで貝殻島に渡った「小さなものたち」は、
そう、アレです。貝殻を見つけて狂喜する生きものといったら、アレですよね~。

 そして、とうとうジロが帰ってきましたー!
やっぱりバニャーニャには、ジロがいなくちゃ。
みんなが集まって、美味しいスープを飲めるジロの店がなくちゃ。
冒険の旅から帰ったジロは、仲良しのみんなにどんなおみやげを持って帰ったのでしょう?
次回をお楽しみに。