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バニャーニャ物語

 日々虫目で歩く鈴木海花がときどき遊びに行く、風変わりな生きものの国バニャーニャのものがたり。

お知らせ

2012-10-30 10:15:15 | ものがたり
 原宿 絵本の読める喫茶店での『バニャーニャ展』、
たくさんの方に来ていただき、ほんとうにありがごうございます。
シーモアグラスさんのご厚意により、
もう少し会期を延長できることになりました。

 そして、途中までになっている『バニャーニャ物語 その20』「ぼく、誰だっけ?」ですが、
今年の気候不順のためか、ちょっと体調をくずしており、
つづきを書いてはいるのですが、完成までにもうちょっと時間がかかりそうです。
楽しみにしてくださっているみなさま、申し訳ありません。
次の更新日、11月15日までには、出来上がると思いますので、
ぜひまたおいでいただけたら、うれしいです。



バニャーニャ物語 その20 「ぼく、誰だっけ?」

2012-10-12 19:54:11 | ものがたり


                  

作・鈴木海花
挿絵・中山泰
 


国境の町のむこう、
<ナメナメクジの森>を越えると
そこには、
ちょっと風変わりな生きものたちの暮らす国がある


*はじめてお読みの方は、「その8」にあるバニャーニャ・ミニガイドを
 ご覧ください。
 







      バニャーニャ物語 その20 「ぼく、誰だっけ?」



 川の水がサワサワと軽快な音をたてて流れる春の渓流で、
フェイは朝からずっと釣りをしていました。
 水音にまじって、ウグイスののんびりした鳴き声もきこえます。
対岸では木立の梢がやわらかい春風に揺れています。
若葉がささやき合うようなひそやかな音のなかで、
フェイはひとり、釣りを楽しんでいました。

 ヒマさえあれば釣りをしているフェイは、
毎年今頃の時期、アマゴを釣るのを楽しみにしています。
 昼ごろになると魚篭のなかは、青灰色に水玉のような模様のある
ぴちぴちしたアマゴでいっぱいになりました。
 「イェーイ、大漁だい!」。
 フェイは魚篭をのぞきこんでひとり歓声をあげると、
ここいらで一息いれて、サンドイッチを食べることにしました。
気がつくとおなかがペコペコです。

 一気にダブルエッグサンド(ゆで卵のマヨネーズ和えと、とろとろスクランブルエッグをはさんだフェイの大好物)を三切れたいらげ、ポットのあたたかいコーヒーを飲んで、
やっと人心地ついたフェイは、そのとき、
対岸の一本の木の根元あたりに、きらきらと雪のように細かい光の粒が舞っているのに気がつきました。
 光の粒が見る間にうすくなり、やがてすっかり消えてしまうのをぼうぜんと眺めていたフェイは、
いままで光っていた木の根元あたりに、
何かが寄りかかっているのに気がつきました。

 「あれぇ、今のは一体、なんなんだろう?」。
光をみたのは目の錯覚だろうか、目が疲れてるのかな、
とさらに目をこらしてみましたが、こちらからはよく見えません。
フェイはコーヒーポットのふたを閉めてリュックサックにしまうと、
渓流沿いの道を少し登って、大きな石が川のなかに並んでいる場所から、
向こう岸に渡りました。




 木の根元にいたのは、見慣れない男の子でした。
青い色の襟付きシャツをきて、
茶色の半ズボンをはき、小さなオレンジ色のリュックサックを背負っています。
バニャーニャでは今まで見かけたことのない男の子でした。



 春の午後、あたたかいお日さまの光のなかで、
男の子は気持ちよさそうに眠っているようです。
でも、いくら春とはいえ、もうすぐ陽がかげれば、
きっと風邪をひいてしまうでしょう。

「ちょっと、ちょっと、そこのひと・・・・」
フェイは、声をかけてみましたが、
男の子は、ぴくりともしないで眠りつづけています。

 「ねえ、きみさ、もうそろそろ起きた方がいいんじゃない?」
フェイは、男の子の耳のそばでさっきより大きな声を出しました。
 すると、男の子はやっと目を覚まし、
片目を開けてぼんやりとフェイをみました。
それから、右手の人差し指と中指で、まだ閉じている左目のまぶたを上と下に開きました。
「ときどき、目がくっついちゃって、なかなか目が覚めないんだ」
男の子は、今度は両目で、あいかわらずぼんやりとフェイを見あげていいました。

 「ふーん、ネボスケなんだねえ。
ぼく、フェイっていうんだけど、きみは、誰?ここじゃ見かけない顔だけど」
「ぼく、ぼく・・・・・・誰だっけ?」
男の子はやっぱりぼんやりした目で、まわりを見回しながら、もごもごといいました。
「誰って・・・・・・・自分で自分がわからないの?名前は?」
フェイがあきれたようにいいました。
男の子はしばらく考えてから、あきらめたように首をふりました。

 「自分の名前を忘れちゃうなんて、きみ、どうかしてるよ」。
「なんだか、何にも思いだせない」男の子がいいました。
「ここ、どこ?」
「ここはバニャーニャじゃないか、それも知らないっていうの?」
「うん、なんにも覚えていないんだもの。あー、おなかすいちゃった」。

 「しょうがないなあ、川のあっち側にぼくのサンドイッチがまだ少し残ってるから
わけてあげてもいいけどさ」。フェイがいいました。
「ぼく・・・・・ぼく、ココアがいいな」
「そ、そんなあ。きみね、こんな森のなかで、いきなりココアっていわれても。
あっ、それよか、こんなことしているとせっかくの新鮮なアマゴがだいなしになっちゃうぞ。
とりあえず、ジロのところへ行こう。あそこならココアがあるかもしれないからな」。
フェイがそういうと、男の子ははじめて目が完全にさめたみたいに、
「ココア、飲みたい」といいながら、
急いで帰りじたくをはじめたフェイの後からついてきました。

 
 ジロのスープ屋に着くと、なかから楽しそうなオシャベリの声が聞こえてきました。
店がひまになる午後の時間、カイサやシンカ、それにバショーまでが集まって、
お茶を飲んでいるようです。

 「あら、フェイ、なにか釣れた?」カイサがいいました。
「うん、きょうは大漁だい!」フェイが思い魚篭を持ち上げていいました。
「ジロ、ひとりじゃ食べきれないから、これで青ネギのいっぱいはいった魚のスープつくってよ。
あ、そうだジロ、ココアないかなぁ?」
「ココア?ああ、いつもはあるんだけど、ゴメン、ちょうど切らしてるんだ」
「この子がさ、どうしてもココアが飲みたいって・・・・おい、はいっておいでよ」
戸口のかげにかくれていた男の子が恥ずかしそうに戸口から顔をだしました。
「いやね、さっき川のそばで会ったんだけど、
この子、自分の名前も思い出せないっていうんだ」

 「へえ、それは困ったね。まあとにかくお入りよ」
ジロが戸口でもじもじしている男の子を手招きしていいました。
「どこから来たのか、どうしてバニャーニャに来たのかも忘れちゃったっていうんだから、あきれちゃうよね」
フェイは、木の下で男の子を見つけたときの様子をみんなに話しました。

 「ふーむ、なるほど」話をききおわるとバショーが腕組みをしていいました。
「それはたぶん、一時的な記憶喪失ってやつかもしれんて」
「キオクソウシツ?」カイサがききました。
「何か思いがけない体験をすると、それをきっかけに何もかも忘れちまうっていう、
やっかいなものでな」。バショーが、心配そうに男の子を見ながら言いました。
「本で読んだことがあるよ」シンカもいいました。
「でも、何かのきっかけで記憶がもどることもあるって、書いてあったな」。

 「ココアがのみたい・・・・・・」
男の子が消え入るような声でいいました。
「あたしも今、切らしちゃってるんだなあ」カイサがいいました。
「でもさ、きっとモーデカイの<よろずや>にはあると思うから、ちょっと行ってくるよ」
カイサはそういうと、駆け出して行きました。

 去年の冬のはじめに開店したモーデカイの「よろずや」は
今ではすっかりみんなに重宝がられています。
「やあ、カイサ」。
小さな店のなかで、ちょっと身を縮めるようにして店番しているモーデカイがいいました。
「ねえ、モーデカイ、ココアあるよね?」
走ってきたカイサが息を切らせながらいいました。
「あれ、ごめん!切らしちゃってるんだ」
「ええーっ、ここに来ればあると思ったんだけどな。
どうしてもココアが飲みたいって子がいてさ・・・・・・困ったな」
「あ、でもホテル・ジャマイカインの食堂に行けば飲めると思うよ。
きのうコルネが最後のひと缶を買っていったばかりだからね」。
モーデカイがいいました。
「わあ、よかった!じゃあね、モーデカイ」。
事情がわからずに目を白黒させているモーデカイに手を振って、
カイサはまた駆け出しました。



 ジロのスープ屋にもどると、カイサたちは男の子をつれて
ジャマイカ・インに向かいました。
 「ココア?お安いごようさ」
話をきいたコルネはさっそく、大ぶりのカップに、
あつあつのココアを淹れてくれました。



 ほんわりと湯気をたてているココアが目の前に置かれると
男の子は、息を詰めるようにしてカップをのぞきこみ、
甘いカカオの香りに目を細めています。
「あわてて飲むと舌をやけどするぞ」コルネがいいました。


 そのとき、食堂の椅子に座っている男の子の後ろにまわって、
まるで体の一部であるかのようにずっと背負っているオレンジ色のリュックサックをおろしてあげようとしたカイサは、男の子のシャツの背中に、
4つの文字の縫いとりがあるのに気がつきました。



レモン色の糸で、
<Hugh>という文字がくっきりとうかびあがっています。


 「あれ、これ、ヒュウって読むのかな?」
すると、ココアをひと口飲んだ男の子が、急に目をパチっと見開いていいました。
「そうだ!ヒュウっていうんだった、ぼくの名前」。
「ほう、名前を思い出したか。よかった、よかった」バショーがいいました。
「名前を忘れちゃったら、なんて呼んだらいいかもわからないしな」フェイがいいました。

 「ヒュウくんは、どうやってバニャーニャに来たの?
ナメナメクジの森はだいじょうぶだったの?」カイサが興味津々でききました。
 もうココアをほとんど飲み干したヒュウくんは、首をかしてげていいました。
「うーん、わかんないよ、気がついたら、ここにいたんだもん」。
「ふうむ、不思議なことじゃわい」
バショーがまた腕組みをしていいました。

 「バニャーニャへ来るには、国境の町からナメナメクジの森を抜けるか、
それとも海からわたってくるしかないんだが」。
ココアのおかわりを持ってきたコルネがいいました。


「川の上流の木の根元で見つけたっていったよね」
シンカがフェイにききました。
「うん、すっかり眠りこんじゃっててさ、なかなか起きなかったんだぜ」
「そうそう、そういえば、ヒュウが眠ってた木の根元のあたりには、
なんだかもやもやした、光の粒みたいなものが見えてたっけな」
フェイがいいました。

「ふーむ、もしかすると・・・・・ヒュウくんはどこかほかの場所からワープしてきたのかもしれんぞ」
バショーがいいました。
「ワープだって!?」フェイがいいました。
「状況からみて、それしか考えられんわい」バショーがいいました。
「もしかして、ヒュウくんのリュックサックのなかに
いろいろ思い出す手がかりがあるかもしれないよ」
カイサにそういわれてヒュウくんは、オレンジ色のリュックサックのフタをあけて、
中にはいっているものをテーブルの上に並べました。

 リュックサックのなかに入っていたのは、
なにも描かれていないスケッチブック1冊、
24色のクレヨン―緑色と茶色のが短くなっている―がひと箱、
赤い持ち手のついたハサミ、ビニール袋と紙のコップ、
それに、ぼろぼろになるほど使い込まれた植物図鑑でした。
「きっと絵を描くのが好きなんじゃない?」フェイがスケッチブックとクレヨンをみていいます。
「植物も好きなんだろうな」ジロがいいました。
「でも、ハサミと紙コップはなんのためかな」シンカが首をかしげました。

 
 みんながいろいろ推理していると、
とつぜんヒュウくんが、イスから立ち上がり、
「ココア、ごちそうさまでした」というなり、
ジャマイカ・インの入口に向かってすたすた歩きはじめました。
みんながあわててあとを追っていくと、
ヒュウくんは入口の左側にあるエニシダの大きな植込みの前でたちどまり、
しげしげと木を見つめています。
エニシダは今、黄色い花を開き始めていて、あたりの空気にはほのかにいい香りがします。

 「Cytisus scopariusキティスス・スコパリウス」。
エニシダを見ていたヒュウくんが突然こういったので、みんなはあっけにとられました。
 「そ、それ、なんかの呪文?」フェイがいいました。

 「ヒュウくんがいったのは、たぶん、エニシダの学名じゃないかな?」
シンカがいいました。
「Cytisus scopariusキティスス・スコパリウス。魔女のホウキをつくる木」。
ヒュウくんがまたいいました。
「ガクメイってなにさ」フェイがいいました。
「植物や動物の名前だよ。学名だと世界中のひとに通じるんだ」シンカがいいました。

 「ぶったまげたな」コルネがいいました。
「自分の名前しか思い出せないっていうのに、
おまじないみたいな学名っちゅうのをいきなり言いだすんだから」。

 すると、ヒュウくんはコルネの方を振り返ってこういいました。
「ぼく、ぼくここに泊まりたいな。
でも泊まるお金をもってないんです。どうしたらここに泊まれますか?」
「いいともさ」コルネが肩をすくめていいました。
「ちょうど果樹園に面した6号室が空いているし、
お客はみんな海に向いた部屋を希望するから、あの部屋でよかったら
いたいだけいてかまわないよ」。

 「でもここはホテルだもんな、タダってわけにはいかないよな」フェイがいいました。
「バニャーニャじゃあルーンっているお金を使うんだけど、
でも、ルーンがなくても、
なにか欲しいものがあったら、他のものと交換してもらってもいいの。
摘んできた花束とか、釣ってきた魚とか、拾ってきた貝殻とか木の実とか」
カイサがいいました。

 「泊めてもらうかわりに、なにかコルネの手伝いをするっていうのはどうかな?」
シンカが提案しました。
「そうさな・・・・・・料理用のストーブの燃料がもうないから、
明日、小枝を集めてきてくれると助かるな」
コルネがいいました。

 「そうじゃ、そうじゃ、そうやってバニャーニャでゆっくりするうちに、
きっといろんなことを思い出すじゃろ」バショーがいいました。
「きまりー!よかったねヒュウくん、バニャーニャへようこそ!」
カイサがヒュウくんの肩をたたいていいました。
それをきいたヒュウくんの顔に、バニャーニャにきてはじめて、
安心したような笑顔が浮かびました。


(つづきます)

 <お詫び>
 10月15日まで出張のため、『バニャーニャ物語』その20は、2回に分けて掲載します。
10月25日には2回目をアップできると思いますので、
ぜひつづきを読みに来てください。



 <お知らせ>


 10月7日から始まった『バニャーニャ物語展』も開催中です。
シーモアグラスさんのご厚意により、
会期が10月21日まで→31日まで、に変更になりました。




 


『バニャーニャ物語』も、この10月で連載20回目を迎えることになりました。
いつもはモニターで読んで、見ていただいているこの物語を、
いちど紙の上に展開してみたいと常々思っていたので、
これを機に、原宿にある絵本の読める小さな喫茶店『シーモアグラス』さんで、
『紙で見る、読むバニャーニャ物語展』という
展覧会を開くことになりました。

 会期は、2012年10月7日(日)~10月21日(日)

 

 シーモアグラスは、原宿にある小さいけれど、絵本がいっぱいの落ち着ける雰囲気の
すてきな喫茶店。常設には、荒井良二さんの原画もあります。
     


〒150-0001
東京都渋谷区神宮前6-27-8 京セラ原宿ビルB1F
Tel&Fax:03-5469-9469
最寄駅:東京メトロ 明治神宮前



 店主の坂本さんがおひとりでやっていらっしゃるので、
不定休のため、来ていただく前に、営業日を確認してください。

営業日確認はツイッターで。
SEE MORE GLASS‏@seemoreglass96


 モニターで見て、読むのとは、
一味もふた味も違うバニャーニャの世界へどうぞ!













紙で見る、読むバニャーニャ物語展、明日7日14:00から!

2012-10-06 12:08:00 | ものがたり
 いつもはネットで読んでいただいている『バニャーニャ物語』ですが、
明日7日から、原宿の「絵本の読める喫茶店 シーモアグラス』で、
挿絵や手作り冊子、物語にインスピレーションを与えてくれたモノ、
また、ストップモーションアニメを手掛ける中山珊瑚によるジロの人形、
愛読してくれているユウヒ君からのステキな絵手紙などの展示がはじまります。


できたてホヤホヤのジロ人形と冊子。


 お近くにおいでの際は、立ち寄っていただけましたら、幸いです。
(展示場所が喫茶店なので、ワンオーダーお願いできるとうれしいです。
 シーモアグラスのスイーツやランチ、美味しいですよ!)

 この10月15日更新分が20回目になりますが、
今までの話のなかから3話を選び、
紙の上に展開してみました。

 手作り冊子は、つくるのに予想を超えるたいへんさでしたが、
楽しくもありました。

文字も縦組みで、
紙ならではの読み心地。




ぜひお手にとって、ゆっくり読んでいただけましたら幸いです。




 明日7日は14:00から、
最終日10月21日も午後から在廊しています。
そのほかの日は、また追ってお知らせします。





紙で見る、読むバニャーニャ展 シーモアグラスで開催

2012-09-15 16:02:24 | ものがたり

 


『バニャーニャ物語』も、この10月で連載20回目を迎えることになりました。
いつもはモニターで読んで、見ていただいているこの物語を、
いちど紙の上に展開してみたいと常々思っていたので、
これを機に、原宿にある絵本の読める小さな喫茶店『シーモアグラス』さんで、
『紙で見る、読むバニャーニャ物語展』という
展覧会を開くことになりました。

 会期は、2012年10月7日(日)~10月21日(日)

 

 シーモアグラスは、原宿にある小さいけれど、絵本がいっぱいの落ち着ける雰囲気の
すてきな喫茶店。常設には、荒井良二さんの原画もあります。
     


〒150-0001
東京都渋谷区神宮前6-27-8 京セラ原宿ビルB1F
Tel&Fax:03-5469-9469
最寄駅:東京メトロ 明治神宮前



 店主の坂本さんがおひとりでやっていらっしゃるので、
不定休のため、来ていただく前に、営業日を確認してください。

営業日確認はツイッターで。
SEE MORE GLASS‏@seemoreglass96


 モニターで見て、読むのとは、
一味もふた味も違うバニャーニャの世界へどうぞ!






バニャーニャ物語 その19 モーデカイの「よろずや」

2012-09-15 15:44:37 | ものがたり



作・鈴木海花
挿絵・中山泰
 


国境の町のむこう、
<ナメナメクジの森>を越えると
そこには、
ちょっと風変わりな生きものたちの暮らす国がある


*はじめてお読みの方は、「その8」にあるバニャーニャ・ミニガイドを
 ご覧ください。
 




      バニャーニャ物語その19 モーデカイの「よろずや」



 めっきり気温がさがり冬も間近なこの時期、丘につづく森の木々の色は
紅葉がはじまる前に独特の、なんだかあいまいな色合いをしています。

 暑いのが大の苦手という丘の上のお屋敷に住むボデガは、このところすっかり元気づいて、
今年もクモのオニグモ夫人といっしょに、レース編みに精をだしています。
この調子なら春が来るまでに、きっと金色に光るオニグモ夫人の紡ぐ糸でできたゴージャスな肩掛けが完成するでしょう。




 それは、肩をすっぽりおおって腰の下まで届くほど長い肩掛けになるはずです。
オニグモ夫人はお金をかせぐのを生きがいにしているので、つむぐ糸はとても高価なのです。
ボデガのような、お金持ちの未亡人でもなければ、とてもこの糸のレース編みはできないでしょう。
でも透き通るような繊細な糸の美しさといったら!
おまけにこの糸はちょっと粘り気があるので、肩にかけていてもずり落ちるということがありません。




 冬に向かうと、誰もがなにか、編みたくなるのでしょうか。
「できたー!」
カイサも今朝、ざっくりした毛糸の帽子を編み上げました。
それは黒味を含んだ冬のヒイラギの葉のような、深い緑色の帽子でした。
「あれっ、ちょっと形がへんてこ・・・・」
きれいな山の形になるはずだった上の方がなんだか、かしいで見えます。
「どこで間違ったものか・・・・でもいっか、とにかくアザミさんにかぶってもらおうっと」
カイサはそういうと、手提げに帽子をいれて、アザミさんの店に向かいました。

 夜明けから起きて焼いたパンが売り切れてしまった午後のこの時間、
アザミさんは店の裏で、ハチの巣箱の世話をしていました。
「アザミさーん」
「あら、カイサ。いますぐ行くから、台所で待っていてくれる?」
店の奥のアザミさんの台所は、いつも香ばしいパンの香りがします。
真ん中には毎日アザミさんがパンをこねるがっしりとした大きなテーブルがあります。

 「お待たせ。きょうはこんなに蜜がとれたのよ」
アザミさんが大きなブリキの容れものを両手にかかえて、裏口からはいってきました。
「わあ、それはなんの蜜?」
「ローズマリーよ。すっきりした香りの蜜だから、パンによく合うの」


 「約束してた帽子、できたんだけど」
エプロンで洗った手を拭きながら、お茶の支度をはじめたアザミさんに、
カイサは手提げから毛糸の帽子を出していいました。
「わあ、なんてすてきな色!」
「えっとさ、でもちょっと形が思ったようじゃないんだけど・・・・」

 壁にかかっている鏡の前で、さっそく帽子をかぶってみたアザミアさんは、
「すてき!左側がちょっとたっぷりしていて、アンバランスなところが
モードだわ!」



「モード?そういえばそうかな。アザミさんの髪の色に合うかなと思って、この色にしたんだ。
うん、似合ってる!」

 アザミさんの燃えるような赤毛に、深い緑色の帽子はほんとうによく似合いましたし、
帽子というものは、かぶってみるまでわからないものです。
左右のふくらみがアンバランスな帽子は、
なんだかもともとそういうふうにデザインするつもりだったみたいに、ステキに見えたので、
カイサはうれしくなりました。
「寒くなる前にできてよかったよ」
「今年の冬は、外出が楽しくなるわ。カイサ、ありがとう!」


 お茶がはいると、アザミさんはテーブルの上で、一本の長細いパンを輪切りにして、
とれたばかりの琥珀色に輝くハチミツとバターのびんといっしょに並べました。
「きょうはお昼を食べそこなっちゃったの。1本だけパンを残しておいてよかったわ」
「あ、あたしもお昼たべてないんだった」
ブーランジェリー・アザミ特製の発酵バターと、ローズマリーのハチミツをたっぷりつけて食べながら、
ふたりのおしゃべりがはずみます。


 「ねえねえ、あの氷の花から出てきた不思議な幼虫は、どうなったの?」
アザミさんが、ポットの葉を新しくして、2杯目のお茶を淹れながら訊きました。

「ポポタキスの実が好物でね、毎日おいしそうにちゅうちゅう吸って元気にしているんだけど、
まだ成虫になる気配はないんだよね。
シンカがいうには、きっとこれは冬を幼虫の姿のまま過ごして、
春になって翅のある成虫になる虫なんじゃないかって」
「ふーん。そんなに長い時間をかけて、成虫になる虫もいるのねえ。
わたしは虫はミツバチのことくらいしか知らないけど、
生きものはいろんな生き方をしているのがおもしろいわ。カイサが虫が好きな気持ち、わかるなー」
アザミさんにそういわれて、カイサはとても幸せな気持ちになりました。


 「そういえば、バニャーニャアパートのダロウェイさんは、お元気?」
「うーん、元気っていうか、変わらないよ。
ジロが届けるバラの花びらのスープで生きているようなものだから、
このごろは、わたしはだんだん植物になっていくような気がする、なんて言ってる」


 「チクチクさんは、そろそろ冬ごもりの支度かしらね」
「うん、枯葉とか小枝とか鳥の羽根とか毎日少しずつ集めて、寝床の用意をしているみたい」
うわさ話に花が咲くうちに、2杯目のポットも空になりました。
「そろそろ、行くとするかな」カイサが、パンが載っていたお皿やお茶の茶碗を
洗い場に運びながら言いました。

 「モーデカイがね、ジロの店の近くになんでも「よろずや」っていう、店をつくるんだって」
「あ、きのうジロからちょっときいたわ!バニャーニャに「よろずや」ができるなんて、うれしいわ」
アザミさんが目を輝かせていいました。
「うん、ひとりでこつこつ、つくっていたけど、もうすぐ開店らしいんだ。
これからちょっと様子を見てくるよ」。




 バニャーニャには、店といえるものは、ジロのスープ屋、フェイの砂屋、
そしてアザミさんのパン屋さんしかありません。シンカが必要なノートや鉛筆とか、
ジロの店のデザートづくりに欠かせないフレッシュなクリームとか、
カイサの大好きなマシュマロとか棒キャンディとか・・・・・・
バニャーニャでつくるのが難しいものは、
モーデカイがナメナメクジの森を抜けて、なんでも売っている国境の街へ、
「おつかい」にいってくれるので、まったく暮らしに不便はないのです。

 もう何年も、バニャーニャのものたちはこうしてやってきました。
 でも、モーデカイはみんなのおつかいをするうちに、
これはちょっと多めに買っておけば、すぐにおつかいにいけなくても、欲しい人に分けられるんだがな、
と思うことがあるのに気がつきました。
 そこで、ジロに相談して、スープ屋に来るものが、
ついでに欲しいものを手に入れられるように、
ジロの店のすぐ近く、タイサンボクの大樹の脇に、
小さな「よろずや」をひらくことにしたのでした。

 秋の終わりごろから、モーデカイは、ためておいた材木をつかって、
棚とカウンターのある小さな店をつくりはじめました。
毎日少しずつ形ができいく小さな店を見ていると、
国境の街の活気のある店々のようにはいかないけれど、
自分でものをいろいろ並べてみるのは楽しいだろう、と心がはずんでくるのでした。


 カイサが様子を見にいくと、
モーデカイは、もうほとんどできあがった店の前で、
一生懸命、木を削ったり、組み合わせたり、クギを打ったりしている最中でした。


「わあ、モーデカイ、もうこんなにできたんだね!」
木の削りクズにまみれたモーデカイは、手を休めないまま振り向くと
「おう、カイサ」と笑顔で答えました。
「うん、近々開店できるかな」

 「おっきいモーデカイの、ちっさいお店だね」
「うん、そんなにたくさんの物を扱うわけじゃないし、
気楽にやりたいし、このぐらいがちょうどいいかなと思ってさ」
「でも、マシュマロと棒キャンディはあるよね?」
「もちろん、みんなにいつも頼まれているものは、仕入れてあるよ」
「モーデカイ、なんだか楽しそうだね」
「ずっと考えていたことだからね、実現すると思うとうれしいよ」
 
 モーデカイがそういってまた笑顔を見せた時、
向こうのほうから、ジロがやってくるのが見えました。
「やあ、カイサも来てたのか。いよいよだねぇ」
ジロがいいました。

 
「モーデカイ、今つくってるそれ、看板?いろんな色の木が組み合わさってて、すてき!」
モーデカイが膝に載せて、ていねいにヤスリをかけている板を見てカイサがいいました。
それはとても手の込んだつくりで、「よろずや」という文字が、
いい色合いの木を組み合わせてつくられています。

「これね、みんな木そのものの色なんだよ。
黄色いのはマユミ、白いのがミズキで緑っぽいのはハリエンジュ、茶色がケヤキで、
黒がコクタン、赤いのはハドゥクだよ」
モーデカイがいいました。
「きれいだねえ、これがみんな木の幹のなかの自然の色だなんて」ジロがいいました。



 秋深い夕暮れは早く、あたりはもう薄暗くなってきました。
「さてと、できたぞ!」
モーデカイは、そういうと膝の上の木くずをぱんぱんとたたいて落としてから、
できたばかりの看板を、小さな店の軒下に取りつけ、
ちょっと後ろへ下がって、苦労してつくった店を満足げに見ました。
「明日は、品物を並べてみるとしよう」。




 その夜のことでした。
ありあわせのもので夕飯をすませると、
疲れ切っていたモーデカイは、ぐっすり眠りこんでしまいました。

 ですから、夜半を過ぎたころ、突然、強い西風がごうごうと吹き始め、
突き刺さるような激しい雨が屋根をたたくのに、気がつきませんでした。

 まるで季節はずれの台風のように、バニャーニャじゅうを吹き荒れた突然の嵐は、
まだ薄暗いうちにモーデカイが起きだしたときには、過ぎ去っていました。

ドアを開けて外をみたモーデカイは「あっ」といったきり言葉を失って、戸口に立ちすくみました。



 
 「丘の上から見ると、バニャーニャ中が、ひどいありさまじゃよ」
ジロの店に心配してやってきたバショーがいいました。
「きのう、川辺に出してあるテーブルやいすを片付けて置いてよかったよ」
ジロの店はなんとか、嵐に堪えましたが、窓のガラスが何枚か割れて、
破片をとりのぞいた窓には、とりあえず板が打ち付けられています。

 「みんなのところは、大丈夫だったかなあ」ジロが心配そうにいいました。
「ここへ来る途中でカイサのところにもよってみたが、庭がめちゃめちゃになったくらいで、
なんとか大丈夫じゃった。シンカの所は、西からの風がガケでさえぎられたので
大過なかったようじゃ。でもアザミさんのところのハチの巣箱は
あとかたもなくてな・・・・・・しばらくはハチミツが食べられなくなるじゃろう・・・・・・」
 ふたりはそんな話をしながら、モーデカイの「よろずや」のほうへ歩いていきました。

 きのう、もうすぐ開店だ、とモーデカイがいっていた小さな店。
今朝、その場所には、店のあと形もありませんでした。
あたりには雨でびしょびしょになった、折れた木の枝や枯葉が散乱し、
モーデカイが肩を落として、そこにたちすくんでいました。




 「モーデカイ・・・・」
「全部、飛んでっちゃったよ・・・・」
モーデカイはうなるようにそういったまま、
それ以上は口をきく元気もないようでした。



 そのとき、「おおーい、だいじょうぶかあ」という声がして、川むこうからはフェイが、
反対側からはカイサが走ってきました。
でもふたりともあまりのありさまに、誰も言葉が出ません。
 「モーデカイ、ねえ、みんなで手伝うから、もういちど作り直そうよ」
ジロが、うなだれているモーデカイの肩に手を置いて、いいました。
「・・・・・・でもできるかなあ」


 モーデカイがそういったとき、
みんなの後ろで、「うんしょ、おいしょ、うんしょ・・・・」という声がしました。
海岸に流れ着いたヤシの実に住むウルと、バニャーニャアパートの屋根裏に住むティキさんでした。
バニャーニャの生きもののなかでも特に体の小さいふたりが運んでいるのは、
なんと、「よろずや」と書かれたモーデカイの店の看板ではありませんか。




「はあ、はあ、はあ」とウルが荒い息をしながらいいました。
「海岸で見つけたから、海が持って行ってしまわないうちに急いでひろってきた。
重かった・・・・・・はあ、はあ、はあ」
駆け寄ったみんなが、よろよろしているふたりから看板を受け取って
モーデカイに渡しました。
モーデカイが精魂込めてつくった看板には砂や海草なんかがこびりついていましたが、
こすり落としてみると、幸いなことにどこも傷んでいませんでした。

そのとき、ティキさんが小さな声でいいました。
「アイタ ペア ペア」。

「モーデカイ、ティキさんの言うとおり、アイタ ぺア ペアだよ」
カイサがいいました。
「なんだよ、そのアイタ、とかって」
フェイがいいました。
「ティキさんが生まれた島の言葉で、問題ない、気にしない、っていう意味だよ」
カイサが通訳していいました。
「そうだよ、モーデカイ、アイタ ペア ペアだ!」
ジロもいいました。
「そうじゃ、そうじゃ、今バニャーニャは、折れた木の枝でいっぱいじゃ。
みんなで拾い集めれば、もういちど店をつくるための木はすぐに集まるというものじゃ」
バショーがいいました。
もどってきた看板を見つめていたモーデカイの目に、しだいに力がもどってきました。




 澄みきった朝日が差す冬のはじめのある日、モーデカイの「よろずや」は開店しました。
店先のカウンターの上には棒キャンディ、マシュマロ、ノート、鉛筆、クギ、洗濯バサミ、
奥の棚には、カップやお皿といった陶器まで並んでいます。
 いちばんにやってきたのはカイサでした。
「モーデカイ、お店ができてよかったね。
えーと棒キャンディと、イチゴ味のマシュマロください」
「いらっしゃい・・・」
モーデカイがちょっと照れながら、小さな声でいいました。




 べつに宣伝をしたわけではないので
大勢のものが押しかける、ということはありませんでした。
でもウワサをきいて、ちょっと見に行こうか、とやってきたものや
ジロのスープ屋の帰りに立ち寄ったものたちで
夕方まで、お客さんが絶えませんでした。


 モーデカイにとって長い一日でした。
「おつかれ!」
夕飯をつくる元気もなく、
帰りに寄ったジロの店で、
モーデカイの前にジロがおいてくれたのは、
肉や野菜がどっさりはいった、
ジロ特製の具だくさんのあつあつのスープでした。


 



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 ビジョオニグモ(美女鬼蜘蛛)という、コガネグモ科のクモがいます。
大きさはメスが1センチほどで、オスはその半分くらいの大きさ。
名前に反して、ぜんぜん美女ではないのですが、ころころっとした可愛いクモです。




どうしてこのクモに「美女」の名がついたのか・・・・・・・。

 でも、このクモが張る巣は、横糸がなんと金色なのです。
夏から秋にかけて、平地から山間部の樹間にキレ網という、
円網の一部に切れ込みがあるタイプの巣を張ります。そしてこの巣の切れ込みの近くに、
小さな白いテントのような住居をつくって、獲物が網にかかるまで、そのなかに潜んでいます。

 網の金色はなかなか写真に撮るのが難しくて、
でも見るたびに、こんな糸でショールをつくったら、さぞゴージャスだろうと思うのです。



 樹皮の上からは見えない木の内部は、思いがけない美しい色をしているものがあります。
これを利用したのが、箱根名物 寄木細工です。
神奈川県に生まれたので、子供のころは家族でどこかへ行くというと、よく箱根へ行きました。
そのたびに親にせがんで寄木細工の店に連れて行ってもらったのですが、
小さな秘密箱がせいぜいで、大きなものは買ってもらえず、ずっと憧れていました。
 だから文箱を買ったのは大人になってから。
いまも文の代わりに、アクセサリーやお針道具を入れて愛用しています。
 でも、何度見ても、見るたびに、これが染めたものではなく、
自然の木の色だと思うと、木が内部に秘めている美しさに驚きます。


アクセサリーをいれている40センチ×25センチ大の寄木細工の箱。






今ではもう作られていない模様のアンティークの寄木細工。

箱根の寄木細工は歴史が古く、アートっぽい作品もつくられていますが、
でも、わたしはお土産ものとしての箱根寄木細工がすきです。