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衝突時、艦長は別の部屋で、1時間以上仮眠

2008-02-27 22:43:36 | 事件・事故
 マグロ漁船・清徳丸と、その千倍の重量のイージス艦とが衝突した問題で、広々した太平洋上ならともかく、漁船などの交通繁華な海域を通過する時間帯にも関わらず、イージス艦・「あたご」の艦長は『仮眠』を取っていたと言う。
 信じられない!という他は無い。
 勤務のローテーションで『仮眠』を取ることはありえることであり、それ自体が犯罪と言う訳ではないが、この海域・時間帯では仮眠は問題だろう。

 その上、1週間もたってから、その舩渡(ふなと)艦長が行方不明になっている清徳丸の乗組員の家族を、千葉県勝浦市の自宅に訪ね、初めて謝罪したという。
 この艦長は今まで1週間も“寝ていた”のか?
 あまりにも遅すぎると言わなければならない。
久間防衛大臣の謝罪訪問でさえ遅きに失したのに、さらにその5日後とは!?

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漁船状況「理解していなかった」 イージス艦艦長が会見
       (朝日新聞) - goo ニュース
  2008年02月27日21時37分

 漁船清徳丸と衝突した海上自衛隊のイージス艦「あたご」艦長の舩渡(ふなと)健1佐(52)が27日、行方不明になっている清徳丸の乗組員の家族を、千葉県勝浦市の自宅に訪ね、初めて謝罪した。その後の記者会見で「監督責任を含めた全体の責任がある」と語り、指揮官としての責任を認めた。「あの海域で漁船が多いと理解していなかったのは問題だった」と状況認識に問題があったとも述べた。



行方不明の吉清さん親子の自宅で親族に面会した
イージス艦「あたご」の舩渡健艦長(中央)。
身をこわばらせて歩み去る姿に漁師仲間の視線が集まった
=27日午後2時22分、千葉県勝浦市川津で

 舩渡艦長は同日午後、清徳丸に乗っていた吉清(きちせい)治夫さん(58)と長男の哲大(てつひろ)さん(23)の家族と漁協関係者に謝罪。続く会見で、「運航態勢も日ごろから指導しており、そういった責任もある」と語った。衝突時、舩渡艦長は艦橋とは別の部屋で、1時間以上仮眠していたとしたうえで、「最初に汽笛が鳴って何かあると気づき、その後放送が流れて事故を把握した」と説明。衝突前後のいずれかの時点であたごで汽笛が鳴っていたことを、明らかにした。

 混雑した海域で自ら艦橋で指揮していなかった点については「問題がなかったとは考えていない」としたものの、第3管区海上保安本部が捜査中であることを理由に、具体的には答えなかった。

 3管の調べなどで、衝突12分前ごろ、交代前後の当直者が漁船の灯火に気づきながら衝突しており、当直者の引き継ぎに問題があった可能性も浮上。この点について、十分な引き継ぎができていれば事故は起こらなかった、との認識を示した。

 また、事故当日の19日午前10時ごろ、あたごの航海長がヘリコプターで防衛省に呼ばれ事情聴取されたことについて、「だれから指示を受けたかは特定できないが、航海長を指名したのは私」と説明した。

 一方、法的な回避義務とは別に、小回りの利く漁船側が自衛艦を避けてくれるという意識があったのではないかとの質問には、「ありません」と言い切った。

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国民守る立場で申し訳ない=あたご艦長、涙流し謝罪-吉清さん宅、漁協訪問・千葉(時事通信) - goo ニュース

あたご艦長、家族に謝罪 千葉・勝浦の不明父子宅へ(共同通信) - goo ニュース

記録装置搭載認める 2008年2月27日(水)「しんぶん赤旗」
 防衛省の徳地秀士運用企画局長は二十六日の衆院安全保障委員会で、漁船「清徳丸」に衝突した海上自衛隊のイージス艦「あたご」に、航行情報を記録する装置を搭載していたことを認めました。日本共産党の赤嶺政賢議員の追及に対する答弁です。
 赤嶺氏は「国民に対する最低限の説明責任だ」と指摘し、航行情報の提出を重ねて求めました。


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