自燈明・法燈明の考察

私の原体験の一つ

 今日は天気が良かった日ですが、肌寒くなりましたね。
 さて、昨日は「信仰の姿」という事で、私の主観的な事を書かせてもらいました。私は創価学会で四半世紀近く過ごしてきたのですが、それとは別に私の原体験の一つについて今回は少し書いてみます。

 まあ個人的な呟きみたいな内容なので、読み飛ばして頂いても構いません。

 私は高校生の時、部活をしていました。その部活とは吹奏楽部です。吹奏楽部とは大抵の場合には女子が多く、男子は少ないという傾向が当時一般的にありましたが、私が通っていた高校の吹奏楽部も、ご他聞にもれず四分の三が女生徒で、四分の一が男子生徒という部活でした。

 私が高校生当時、けして人の上に立つとか、人の先頭に立って物事を行うという性格では無かったのですが、何故か二年生の時には副部長、三年生には部長となってしまったのです。ちなみに一年生の時には一度、部活を辞めたのですが、先輩からの強い説得で復活した立場でもありました。

 当時いた吹奏楽部とは、三十名を超える部活で、学校の公式行事にも何かと絡む部活であり、夏には吹奏楽コンクールと野球部の応援、秋には定期演奏会もあり、夏休みなどは野球部の応援と、コンクールに向けて練習につぐ練習で、実質的な休みは2週間あるか無いか、そんな生活をしていました。

 また女生徒が多いと、そこには大なり小なり派閥があり、一つの派閥を立てると、他の派閥からやっかみが入り、何かと裏でゴチャゴチャとした問題が起きたりと、まったくもって部長となってからは、精神的に休まるという事がありませんでした。

 「斉藤は良いよな~、沢山の女子に囲まれて。まるでハーレムだよな」

 同じクラスにいる仲間内からは良く冷やかされもしましたが、それを言われる度に返していました。

 「だったらお前がやってみろよ、一週間もたないと思うぞ」

 部長になってからの一年近い間、本当に部活に行く事が嫌で嫌で堪りませんでした。ただ一つ、楽器をやる事、またセッションと言いますが、そんなメンバーでも「合奏」をやる事がとても楽しく、それだけを支えに部長をやり抜いた記憶があります。

 こんな感じで日々、嫌な事を耐えながら一年間やり抜き、いざ部活を引退するという時になると、不思議とこの吹奏楽部で日々の大変だったこと、また行き詰りを感じた事が、何故か妙に「かけがいの無い日々の連続だった」という事に気付き、私の高校生活を彩る思いでとなりました。

 それは三十年以上経過した今でも、ありありと覚えています。

 つまり大変とか辛いというのは、自分の記憶の中に強烈に残りますが、それを最終的に「良い思い出」にするのも「悪い思い出」とするのも、他の事ではなく自分自身の心の在り方一つなのではないか。

 私は高校生の時に、部活でこの事を学んだ気がします。

 あともう一つ、それは自身の進路について。
 私は高校卒業後、専門学校へと進学しましたが、そこで何故か自身の進む方向に対して「無駄な時間を過ごしている」と感じてしまい、結果、専門学校は中退し、その後、自分自身で進路を悩みながら、結果、IT業界へと進む事になりました。

 IT業界への就職も「中途入社扱い」でもあり、就職した会社もベンチャー企業であったので、社会人としての振舞を教わった事がありません。その事を教わったのは、私にとっては創価学会の中で、様々な先輩から教わったと思っています。

 当然、右も左も分からないでIT業界に入ったので、日々、当時の上司からは叱られる日々でしたが、今から考えれば仕事もまともに出来なかったのですから、当たり前と言えば当たり前の話でした。

 しかしこの当時、私が心に決めていた事があります。それは「今は辛くても良い。かっこ悪くても良い。ただ十年後、二十年後には、そんな出来事も笑い話に出来る自分を目指そう」という事でした。

 そんな事で社会人となり、いまでは既に三十年以上を過ぎました。その間、仕事で大きな失敗をした事もあり、またお客から喜ばれた事も沢山あり。ある時にはシステム不良で、ある大企業の部長から多くの人の前で罵詈雑言を浴びて1週間、缶詰になった事もありました。また友人と会社を立ち上げ、一時期は上手く行きましたが、その後事業が芳しくなくなり事業を畳み、また次の会社で新規事業を立ち上げましたが、リーマンショックもあり上手く行かなかったり。等々。多くの出来事を経験してきました。

 では今はどうかというと、とりあえずこういった社会人での様々な経験を、仕事場の後輩や同僚、また自分の子供たちに「笑い話」として語れています。だから社会人生活としての後悔は今の処ありません。

 ただ創価学会の経験に関しては、笑い話とはなっていませんけどね。

 思うに人生の中では、楽しい事も多くありますが、辛い事や苦しい事が多いのかもしれません。しかしそういった出来事に対して、自分自身が自分の心に対して「逃げる」という事をしていなければ、結果、全てが楽しい思い出になるのではないでしょうか。

 現実の行動では「逃げる事」や「隠れる事」、また一時的に「消える」という事があったとしても、自分自身の「心」と正面を向き合っていけるのであれば、万事オーライだと思いますよ。

 こんな高校生時代の経験、また社会人としての経験が、私の人生の原体験の一つになっていますので、少し書かせて貰いました。

 少しでもご参考になったら幸いです。


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