新古今和歌集の部屋

美濃の家づと 一の巻 春歌上5

百首ノ歌奉りし時            家隆朝臣

梅がかにむかしをとへば春の月こたへぬ影袖にうつれる

いとめでたし。伊勢物語業平朝臣の√月やあらぬ云々
の歌の段ををもて、かの朝臣の心にてよめる歌なり。影ぞの
もじ力あり。すべてかやうのには心をつけて見べき也。月
影の袖にうつるといふに、いよ/\昔を恋て、なく涙のかゝる意を
こめたり。月のこたへぬといひて、梅がかのこたへぬことも
聞えたるは、及びがたきいひざまなり。一首の意は、恋しき昔の
事を、かはらぬ梅がかにとへば、梅が香はこたへずして、月ぞこた
へがほなるを、それもこたへはせずして、其影の袖にうつるよと也。

千五百番ノ歌合に          右衛門督通具

梅花たが袖ふれしにほひとぞと春やむかしの月にとはばや

めでたし。詞めでたし。二の句、古き歌の詞也。此集
のころ、かのなりひらの朝臣の歌をとりて、春やむかしのといふ
ことをよめる歌おほし。そはなべての本歌とれるやうとは
かはりて 、此一句に、かの歌の一首の意をこめ、或は彼段の意を
もこめてとれり。こゝの歌にては、此四の句に、かの上ノ句の意をこめ
て、月は昔の春のまゝの月なれば、昔の事をもよくしり
たるべければ、昔たが袖ふれし名残のにほひぞと問むと也。

               皇太后宮大夫俊成卿女

梅の花あかぬ色香もむかしにておなじかたみの春の夜の月

めでたし。上ノ句めでたし。梅花あかぬ色かとつゞき
たるは、折てなりけるりの歌の詞なり。本歌といふには非ず。
すべて昔にてといふに二ツ有。むかしになりて、今は跡もなき
意と、又昔のまゝにてかはらぬ意となり。こゝなるは、後の意
なり。此歌もかの伊勢物語の意なり。あかぬとは、梅の
うへにいへれども、昔へもひゞかせたる物にて、あかぬむかしの意なり。
 一首の意は、此見る春の月は、あかぬむかしのかたみなるを、月
のみならず、梅の花の色香も、むかしのまゝにて、おなじかた
みなるぞ。

だいしらず                  西行

とめこかし梅さかりなるわがやどをうときも人はをりにこそよれ

上句、二三一と句を次第して聞べし。四の句は人はといふ詞は、
とめこかしの上につけて心得べし。下句此ほうしのふ
りなり。一首の意、うとき間(アヒダ)なりとてとはぬも、をりからにこそ
よることなれ。此梅花の盛なる我やどをば、うとき人なりとも、
香をとめてとひよかしと也。白楽天が詩の句引べし。

百首歌奉りしに春の歌        式子内親王

ながめつるけふはむかしになりぬとも軒ばの梅われをわするな

我なくなりて、昔の人になりぬとも、今日かくながめつることを

わするなとなり。梅はといへるもじ心をつくべし。思ひ出る
人もあるまじきを、せめて梅はと聞えて、あはれ也。眞木
柱ノ巻に√今はとてやどかれぬともなれきつる槇の柱はわれを
わするな、とある歌より出たるべし。

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