エウアンゲリオン

新約聖書研究は四福音書と使徒言行録が完了しました。
新たに、ショート・メッセージで信仰を育み励ましを具えます。

外へ出る覚悟

2024-06-01 | メッセージ

ヘブライ13:12-16 
 
ユダヤ人のしきたりたっぷりの手紙です。ユダヤ人が分かればよい、というようにも見えます。ユダヤ人でキリストの弟子となった人々へ向けてのメッセージです。イエスのことを思い起こせ。門の外で苦しみを受けた救い主のことを考えよ、というわけです。エルサレムの城壁内で汚れた死体をつくってはなりません。触れた者は汚れるからです。
 
そういう仕事は、ローマ兵にでもさせればよろしい。どうせローマ側でなければ、死刑に処すことはできないことになっていました。もはやユダヤの律法によって死刑を発令することはできない建前でした。イエスは城壁の外で殺されます。ゴルゴタで十字架に架けられます。そこで流された血が、信じる者を聖なる者とすることになりました。
 
イエスは十二分に辱めを、そして誹りを受けました。宿営の外に出されて、刑死しました。ユダヤ人へ宛てたと最初に申しましたが、ユダヤ人のキリスト者ですから、彼らは、多くのユダヤ人社会からすれば、異端でした。同胞と呼ぶべきユダヤ人共同体の中では、浮いていたことでしょう。その共同体の中で、確かに生活はしていました。
 
しかし、霊的には、もはやそのユダヤ人社会の内にはいなかったと言えます。政治と宗教が一致した社会でしたから、こういうことが起きたのです。この日本社会を例にとると、戦時中の国家神道の時代を想像すると近いかもしれません。村八分にされ、まともに暮らせなくなっても、キリスト信仰をもつ故に、日本人社会から外れるようなものです。
 
但し、ユダヤ人の場合は、イエス自身がユダヤ人であり、ユダヤ教を完成することをその教えの主眼としたため、単なる脱出にはなりません。神の真の祝福は、ユダヤ教の内でなくイエスの許にあります。永続する都はイエスの進む先にあります。私たちは、イエスを通して神の御名を賛美します。真のいけにえは、そこにあります。それが神の国なのです。


ですから、私たちも、イエスの受けられた辱めを身に負い、
宿営の外に出て、御もとに赴こうではありませんか。(ヘブライ13:13)

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