ハノイの街角にて 今でもいるのかなぁ、天秤かついだ人・・・
(ながらく間が空いてしまいましたが、ベトナムの旅の思い出話の続きです。
初めていらした方は、その1・その2・その3を是非ご覧下さい)
その昔、ベトナムっていう国に行きました。
東南アジアにある国で、南北にながーい国です。
南から北へと旅をして、色んなお宿に遭遇しました。
時は、物好き以外、日本人観光客がいない頃。
だから、たっぷり現地風のインターナショナル(?)、味わう事が出来ました。
約1週間程の滞在中に、泊まったホテルは3カ所。
ホーチミン・ハノイ・そして、ハノイから1日半も車に乗って移動した果ての方・・・
ホーチミンでは、サイゴン川に浮かぶ、フローティング・ホテルという所に泊まりました。
オーストラリアから、ぽんぽん船に曳航されて、ホーチミンに辿り着いたというこのホテルは、当時としては、
ホーチミンで唯一、日本人が安心して泊まれ、蛇口の水が飲めるホテル、と言われていました。(飲まなかったけど)
まぁ、船の客室のようなものなのですが、動力もなく、がっつり岸壁に繋がれているので、
寝ているうちに、どこかに連れ去られるような事はありません。
さすがにダントツの高級ホテル、ホテルのスタッフもいちいち微笑を投げつけて来て
その度こちらも、微笑で応戦。
アジアのホテルのホスピタリティを感じたものでした。
しかし、高級すぎて問題もありました。
スタッフ以外のベトナム人は、ロビー以外は入れないのです。
通訳のフンさんと、スケジュールの打ち合わせを客室でしようとしたら、NO!!
結局、セールスの人に頼み、レストランまでは入れてもらいましたが、
フンさんは居心地がとても悪そうでした。自分の国なのにねぇ・・・
その後、ベトナムはすごい勢いで観光化され、欧米資本のゴージャスなホテルも増え、
いつの間にか、このフローティング・ホテルは曳航されて、どこかへ移動したようでた。
2-3年前のある日、ニュースをみていたら、こともあろうか、このホテルが映っていました。
場所は、北朝鮮。くぅぅぅぅぅーー!!
ハノイは、湖が街の真ん中にある、シックな美しさの街。
ホーチミンでは半袖シャツでへらへらしていたのに、ハノイは寒くて革ジャンでした。(2月です)
さて、仕事の旅は、朝もはよから駆けずりまわり、夜も翌日の段取り打ち合わせなどに追われる為、
睡眠時間も短くなるので、よほどの事がない限り、1人部屋に泊まる事が認められております。
日本を出る2ヶ月前くらいだったでしょうか、ベトナム側に、日本から行く8名は、
よほどの事情が無い限り、必ず1人1部屋を確保するようにと、リクエストをしました。
本当に、1人1部屋ですか? と、フィードバックが来て、もちろんです! と答えたものの、
混む訳でも値段が高い訳でもないのに、なんだろうかと不思議に思いました。
そのホテルの名前は忘れましたが、確かハノイで一番まともなホテルとの事でした。
着いて、部屋に入って、わかりました。
部屋にはベッドが8つ・・・・
ほとんどの部屋はシャワーのみで、唯一1部屋だけ猫足のバスタブがあったので、
VIPのNさまにその部屋にお入り頂きました。
夜になり、私たちは、こそこそと1部屋に集まりました。
青緑色のペンキ塗りの壁に、病院のようなベッド、誰がその部屋に1人でいられましょうか。
ちょっと偉い人が、言いました。
「オイ、××(翠)、どうしてこんなホテル、1人部屋にしたんだよ。
おばけが出そうで怖いじゃん!!」
するとすかさず、もう1人も言いました。
「そう、なんか、おちつかないよねー、このホテル」
それでも夜が更けた頃、みんな仕方なく、自分の部屋に引き上げ、眠りにつきました。
ちなみに泣き言を言えないVIPのNさまは、部屋にひっこんだままでした。
翌朝聞くと、猫足のバスタブは、お湯を入れども入れども、漏ってしまって、入れる程は貯まらず、
あげくお湯もでなくなったとの事。
後の祭り・・・すみませぬ・・・
私の部屋もお湯が出たのは、蛇口をひねって3分後から5分後迄でした。まぁ、よくある事ですが。
さて、もう1つの、すんごく奥地のホテル。
じつは、ここ、とある目的地に行く途中、トイレ休憩に寄ったのですが、ロビー横のトイレはみんな壊れ、
他にないかと聞いたら、2階に通され、その扉の中はホテルの部屋でありました。
そして、その部屋のトイレも壊れておりました。
「ねぇ、ここ、本当はホテルみたいだよ。
部屋のトイレも壊れていて、3部屋目でやっと壊れてなかったわ」
「すごいねぇ、怖くて泊まれないよねぇ」
と、半分笑い話で、そのホテルを後にして、その夜戻ってみたら、我々の宿がここでした。
日本で苦心惨憺して集めた蚊取り線香を、みんなに配り、
天井から丸い枠にくっついたシーツ、いえ、蚊帳を吊って、
ちょっとしっとりするシーツに横たわりました。
もちろん、シャワーのお湯は途中で出なくなりました。
もうどうでもいいです。とにかく寝ました。
夕食はいつものチャーハンと、くにゃっとしたエビ料理。(詳しくはベトナム旅の2をお読み下さい)
とある方がワインが飲みたいとおっしゃり、このホテルにあるのかいなと思ったら、
ちゃんと出てきました。
まったく冷えていない、ソ連製(確か当時は、ロシアじゃなかった)の、スパークリングワイン。
他の誰も飲まないというので、つきあって飲みましたが、これが結構馬鹿にできないおいしさでした。
朝食にはフォー!
日本で出まわっているフォーとは、米粉の麺が入っているという事以外は、かなり違います。
この時頼んだのは、牛肉のフォー。
何が違うかというと、スープの表面から水深2センチは、すべて油でした。
日本でも、本場の味と言って出すなら、2センチはきっちりやって欲しいものです!
さて、旅立ちの朝、明るくなって、このホテルの正面に掲げられた看板をよく見たら、
International Hotel うっそー!!
やはり泊まるんですね、外国人。ここまで来るんですね、外国人。
その証拠に、宿泊代を払いに行ったら、外国人$20・ベトナム人$8位でした。国際的だわ・・・
えー、仕事で旅をする時は、ほとんど観光らしい事ができないので、
誰よりも早く起きて、1人でゆっくり朝食をとりながら、窓の外のその国の風景や人々を眺める事にしています。
これが最大の楽しみ。
しかし、この旅だけはそういきませんでした。
どんなに早く起きても、必ず食堂にいるのです、VIPのNさまが・・・
ちょっとごつい顔だけど、とても心優しいNさまは、当時60歳位だったと思います。
そして言うのです。
「おー、××(翠)くん、早いねぇ~!」
「はぁ、Nさま、おはようございます・・・」
そして、この旅の全ての朝食を、Nさまと共にいただいた私なのでした。(かなり妙な絵図らです)
今でも、時々、マスコミに露出するNさまを、見かけますが、
また朝食を一緒に食べたいなぁ・・と、ちょっとだけ思います。
国際人の第一歩は、どんなトイレにもビビらない事
※ 自分の記憶を書き留めておきたくもあり、長い文章になってしまい、すみません。
仕事の旅で、お見せできるマトモな写真がほとんど残っていない事もあり。
※この話は、10年数年前の私の体験を、ありのままに書いておりますが、
現在はずっと観光化され、色んな事が改善されているものと思われますので、御心配なく。
(ながらく間が空いてしまいましたが、ベトナムの旅の思い出話の続きです。
初めていらした方は、その1・その2・その3を是非ご覧下さい)
その昔、ベトナムっていう国に行きました。
東南アジアにある国で、南北にながーい国です。
南から北へと旅をして、色んなお宿に遭遇しました。
時は、物好き以外、日本人観光客がいない頃。
だから、たっぷり現地風のインターナショナル(?)、味わう事が出来ました。
約1週間程の滞在中に、泊まったホテルは3カ所。
ホーチミン・ハノイ・そして、ハノイから1日半も車に乗って移動した果ての方・・・
ホーチミンでは、サイゴン川に浮かぶ、フローティング・ホテルという所に泊まりました。
オーストラリアから、ぽんぽん船に曳航されて、ホーチミンに辿り着いたというこのホテルは、当時としては、
ホーチミンで唯一、日本人が安心して泊まれ、蛇口の水が飲めるホテル、と言われていました。(飲まなかったけど)
まぁ、船の客室のようなものなのですが、動力もなく、がっつり岸壁に繋がれているので、
寝ているうちに、どこかに連れ去られるような事はありません。
さすがにダントツの高級ホテル、ホテルのスタッフもいちいち微笑を投げつけて来て
その度こちらも、微笑で応戦。
アジアのホテルのホスピタリティを感じたものでした。
しかし、高級すぎて問題もありました。
スタッフ以外のベトナム人は、ロビー以外は入れないのです。
通訳のフンさんと、スケジュールの打ち合わせを客室でしようとしたら、NO!!
結局、セールスの人に頼み、レストランまでは入れてもらいましたが、
フンさんは居心地がとても悪そうでした。自分の国なのにねぇ・・・
その後、ベトナムはすごい勢いで観光化され、欧米資本のゴージャスなホテルも増え、
いつの間にか、このフローティング・ホテルは曳航されて、どこかへ移動したようでた。
2-3年前のある日、ニュースをみていたら、こともあろうか、このホテルが映っていました。
場所は、北朝鮮。くぅぅぅぅぅーー!!
ハノイは、湖が街の真ん中にある、シックな美しさの街。
ホーチミンでは半袖シャツでへらへらしていたのに、ハノイは寒くて革ジャンでした。(2月です)
さて、仕事の旅は、朝もはよから駆けずりまわり、夜も翌日の段取り打ち合わせなどに追われる為、
睡眠時間も短くなるので、よほどの事がない限り、1人部屋に泊まる事が認められております。
日本を出る2ヶ月前くらいだったでしょうか、ベトナム側に、日本から行く8名は、
よほどの事情が無い限り、必ず1人1部屋を確保するようにと、リクエストをしました。
本当に、1人1部屋ですか? と、フィードバックが来て、もちろんです! と答えたものの、
混む訳でも値段が高い訳でもないのに、なんだろうかと不思議に思いました。
そのホテルの名前は忘れましたが、確かハノイで一番まともなホテルとの事でした。
着いて、部屋に入って、わかりました。
部屋にはベッドが8つ・・・・
ほとんどの部屋はシャワーのみで、唯一1部屋だけ猫足のバスタブがあったので、
VIPのNさまにその部屋にお入り頂きました。
夜になり、私たちは、こそこそと1部屋に集まりました。
青緑色のペンキ塗りの壁に、病院のようなベッド、誰がその部屋に1人でいられましょうか。
ちょっと偉い人が、言いました。
「オイ、××(翠)、どうしてこんなホテル、1人部屋にしたんだよ。
おばけが出そうで怖いじゃん!!」
するとすかさず、もう1人も言いました。
「そう、なんか、おちつかないよねー、このホテル」
それでも夜が更けた頃、みんな仕方なく、自分の部屋に引き上げ、眠りにつきました。
ちなみに泣き言を言えないVIPのNさまは、部屋にひっこんだままでした。
翌朝聞くと、猫足のバスタブは、お湯を入れども入れども、漏ってしまって、入れる程は貯まらず、
あげくお湯もでなくなったとの事。
後の祭り・・・すみませぬ・・・
私の部屋もお湯が出たのは、蛇口をひねって3分後から5分後迄でした。まぁ、よくある事ですが。
さて、もう1つの、すんごく奥地のホテル。
じつは、ここ、とある目的地に行く途中、トイレ休憩に寄ったのですが、ロビー横のトイレはみんな壊れ、
他にないかと聞いたら、2階に通され、その扉の中はホテルの部屋でありました。
そして、その部屋のトイレも壊れておりました。
「ねぇ、ここ、本当はホテルみたいだよ。
部屋のトイレも壊れていて、3部屋目でやっと壊れてなかったわ」
「すごいねぇ、怖くて泊まれないよねぇ」
と、半分笑い話で、そのホテルを後にして、その夜戻ってみたら、我々の宿がここでした。
日本で苦心惨憺して集めた蚊取り線香を、みんなに配り、
天井から丸い枠にくっついたシーツ、いえ、蚊帳を吊って、
ちょっとしっとりするシーツに横たわりました。
もちろん、シャワーのお湯は途中で出なくなりました。
もうどうでもいいです。とにかく寝ました。
夕食はいつものチャーハンと、くにゃっとしたエビ料理。(詳しくはベトナム旅の2をお読み下さい)
とある方がワインが飲みたいとおっしゃり、このホテルにあるのかいなと思ったら、
ちゃんと出てきました。
まったく冷えていない、ソ連製(確か当時は、ロシアじゃなかった)の、スパークリングワイン。
他の誰も飲まないというので、つきあって飲みましたが、これが結構馬鹿にできないおいしさでした。
朝食にはフォー!
日本で出まわっているフォーとは、米粉の麺が入っているという事以外は、かなり違います。
この時頼んだのは、牛肉のフォー。
何が違うかというと、スープの表面から水深2センチは、すべて油でした。
日本でも、本場の味と言って出すなら、2センチはきっちりやって欲しいものです!
さて、旅立ちの朝、明るくなって、このホテルの正面に掲げられた看板をよく見たら、
International Hotel うっそー!!
やはり泊まるんですね、外国人。ここまで来るんですね、外国人。
その証拠に、宿泊代を払いに行ったら、外国人$20・ベトナム人$8位でした。国際的だわ・・・
えー、仕事で旅をする時は、ほとんど観光らしい事ができないので、
誰よりも早く起きて、1人でゆっくり朝食をとりながら、窓の外のその国の風景や人々を眺める事にしています。
これが最大の楽しみ。
しかし、この旅だけはそういきませんでした。
どんなに早く起きても、必ず食堂にいるのです、VIPのNさまが・・・
ちょっとごつい顔だけど、とても心優しいNさまは、当時60歳位だったと思います。
そして言うのです。
「おー、××(翠)くん、早いねぇ~!」
「はぁ、Nさま、おはようございます・・・」
そして、この旅の全ての朝食を、Nさまと共にいただいた私なのでした。(かなり妙な絵図らです)
今でも、時々、マスコミに露出するNさまを、見かけますが、
また朝食を一緒に食べたいなぁ・・と、ちょっとだけ思います。
国際人の第一歩は、どんなトイレにもビビらない事
※ 自分の記憶を書き留めておきたくもあり、長い文章になってしまい、すみません。
仕事の旅で、お見せできるマトモな写真がほとんど残っていない事もあり。
※この話は、10年数年前の私の体験を、ありのままに書いておりますが、
現在はずっと観光化され、色んな事が改善されているものと思われますので、御心配なく。
外国人を泊める場所には、いいと思うので。
猫足のバスタブだけが、妙にマッチしていないホテルだと思いきや、
やはり・・でした。
最近はインテリア好きの方が、個人宅に導入しているみたいですよ。
フォーは、町中で食べなかったので、これがポピュラーなのかは、なんともいえないのだけど、
さすがに毎朝これだったら、参っていたと思います。
ニュースで見たときはびっくりだったでしょ~ね?
猫足のバスタブ。。。見かけ倒しでしたか。。。日本でも、このタイプのバスタブは
箱根の富士屋ホテルでしかお目にかかれないのだとかって、聞きましたよ、今はそんなことはないのかしらね?
そしてそして、油に埋もれたフォー!は
まさに「ふぉ~」と、思わず声が出てしまいそうですね
特に私の場合、仕事だと観光地に行く事はあまりないので、いつもこんな調子なんですよ。
旅人は、都会生活を続けようとするから、大変だと思うのです。
住んでしまえば、別に水洗トイレもいらないでしょうし、青空と入れに勝るものはないと思えるかも知れません。
こういう場合、女性の方が、ずっと適応力が高いと、密かに考えています。どう?
長々と書き留めた旅も、次回で完結させるつもりです。
また、楽しんでいただければ嬉しいです!
ブログを読んでつくづく「日本っていいなぁ~」って思いました。
翠さんのブログを読んでると情景が浮かんできて翠さんワールドに引き込まれていきます。
また翠さんの旅行記を楽しみにしています。
稚拙な文章、マヌケな旅に、お褒めの言葉をいただいて、ありがとうございます。
女性誌で組まれるベトナムの旅の特集を眺める度、ほとんど別の国をみるようです。
でも、普通の人の暮らしぶりは、そんなに変わっていないのではないかとも思います。
便利は心地よいけれど、シンプルな生活を垣間みると、
なんて軟弱で、重い荷物だらけの生活をしているのだろうと、
思わないでも無く・・・です。
pekoさん、こんにちは!
遡って読んで下さって、ありがとう。
ボトルの入った水が、どのようなものかは、真偽の程は確かではないのですが、
ベトナムに限らず、水よりは、缶入りのコーラの方が、安心だったりする場合が、多々ありますよ。
フォーは、ひたすら油がきつくて、味も思い出せない程です(笑)
ハノイやホーチミンの街で食べたら、もうちょっと違っていたかも知れません。
猫足のバスタブは、こんな感じです。http://www.oshouse.com/Cast-france/0706.jpg
フランスに統治されていた影響かとも、思います。
男の人って、案外、小心者だったりする気がします。
だから、些細な事でも、あれこれ言うような・・・
radgeneさん、こんにちは!
空港は軍事施設でもありますから、撮影はうるさいですねぇ。
戦時中なら、間違いなくだったでしょう。
私も、とある国の空港の向かいのビルの屋上で、飛行機を撮っていたら、
銃を持った人がやって来て、ホールドアップにあった事があります。
マサイ族の牛とか、夏場のNYのホームレスとか、カメラを向けてはいけないモノがある事、
日本にいると、ピンとこないですから、注意しなければいけませんねぇ。
新婚旅行で、カラチ!?
パキスタンは大変魅力的な国だと思いますが、新婚旅行でどうしてカラチ!?
翠さんが、怪しいお仕事(笑)でベトナムを旅する数十年前、
raの父も東南アジア相手のお仕事で、ベトナムにトランジット(給油?)。
空港のお写真を機内から撮っていて、えらく怒られました。
だって…ベトナム戦時下でしたから…
「まだ、何も撮ってませんけど。」と、嘘ついて持って来たお写真には、
羽田空港で見る華やかな国際便とは似ても似つかない、
灰色や迷彩色の軍用機が写っていました。
さて、私達が今行く東南アジアは、
どこもそこも高級エステを携えた金太郎飴状態なんでしょうかねぇ。
PS ra、新婚旅行でカラチにてやっぱり怒られました。
空港が軍用と共用だったものですから
ボトルドウォーターの話、すごいね。 そこらへんの水って
2センチの油が浮いてるフォーも強烈!
こっちで食べるフォー、全然油浮いてないよ。
お味の方はいかがでしたか?
ところで猫足のバスタブとは???
そうそう、りくさんもうるさく口出しします。
今日鶏ハムを作っていたら、もっとしっかり火を通さないとサルモネラ菌が死なない!ってうるさいったらありゃしない
忙しくてもつい、1行逃さず読んでしまいます。
アジアの十数年前は、こんな風だったんですね。
とことん便利とか豪華も素敵だけど、不便さを経験するといろんな意味でありがたみが増しますね。