10月1日は製茶記念日である。
南山城各地でいろいろな行事が営まれた。
そして、一般にはあまり知られていないが、10月は宇治茶の郷創(さとづくり)月間である。
宇治に福寿園さんの宇治工房が出来て製茶体験ができるようになった。
10月2日には宇治田原で永谷宗円生家跡で、改修竣工式と茶祭りが行われた。
同町では、ここを茶文化および観光の拠点としていく。
と、宇治茶を中核に据えた地域活性化プランがすすんでいるように見える南山城であるが、
一方でこんな記事も。
宇治市がだめなら、京都府が、というわけはいかないのも、苦しいところである。
私がかかわる歴史の分野でいえば、
願わくば、南山城を中心とした宇治茶の史料集が編纂されてほしいものである。
中世は点数的には知れてるが、
手つかずの近世・近代文書がどれだけ在地に眠っていることか。
それらが、散逸や消失の危険にさらされているかと思うと、
何もできない自分の立場をくやしくも思う。
史料だけではない、民具も同様である。
しかし、これらは宇治茶の産地、南山城だけの話ではない。
全国各地、膨大な歴史的なお茶の生産にかかわる史料や民具が同様の状況にあるのだ。
これらの散逸や消失は、国家の大損失である。
本当ならば、『全国茶業史料大系』なるものが編纂されてもしかるべきなのだが。
わかっている。
現在の社会状況では、このような話は、夢のまた夢であることを。
もちろん、夢はあきらめてはいけない。
何事も粘り強く。
しかし時間はあまり残されていない。
南山城各地でいろいろな行事が営まれた。
そして、一般にはあまり知られていないが、10月は宇治茶の郷創(さとづくり)月間である。
宇治に福寿園さんの宇治工房が出来て製茶体験ができるようになった。
10月2日には宇治田原で永谷宗円生家跡で、改修竣工式と茶祭りが行われた。
同町では、ここを茶文化および観光の拠点としていく。
と、宇治茶を中核に据えた地域活性化プランがすすんでいるように見える南山城であるが、
一方でこんな記事も。
宇治市がだめなら、京都府が、というわけはいかないのも、苦しいところである。
私がかかわる歴史の分野でいえば、
願わくば、南山城を中心とした宇治茶の史料集が編纂されてほしいものである。
中世は点数的には知れてるが、
手つかずの近世・近代文書がどれだけ在地に眠っていることか。
それらが、散逸や消失の危険にさらされているかと思うと、
何もできない自分の立場をくやしくも思う。
史料だけではない、民具も同様である。
しかし、これらは宇治茶の産地、南山城だけの話ではない。
全国各地、膨大な歴史的なお茶の生産にかかわる史料や民具が同様の状況にあるのだ。
これらの散逸や消失は、国家の大損失である。
本当ならば、『全国茶業史料大系』なるものが編纂されてもしかるべきなのだが。
わかっている。
現在の社会状況では、このような話は、夢のまた夢であることを。
もちろん、夢はあきらめてはいけない。
何事も粘り強く。
しかし時間はあまり残されていない。
どうすればなれるのか?
和束には、古い家にまだ製茶機械が
さびさびですが、残されています。
ただ、古い家は、人がいなくなると
すごくカンタンに痛んでしまう。
機械もそれといっしょに朽ちていく。
時代の流れ?
どこにいくんだろう??
この問題を考えるときには、ほんといろんなジレンマの中にいます。自分の限界も見えてます。
しかし、少しずつでも前に進めたいですし、そして皆さんのお力をお借りして、いろんなことを実行していかなくてはいけないと思います。
今回の件、ありがとうございます。本当にありがたいです。
一番の方法は、しかるべき場所でモノを残すことです。でも実際には、管理保全の問題があって、なかなか難しいのが現状です。機械ならば、なおさらのことでしょう。
そこで、負担にならない程度で、お願いしたいと思います。
まず、現況を画像に残していただくことと、
そのモノを使用したかたの聞き取りを記録として残すことです。
いつだれがどこから購入し、何のために使用し、それにまつわってどのようなことがあったのか、なぜこれを使わなくなったのか。など。所有者(所蔵者)はかならず記録しておいてください。
それを、丹念に行く例も蓄積していくことから、始めていただきたいです。
直接ご使用になられたかたがいらっしゃらなければ、
いまは廃棄してしまったけど同じ機械を使われたかたの記憶でも結構だと思います。その際には、その旨も明記しておいてください。
その際、できれば地域の資料館(山城郷土資料館など)の民俗担当のかたにご相談されるといいかと思います。どういったポイントの情報が重要になるのか、教えてくださると思います。
和束にも、たくさんの近・現代の茶業にかかわる史料があるかと思います。それらは、大切な地域資源です。くれぐれもお捨てにならないように。よろしくお願いします。
いちどそちらへ伺いたいです。
牧之原は、開拓してやっと100年。
それでも、過去の話は、消えていくのだから、
宇治ならば、きっと風化がますます進んでしまうのでしょうね。
静岡も山の中には、そういう地区がたくさんあるし、私も、静岡のことしか出来ませんが、不思議な道具があったら、伺っておきます。
でもあきらめないで、続けて下さい。
ちなみに、静岡で唯一の玉露産地岡部にはやはり年貢にお茶が入っているとか、借金のかたに茶畑を取られるとか、そういう資料が残っているそうです。ある方が農家を廻って、古い書物を集めてまとめたそうです。
今度伺ったら、資料のコピーを頂けるか聞いてきましょうか?あまり意味がないことかしら?
コメントありがとうございます。そして、この件について一緒に考えていただいてありがとうございます。
静岡も、実は古代から史料が残ってますよね。中世も後期となれば、かなり残ってます。
でもたいがい歴史として語られるのは、江戸末期からの大規模な開拓になるのでしょうが。
100年は立派な歴史です。そして現在でも歴史は作り続けられているんです。
ですから珍しい道具だけではなく、日常当り前に使用している道具も、ほんとうはすべて貴重な資料なんですよ。
聞き取りもとても大切な作業です。記憶は風化しますし、だんだん昔のことをご存じなかたも少なくなってしまってますし。これが結構急ぐ作業かもしれません。
文書は、各自治体でどれだけ調査がされているのかによって、動き方がちがってきます。
でも、おそらくたくさん未調査のものがあることでしょう。
文書は基本的には所蔵者に許可を得てからでないと使えません。一番慎重に、しかるべき手順を経て調査をしないといけません。
ただそういった文書の所蔵者にお会いされたときには、「捨てないでください。大変貴重なものですから」とお伝えしておいてくださいね。
文書は「ほいろ紙」に使用されたように、けっこう捨てられる運命にあるもので。
以前にも書いたように、現地調査は、文書や民具だけではなく、ほんとうは並行して茶園でもやらなくてはいけない作業です。畦畔(けいはん)茶園などは急速な勢いで消滅しかけてますので。
そう考えますと静岡では、いちど番茶の研究をされてる中村羊一郎先生にお目にかからないといけないなあと思います。とにかく、私ひとりの力ではどうにもならない話です。皆様のお力を借りて、なんとかしていきたいものです。
それでは、ゆうさまには、古い製茶道具などに出会った場合に画像におさめておいていただきたいと思います。できれば、その道具にまつわるお話も書き留めておいていただきたいと思います。(いつ、どこで、だれに聞いたものかということも記しておいてください)これをカード化して、データーとしてプールしていただきたいです。
画像がなくても、製茶にかかわる昔話があれば、同様に記録をしておいてください。
どんな些細ことでも結構です。
それがほんとに些細かどうかは、のちの判断で変わってくる場合がありますから。
まだまだお話したいことがたくさんございますね。
またお会いしたいですわ。
ちょっとご無沙汰でした。
もっとやらねばならない我々が手をこまねいている内に、時間(風化)が進んでいますね。お叱りごもっともです。
と言って、有効な手だてはあまりなく、電池の理解者にボランティア的協力をお願いするしかないのです。
比較的農具の有る、うちの民博でも、ご存知の状態ですから。
記録に取って、蓄積しまとめて「力」にするしか有りません、それから行くと、今度あなたのやる、茶業会議所の事業は注目です。頑張って下さい。
我々も頑張りましょう。・・・なんですが、私は今年の暑さと、水やりに少々へばり気味。
コメントありがとうございます。
どうしても、目前の自分の仕事で手一杯な感がありますが、でも一方では、茶園調査や茶業にかかわる民具調査、史料調査は、ほんとは待ったなしの状況ですよね。
荘園調査をなさっている研究者のかたがたも、調査の回数を重ねるにつれて出てくる情報数が減少していることに、危機感をいただかれてます。
翻って茶業の世界をみますと、まだぜんぜん調査も進んでませんし、方法論も確立されてません。
まずは、地元のかたがたに、民具なり文書なりの重要性をご理解いただくことからはじめませんと。
そして、調査にご協力いただくことをお願いしたいと思います。
聞き取りも大切ですよね。その際、はじめからこちらが用意していた答えを押し付けるのではなく、でも必要なことを聞き出すことも大切ですし。
そのような記録をプールしていくことからはじめないと。
あと、ついでに、
京都の葉室浄住寺さんで、いくばくか中世文書が見つかりまして、その中に境内絵図が!!
なぜ私が色めき立つのか、お分かりですよね。
はやく一般公開してほしいです。
また今年の日本史研究会の大会シンポジウムでは「モノからみた15世紀の社会」が報告されます。もちろんお茶とも深くかかわるテーマゆえ、もしお時間があれば、ご参加されませんか。
日時 10月13日(土)午後1時~5時
テーマ「15世紀を問う」
「15世紀の人々、その思考と行動」
「モノからみた15世紀の社会」
「美術史の15世紀」
場所 立命館大学清心館549
会場整理費 非会員 1500円
あと書籍販売もありますので、よければぜひ。
「お茶にとっての15世紀とは」と考えると、とても重要な時代であることが見えてきます。
それは、いまやっている研究に反映させないと。
拝復
情報ありがとう。
13日は残念ながら先約があります。
15世紀は、中世と近世の分水嶺みたいな時期で、私も最も興味ある時です。
また、その時の資料や情報を教えて下さい。
また当日のお話をさせていただきますし、後日『日本史研究』にご論文となって掲載されるはずですので、そのときにお知らせいたしますね。