石垣島の「琉球割烹ダイニング 司 (つかさ)」は、マンタ公園・登野城漁港の近くです。
空便などで石垣島に来た方は、石垣島をベースに八重山諸島へフェリーで出かけるケースが多いようです。
石垣市の石垣港離島ターミナルから、私たちも竹富島や鳩間島へはフェリーで出かけました。石垣市の石垣港離島ターミナルから「琉球割烹ダイニング 司 (つかさ)」まで帰るのに、タクシーでワンメーターの距離でした。
もう既にかなり多くのタクシーが、店の名前を告げただけで来てくれるようですが、私たちが昼間に何台か乗った中には場所が分からないタクシーもあり、「マンタ公園とか登野城漁港の近く」と告げると分かりました。
そして、一つ北の通りの小さな路地に入ってもらいました。
マンタ公園・登野城漁港は、有名な「石垣島トライアスロン」のスタート・ゴール となる場所のようです。
緑の芝生がマンタ公園で、その南に登野城漁港が続いています。
有名な「石垣島トライアスロン」のスタート・ゴール となる場所のようです。
登野城漁港の西隣は、サザンゲートブリッジがあり、景色を眺めながら歩いて渡ってみました。
出典:石垣島トライアスロン http://ishigakijima-triathlon.jp/news/index.php
出典:石垣島トライアスロン コースマップ http://ishigakijima-triathlon.jp/course/index.html
緑の芝生のマンタ公園では、毎日のようにグランドゴルフ?の愛好者がゲームを楽しんでいる姿を見ました。
マンタ公園には、大きなデイゴの木が何本もあり、日陰を作っておりました。花の咲く時期に来てみたいと思っています。
マンタ公園に面したメイン道路の一つ北側の通りに位置する、琉球割烹ダイニング司<つかさ>の家につけている看板を見つけました。
琉球割烹ダイニング司<つかさ> 石垣島に来られたら寄ってみませんか
〒907-0004
沖縄県石垣市登野城485-20
TEL.0980-83-7772
石垣島の「琉球割烹ダイニング 司 (つかさ)」・・・こだわりの隠れ家的なお店をご紹介
2011年11月から12月にかけての10日間、3度目の石垣島訪問をしました。
娘が嫁いでおり、3人目の孫(男児)の誕生と言う事で、妻と一緒に出かけました。
娘婿は、石垣市内の大きなホテルの料理長をしていましたが、独立して昨年(2011年)の5月に「琉球割烹ダイニング 司」をオープンしており、これも訪問する楽しみの一つでした。
司<つかさ>のホームページでは、琉球割烹ダイニング司<つかさ> は、
石垣島の登野城にあるこだわりの隠れ家的なお店です。
この店でしか味わえない味を目指しています!・・・とあります。
入口の門には、お父さんの作った小さなシーサーがありました。
お父さん(小浜真英さん)は、町並み保存で人気を呼んでいる竹富島の屋根にあるシーサーの相当数を作った瓦職人としても、存在感がある方です。 瓦職人、小浜真英 氏作のシーサー に関する記事
琉球割烹ダイニング司<つかさ>
〒907-0004 沖縄県石垣市登野城485-20 TEL.0980-83-7772
営業時間
夜 17:00~24:00 (ラストオーダー 23:00)
定休日
日曜日(月曜日が祝日の場合は振替休日となります
琉球割烹ダイニング司<つかさ> のHP をどうぞ!
琉球割烹ダイニング司のFacebook
↓↓↓
http://www.facebook.com/ryukyutukasa
特注で作ったというテーブルは、分厚いセンダンの板を使っており、木や自然が好きな私には、
木にこだわり落ち着いた雰囲気の店の造りが、いっぺんに気に入ってしまいました。
地元の泡盛などに並んで、高知のお酒もデンと座っておりました。高知から取り寄せているとか・・・
石垣島産のシャコ貝を、目の前の水槽から取り出して料理してもらったり、車海老や石垣牛などをはじめ、石垣産の野菜などの食材を使ったメニューを、娘婿が腕によりをかけてもてなしてくれました。
石垣島での旅は、私たち夫婦にとって、3人の孫たちとのかかわりを含め、至福の時間を過ごすことが出来ました。
木にこだわり落ち着いた雰囲気の店の造りをしていました。
メニューづくりhttp://www.rk-tukasa.info/tukasa/menu.htmlでは、石垣市内の大きなホテルの料理長をしていただけあって、こだわりのメニューも豊富で地元・石垣島の食材を中心に、北海道や高知の美味しい食材も取り寄せて、季節感のある料理を、リーズナブルに提供出来ていると思って、感心しました。
他のお店にはない雰囲気と、この店でしか味わえない味を目指して・・・石垣市内での”オンリーワン”の店になることを期待しました。
奥にあるVIP ROOM (個室)喫煙席!は、接待用や打ち合わせをしながらの会食など、気の利いたスペースとしてよく利用されているようでした。
個室8名様までは座れますが、6名様位までがゆったりして宜しいかと・・・とのことです。
仁淀川町・桜地区の「ヒョウタンザクラ」で、宇宙桜の苗木の贈呈式が (宇宙桜 その2)
資料出典:
昨年仁淀川町での講演に訪問した石垣島天文台副所長・宮地様(高知県出身)からの資料よりご紹介させていただいております。
地元大崎小学校と名野川小学校の子ども達が採取した樹齢500年の「ヒョウタンザクラ」の種が、宇宙を旅して帰ってきて、その種の苗が育って、「宇宙桜」として、
東日本大震災の被災地気仙沼市などのほか、早くから要請されていた桜公園を作っている多摩市や武田勝頼伝説で交流が進む岐阜県など・・・
また、昨年仁淀川町での講演に訪問した石垣島天文台副所長・宮地様(高知県出身)との交流のなかで、石垣島ほかの天文台関係などにも・・・
宇宙を旅して帰ってきた「宇宙桜のヒョウタンザクラ」の苗が、仁淀川町などの”親善大使”として活躍しています。
「仁淀川流域”宇宙桜の会”」としても、佐川町の牧野富太郎が命名し、すでに昨年見事な花をつけてマスコミでも取り上げられた宇宙桜の「ワカキノサクラ」と共に、これらの取り組みを応援して、仁淀川流域の活性化につながることを期待したいと思っています。
仁淀川流域の情報
仁淀川町内の記事
羽迫博己さんの 仁淀川の沈下橋 目次
仁淀川町「ヒョウタンザクラ」の”宇宙桜の苗木”が石垣島で記念植樹される (宇宙桜 その3)
資料出典:
昨年仁淀川町での講演に訪問した石垣島天文台副所長・宮地様(高知県出身)からの資料よりご紹介させていただいております。
2012年3月9日、高知県仁淀川町から寄贈された 宇宙桜“ひょうたん桜”の苗木 の記念植樹が、
沖縄県石垣市の名蔵小中学校で、石垣市長や名蔵小中学校の卒業生ほか多くの関係が参加して「卒業記念植樹」として行なわれました。
これは、昨年仁淀川町での講演に訪問した石垣島天文台副所長・宮地様(高知県出身)のご尽力により実現したものです。
先日お会いした、仁淀川町の大野教育長もこのような、宇宙桜“ひょうたん桜”の苗木が取り持つ交流の広がりに期待を寄せておられました。
参考: 仁淀川町の「しもなの郷」には、NASAを中心として実施している木星電波観測プロジェクトによる木星電波観測所があります。
2012年3月9日、高知県仁淀川町から寄贈された 宇宙桜“ひょうたん桜”の苗木 の記念植樹が、
沖縄県石垣市の名蔵小中学校で、石垣市長や名蔵小中学校の卒業生ほか多くの関係者が参加して「卒業記念植樹」として行なわれました。
左から2番目が石垣市の中山義隆市長です。
昨年、三人目の孫が誕生した祝いを兼ねて石垣島の娘達のところへ妻と行った時、娘達のところでお会いすることが出来ました。
若くて大変気さくなうえに、人の話もじっくり聞かれる方で、良い方が市長になられている・・・と感じておりました。
そのとき戴いた名刺には"日本一幸せあふれるまち「石垣市」"とありました。
石垣市在住の高知県出身者として、参加させていただいた坂本の娘達家族です。(石垣島に来られたら寄ってみませんか )
娘からの連絡によりますと、このほど石垣島天文台副所長・宮地様(高知県出身)を中心に、石垣島に居られる高知県出身者の有志で「高知会」が作られたとか・・・
”高知をもっと元気にする“ための取り組みを進めている「高知ファンクラブ」主宰者としても、嬉しい限りです。
地元大崎小学校と名野川小学校の子ども達が採取した樹齢500年の「ヒョウタンザクラ」の種が、宇宙を旅して帰ってきて、その種の苗が育って、「宇宙桜」として、
東日本大震災の被災地気仙沼市などのほか、早くから要請されていた桜公園を作っている多摩市や武田勝頼伝説で交流が進む岐阜県など・・・
また、昨年仁淀川町での講演に訪問した石垣島天文台副所長・宮地様(高知県出身)との交流のなかで、石垣島ほかの天文台関係などにも・・・
宇宙を旅して帰ってきた「宇宙桜のヒョウタンザクラ」の苗が、仁淀川町などの”親善大使”として活躍しています。
「仁淀川流域”宇宙桜の会”」としても、佐川町の牧野富太郎が命名し、すでに昨年見事な花をつけてマスコミでも取り上げられた宇宙桜の「ワカキノサクラ」と共に、これらの取り組みを応援して、仁淀川流域の活性化につながることを期待したいと思っています。
4月11日、大雨の後の仁淀川町・桜地区の「ヒョウタンザクラ」見に行きました(宇宙桜 その1)
仁淀川町・桜地区の「ヒョウタンザクラ」で、宇宙桜の苗木の贈呈式が (宇宙桜 その2)
仁淀川流域の情報
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羽迫博己さんの 仁淀川の沈下橋 目次
沖縄・鳩間島を訪ねる(その6 きれいな海の海岸に漂着ゴミが・・・)
2011年11月から12月にかけての10日間、3度目の石垣島訪問をしました。
娘が嫁いでおり、3人目の孫(男児)の誕生と言う事で、妻と一緒に出かけました。
娘婿は、石垣市内の大きなホテルの料理長をしていましたが、独立して昨年(2011年)の5月に「琉球割烹ダイニング 司」をオープンしており、これも訪問する楽しみの一つでした。
娘婿の親戚筋の方たちと一緒に「琉球割烹ダイニング 司」で、宴をしている時、歌いながら三線を弾いてくださった浦崎宜浩 さん(八重山古典音楽安室流協和会会長)の弟さん(浦崎金雄さん)が鳩間島にいることを教えてくれました。
娘婿のご両親が鳩間島出身なので、一度行ってみたいと話しておりましたら、鳩間島の弟さん(浦崎金雄さん)に連絡を取ってくれて、案内していただけることになり、翌日石垣島発西表島経由で鳩間島まで足を延ばすことが出来ました。
漂着ごみを燃料油へ変換することにより、離島を「宝の島」へ変えようという試み「鳩間島・宝の島プロジェクト」で取り組まれている鳩間島の浦崎金雄さんーNPO南の島々(ふるさと)・守り隊ー理事長・・・に車で島の案内をして戴きました。
イベント広場や記念碑のある海岸の堤防を歩いていくと、ヘリポートに続いて、鳩間小中学校がありました。
この学校は里親制度を取り入れて、地域外からの子どもを受け入れているとか・・・素晴らしいことですね。
なんて言う蝶だっかな?教えてもらっていたのにメモした物をなくして…交尾にでも集まったのか?画像のように沢山の蝶が集まって来ておりました。
海岸の堤防を歩いていると、案内してくれていた浦崎金雄さんが、透きとおる様にきれいな海を指さして、〇〇イカが卵を産みに来ていると・・・すぐ近くで黒い影がいくつか見える場所を教えてくれました。
浦崎金雄さんは、すぐに釣竿を取ってくる・・・と言って引き返しました。
ルアー釣りのようでした。結果は釣れませんでしたが、楽しませていただきました。
堤防の向こう側は、発泡スチロールやペットボトルなどの漂着ゴミが一杯でした。
案内をしてくださった鳩間島の浦崎金雄さんーNPO南の島々(ふるさと)・守り隊ー理事長・・・が目指す沖縄・鳩間島の発泡スチロールの油化装 などを活用して、このような漂着ゴミが定期的にきちんと処理される取り組みが進むことを期待しながら、鳩間島を後にしました。
鳩間島(はとまじま)は、西表島の北5.4kmに位置する八重山諸島の島である。行政区域は沖縄県八重山郡竹富町鳩間に属し、面積は0.96km²[1]。
沖縄・鳩間島を訪ねる(その5 イベント広場ほか・・・)
2011年11月から12月にかけての10日間、3度目の石垣島訪問をしました。
娘が嫁いでおり、3人目の孫(男児)の誕生と言う事で、妻と一緒に出かけました。
娘婿は、石垣市内の大きなホテルの料理長をしていましたが、独立して昨年(2011年)の5月に「琉球割烹ダイニング 司」をオープンしており、これも訪問する楽しみの一つでした。
娘婿の親戚筋の方たちと一緒に「琉球割烹ダイニング 司」で、宴をしている時、歌いながら三線を弾いてくださった浦崎宜浩 さん(八重山古典音楽安室流協和会会長)の弟さん(浦崎金雄さん)が鳩間島にいることを教えてくれました。
娘婿のご両親が鳩間島出身なので、一度行ってみたいと話しておりましたら、鳩間島の弟さん(浦崎金雄さん)に連絡を取ってくれて、案内していただけることになり、翌日石垣島発西表島経由で鳩間島まで足を延ばすことが出来ました。
漂着ごみを燃料油へ変換することにより、離島を「宝の島」へ変えようという試み「鳩間島・宝の島プロジェクト」で取り組まれている鳩間島の浦崎金雄さんーNPO南の島々(ふるさと)・守り隊ー理事長・・・に車で島の案内をして戴きました。
鳩間島の浦崎金雄さんに案内していただき、「TARKY'S BAR」「喫茶 帆」 で、昼食は石垣島で買って来た弁当を3人で食べました。
特製の美味しいコーヒーをたてて 飲ませてもらいました。
庭の隅に大きく育ったバナナを見つけて、写真に収めました。
すぐ近くには、パパイヤの実と花が咲いておりました。
鳩間島のイベント広場 だそうです。写真のステージを使って大きなイベント「鳩間島音楽祭」が行われるとか...
出典:鳩間島通信 極私的鳩間日記 http://www.media-paradigm.co.jp/~hatoma/
5月3日(木)
天気に恵まれた第15回鳩間島音楽祭。12:00から約4時間、熱のこもったステージが繰り広げられた。我々は午前中からマイトウゼの出店の準備。今年はいつもの鴨そばのほか、山羊餃子や生ビールなどを販売。そばと餃子は早々に売り切れてしまった。開演中は、酒を飲みつつ出店の手伝いをし、その合間にステージを楽しんだり写真を写したり。15回という節目のイベントには、池田卓やモンゴル800のキヨサク、ビギンの島袋優らも出演。やっぱりプロフェッショナルの歌はひと味違い、集まったおよそ1000人の聴衆をひときわ熱狂させていた。・・・
http://www.media-paradigm.co.jp/~hatoma/
鳩間島音楽祭の様子が楽しく見れました。ありがとうございました。
その広場には、「鳩間節」の歌碑が・・・
鳩間島(はとまじま)は、西表島の北5.4kmに位置する八重山諸島の島である。行政区域は沖縄県八重山郡竹富町鳩間に属し、面積は0.96km²[1]。
竹富島に関する記事
沖縄・鳩間島を訪ねる(その4 鳩間中森・・・)
2011年11月から12月にかけての10日間、3度目の石垣島訪問をしました。
娘が嫁いでおり、3人目の孫(男児)の誕生と言う事で、妻と一緒に出かけました。
娘婿は、石垣市内の大きなホテルの料理長をしていましたが、独立して昨年(2011年)の5月に「琉球割烹ダイニング 司」をオープンしており、これも訪問する楽しみの一つでした。
娘婿の親戚筋の方たちと一緒に「琉球割烹ダイニング 司」で、宴をしている時、歌いながら三線を弾いてくださった浦崎宜浩 さん(八重山古典音楽安室流協和会会長)の弟さん(浦崎金雄さん)が鳩間島にいることを教えてくれました。
娘婿のご両親が鳩間島出身なので、一度行ってみたいと話しておりましたら、鳩間島の弟さん(浦崎金雄さん)に連絡を取ってくれて、案内していただけることになり、翌日石垣島発西表島経由で鳩間島まで足を延ばすことが出来ました。
漂着ごみを燃料油へ変換することにより、離島を「宝の島」へ変えようという試み「鳩間島・宝の島プロジェクト」で取り組まれている鳩間島の浦崎金雄さんーNPO南の島々(ふるさと)・守り隊ー理事長・・・に車で島の案内をして戴きました。
出典:鳩間島通信 見所・アクティビティ
■鳩間中森
海抜33・8メートルの小高い丘で、島でいちばん高い場所がここ。高さ16メートルの鳩間島灯台(光達距離は約27.78キロメートル)が建ち、復元された物見台(海上の船を監視するための石積みの見張り台。この上で火を焚いたり煙を上げたりして合図した)があります。有名な沖縄民謡「鳩間節」は、ここからの眺めを歌ったものです。西表島や石垣島はもちろん、「鳩間節」の歌詞さながらに数々の船が行き交う大海原を見渡すことができます。港から道をまっすぐ上がっていき、友利御嶽の鳥居を過ぎて左手に入ったところにあります。港から歩いて約5分です。
鳩間島の浦崎金雄さんーNPO南の島々(ふるさと)・守り隊ー理事長・・・に島の案内をして戴きました。
島でいちばん高い場所がここ。高さ16メートルの鳩間島灯台。
復元された物見台
復元された物見台からの眺望です。
鳩間島(はとまじま)は、西表島の北5.4kmに位置する八重山諸島の島である。行政区域は沖縄県八重山郡竹富町鳩間に属し、面積は0.96km²[1]。
鳩間島に関する記事
沖縄・鳩間島を訪ねる(その1 刻々と趣を変える空と雲と海と・・・)
沖縄・鳩間島を訪ねる(その2 自然の洞窟の中に湧いていた泉・・・アンヌカー)
沖縄・鳩間島を訪ねる(その3 武士家 ぶしんやー は火番守の役目を担うのろし台・・・)
沖縄・鳩間島を訪ねる(その6 きれいな海の海岸に漂着ゴミが・・・)
鳩間島(はとまじま)は、西表島の北5.4kmに位置する八重山諸島の島である。行政区域は沖縄県八重山郡竹富町鳩間に属し、面積は0.96km²[1]。
沖縄・鳩間島の油化装置で、ハッポウスチロールを燃料に!(その1)
沖縄・鳩間島の油化装置で、ハッポウスチロールを燃料に!(その2)
沖縄・鳩間島を訪ねる(その3 武士家 ぶしんやー は火番守の役目を担うのろし台・・・)
2011年11月から12月にかけての10日間、3度目の石垣島訪問をしました。
娘が嫁いでおり、3人目の孫(男児)の誕生と言う事で、妻と一緒に出かけました。
娘婿は、石垣市内の大きなホテルの料理長をしていましたが、独立して昨年(2011年)の5月に「琉球割烹ダイニング 司」をオープンしており、これも訪問する楽しみの一つでした。
娘婿の親戚筋の方たちと一緒に「琉球割烹ダイニング 司」で、宴をしている時、歌いながら三線を弾いてくださった浦崎宜浩 さん(八重山古典音楽安室流協和会会長)の弟さん(浦崎金雄さん)が鳩間島にいることを教えてくれました。
娘婿のご両親が鳩間島出身なので、一度行ってみたいと話しておりましたら、鳩間島の弟さん(浦崎金雄さん)に連絡を取ってくれて、案内していただけることになり、翌日石垣島発西表島経由で鳩間島まで足を延ばすことが出来ました。
漂着ごみを燃料油へ変換することにより、離島を「宝の島」へ変えようという試み「鳩間島・宝の島プロジェクト」で取り組まれている鳩間島の浦崎金雄さんーNPO南の島々(ふるさと)・守り隊ー理事長・・・に車で島の案内をして戴きました。
■武士家(ぶしんやー)
一周道路を西へたどっていくことおよそ20分、立原浜を過ぎてすぐのところにある石積みの遺跡です。鳩間中森にある物見台のように、海上の船を監視する石積みの見張り台は「火番守(ひばんむい)」と呼ばれていましたが、この武士家は火番守の役目を担うのろし台だったといわれています。武士家という名前の由来は、「ここに武士が住んでいた」という言い伝えによるものと思われます。以前は大小の石が散在しているだけの場所でしたが、島民が「鳩間島文化遺産整備事業期成会」を発足させて島の文化遺産の再建・修復を図り、2010年に復元されました。このあたりは夕日を眺める絶好のポイントとなっています。
鳩間島(はとまじま)は、西表島の北5.4kmに位置する八重山諸島の島である。行政区域は沖縄県八重山郡竹富町鳩間に属し、面積は0.96km²[1]。
沖縄・鳩間島を訪ねる(その2 自然の洞窟の中に湧いていた泉・・・井戸)
2011年11月から12月にかけての10日間、3度目の石垣島訪問をしました。
娘が嫁いでおり、3人目の孫(男児)の誕生と言う事で、妻と一緒に出かけました。
娘婿は、石垣市内の大きなホテルの料理長をしていましたが、独立して昨年(2011年)の5月に「琉球割烹ダイニング 司」をオープンしており、これも訪問する楽しみの一つでした。
娘婿の親戚筋の方たちと一緒に「琉球割烹ダイニング 司」で、宴をしている時、歌いながら三線を弾いてくださった浦崎宜浩 さん(八重山古典音楽安室流協和会会長)の弟さん(浦崎金雄さん)が鳩間島にいることを教えてくれました。
娘婿のご両親が鳩間島出身なので、一度行ってみたいと話しておりましたら、鳩間島の弟さん(浦崎金雄さん)に連絡を取ってくれて、案内していただけることになり、翌日石垣島発西表島経由で鳩間島まで足を延ばすことが出来ました。
漂着ごみを燃料油へ変換することにより、離島を「宝の島」へ変えようという試み「鳩間島・宝の島プロジェクト」で取り組まれている鳩間島の浦崎金雄さんーNPO南の島々(ふるさと)・守り隊ー理事長・・・に車で島の案内をして戴きました。
■売店
「島のマチヤー小 浦崎商店」という売店が、公民館の裏手のほうにあります。売店はここ一軒だけです。ビール、泡盛、ソフトドリンク、カップラーメン、スナック類、そのほか島の人が使う日用品などが販売されています。営業時間は9:00~22:00。ただし、この売店は安栄観光の発券所も兼ねているため、高速船の発着時間および昼休みの時間帯は一時休業となります。自動販売機は売店の前および民宿あだなしとあやぐの前にもあります。また、民宿によってはオリジナルのTシャツや泡盛などを販売しています。
出典:鳩間島通信 見所・アクティビティ
■アンヌカー(東の井戸)、インヌカー(西の井戸)
アンヌカー(東の井戸)は、島のマチヤー小(売店)の前の道をまっすぐ上がっていき、草地の細い踏み跡のような道をたどっていったところにあります。大きなガジュマルの木の下、自然の洞窟の中に湧いていた泉です。かつては島の人々の貴重な飲料水となっていました。洞窟はけっこう大きく、夏でも涼し気な雰囲気が漂っています。水は今でもあるそうです。港から徒歩10分弱(写真右)。もうひとつの井戸、ンヌカー(西の井戸)は、友利御嶽の入り口の手前、道路の左側の斜面を下りていったところにあります。ここもやはり昔の人が貴重な飲料水を確保した場所です(写真左)。こちらの水は枯れているそうです。
鳩間島の浦崎金雄さん(ーNPO南の島々(ふるさと)・守り隊ー理事長)に案内していただきました。
鳩間島(はとまじま)は、西表島の北5.4kmに位置する八重山諸島の島である。行政区域は沖縄県八重山郡竹富町鳩間に属し、面積は0.96km²[1]。
沖縄・鳩間島を訪ねる(その1 刻々と趣を変える空と雲と海と・・・)
2011年11月から12月にかけての10日間、3度目の石垣島訪問をしました。
娘が嫁いでおり、3人目の孫(男児)の誕生と言う事で、妻と一緒に出かけました。
娘婿は、石垣市内の大きなホテルの料理長をしていましたが、独立して昨年(2011年)の5月に「琉球割烹ダイニング 司」をオープンしており、これも訪問する楽しみの一つでした。
娘婿の親戚筋の方たちと一緒に「琉球割烹ダイニング 司」で、宴をしている時、歌いながら三線を弾いてくださった浦崎宜浩 さん(八重山古典音楽安室流協和会会長)の弟さん(浦崎金雄さん)が鳩間島にいることを教えてくれました。
娘婿のご両親が鳩間島出身なので、一度行ってみたいと話しておりましたら、鳩間島の弟さん(浦崎金雄さん)に連絡を取ってくれて、案内していただけることになり、翌日石垣島発西表島経由で鳩間島まで足を延ばすことが出来ました。
漂着ごみを燃料油へ変換することにより、離島を「宝の島」へ変えようという試み「鳩間島・宝の島プロジェクト」で取り組まれている鳩間島の浦崎金雄さんーNPO南の島々(ふるさと)・守り隊ー理事長・・・に車で島の案内をして戴きました。
■定期船
石垣~鳩間間の船便は、安栄観光、八重山観光フェリー、石垣島ドリーム観光の3社が定期船を就航させています。
安栄観光、八重山観光フェリーの共同運航による高速船は、原則的に冬シーズンは毎日2便、夏シーズンは毎日3便運航されています。また、石垣島ドリーム観光は、毎週月・木・土曜日のみ午前中に1便、高速貨客船を就航させています(所要時間は高速船並み、料金は貨客船とほぼ同じ格安なのでお得です)。
このほか、安栄観光の貨客船「ぱいかじ」(毎週月・水・金曜日に運航)と、八重山観光フェリーの貨客船「かりゆし」(毎週火・木・土曜日に運航)も利用できます。
安栄観光と八重山観光フェリーの定期船は「石垣~上原(西表)~鳩間~石垣」経由便と、「石垣~鳩間~上原(西表)~石垣」経由便の2種類があります。石垣島ドリーム観光の高速貨客船は、「石垣~鳩間~上原(西表)~鳩間~石垣」経由となります。
運行ダイヤは、冬シーズン(10月~3月)と夏シーズン(4月~9月)で切り替わります。また、潮や天候等によってダイヤや所要時間が変わってくることがあります。さらに、天気が悪い日や海が荒れている日には欠航となります。台風接近時や冬場など、何日間も定期船が島に来なくなることも珍しくないので、注意が必要です。
各社の定期船とも予約は必要ありませんが、事前にウェブサイト等でダイヤを確認することをお勧めします。
●八重山観光フェリー http://www.yaeyama.co.jp/
●安栄観光 http://aneikankou.co.jp/
●石垣島ドリーム観光 http://www.ishigaki-dream.co.jp/
(左)かりゆしで鳩間へ (中)ドリーム観光の高速フェリー (右)鳩間の浮き桟橋
刻々と趣を変える空と雲と海と・・・
出典:鳩間島通信 鳩間島ってどんな島?
■鳩間島の概要
東京から直線距離にしておよそ2000km、八重山諸島は西表島の北約7kmに位置している小さな島が鳩間島です。西表島のほうから望む島は、周辺部が平坦で、島の中央部がこんもりと盛り上がっています。この小高い丘陵状の森が鳩間中森。島でいちばん標高が高いところで、灯台が立っています。
島は歩いても1時間弱で一周できてしまうほどの大きさで、港のある島の南側に集落が形成されています。集落のいちばん東側には100年以上の歴史を持つ鳩間小中学校があります。集落以外の場所はほぼ原野となっており、海岸線沿いにプライベートビーチのような小さい砂浜がいくつか点在しています。また、島の北西には2010年に復元された石積みの遺跡「武士家(ぶしんやー)」があります。
島の主な産業は民宿経営などの観光業で、そのほか傭船、郵便・宅急便業務、漁業、牧畜、学校関係業務などを個人レベルで行なっています。一方、魚介類などの海からの豊富な恵みと、冬から春にかけてできる農作物(主に野菜類)によって、いまだに半自給自足的な生活が成り立っています
島には約10軒の民宿がありますが、八重山のほかの島にあるようなリゾートホテルや観光施設、有名な見所などはありません。しかし、なにもないからこそ、なにものにも追われることのない贅沢な時間を過ごすことができます。また、海の美しさは天下一品で、シュノーケリングでも充分に楽しめます。美しいサンゴ礁の海で泳ぎ、島を散歩し、木陰でまどろみ、夜には泡盛を飲む――ゆったりと流れる時間に身をゆだねながら、南の小さな島でのオフタイムを存分に満喫してください。
●所在地=〒907-1544 沖縄県八重山郡竹富町鳩間
●面積=0.96平方キロメートル
●周囲=3.941km
●人口=52人(2012年3月末現在)
刻々と趣を変える空と雲と海と・・・
鳩間島から帰り、フェリーの中から写しました。
鳩間島(はとまじま)は、西表島の北5.4kmに位置する八重山諸島の島である。行政区域は沖縄県八重山郡竹富町鳩間に属し、面積は0.96km²[1]。