石野真琴のなんでもあり?

多趣味な石野真琴が、普段感じている事、将棋、祭り、甲冑等々、趣味の内容を描きます

小田原馬上弓比べ(その6)

2006-03-24 21:30:38 | 趣味
 織部正殿他数名の参加者に御挨拶を済ませた。昨年の石和合戦で征夷大将軍太郎殿が率いた幕府軍は流鏑馬部隊であった、石野真琴らも同宿していたので顔は何となく知っている人が多い。弾正小弼景虎殿、平八郎殿、織部正殿、参加はしていなかったが、黄桜ドン子殿、茶尾助、くないきょう殿なども顔を出していたらしい・・・石野真琴は気が付かなかったが・・・。

 流鏑馬が始まるまで時間があるので小田原城天守閣を見物し、昼食を取ろうと言う事になり、二の丸公園を後にしてまず天守閣、本丸城趾を目指した。
 小田原城の天守閣はコンクリート制の天守閣の走りだと聞いている。この城が出来ての地に大阪城天守閣、名古屋城天守閣、そして下田城が作られたらしい・・・。
 今では天守は木造であるべきで、コンクリート製の天守閣には違和感が感じられる。特に大阪城のようにエレベータ付きのコンクリート製天守閣というのは・・・興ざめと言って良いだろう。
 天守閣の展示物を丁寧に見ながら、最上部へ出て写真を撮ってから下へ戻った。
 この天守閣には、その昔、忍者が使った手裏剣が飾ってあったが、今でも手裏剣が飾ってあった。天守閣の展示物として手裏剣が飾ってあるのは、この小田原城ぐらいだと思う。
 最近では忍者の存在そのものが否定されているので、忍者の手裏剣などは、真っ先に否定されてしまうのである。


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