石野真琴のなんでもあり?

多趣味な石野真琴が、普段感じている事、将棋、祭り、甲冑等々、趣味の内容を描きます

 衣食住(その1)

2005-12-23 22:53:30 | 趣味
 衣食住、古来より人民が衣食住に満ち足りていれば、革命も戦争も起きなかった・・・と思う。唐突であるが衣食住について考えて見たいと思う。
 衣食住の「衣」とは簡単に言えば「衣料品」すなわち「服」や「下着」の事である。この国で初めて服が作られた時期は全く不明であるが、たぶん裸の猿がこの列島国を訪れた時にはもうその身体を、なにか布状のもの、たぶん毛皮であろうと思うが、そのようなものを身に付けていたと思う。
 さて、では最初の衣服は何であろうか、たぶん皮で作られたであろう「貫頭衣」であると思われる。時代はたぶん卑弥呼以前から平城京時代ぐらいまでであろうか。貫頭衣から着物へ移行した時期は解らないが、布を織る事が可能となった大和朝廷時代ぐらいであろうか。
 「着物」と言えば文字通り着る物、すなわち「衣服」の事を示すが、今の我々は「着物」と言えば浴衣、羽織袴と言った古典的な衣服の事を示す。普通に着ている衣服は「服」と呼ばれる事になる。
 今、普段着として「着物」を着る人は少ない。たぶん極限られた人であろう。例えば着物の着付けをなりわいとしている人とか、置屋(もうほとんど残っていないとは思うけど)の女将とか、三味線の師匠、芸者さんなどである。そのほとんどが女性で、男性ではもう思いつく職業がないぐらい少ないと思う。
 その中で、「田中優子」氏と言う、法政大学教授を御存知であろうか。彼女は普段着としての着物を研究する為に、普段着を着物として生活しているそうである。
 男性としては「田中優子」氏と共同で研究されている「石川英輔」氏がいる。
 石野真琴は残念ながら着物を身につけた事がない、羽織袴を持っていないだけでなく、浴衣も苦手である。作務衣とか甚平と言った和洋折衷の物を普段着として着るのがせいぜいである。


最新の画像もっと見る

コメントを投稿