農業で食べていく事はできるのか
「お金持ちになろうとは思っていない。今の仕事はB to Bで、自分の仕事が人に喜ばれていると実感できない。農業なら自分の生産が人の喜びに直結して、今より報われると思う」。農業の合同就職説明会『新・農業人フェア』に参加した30代男性は、農業を始めたい理由をこう話す。
2月2日、東京国際フォーラムで『新・農業人フェア』が開催された。全国の農業法人や自治体など150団体あまりが出展し、来場者は1658名と、2013年度に開催された7回のフェア(最終回の8回目は3月に大阪で開催予定)のうち一番の賑わいを見せた。
農業への関心が高まっている背景について、フェアを主催したリクルートジョブズ・新領域開発グループの深瀬貴範氏は、「若い人の職業観が変わってきている。お金を稼ぎたいというより、社会貢献したいといった理由で仕事を選ぶ人が増えている。そのような流れに農業がマッチしているのではないか」と語る。
とはいえ、若者の就農そのものは、進んでおらず、まだ、これからの話。日本の新規就農者数は2006年度に8万1000人だったが、12年度は5万6000人と減少傾向であり、約半分は60歳以上が占める。これは、会社を定年退職した後に実家の農業を継ぐケースが多いためだ。
一方、農業生産法人などに雇用される形で農業を始める『新規雇用就農者』や、農家以外の出身者で新たに農業経営を開始する『新規参入者』については、39歳以下が半数以上を占める。しかし、両方を合わせて6870人(12年度実績)と全体の約12%に過ぎず、まだまだ少ない。関心の高まりと現実との間に乖離があるのは、具体的な作業内容や資金繰りなど、「職業としての農業を想像するのが難しい」(深瀬氏)からだ。
政府は昨年、成長戦略の中で、40代以下の農業従事者を現在の約20万人から10年後には40万人に倍増させる目標を掲げた。これに先立ち、12年度から45歳未満の就農者に対して年150万円を最長5年間給付するといった、『青年就農給付金』も始まっている。この制度により、12年度の39歳以下の『新規参入者』の数は約1500人と前年比2倍となった。
しかし、補助金効果で就農者が増えたとすれば、補助金が切れたら、やがて離農率が高くなることも懸念される。新規就農者を増やすために何が必要なのだろうか。実際に新規就農した若者の取り組みを見ながら考えたい。
■ 交流イベントに展開するも厳しい経営状況
舩木翔平さんは東京・八王子市での非農家出身の独立農家第一号だ。農業高校、農業大学校を卒業後、自分の強みを活かして、農業を通した街おこしがしたい、という思いから就農を決意。2012年3月にサツマイモなど野菜の栽培を1ヘクタールでスタートさせた。そしてそのわずか1年後の2013年3月には株式会社フィオを設立。農業生産だけでなく農業を通した交流事業を手掛けている。
「農業という業界に入った人間は野菜を作りたいものだと思われがち。でも、農業だけがしたいわけではない。ファーマーズマーケットや農業体験といったイベントを開催し、農地が地元にある意義を地域の人に感じてもらいたい」と、会社を設立した理由を話す。
このため、設立形態も売り上げの半分を農業収入が占めなければならない農業生産法人ではなく、他の事業も広げられるよう一般法人を選択。これにより生産した野菜を幼稚園などに販売すると同時に、農業体験のイベントを請け負うなど多様な営業活動が可能になった。
ただ、会社設立の初年度であった2013年は、イベントなどの準備に奔走したため、種まきが間に合わないなど、肝心の農業生産が伸び悩んだ。作物売上高は190万円程度にとどまり、イベント売上高30万円と合わせて初年度売上高は220万円。ここから費用を差し引きし、利益は60万円と厳しい経営状況となった。このほかに単発で請け負う造園業の収入で補てんし、生計を立てている。
14年は昨年の経験を活かし、会社の事業を農業生産・販売に特化。イベントなど交流事業は、新たにNPOを設立し、地元の大学生や自治体と連携して展開していく考えだ。「農業自体に人を引きつける魅力がある。交流でネットワークを広げることで、生産・販売での信頼も生まれる」(舩木さん)と、事業への相乗効果を語る。まだ就農3年目。若手起業農家の試行錯誤の日々は続く。
就農1~2年目から農業所得で生計が成り立つ人は14%程度(全国新規就農相談センター調べ)。新規就農者の約3割は生計の目処が立たないなどの理由で数年以内に離農するのが現実だ。
農業で食べていけるかを決めるのは、5年、10年先を見据えた現実的な経営プランではないだろうか。そして、補助金には頼らない覚悟もあれば、なおよいだろう。日本で着実に農家としてキャリアを積む若者が増えれば、後に続く者を後押しするに違いない。