5月 4日
明日は子供の日だ。
逞しく育ってと言う親の願望がある。
子供たちは新しい時代の中で生き生きと育っている。
両親たちよりもスマホもタブレットも速いだろう。
しかし、子供は外の社会を知らない。
その怖さを誰も教えない、学校で教えると思っている親さえいる。
怪しいサイトや、友人同士のイジメなど危険この上ないものだ。
こんな未熟な子らに与える親の気が知れない。
大人の無知、油断があります。
子供はお父さんのお給料は銀行のATMだと思っている。
カードを使うお母さんを見てあれを使えば幾らでも買い物できる。
「働いてお給料を得てものを買う」という大原則など知らないままだ。
働くことが社会人の第一歩なのにその原則を知らないからひ弱だ。
このゴールデンウィークが新社会人の最初の関門だといわれる。
都会へ出て、この休みに故郷へ帰って郷愁は都会の魅力には勝てないものがある。
友人たちにも会うだろう、慣れない社会の心を癒してくれる場所だ。
都会が良いという者もいるが故郷が一番という者もいる。
学校と同じように楽しく働ければいいが現実は厳しい。
それは避けて通れない子供から大人への脱皮なのだろう。
働くことを学生時代に経験しておくといい。
現実の社会と自分の思い描く夢の違いをどこかで知ることも必要だ。
昔と違って「頑張れば何とかなるさ」はもう通用しない時代だ。
ではどうすれば何とかなるのだろう?
「アメリカンドリーム」という言葉がある。
アメリカ人は、一生のうちで一度はやってみたいことがあるという。
それが「起業」つまり自分の会社を作り大きくすることだ。
マイクロソフトのビル・ゲイツもそうだった。
人と同じことをやっていては大差はない。
「これは!」という違いを見つけて実用化することだ。
見つけただけでは提案や発想に終わってしまう。
そうではなく、「自分でそれを実現して実用化する」ことだ。
日本の中ではその発想の教育は行われていない。
卒業し出てくる人はみなサラリーマンだ。
ビル・ゲイツなどのような人材が育つ環境ではない。
当然、起業する意気込みないし夢だって小さい小さい。
だけど、人生一度きりだ。
失敗するならやめようでなく、ダメ元でもやってみようだね。
日本人は隣りと同じが国民的な目線だと思う。
欧米は子供たちに言うことが違う。
「あなたはあなた、隣りと違っていい」と育てるそうだ。
個性を伸ばして誰もやらないことをやったら素晴らしいという。
日本のと欧米とどちらがいいだろう?
日本では情報機器のスマホを子供から触っている。
欧米では高校生まで持っていない。
だが、どちらが優秀かといえば理屈では日本だろう?
いや、個性のない日本人より独立心の強い欧米の子らのほうが優れている。
情報機器のスマホを持ってもゲームや趣味程度の使い方では効果がない。
今、流行りのLEINも子供のおしゃべりの延長だったらムダだね。
活用する本来の使い方がなく、楽しみだけでは役立たずである。
道具は必要だから使うのであって、目的外の使い方は論外である。
スマホは友人の連絡に絶対必要か、いやノーだね。
家に電話があればいい、友人が特別な場合を除けばスマホなどいらない。
そんなことをいう私はいつもパッシュングを受ける。
みなさんの普通が異常だと言うふうに聞こえるのだろう。
そうではない、みなさんが異常なことに気づかないだけだ。
「PCあそぼう会」でもそうだ。
活動中に呼び出し音が来る。
席を中座して応答しているがこれも違反行為だ。
判りきっているはずだ。
留守電か、マナーモードにしてほしいね。
教えている講師に失礼だよ。
それすらも守れない時代だ、怒る気もしない。
道具を持つことは確かに便利だろうが迷惑をかけてまで必要か?
道具は自分の役に立つが、人さまのことは考えない。
迷惑にならぬよう配慮もできなくなった今、それが普通か?
いや、それは自分が自分をコントロール出来なくなった証なのでしょう。
私もスマホは持っているがいつも電源OFFだ。
使う時だけONにするから誰にも迷惑かけない。
それを皆さんは、「役立たず」と言います。
それって誰が使うのでしょうか?
必要ならば自宅へ電話かけてくれればいいのです。
待てないほど緊急な電話などこの10年一度もありませんでした。
友人ならば猶更ですね。
もう少し、ゆっくり、のんびりした時間を過ごしませんか?
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