1月14日
またぞろ我流が高じていろいろ述べて見たくなりました。
パソコンのこと、社会悪の事などなどです。
昔、当ブログでもアップした記憶があります。
何時の事だか覚えていません。
また、グチってると思って愛読して頂ければ嬉しいですね。
「パソコン読本」という私の勝手なパソコン談です。
自分の体験を冊子にまとめたものです。
それは自分のパソコンに苦労しつつも楽しんできたこと、
素人なりにボランテアでの初心者講習会を主催したことなどの記録です。
成功などほとんどありませんが何とかなって現在に至っています。
最近特に感じることは「パソコン使っている」方ほどパソコンで遊べない事実です。
YouTubeを見る、音楽を楽しむ、程度はやっているようです。
それも遊びになるのでしょうがもっと深い遊び方があります。
それは先端を行く訳でありませんが人様より一歩先を行くことでしょう。
そのためには新技術を取り入れて実体験する必要があります。
それを知識や技術として広く友人や関係する者へ紹介することです。
YouTubeでアップされているパソコン技術の紹介がそうですね。
「パソコンで遊ぶ」定義などありません。
しかし、遊ぶと言う以上深くを意味する使い方、役たたせる方法があるはずです。
そこに大きな障害や苦労があってそれらを克服した時の達成感は竿候です。
当然、遊びにも区分された分野がありそれぞれでしょう。
他の人にはマネの出来ない分野で成功すれば立派なものです。
今の時代になると業務の仕事はほとんどソフトでの作業でしょう。
つまり「自分の力で必要なものを作り出す」必要がなくなったからです。
昔は仕事のソフトがほとんどなかったのです。
本当にあったのはWord、Excel、パワポでしょう。
それも真っ新なページであり自分で作るしかなかった時代でした。
考えて考えて、工夫して自分の仕事に役立つようにパソコンを使ったものです。
今はどうでしょう?
その意味では使い方に自由度が無くなり定形作業になったのだと思います。
それでも「パソコン使った、遊んでた」と誤解しているようです。
私のパソコン困ったで相談で来る方のほとんどがそのような方ばかりです。
何もなかった時代にはパソコンは何も教えて呉れません。
自分が目的を持って作ることから始める必要がありました。
それが判っているからこそいろいろな工夫が求められていた訳です。
昔は「パソコン買っても、ソフトなければただの箱」と言われました。
今は「パソコンに使われているだけ」知恵も要らない、工夫もいらない。
結局、パソコンという道具が便利な仕事だけの道具になっているだけですね。
ではどうしたらパソコンで遊べるかを考えてみましょう。
今は昔と違って動画も音声も写真もいろいろ加工することができる時代です。
ネットもスマホもあります。・・・昔はなかった。
それらを組み合わせて(情報を多岐に取り入れる)自分のやりたいことに近づくことです。
そう、それを継続し、時間経過と共に更新して行くことです。
「問題なのは何をやるか?、何をやりたいか?」ですね。
私の場合は、パソコンを教える事(PC知識のお裾分け)でした。
「超初心者への講習会」であり、「もうひとつ上のパソコンの使い方」だったり、
「パソコンであそぼう」シルバー大学だったりでした。
今は、私のサークルで皆さんが描いて呉れた「Wordでイラスト」作品の活用法ですね。
そして、再度の新しい活動に挑戦します。
「70歳すぎてもパソコン始めよう!」講習会であり、
「Wordでイラスト描いてみよう!」講習会です。
今、私も75歳となり後期高齢者です。
私の教えるのはシルバー、シニア、が対象です。
こんな楽しい、難解なパソコンを今でも、これからも教えたいのです。
これを使って「自由で楽しい時間を過ごせる」ようにすることが目標なのです。
「パソコンは夢と希望をかなえてくれる」素晴らしい道具なのです。
長々と書きましたが異論、反論あるでしょう。
是非そう言われる方のお話も聞きたいと思います。
コメント下さい。