松前(正木)城跡
加藤嘉明公が最後の城主となった松前(正木)城跡へ行ってきました。
関ヶ原の功績で加藤義明公は20万石となり1601年、勝山城(松山城)の築城の許可を得ると
1602年から松山城の築城を開始したそうです。
この時、正木城の石垣など全て運ばれたそうです。
運ばれたそうです。
松山城にある筒井門も松前城の門を移築されたとか。
運ぶ労力って凄いですね。
1603年本拠地を松山城に移したので松前城は廃墟となったそうです。
残念ながら、お城の面影は少しもありませんでした。
筒井門とは、本丸大手の重要な固めで、城内で最も堅固な建物の一つだそうです。
筒井門は脇戸付の櫓門で慶長(1596~1615)の築城に際し正木城(伊予郡松前町)から
移築されたと伝えられて城内最古の建物一つだったそうです。
しかしながら、昭和24年2月に放火によって焼失しました。
同42年と43年に両側の石垣が解体修理され同46年3月に総て栂(つが)で復元されました。
門戸には楠の1枚板が用いれているそうです。
焼失前に門の棟木(むなぎ)裏には「 慶長▢▢年4月マサキヨリウツス也」と
墨書されていたそうです
城の完成には26年という長い年月がかかったそうです。
加藤義明公は完成直前に会津に転封となり完成させたのは後任の蒲生忠知だそうです。
お城にはロマンがあり城巡りも楽しいですね。
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