1月4日に左膝が痛くなって、4日後、市内の整形外科に行って診断を受けた。
どうも疲労骨折の疑いがあるようだ。もし疲労骨折なら全治4週間。
暦上では間に合うが、愛媛マラソンは出場を辞退しなさいと言われた。
その判断基準は、本日注射を打って1週間痛みが治らなかったら疲労骨折ですと。
それから1週間が経った。相変わらず膝の痛みが酷い。疲労骨折確定だなと思って
出場を辞退する旨の言葉をフェイスブックに書き込みをした。
仲間っていいものですね。みんな本当に心配してくれてアドバイスをもらい
まだ諦めるのは早いと病院を紹介してくれた。一人で考えていたら間違いなく辞退だった。
そして、松山にあるクリニックで診断を受けることにした。
先生の診断では、マラソンで膝なんか疲労骨折しないとのこと。
痛いのは水が溜まっているから。
すぐに治療をし、先生はこういった。
「今回は完走を目標にして、走ることを楽しんでください」と。
出場を諦めなさいと言われるものとばかり思っていた。
希望の光が見えてきた。走れるんだ、間に合うんだと。
それから2週間は完全に休養した。怪我が発症して
この時期の3週間のリタイアは痛いが
出場できないことはもっと痛い。我慢という練習をした。
怪我をして初めて分かったことがある。
歩く喜び、走れる喜び。走りたい、苦しくても走りたいと。
心の底から走りたいと思い出していたのだ。
徐々に足は回復していった、痛みは多少あるものの
26日には10kmまで走れるようになり、
なんとか出場は出来そうな状態に。
2月に入りいよいよ愛媛マラソンまであと1週間。
5日に最後の練習をしてあとは大会まで休養をした。
大会の前日には受付を済ませ、クリニックに行って痛み止めを打った。
あとは、本番を待つだけ。
前日の夜は、緊張はしていないが何度も夜目が覚めた。
そして朝を迎えた。膝は痛くない。風邪も引いていない。
ここ数日では最高のコンディションだ。
さあ、行こう!
あのスタートラインに!
そして走りきろう!
感動のゴールを目指せ!
(つづく)
どうも疲労骨折の疑いがあるようだ。もし疲労骨折なら全治4週間。
暦上では間に合うが、愛媛マラソンは出場を辞退しなさいと言われた。
その判断基準は、本日注射を打って1週間痛みが治らなかったら疲労骨折ですと。
それから1週間が経った。相変わらず膝の痛みが酷い。疲労骨折確定だなと思って
出場を辞退する旨の言葉をフェイスブックに書き込みをした。
仲間っていいものですね。みんな本当に心配してくれてアドバイスをもらい
まだ諦めるのは早いと病院を紹介してくれた。一人で考えていたら間違いなく辞退だった。
そして、松山にあるクリニックで診断を受けることにした。
先生の診断では、マラソンで膝なんか疲労骨折しないとのこと。
痛いのは水が溜まっているから。
すぐに治療をし、先生はこういった。
「今回は完走を目標にして、走ることを楽しんでください」と。
出場を諦めなさいと言われるものとばかり思っていた。
希望の光が見えてきた。走れるんだ、間に合うんだと。
それから2週間は完全に休養した。怪我が発症して
この時期の3週間のリタイアは痛いが
出場できないことはもっと痛い。我慢という練習をした。
怪我をして初めて分かったことがある。
歩く喜び、走れる喜び。走りたい、苦しくても走りたいと。
心の底から走りたいと思い出していたのだ。
徐々に足は回復していった、痛みは多少あるものの
26日には10kmまで走れるようになり、
なんとか出場は出来そうな状態に。
2月に入りいよいよ愛媛マラソンまであと1週間。
5日に最後の練習をしてあとは大会まで休養をした。
大会の前日には受付を済ませ、クリニックに行って痛み止めを打った。
あとは、本番を待つだけ。
前日の夜は、緊張はしていないが何度も夜目が覚めた。
そして朝を迎えた。膝は痛くない。風邪も引いていない。
ここ数日では最高のコンディションだ。
さあ、行こう!
あのスタートラインに!
そして走りきろう!
感動のゴールを目指せ!
(つづく)