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冒頭の数ページで、はまった。
吉岡少年は小学校に入学し、授業中はじっとしていられず、身体を動かず、うろうろする、同級生にすぐ手が出るは、足で蹴飛ばす、という子だったいう。
「なんや、つまらん毎日やなぁ。これが六年間続くなんて地獄や」と、小一にして人生を悟った、と書かれている。
こういう発想をする子、私は興味津々、面白いと思ってしまう。
いわゆる個性的。
小一で人生を悟った子は、勉強をまったくしない。
びりっけつである。
しかし、人は、突然、変わる。
彼は途上国の、今にも餓死しそうな子どもをTVの画面で出会い、この子達を助けたいと思うのである。
そう思ったことも時々、忘れて遊び呆けてしまう。
また、そう思ったことを、時々思い出す。
結果、そう思った思いの方が強く、頑張って医学部を受験しようと思うが、周囲は親を含め、全員無理という。
そんな最悪な状況に、自分だけは自分を信じてあげようと、彼は思った。
彼は現在、ミャンマーで、医師として活動している。
<追記>
私の母は、69歳の時に脳の動脈瘤と頸動脈の手術をし、72歳の時の心臓のバイパスの手術をし75歳の時に腹部動脈瘤の手術をしました。
その大きな手術はとても難しい手術でしたが、お医者さんの技術と医療の発達によって、母の命は救われました。
そしてその大きな手術の間、間に心臓のペースメーカーの手術、バルーンの手術もしました。
母の心臓のバイパスの手術の時、母はとても恐怖感がありました。
脳の動脈瘤と頸動脈の術後の痛みへの苦しみはかなり酷い状態でした。
そのことが過ぎるのでしょう。
その恐怖が、多分、きっかけだったように思うのですが、母は鬱になりました。
母の命は助かりましたが、心は壊れました。
私は、看病をしながら、現代医学の発展は命を救うけれど、心を救わないのかと、思いました。
母を説得して、鬱の治療をするために病院へ伴うことは困難を極めました。
精神科診察の結果、アルツハイマーであることも分かりました。
母が亡くなったとき、これでようやく母も楽になれると、私は心底思いました。
先に亡くなった父と、空の上で、元気で幸せに暮らしているのだと、今も、思っています。