ひらけゴマ・ひびけゴマ

ひらがなにほんごで、あたらしいせかいを、つくって、あそぶ

さいくりんぐ も おくが ふかいんだぞ

2014-06-24 | ひらがなにほんごで・たからさがし



(さいくりんぐ も おくが ふかいんだぞ)
24にち きゅうに おもいたって
さいくりんぐを してきた
おうふく 50きろ
ひょうこうの ちがいは 360めーとる
おもに くだりと なる ゆき は 2じかん
おもに のぼりと なる かえり は 3じかん

じつに 45ねんぶりの さいくりんぐ だ
さいきん じてんしゃに のりはじめて
まだ いっかげつが たっていない
この みじかい あいだに
あしが ふとくなった ように みえる
そう みえる だけかもしれない けれど
あしの いろつやが よくなって いきいきと
してきているのは たしかだ

この ようすだと えんきょりの
さいくりんぐも たのしめそうだ
45ねんかん ずっと こころの おくに
くすぶってきた さいくりんぐ
いよいよ じつげん するんだ

じてんしゃが てに はいって から
この いっかげつ
すぐ ちかくの くるまの あまり とおらない
のぼりざか の つづく ほそうどうろを
うんうん いいながら 30ぷん のぼり
とうげの みはらしの いいところで
いきぎれした こきゅうを ととのえ
みずを のみ あせを ぬぐって
いっきに さかみちを くだってくる
ということを くりかえしている

100すうじゅう めーとるを こえる
ひょうこう の ちがいは たいへんだけど
のぼりも くだりも それぞれに
きもちの いいものだ

しかし そんなことより
やりたいのは えんきょり さいくりんぐ
とおくへ のんびり でかけたいんだ
という わけで きょう きゅうに
おもいたって こてしらべの
さいくりんぐを やってみた わけなんだ

だけど まだ はんどる そうさが おぼつかない
はんどるを きるとき
はんどるの むきを かえる どうさと
じぶんの からだを かたむける どうさを
どうじに やらなくちゃ いけないんだけど
せまい ほどうを はしる ときなど
しょうがいぶつが やたら おおくて
なれないと それが むずかしい
そして さいくりんぐを たのしむ なんて
ふんいきじゃ なくなって しまう
ということを きょうの こてしらべ
さいくりんぐで つよく かんじた

だけど むかし のっていた
ままちゃり は もっと らくに
はんどる そうさが できていた はずだ
じてんしゃの しゅるいに よって
どこが どう ちがうのだろうか
そこで いろいろ しらべてみたら
なかなか おもしろいんだ
じてんしゃも おくが ふかい

とくに かんじるのは
めかにっくな こうぞうと
それを そうさする ひとの うごき
この ふたつが ひとすじなわでは
いかない おもしろさを つぎつぎと
うみだして いること

たとえば ごるふの ぼーるを うつ
というだけの ことに だって
たくさんの りろんが つぎつぎと
うみだされ おおくの ひとが うんちくを
かたむけ たのしんでいる みたいだ

ひとが あるいたり はしったり することだって
いまは りょうてを ふって やるのが
ふつう だけど
えどじだい より まえの にほんじんは
うでを ふらずに はしったり あるいたり
していた らしい
さむらいや にんじゃの やりかただよね

というわけで じてんしゃ という
めかにずむが くわわるんだから よけいに
じてんしゃの のりかたも
あとから あとから あらたな
りろん りくつを にんげんは
うみだし つづけ
おくが ふかいんだ なんて いっては
たのしみ つづけるんだろうなあ と おもう

にんげんが きょうみを もっている
かぎりは どんなことでも つぎつぎと
へんかし あらたな ことが うみだされ
いつまでも にんげんを たのしませてくれる
じんせい すべてが そうなんだろうね
おくのふかそうな はっけんは たえないんだ

それは ともかく じてんしゃで ゆっくり
とおくへ いきたいなあ
うちゅうと いのりの きもちで つながり
ひらがなにほんごの れんしゅうを つづけ
かぜの ふくままに さいくりんぐ
さいこうだなあ さいこうだ

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