一番最初に・・したこと・・経済の立て直し(‥;)

2005年04月23日 08時30分58秒 | 花影
昏睡状態の続く人の側にいてなす術のないことくらい空
しいことはない。毎日会社の人が交代で病院に詰めて
いてくれたのが唯一の力となりました。

今自分の身に何が起こっているのか、それが夢なのか
現実なのか眠ていても起きている時も何もかもが空し
い日々だったような気が致します。

一週間ほどして我に返ったときに今・何から手を付けるべきなのか考えました。
幼い子供を抱へ何の特技もなく、これから先生きていくすべを何処に求めたら
よいのか。

考えてみてもどこにも出口の見つからない洞窟には入り込んだようなものでした。
会社の総務の方にお願いして此からの我が家の収入の明細を作って貰う事に
致しました。

病院は一日の差額ベット料だけでも馬鹿になりません。10日事に来る請求書を見た
だけで気が遠く成りそうでした。医療費は、保険本人でしたが保険外診療がかなりの額でした。

その他に大変でしたのが雑費でした。紙おむつは今のように良い物が無く看護婦さんは手当たり次第に簡単に棄ててしまいます。膀胱バルーンが入っておりましたから尿でおむつを汚すことはなかったのですが。

私が、一番最初にやったことは経済的にどう暮らしたら生活が成り立つのかと言う事
でした。病院と家庭との二重生活ですから・・それに子供の教育費の問題もありまし
たので・・

幸いな事に家計簿を長年つけておりましたお陰でお金の動きを把握出来ておりましたので一家の大黒柱が突然倒れたとき、世間はそんなに甘くはないのです。タダ主人の友人達がかなり力になって下さったことは感謝しております。

主人の再起不能が決まりましたときに一番最初に逃げ出したのは誰だと思いますか・・つづく

「頼る術持たぬ我が身に吹き荒れる嵐のごとき時の流れて」



またまた椿です・・その3・・です^^

2005年04月23日 07時10分00秒 | 花影
赤に白い斑入りです。


真っ赤な椿。


にっこり微笑んでいるよな
蕾です。


頬寄せ合って咲いてます。


シンデラの登場です。
真っ白で大きな椿です。


椿シリーズも此で終わりかと思います。
永いことおつ合い下さいまして有難う
御座いました。未だ残りがありましたら
又UPしたいと思います。
今年一年手入れを致しまして
又来年見事なお花を咲かせてくれ
るように頑張ります。



再びの・・昏睡状態・・100日(T_T)

2005年04月22日 00時05分01秒 | 花影
主人が朧気ながらも意識を戻したのは、この病院に移
って3日目でした。私と娘の顔が分かり、目が正常に
戻りどうやら見えているようでした。

気管切開をしていることを本人は知りませんから、
真剣に喋ろうともがいているようでした。それに気が
付いた看護婦さんが先生を急いで呼びに行きました。

飛ぶようにして来た先生方は直ぐにストレッチャーに主人を乗せてCTスキャンを撮りに高速エレベーターで下におりて行きました。

待つこと一時間余りして戻ってきた主人は、意識が無くなっておりました。CTに使う造影剤は今と違います。頭の中の撮影ですから、頭の中にガソリンをまかれて火を付けたような検査には、体力が落ちている人にはかなり厳しい検査だと思います。

私が、自分の病気で同じ検査をした時に頸動脈だけでも、一瞬意識が無くなりました
から・・ヤット意識が戻ったのに、なぜ静かに見守っていては呉れなかったのでし
ょうか・・

脱兎の如く飛び込んできて、家族に何の説明もなく承諾書も書くことなくこの様な医療行為が平然と行われていたのです。現在なら医療裁判物だと思います。

これから約100日以上の昏睡状態が続くのでした。子供達は夏休みもなく、娘は私のお弁当を届けに毎日病院へ息子には一瞬にして両親を失って仕舞ったような悲しい長い夏休みでした。

ただ昏々と眠り続ける主人の側で慣れない看護と病院での生活で私の髪の毛は見る間に白い物が増えました家のこと、子供のこと、主人のこと、一度に起きたこの事を、
どうやって凌いで来たのか無我夢中でした。

今仕事で息子が来ておりますが、この子が一人前になってくれたことは、夢のようです・・仕事から帰り楽しそうに、一杯やっている姿を見ますとよくぞ此処まで来た物だ
と思わずには居られません。。つづく・・

「過ぎ去れば可笑しきことも悲しくし想い出のなか虚ろいていき」