大昔・・有った・・気象学^^;

2005年06月02日 15時20分26秒 | 母と私と娘
落語の「ときそば」ではないけれども・

地震が有ると母は良く時間を気にして

「今・何時だい」と聞いたものです。

「OO時」と返事をしますと口の中でもぞもぞとつぶやいた末に。

明日は「雨だね」。

聞くともなく聞いて覚えた呪文です。

「二四六風の四つ旱五七の雨にて九は病」

「にっしむつかぜのよつひでっりごしちのあめにてくはやまい」

地震が有った時刻で占った昔の人の気象学の一席でした。おそまつ・・

昨夜の地震を気が付かなかった私にお見舞いメールが来て変なことを思い出させました。

大きな地震が来ませんようにいのるのみです。

何故か今日は雨ですね。

明治生まれの母がお爺さんに教えられたのを私が覚えておりました。

昔の人は偉いと思いました・何処からでた知恵なのでしょうか。

この様にして自然と向き合って暮らしていたのですね。

追記・・
真夜中を九つ・(子の刻)八つ(丑の刻)七つ(寅の刻)明け六つ(卯の刻)五つ(辰の刻)四つ(巳の刻)九つ(午の刻)八つ(未の刻)七つ(申の刻)暮れ六つ(酉の刻)
五つ(戌の刻)四つ(亥の刻)・・明け六つから始まります。そして正午は午の刻です。
お八つと言う言葉は(未の刻)から来た言葉です。
江戸時代の時間のサイトはコチラです。



薔薇の・・妖精たち・・美しさ^^

2005年06月02日 07時32分55秒 | 私とパソコン
優しい少女のように・・


チョット大人びて・・


恥じらいと共に・・


夕日に染まる如く・・


やがて大人になるでしょう・・


白から薄いピンクにと並べてみました

薔薇特有のかわいらしさがすきです

こんなに美しく咲いて何処に去って

行くのでしょうか薔薇の妖精達は・・

何時までも平和でありますように。

画像は大きくなります。



花影・・一番悲しかった・・日(涙)

2005年06月02日 07時30分40秒 | 花影
前の日に珍しく看護婦さんが床屋さんをして洗髪をしてくれました。手の爪から足の爪まで綺麗に切ってくれました。

何時も私がやっているのに・その上洗足までして下さったので何か変な感じがしました。

次の朝は顔を綺麗に剃ってくれました。何時も私が綺麗にしているのになんで・・

10時頃に新しい浴衣に着替えさせて、ストレーッチャーで何処かに連れて行かれました。

何処に行くのですかと聞いても大丈夫よの返事しか帰って来ませんでした。

何か検査ならば何時も恩着せがましく細かい説明をする先生方は談まっりを決め込んで何も言いません。

お昼近くなりましたので、学食に行くために通った「講義室」の窓が開いておりましたので、何気なく覗いてみますと。

大勢の医学生に囲まれた主人が、ストレッチャーの上に載せられて居るでは有りませんか。

私は哀しみと怒りでその場に立ちすくんでしまいました。

まるでさらし者です。幾ら何でも酷すぎます。あの時移る病院が有れば私は黙ってその場を離れなかったと思います。

何をされても黙ってみていなければ成らなかった。「診てやる医療」の時代の悲しい患者の姿なのです。

それにしても患者の家族が付いていますのに一言の断りもなくこんな事をしても許されるのが大学病院なのでしょうか。

「植物人間」だとしても人格は有ると思います。命のある限り・・

私はあの時の助教授の名前を一生忘れることが出来ません。

日本の脳外科はこんな人達が先達だったのです。

主任さんが慰めてくれたことは、私を一層悲しくさせました。

主人が倒れて一番悲しい出来事だったと思います。

「人形のごと横たわる夫を観て吾子居なければ憤死のみち有り」