先日、「BOOK・OFF」で偶然にみつけて買ってきたコミック版の『ホワイトアウト』を読みました。
コミックとはいうものの原作がほぼ忠実の再現されて、読み応えがあり、上・中・下3巻ですが一気に読み終えました。
あらためて思いましたが、『ホワイトアウト』はれっきとした山岳小説です。漫画を読んで原作を再評価するということもあるのですね。
山岳救助に赴いた発電所員の富樫は先輩の吉岡を自分の失敗がもとで失ってしまう。この重荷を背負った吉岡が奧遠和ダムを占拠した武装集団に立ち向かうサスペンスに仕立て上げられてます。
映画は基本的にこの部分だけをとりだしてアクション映画に仕立てているのですが、こんど、このコミックで読み直してみて、吉岡を失った富樫の登山家としての苦悩が全編を通して主要なテーマになっていることに気がつきました。
映画を見たときに残った違和感はこれだったのではないでしょうか。製作側の商業的な意図が作品の面白さを半減させてしまったようです。
もうひとつ、これは私の推測にすぎないのですが、舞台になっている「奧遠和」は奧利根がモデルになっているような気がしてなりません。奧遠和ダムは矢木沢ダムがモデルということなります。作品中に出てくる「片貝ダム」は須田貝ダムを連想させます。
コミック中にでてくる地図も奧利根の雰囲気そのものです。奧利根好きの思い込みでしょうか。
コミックとはいうものの原作がほぼ忠実の再現されて、読み応えがあり、上・中・下3巻ですが一気に読み終えました。
あらためて思いましたが、『ホワイトアウト』はれっきとした山岳小説です。漫画を読んで原作を再評価するということもあるのですね。
山岳救助に赴いた発電所員の富樫は先輩の吉岡を自分の失敗がもとで失ってしまう。この重荷を背負った吉岡が奧遠和ダムを占拠した武装集団に立ち向かうサスペンスに仕立て上げられてます。
映画は基本的にこの部分だけをとりだしてアクション映画に仕立てているのですが、こんど、このコミックで読み直してみて、吉岡を失った富樫の登山家としての苦悩が全編を通して主要なテーマになっていることに気がつきました。
映画を見たときに残った違和感はこれだったのではないでしょうか。製作側の商業的な意図が作品の面白さを半減させてしまったようです。
もうひとつ、これは私の推測にすぎないのですが、舞台になっている「奧遠和」は奧利根がモデルになっているような気がしてなりません。奧遠和ダムは矢木沢ダムがモデルということなります。作品中に出てくる「片貝ダム」は須田貝ダムを連想させます。
コミック中にでてくる地図も奧利根の雰囲気そのものです。奧利根好きの思い込みでしょうか。