こころの文庫(つねじいさんのエッ!日記)

家族を愛してやまぬ平凡な「おじいちゃん」が味わう日々の幸せライフを綴ってみました。

ある日突然に

2014年12月03日 00時41分25秒 | おれ流文芸
 一瞬だった。横を見やった目に女性の顔が迫って来た。釘付けになって目が離せない。すると、『ガクン!』と軽い衝撃が走った。(あれ?)不思議な感覚だった。時間が止まっている。ゆっくりと目の周りが回転している。いきなり『ガコン!』と停止した。横倒しになったのを、なんとも冷静に応じた。
 信じられない事故だった。二車線道路の左側を走行中の私の愛車は、右側にある狭い横道から飛び出したワゴン車の直撃を横腹に受けたのだ。軽量の軽自動車はたまったものじゃない。路上をくるりと一回転して、道路脇にある民家のブロック塀に遮られた格好で、次に横転へ至った。その流れは、まるで時間の概念を超越したものだった。時間が止まったというのが正直な表現かも知れない。
 フッと我に返ると、見るも無惨な状況下にあった。運転席のフロントガラスの全面が砕け散っている。その破片の中に助手席の娘がいた。なんと!私の身体は宙に浮いている。シートベルトにしっかりと支えられている。
「こら、えらいこっちゃがな!」「はよ一一〇番や!」「誰か携帯持ってるか?携帯や!」
 騒ぐ周囲の声がはっきりと聞こえた。それものんびりしている。(はよ何とかしてくれよ)頭の中に私の呟きが力なく響いた。
 娘がスマートフォンを操作している。(よかった!)声をかけた。
「大丈夫か?」「うん」「お母さんに連絡してくれ」「してるよ」「そうか……」
 体が自由にならない状況下における父と娘の会話だった。後で思い起こせば、かなり滑稽なものになるだろう。
「大丈夫ですか?後部の窓を壊して救助に入りますよ」「娘は?」「先に救いだしていますので、安心して下さい」
救急隊員は逐一念入りな報告を兼ねて呼びかけながら行動した。
「シートベルトを外しますよ。大丈夫。下で受け止めますから」
 ほっと気が緩んだ。(これで助かるのかな)変な気分だった。それでも実感はまだない。
 担架に載せられた私は、もうまな板の上のコイだった。「服を切りますよ」「御名前は?」「ここはどこですか?」「どうなったかわかりますか?」「お住まいは?」と、立て続けの声掛けに、ただただ頷くだけだった。
 救急車は一時間以上もかかる救急医療センターに私を運んだ。娘は別方向の医療センターに運ばれたらしい。安堵と不安がない交ぜになった奇妙な感情に襲われた。
 医療センターでも私の衣服にはさみが入れられた。下着も問答無用に切り刻まれた。そうなると、もう覚悟は決まる。素っ裸になって、多くの目に晒されてしまったのだ。
 即入院で集中治療室のベッドに落ち着いた時、やっと自分を取り戻した。固定された首を回そうと無駄な抵抗を試み始める。すぐに襲って来るだろう交通事故の煩雑な処理の予感に怯えでもするかのように。
コメント
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