こころの文庫(つねじいさんのエッ!日記)

家族を愛してやまぬ平凡な「おじいちゃん」が味わう日々の幸せライフを綴ってみました。

山の荒廃

2019年07月31日 01時09分41秒 | Weblog
 周囲は
豊かな山々に囲まれた
田舎暮らし。
生まれ育ったふるさとで、
町の生活からUターン、
終の棲家と
考えている。
 子供のころ、
山は遊び場であり、
山の幸に溢れていた。
蕨、ぜんまい、タケノコ、キノコなど
四季の贈り物を求めて
山へ入り、
アケビや山イチゴなど、
おやつ代わりに頬張ったものだ。
山は安全な
子供の王国だった。
 その山は大きく変わった。
イノシシやシカなどが
里に下りてきて、
農作物を荒らし始めた。
こんなに住んでいたのかと
驚いている。
村作業で山に入った時も
言葉を失った。
枯れた倒木が折り重なり、
無残に崩れた山肌が
あちこちに見られる。
まるで人間の入山を
拒絶しているかのようだ。
ひとりで山に入るなど、
危なくて
考えられなくなった。
 山の手入れをするにしても、
若者は都会へ出ていき、
残るは高齢者が多く、
ままならないのが実情。
それでも住人の力で
守るしかない。
記憶にある
豊かな山の復活を
望んでやまない。
 
 
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山の荒廃

2019年07月31日 01時09分41秒 | Weblog
 周囲は
豊かな山々に囲まれた
田舎暮らし。
生まれ育ったふるさとで、
町の生活からUターン、
終の棲家と
考えている。
 子供のころ、
山は遊び場であり、
山の幸に溢れていた。
蕨、ぜんまい、タケノコ、キノコなど
四季の贈り物を求めて
山へ入り、
アケビや山イチゴなど、
おやつ代わりに頬張ったものだ。
山は安全な
子供の王国だった。
 その山は大きく変わった。
イノシシやシカなどが
里に下りてきて、
農作物を荒らし始めた。
こんなに住んでいたのかと
驚いている。
村作業で山に入った時も
言葉を失った。
枯れた倒木が折り重なり、
無残に崩れた山肌が
あちこちに見られる。
まるで人間の入山を
拒絶しているかのようだ。
ひとりで山に入るなど、
危なくて
考えられなくなった。
 山の手入れをするにしても、
若者は都会へ出ていき、
残るは高齢者が多く、
ままならないのが実情。
それでも住人の力で
守るしかない。
記憶にある
豊かな山の復活を
望んでやまない。
 
 
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深夜わが天下

2019年07月30日 00時47分54秒 | エッセ
深夜過ぎて、
暑さで眠れず、
てなことを言ってますが、
もともと夜型人間。
調理師になってから、
徹夜の連ちゃんなんてのは
しょっちゅうの仕事でした。
そして趣味がマチュア演劇、
夜こそ活動が最も活発でしたね。
当時、
24時間営業のファミレスや深夜喫茶が
見られ始めたころでしたから、
(当時は姫路の人間を気取ってました。笑)
夜明けまで喧々諤々や、
あたま真っ白状態や、
胸が打ち震える恋を語らうなど、
いくらでも時間が手に入りました。
今考えれば、
かなり無駄な時間を送ってしまったかと、
後悔したりしていますが。
(青春とはそんなもんなんですね。笑)
そんなこんなで今も夜型人間。
明け方の4時ごろまで、
パソコンに向かったり、
録画しておいたDVDを
まとめて鑑賞したりと、
充実してるのかなあ。
(自信はありません。またまた笑)
高齢者呼ばわりされ始めてから、
悪さをしでかすことはなくなりましたが、
次に、
なにかイベントをやらなきゃ、
年老いちまうぞと、
焦りながら、
いろんなプランを考えています。

おっと、
明日(今日ですね)は歯医者でした。
俄然焦ります。
風呂に入って、ひげをそり、
歯も念入りにクリニングしておかなきゃ。
こんな性格だから、
いまだに損ばかりしています!(苦笑)



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うたた寝

2019年07月29日 01時50分48秒 | Weblog
いい天気だと思っていたら、
いきなりの大雨。
梅雨が明けたので、
家の周囲や畑の草刈りを
計画していたのが
思わぬ大雨で
おじゃんになってしまった。
最近の天候は
一体どうなってしまったのか
不安になる。
といってどうしようもないのが悔しい。
二時半過ぎに天気が回復したのを見計らい、
家の周りだけでもと、
草刈り機を持ち出した。
しっとりした草は
土埃もなく
快調に刈れた。
一時間余り、
刈り終えたとき、
暑さが襲い掛かった。
シャワーを浴びて汗を流し、
扇風機を回したが、
新たな汗が噴き出す。
それだけ
世間が暑かったという
証なのだろう。
ぐったりと横になり、
いつの間にかうたた寝してしまった。

目が覚めたのは4時前。
夕食の用意にかからなければという、
一種の責任感が働き、
ちゃんと目が覚める。
まだまだ老いてはいないなあと、思いたい。(苦笑)
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土用の丑の日のノスタルジア

2019年07月28日 01時13分36秒 | Weblog
暑い中、
久しぶりに図書館へ、
展示物をチエック、
来訪者ノートも確認、
残る三日間
盛況であるように念じました。

図書館の新聞コーナーで
新聞を立ち読み、
そして見つけました。
わたしの詩が入選になっていました。
最近あまり書けていない状況なので、
開けてびっくり玉手箱って感じでしたが、
やはり嬉しいですね。
掲載されると、
また書いてみようと
意欲がわきます。

食品売り場は
土用の丑のウナギの特売で大賑わい。
かなりの人が
ウナギを買い求められていました。
ちなみに私はウナギ、
あまり好きくないのです。
調理師時代、
勤務先でウナギのかば焼き購入が
最低10本ノルマで、
買ったものの、
消費するのに悪戦苦闘した日々を、
懐かしく思い出しました。
1本1000円以上で、
一万円の臨時出費、
痛かったなあ。
10年以上毎年恒例でした。
ほかに節分の
太巻きずし最低30本、
正月におせち(3万円)5セットノルマでした。
料理人稼業も、
いやはや大変でした。
(ハハハハ。今は高笑いしています。ワハハハハのハっと)
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おもろいなあ、僕が先生やて

2019年07月27日 01時55分14秒 | Weblog
「これからもよろしゅうに。なんも出来ひん子ですねん。先生だけが頼りです」
 M君のお母さんは何度も頭を下げて帰った。しかし、この頼みには弱った。だいたい私は先生と呼ばれるような人格者ではない。仕事はただのコック。趣味で三十年近くアマチュア劇団の活動に取り組んでいるだけ。
 M君は私が主宰のアマチュア劇団に参加して来た高校生。もう半年になるが、ひどく不器用で台詞覚えも悪い。それでも言われたことは素直に従う今どきの若者だった。その彼を辛抱強く指導した。せっかく演劇に興味を持ってくれたのだから。
 たぶんM君は他に何も楽しめるものがないのだ。私の褒める手法の練習を結構楽しんでいる。結局彼は下手なりにメインキャストをやりきった。打ち上げの時、M君を誉めそやした。本当に嬉しかった。演劇に関してゼロ以下の可能性と思えたM君は、私の指導で殻をひとつ破ったのだ。M君のお母さんは、公演で駄目な(?)息子の晴れ姿に大感激し、私を先生と崇めたてたのだ。
 しかしM君は二度目の公演に穴をあけたうえ劇団を連絡なしに辞めた。落胆したが、若い人と付き合いが長いと、珍しい事ではない。(よくある事、自分の力が足りなかったんだ)と諦めるだけだった。
 二年後、またM君に会う。彼は劇団の稽古場に顔を見せた。高校卒業間近のはず。オドオドした様子は相変わらずである。別に腹は立たなかった。
「お願いがあって…」「なんだい?」
 聞くとM君の学校の進路指導の先生が私を知っている言う。母校で英語を教えてくれたY先生だった。懐かしい名前である。
「先生が齋藤さんに就職のこと頼んで見たらって。生徒会長もやったしっかりした面倒見のいい人だからきっと頼りになるからって」
 驚いた。Y先生が私を覚えていてくれた。「お願いします」M君は頭を下げるだけ。高校で紹介された就職先に受からなかったのだろう。Y先生も困って、昔の教え子にM君を託したのだ。
 とにかく友達を頼って、車の整備工場を斡旋した。頼まれたら断れない。Mくんも恩師も失望させたくなかった。結果、彼の就職はなんとか決まった。
「ほんまにありがとうございました。先生には散々お世話になりながら、この子はえらい迷惑かけてからに。それをまた助けて貰うてなんと感謝していいか…」
 ペコペコするお母さんに恐縮した。
 公演の日。楽屋になんとM君が顔を見せた。
「なんか手伝える事あったら……?」」
 社会人になってもたどたどしい物言い。
「それぐらいしか、俺…出来へん…」
「ええねん。顔見せてくれただけで充分や」
 久しぶりに気分がよかった。こうでなくっちゃ、お互いさまや。手を差し伸べあえる人間関係が続いていけば、最高じゃないか。
 
人間て面白い。
長く、そして前向きに生きていれば、
痛快に思える体験もできるんだ。
その人生も、
そろそろカウントダウンに入ったかなあ。(苦笑)
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暑さの中

2019年07月26日 01時59分26秒 | Weblog
夏休みの時期を迎えて
新人保育士の娘も、
ようやく慣れたらしい。
食欲も回復し、
休日は友人と大阪へ遊びに行っている。
勤務するのはこども園。
幼保一元化の園児の半分近くは
やっぱり夏休み。
仕事量も減ったのか、
早い時間に帰ってきたりする。
昨日も5時過ぎにいきなり帰宅。
普段は7時半を回るのに、
あわてて食事の用意にかかった。
計画では、手巻き寿司でもと思っていたが、
すぐ供せる卵丼に変更。
冷凍しておいた
マイワシも塩焼きにした。
ミニサラダもつけて出来あがり。

みごと完食!気分がいい。

ところで梅雨明けしたら、
暑い暑~~い!
出来れば外に出たくない日だったが、
サポーターに出向いた。
訪問宅のIさんも
暑さにげんなり状態。
90近い体には
かなり応えられているのだろう。
「無理しないでくださいよ」
声かけをしたが、
自身にも言い聞かせているようなものだ。(笑)

追伸
展示イベントもあと1週間余り。
別添のチラシで
最後のご案内しておきます。
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座右の銘

2019年07月25日 03時09分47秒 | Weblog
「まず好きになりなさい。そしたら努力も出来る。そして成果を得られる」
 そう教えてくれたのは、祖父だった。寡黙で黙々と働くイメージしかない祖父は、ちいさい頃の私には怖い存在だった。
 その祖父が、小学校に上がった私にボソッと言ったのが、文頭の言葉である。
 その教えは私のその後をしっかりと支えてくれた。とにかく好きになるんだ。何でもかでも好きになるんだ。といつも思っていた。
 その結果は、ちゃんと現れた。好きになった絵はコンクールで入賞続き。アマチュア劇団もメインキャストにまでなった。文章も全国公募に何度も入賞するようになった。
 妻も、私が片思いながら好きになったので、彼女の方からプロポーズしてくれた。
 いま思えば祖父のあの言葉は私を裏切ることはなかった。
 いまもあの言葉は、私の座右の銘として、心のど真ん中に刻み付けている。
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父の未練

2019年07月24日 03時46分27秒 | つぶやき
半世紀以上、
レストランをはじめとした
喫茶・飲食業界を
調理ひと筋に生きて来た。
いまは静かに余生を送っている。
 実は我が息子の一人が
わたしと同じような調理人の道を
突き進んでいる。
今は名古屋近辺の
居酒屋の店長で頑張っている。
しかし遠く離れた地には
なかなかいけない。
一度機会を得て
息子の店を訪ねたが、
折悪しく忘年会シーズンで、
店はてんてこ舞い状態だった。
「おい。なんか食わしてくれや」
「悪い。店は予約でいっぱいなんや。
次の機会にして」
 冷たい(?)対応で
息子に追い払われた。
同じ業界で生きて来たわたしには、
息子の立場が理解できるから
何も言えない。
素直に退散した。
息子の作る料理への
未練が残ったまま。
だが名古屋の方へ行く機会は
皆無となった。
 いつかは必ず息子の調理した、
美味い料理を食べたいと
願望はふくらむばかり。
それも舌がバカにならない間に
味わいたい。
それまでは
簡単に死ぬわけにはいかないぞ!
 
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カミナリ

2019年07月23日 09時25分56秒 | Weblog
蚊帳は
雷から本当に
守ってくれるのかな?
子供のころ、
そんな疑問を持つことはなかった。
親から聞かされ
信じ切っていた。
 ゴロゴロと鳴り出せば、
何はさておいても
蚊帳の中に飛び込んだ。
稲光や雷鳴から
少しでも逃れようと、
布団を頭からかぶり、
ブルブル震えて耐えた。
耳をふさぎ目まで閉じて、
雷が過ぎ去るのを
蚊帳の中でひたすら待った。
時々、
母も蚊帳に潜り込んでいたから、
蚊帳の神通力は
信じられていたのだろう。
大人になったころ、
蚊帳はとんと見かけなくなった。
といって、
雷は昔と変わらず怖い存在だった。
雷鳴が轟くと、
慌ててブレーカーを落とし、
部屋のど真ん中で
見ざる聞かざるを決め込み、
雷が過ぎるのを待った。
誰かに教わったわけではないのに、
いつもそうした。
本当に効果があったのか、
未だに分からない。
最近は楽観的になった。
落雷は
自分には無関係だと思っていたら、
近くの工場へ落ちたのに驚いた。
やはり雷に油断は禁物らしい。
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