花がいっぱい。

どんな花も無心に
咲いているから素敵なんだって。
無心になんかなれないよ。
どれもこれも気になっちゃって

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Lost Memory Theatre

2014年08月24日 | 芝居
白井晃 アーティスティック・スーパーバイザー就任 第一作
『Lost Memory Theatre 』.
そこは記憶の流入する劇場。
失われた記憶が流入し、劇場は様々な記憶で満たされ、 やがて劇場自体がその記憶を帯電する。
原案・音楽:三宅純構成・演出:白井晃

出演:山本耕史、美波、森山開次、白井晃、江波杏子

ってことで今回「振付:森山開次」ってありましたので、見に行った作品です。
二回鑑賞予定で22日に第1回目をA席5,800円にて鑑賞。

世界で活躍する音楽家・三宅純が2013 年にリリースしたアルバム「Lost Memory Theatre」を舞台化
というだけあって、この作品は、音楽に印象が残るのですが、
舞台を巡った叙情詩のようで、それぞれ登場人物の記憶がクロスしてるのですが、
みているこちらも想像力も羽根ついてしまいまして
この舞台をみる前にみた映画「めぐり逢わせのお弁当」の
ダッパワラーの歌がBGMのように頭の中に響きまくりまして、
「めぐり逢わせのお弁当」の主人公二人のやり取りが頭の中によみがえってきてしまったんです。

「めぐり逢わせのお弁当」というのがここまで余韻を残すのか?

たぶん「Lost Memory Theatre」の音楽を描いている世界が、見ている私にとって身近でなく、
イマジネーションをところどころに必要とするわけですが、想像力がこの舞台に集中できなかったのです。
最後列サイドと座った席の場所もあ影響したのでしょうか。
二回目はもう少し前になる故、集中力が、作品に向くのでしょうか?
また音楽も耳に残るでしょうか?
今回は遠目で、みていた気がします。

また、休憩時間になんとホワイエに舞台に立たれた白井さんが、ソファーに腰掛けて、誰かとしゃべってる。
まあなんて舞台なの?っておしゃべりを終えて、話していたお相手が、山本さんだったってようやく
気がついた私。舞台に立たれていた山本さんが、わからなかったとは(苦笑)

不思議な空間でした。
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抜目のない未亡人

2014年08月08日 | 芝居
これもかいとこ(笑)
新国立劇場 中ホール シス・カンパニー公演 「抜目のない未亡人」
上演台本・演出:三谷幸喜 作:カルロ・ゴルドーニ
三谷幸喜さんとと大竹しのぶさんの演出家・女優として初顔合わせとなる舞台なんだとか。
原作はイタリアの喜劇作家、カルロ・ゴルドーニ(1707~93年)の戯曲で、18世紀ベネチアの風情を色濃く反映した作品だそうだが、三谷さんは時代設定を現代に変更して、大竹さんように原作とはせりふがまったくちがうものなんだそうな、
「せっかく二面性を上手に表現する大竹さんが主役なので、思いとは裏腹なせりふをできるだけたくさん盛り込みたいと思いました。書き流せなくて執筆に時間がかかりました」って三谷さんの言葉を見かけました。

休憩なしの1時間45分。
この作品の前に見た三谷演出作品「酒と涙とジキルとハイド」や昨年みた「ロスト・イン・ヨンカーズ」などのそれまでにみた作品に比べてな~んともあっけらか~んで終わったかんじ。
すごい面白い喜劇だったんですけどね。
大竹しのぶさんがすごい女優さんってわかるんですが、 
なんだろそれまでにあった三谷さんのお得意。さんざ笑わせるんだけど最後ほろっとさせる、そのほろっとさが、こなかったのは
大竹しのぶさんの早口にしゃべりまくる独特の演技なんだろうなあ・・っと。

出演者も面白い
大竹しのぶさんのほかに
岡本健一/木村佳乃/中川晃教/高橋克実/八嶋智人/峯村リエ/遠山俊也/春海四方/浅野和之/小野武彦/段田安則

浅野和之さんと岡本健一さんの出演がたのしみだったけれど、あのなつかしい「トリビアの泉」TVコンビとてもいいましょうか
八嶋智人さんと高橋克実さんが面白くってそこがメインになっていたかも。

ただ、おもしろかったけど、
再演があったらまたいくか?って問われたら、
「いかない。」って答えてしまう舞台でした。
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マホロバ

2014年08月07日 | 芝居
7月回顧

シアタークリエ
東宝 × 30-DELUXの「マホロバ」

過去、30-DELUXの「デスティニー」の舞台が気に入って今回東宝の舞台となるシアタークリエへ「マホロバ」を見に行った。
村井 良大と佐々木 喜英 の二人が、ポスターやチラシのメインを飾っているってことはこの二人が主演なのねって感じでしたが、
このお二人全く存じ上げず・・・
「30DELUX」旗揚げ当時の幻の名作が「マホロバ」の出演
村井良大 佐々木喜英
彩輝なお 彩乃かなみ
サントス・アンナ 岸祐二

森大 原扶貴子
田中精 我善導
天野博一 谷口敏也 川口莉奈
清水順二

大和田獏
佐藤アツヒロ

ってことでしたが数人を存じ上げるのみ。
舞台は、未だ「日本という国のかたち」 が出来る前、戦乱が続く古代ヤマト。マホロバ・・といえば、
私にとっては奈良をイメージするものの
「まほろば/麻本呂婆(マホロバ)」をしらべてみれば、「素晴らしい場所」或いは「住みやすい場所」と言う意味. ... 阿袁加岐 夜麻碁母禮流 夜麻登志宇流波斯」は、「大和(やまと)は国のまほろば たたなずく青垣 山隠(やまこも)れる 大和し麗(うるは)し」なんだとか。

そのマホロバを求める者たちの友情、の上にかぶさる自らの運命さだめ。さらに身内の陰謀がしのびよる。
そんなはなしに時折のおかしさを織り込んで、30DELUXといえばの立ち廻りを見せてくれる。チャンバラというか、剣術好きな少年たちがおおきくなって、実際にそれではきれないだろう?って思うけれど、見せる型がうまい。日本の刀だけでなく中国武術も取り入れて、迫力を見せる。
私は、そこだけでもいいや。ってくらい主役たちの殺陣シーンで満足するのだから、

ある種歌舞伎じゃないが、理屈がつながらないつっこみどころがあるのに見て満足できる舞台だったりする。
つながらない場面は、見てる側の想像力で勝手に補う。歌舞伎じゃないかな。落語かもしれないな。

すべてをかっちりしていない面白さ。好きです。
でも今回は「デスティニー」の時には、善悪をうまく演じていた佐藤アツヒロ。
今回は、敵役、悪の黒幕的な存在だけれど、まだまだその陰湿さがたりないかな。っと
彼の存在が大きいほど、面白い芝居になっていくように思えました
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夕 ーゆうー

2014年08月07日 | 芝居
いまさらなのだが、7月でかけたサンシャイン劇場を

「タクフェス」によるお祭りプロジェクトの第2弾という「夕ーゆうー」。
以前東京セレソンデラックスという劇団で上演された芝居で、これがきっかけで。東京セレソンデラックスの舞台を見るようになったんです。


時は、昭和。「笑っていいとも」のタモリが大好きというヤンキー長男のいる長崎にある海の家兼民宿「あいかわ」。
地元では、このヤンキー長男をはじめれん坊のヤンキー三兄弟は「長崎のキングギドラ」と異名をとり恐れられていた。
相川欣弥、元弥、 雅弥の3人。その「あいかわ」の隣りに住む幼なじみの女の子。三上 夕(ゆう)。
次男坊の元弥「もっちゃん」に恋心をずっと抱いていた・・・。しかし当のもっちゃんはそんな 夕の想いをよそに、夕の親友である薫に恋心を抱く。
そしてその夕の親友薫は、元弥の親友、塩谷に恋してて・・・。

ってのちに大人になるんだけれど、出演してる「もっちゃん」役の宅間孝行さん。1970年7月17日東京都出身という今、高校生姿なかなかだ(笑)
2003年が初演の作品。この「もっちゃん」役を宅間孝行が当初から努めているようだ。私がみたのは、再々演の2005年


舞台は、三兄弟やそれにかかわる友人達、それぞれが大人になっていく中で、夕は、もっちゃんに対する想いをなかなか言葉にできない。
でも夕には会社の上司、徳永からのアプローチがあたりして。  なにゃかんや、ほろずっぱいせつないお話なのです。

物語の最後にもっちゃんは夕の想いに気付くのだけど.......

見終わって、な~んてええはなしなんだろ。ってほろっとしたりして、

でもでもこれで終らなかかったこの舞台。幕がしまったそのあとに再度今度は踊ります。

面白かったですよ。最初から上演中、飲食禁止じゃないし、始まる前はサイン会や写真撮影会、
はじまってからも途中に舞台の写真をとっていいって撮影タイムまである!!

飲食禁止じゃないから、舞台をみながら食べていいってポップコーンやサンドイッチまでロビーで販売してたんです。
サービス精神旺盛です。
ある意味舞台に自信がなければ、そんなことできますまい。
みんなこっちをみてくれ~~~~!ってなるけど、そんなこと言わなくっても
客席は舞台に見入るもんですね。

舞台はサンシャインってこともあるのか、今回の出演者には久しぶりにみる内山理名さんとか、上原多香子さんとか
人気俳優さんもでておりましたが、客層メイン昭和世代。

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アルトナの幽閉者

2014年03月20日 | 芝居
この作品。『アルトナの幽閉者』戦争と責任をテーマに、
サルトルが描いた最後の創作劇

サルトルっていうとフランスの哲学者!むずかしい!!
苦手かも。という思いが私の中に強くありました。
でも実は,今回チケット購入時にはわすれてたんです(苦笑)
この作品が、サルトルの戯曲だってこと。
出演者&新国立劇場ってことで購入してしまったんです。
岡本健一、辻萬長それに美波かあ。。。値段も手頃、難しそうな題名だけどまあいいっか。
って。
最近疲れる、訴えかけるお芝居は、さけてるんですけど、見ちゃいました。
やはりこれは、語っていた舞台でした。
今月はこの後、世田谷で語る芝居を見たって私の中では思っています。

「第二次世界大戦後のドイツ、戦時中の心の傷から13年も、自宅に引きこもったままの主人公フランツを軸に、「戦争」と「責任」、さらには出口の見えない状況に「幽閉」された人々を描いています。」ってことなんですけどね。
それぞれの傷を描きながらも、「幽閉」のあとに解き放たれた世界が、「死」う~ん。辛いなあ。
主人公フランツの死によってそれぞれが解放される?
でも登場人物の中、役者さんの演じ方もあるのでしょうけれど、
その場とは違和感さえかんじるフランツの妹。
彼女だけは、幽閉のなかで自分を生かし、フランツの死によって自らの居場所を「幽閉」に導く。
この妹役・・近親相姦という役でもありながら知的障害といより発達障害 という役でもあるのでしょうか?
発生される声が、かなり甲高い声。声そのものがこの芝居に不釣り合いとすら思えてしまうのです。
そうじゃなければ、何でこの人だったの?と思えるキャスティングでした。

フランツは、現実に向かい合うことによって破壊されて行く人間。
現代社会にもいるのではないでしょうか?

わかるような、わからないような、結局そうはありたくないと思う私は、やっぱりだめだ~。サルトルって
芝居が、ぐいぐい問いかけてきたことに、来ないで!!って両手を出してしまいそうだったりするのです。

でもそう感じてしまったのは、岡本健一さんのフランツの魅力ですかねえ。

今回の舞台を見ていて、東宝のミュージカル「モンテクリスト伯」の起用はもったいなかったんじゃないかな?と
もっと伯爵に対し、敵意むき出し、さらには堕ちて行くプライドみたいなものだせたのに、そこまで必要とされてなかったよなあ。っと。

舞台役者がTVドラマで違和感。そんなかんじだったのかも。って。

翻訳:岩切 正一郎
演出:上村 聡史
出演:
岡本 健一(フランツ)  美 波(ヨハンナ)  横田 栄司(ヴェルナー)  吉本 菜穂子(レニ)  
北川 響(親衛隊員・ハインリッヒ)  西村 壮悟(クラーゲス中尉) 辻萬長(父) 


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神なき国の騎士―あるいは、何がドン・キホーテにそうさせたのか?

2014年03月12日 | 芝居
ブログまたまたお休み状態。
3月に半ば。
今日は、世田谷パブリックシアターにでかけました。
「神なき国の騎士―あるいは、何がドン・キホーテにそうさせたのか?」を観るために。
ドン・キホーテとあるのにチラシに登場していた「猿」「犬」「ネコ」「すずめ」奇怪でした。
そもそもチラシの雰囲気もかなり和風。ドンキホーテというものの桃太郎のようにも思えていたのですが・・・
和風というのは少なからずも当たっていたように思います。
登場人物ドン・キホーテが、桃太郎のように鬼退治にいくのではありませんでした。

「ドン・キホーテ」は騎士道物語の読み過ぎで現実と物語の区別がつかなくなって、お供にサンチョ・パンサをつれて 騎士として世の中の不正を正すために旅に出るのだけれど、とんでもない騒動をおこす・・・というスペインの作家ミゲル・デ・セルバンテスがかいた小説の主人公。
この話をもとにミュージカル「ラマンチャの男」が誕生したり。バレエの「ドン・キホーテ」があったり・・様々なアレンジがなされてますが・・

今回のこの舞台も「ドン・キホーテ」という正義感はあるものの現実と非現実の世界の区別がついていない主軸はそのままで、彼の存在している場所、空間が、
スペインから、時空を超えて・・・今の日本列島へ、そしてめぐり巡って最後は福島のとある街を想像させる場所へやってくる。
場所は、かわれど常に「ドン・キホーテ」の話の中で有名なシーン風車に突進する場面が、重なってもいる。

神がいる国とは?
神がいない国とは?

闇の世界と光の世界。この違いをうま~く仕上げています、
今回の舞台は
[作] 川村毅
[演出] 野村萬斎
[出演] 野村萬斎/馬渕英俚可/木村了/深谷美歩
     谷川昭一朗/村木仁/中村まこと
     [大駱駝艦]我妻恵美子/松田篤史/高桑晶子/塩谷智司
          奥山ばらば/鉾久奈緒美/小田直哉/齋門由奈

しかし・・見ていて「つらい」「苦手」。・・と思ってしまう。
目をそらしたいと思ってしまう。
現実がそこにあり、身につまされる・・・心に訴えてくるような仕上りです。

これは先日みた新国立の「アルトナの幽閉者」につづく重さ。
「アルトナの幽閉者」以上にそれが「今」であることが大きいのです。
とはいうものの

この舞台は、リアルさはまったく見せてはいません。あくまでもバーチャル、空想の世界です。
観る者のイマジネーションをぐいぐいかき立てます
ドンキホーテと一誌に想像の世界にいるんです。

その中で語るドン・キホーテを演じる野村萬斎さん、うまいです。このかたの独白は、どの舞台でも(狂言はのぞく)きかせます。
叫ぶのでなく、語り。滑舌がはっきりとし、響く声は狂言で鍛えたからなのでしょうか?

ラストも見ている方にお任せです。あなたは?
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ロスト・イン・ヨンカーズ

2013年12月17日 | 芝居
パルコ劇場40周年を記念して、三谷幸喜×ニール・サイモン
ってかかれていた『ロスト・イン・ヨンカーズ』(Lost in Yonkers)

気になっていたんですよね。
三谷幸喜っていえば日本のウェルメイドプレイの代表っていわれ
その三谷幸喜が、つくった劇団名「東京サンシャイン・ボーイズ」はニール・サイモンの代表作「サンシャイン・ボーイズ」に由来してるってことだし、
ウェルメイドプレイとして現代の劇作家っていうとニール・サイモンがあがるでしょう。
それをまさに「三谷幸喜×ニール・サイモン」って掲げた『ロスト・イン・ヨンカーズ』

ニール・サイモンの作品ってこれまでもみてますけど、かなり好きなんですよね。
三谷幸喜では、はじめて見ました。
ニール・サイモンっていうとなんとなく青井陽治さんの名前が頭に浮かぶ私ですが。

今回東京でなく神奈川芸術劇場でも上演があるってことで、こちらのチケットを購入しました。
神奈川芸術劇場舞台が、見やすい劇場でイスもパルコ劇場よりこっち!!というかんじで。


『ロスト・イン・ヨンカーズ』(Lost in Yonkers)は、1990年12月31日にウィンストン・セーラムの舞台芸術センターにて初演後、1991年2月21日よりブロードウェイに移り780回におよぶ上演が行われたそうです。ピューリッツァー賞やトニー賞を受賞した作品でもあるそうな。

今回上演台本・ 演出: 三谷幸喜
出演: 中谷美紀 松岡昌宏 小林隆 浅利陽介入江甚儀 長野里美 草笛光子

中谷美紀さんが演じるヒロインのベラ。見ていて初め野村萬斎が主演した「ベッジ・パードン」に出てきたヒロインベッジの深津絵里に似てるなあ。同じ三谷幸喜作・演出だったからなのかなあ?
と最初「ベッジ・パードン」も中谷美紀さんだったけか?って。
ちょっと高音をキツくして早口でしゃべるまくる。さらにちょっと知的障害がある。
でもそんな彼女達が物語のキーパーソン。「ベッジ・パードン」は、タイトル・ロールでもありましたけど。

そんな印象を受けながらも個々に登場してくる人物の面白さは、出演者の力量もあるのでしょうけれど
演出の巧さ!を感じました。

厳格で人を寄せ付けず、そして決して笑わない母ミセス・カーニッツ の草笛光子さんが、ほろり見せる姿は、それまでのおっかない婆様にジーンと気持ち持って行かれました。
そんな母親に育て立てられた兄弟たち。ひょうひょうとし、家族を愛する長男エディ。優しすぎて今は亡き妻の為に借金だらけ。彼は息子二人を祖母にあずけ借金返済のために出稼ぎにでる。
そんなエディに小林隆。その息子ジェイとアーティに浅利陽介と入江甚儀。
エディには弟がいてそれが松岡昌宏のルイ。
ルイは、優さを見せなくなったの母しか知らない。一人でもとにかく生きろ!!なにをしても生きろ!という教育のもと今では危ないことに手を染めて生活をしている。
そしてもう一人幼少時代に母に植えつけられたトラウマのせいで、喋っているうちに過呼吸になってしまう長女のガートを長野里美酸が演じていた。

それぞれが生きる為に一生懸命ではあるのだ。だだそこには、一般的な常識から見たら??ということでさえも。笑いがあって、涙さえもそそりそれが最後にジーンと心にくる家族の物語。
三谷幸喜×ニール・サイモンさすが感があった。

見てよかったな。って作品。

ちょっぴりばかり「ベッジ・パードン」に運びがにてるって改めておもちゃったんだけど。
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オペラ『ホフマン物語』

2013年12月16日 | 芝居
『ホフマン物語』フィリップ・アルローの演出による幻想的恋物語。
<ホフマンの舟歌>でお馴染のフランスで活躍したオッフェンバック唯一のオペラ作品
といわれても・・・・オッフェンバックにホフマンの舟歌???
わっからない~~~!!

オッフェンバックは、オペレッタ作曲家だそうで、
オペレッタとオペラってッ区別されるのですね。
オペラの中にオペレッタとよばれるものがあるのかと思っていた私。
今回初めて違うということを知った次第。

二期会のサイトで室田尚子さんが書かれていた文章のなかに、
「オペレッタのことを「オペラの堕落した、しかし魅力的な娘」とよんだのは19世紀フランスの作曲家サン=サーンスだが、確かに、オペレッタを観るのは楽しい。オペレッタのテーマはたいてい男女の恋愛で、浮気があったり、やきもちがあったり、純愛があったり、不倫があったり、でも最後はみんな丸くおさまってハッピー、めでたしめでたし。肩肘はらず、リラックスして楽しめるのがオペレッタのイイところ」ってあっったり、
オペラを紹介していたサイトには
「オペラはまず神話を題材にしたものからはじまったと言われています。そのため、真面目な題材を扱うオペラ・セリア(正歌劇)から始まりました。
オペラ・セリアの幕の間の息抜きとした幕間劇(まくあいげき)として、喜劇的な題材を用いた短い喜劇オペラ・ブッファが併演されるようになりました。
能でいえば狂言のようなものですね。
このオペラブッファが後にオペレッタとなりました。」

とあって、オペラとオペレッタは、違うのね。「能でいえば狂言のようなもの」ってなんだか変な監事の言い回しだなあと思いながらも、能と狂言の関係か。って解釈させていただきました。

そのオペレッタの作曲家が書いたオペラってことで、オペレッタ要素を含んだオペラらしいと判断。

『ホフマン物語』ストーリーは、詩人ホフマンの身の上に起こった失恋の話が次々と披露されるってことで、
演出したアルローにとって新国立劇場での第1作となった本作品では、ウィットとユーモアにあふれる衣裳や、黒い舞台空間に蛍光色を効果的に使って原作の幻想性を醸し出し、作品に一層の深みをもたらしています。って新国立の紹介文。

それらをなんとなく頭に入れて見た『ホフマン物語』

う~ん。「私はあまり好みじゃないな。」が一言感想です。
違う演出でもちょっと見てみたいかも。でした。

チラシに出ていたユニークでポップな衣装に惹かれて購入したチケットでしたが、
舞台全体の印象がごちゃごちゃしすぎて幻想性なのかも?と思えても、
舞台全体と人の動きが、ラッシュアワー状態??

舞台は、幾何学的な現代アートのようで、スタイリッシュなのですが、人がわんさかわんさか。
うっとうしいかんじすらしました。
その狭さでダンス要るか?ってことも。
加えて上演時間が予定より15分延びたってことでしたが、そのくらいテンポよくしてもいいんじゃない?って

視界からはいる画面なくして、出演者と演奏を聴いている方が、オペラを見てる!!という気分になっていた私です。

ホフマンのアルトゥーロ・チャコン=クルスさん
ニクラウスとミューズのアンジェラ・ブラウアーさん
オランピアの幸田浩子さん
の歌には魅力が一杯でした。演奏も聴き入りました。


今回、ふつふつとオペラの苦手意識。舞台を生で見なくてもいいか意識が湧いています。
ただしそれは古典を古典としてみせてるのでなく、演出家の意図ととして新しい風を入れようという気持ちがあってそこが合わないのかなあ?と思ったり。

奥の深そうな古典故もうすこしおつきあいしてみようかな?と思っていますけど。

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オペラ「フィデリオ」

2013年11月26日 | 芝居
日曜日24日
日生劇場にオペラ「フィデリオ」を見に息ました。
日生劇場開場50周年記念事業のメイン・イベントというオペラ「リア」と並んで講演された「フィデリオ」

日生劇場杮落しの際に、ベルリン・ドイツ・オペラ引っ越し公演によって上演されたのが、オペラ「フィデリオ」なんだそうです。
今回は
指揮 飯守 泰次郎
演出 三浦 安浩
でということでした。
「フィデリオ」は、ベートーヴェンが手掛けた唯一のオペラ作品ということを今回知りました。
そしてこの作品は、
日生のサイトに「音楽的にも素晴らしい作品ですが、娯楽的な意味合いが薄くなかなか人気上演演目というわけにはいかないようです。
しかし、「苦悩から勝利へ」というベートーヴェンが生涯追い求めたテーマが結実した傑作であり、だからこそ、日生劇場の杮落しにベルリン・ドイツ・オペラが選んだオペラとなったわけです。」っとあり、
見終わって、知ったのですが、1週間後の11月28日と30日に横浜音祭り2013クロージング企画として「フィデリオ」がコンサート形式て パーヴォ・ヤルヴィ指揮 ドイツ・ カンマーフィルハーモニー管弦楽団によって演奏されるとかって。
こけら落としやクロージング向きなのね。きっっとと思ったわけですが、
今回演奏は、よかったものの演出がいまいちのような。現代風にアレンジされていたものの、何かにおいて不必要だったのでは?っと思ってしまったのでした。

時は16世紀。舞台はスペインというのが、ベートーベンが選んだ舞台だったようですが、今回の舞台は21世紀ってところだったのでしょうか?
女性が男装して夫を閉じ込められた牢屋?から救い出す。という話ですが(これは短すぎな解説でしょうけれど)
男装した女性が再び女性にもどるのに、なんで服脱ぐの?ってどうせなら話の前後はあわないかもですが、1度舞台からはけたときにドレスやワンピースになればいいじゃない?
ってくらいに、なんでそうするかなあ?って思ったり、
救われた男性が、胸当てをあてるけどこれは騎士の防具である 胸当てなのかもですが、20世紀それはないよ。最初三角巾??って
ほかにもせっかくの作品なにか演出がうまく出演者とあっていないような、演奏者ともかな・・・っと

思っていたらオペラでブーイング??
奇妙な声が最後にあがっていました。

この日皇太子が見に来てましたけどねえ。

帰りに日生のこけら落とし公演時の「フィデリオ」の写真が掲載されていたパンフが展示されていましたが、このままでもよかったんじゃない?って思わず。

古典を新しいイメージで作り上げるという熱意はわかりますが、それがいい方ではなく、あえてしなくてよかったんじゃないの?リメイクの失敗じゃないの?
ってビギナーながら首を傾げてしまいました。
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さらば八月の大地

2013年11月23日 | 芝居
新橋演舞場 『さらば八月の大地』
そんなに期待していた舞台ではありませんでした。
演出:山田洋次 中村勘九郎が主演ってことでしたが、今ひとつチケットも売れていないし・・って
思いつつでもなんとなく気になって3階席を購入し行ってきました。

これが期待していなかったこともあるいのかもしれませんが、すごっくよかったんです。
最近になく激動でありながらも、その激動の大きな渦の中で生きていた人たちが、映画のように一人一人にスポットが当たったようであり、
主役は中村勘九郎演じた張凌風なのでしょうけれと、彼の周りの人たちすべてが印象にのこりました。

そしてこの舞台は、役者一人一人の個性も魅力を引き出すように当てられる照明があり、舞台となる満州映画協会(満映)撮影所にあてる細かな照明、さらにその撮影所や人を照らしているであろう太陽、昇る朝日だったり、沈む夕日だったり、日の落ちた夜であったり、町のなかの明かりが映画の一場面のようであり、山田洋次監督の映画作品が舞台に現れてきたかのよう。

芝居は、日本の敗戦により満州映画協会(満映)撮影所も、終わりをむかえそこで働いていた青年達も解散。別れを告げるものの張凌風は、また新たな明日にむかってカメラをとると、舞台結末がなにせいい
って、最初に結末をいうのもなんですが、中国に日本がつくった満州という国。そこにできた満州映画協会撮影所がこの舞台。
数多くの映画をつくっていたものの、時とともに、衰退してきていた終戦の前年。
そこに助監督として働く張凌風(勘九郎)。撮影現場にやってきた撮影助手の池田五郎(今井翼)の態度に、早々ぶつかる張凌風。
一方彼の彼女(?)陳美雨(檀れい)をヒロインにして映画をとる日本人監督もかなりの横暴ぶり。
満州人のための映画をつくるといって作っていた作品を監督の感覚でどんどん脚本を作り直してしまう。そのため脚本家である王国慶(田中壮太郎)とぶつかる。
日本人と中国人の感覚の違いからぶつかることもあるのだけれど、それ以上に日本人と中国人との差別は、大きかった。
だかそれでも映画を作りたい一心で働く張凌風は、ぶつかる日本人監督と中国人脚本家の間をとりもつ
最初は気の合わなかった張凌風と池田五郎も、映画を通していつしかそれぞれの気持ちがわかっていく。
一方、李香蘭のようなスターになりたい陳美雨の気持ちは、張凌風から離れていく。

映画作りの仕事が進む中、不吉な戦争の行方。
日本軍の敗戦。満州を捨てていく日本政府。
満映で働いていた者それぞれ不安を抱え、結婚し、そこに残る者もいるものの、日本に帰る者あれば、そこをはなれる中国人も。
撮影所にのこる張凌風と日本に帰る池田五郎。
さらば満州映画協会撮影所!
それを池田五郎、「さらば八月の大地」と。

涙を誘うドラマながら、最後、再び日の昇る大地にむけてガメラをまわす張凌風。

派手さはまったくありません。刺激もけっしてありません。
じわじわくる舞台です。

ジャニーズで踊りが上手という今井翼さんですが、俳優今井翼!!渋いいい役。
歌舞伎役者というより、小劇団でいい味だしているかのような勘九郎さん。
田中壮太郎さんも・・・。
さらに渋さでさすが大御所木場勝己さん・・・そのほか、みなさんとにかくいいです。

脚本もいいんだろうなあ・・と。

戦後の日本。悲しい世界があったものの今にないエネルギーが人間を輝かせていたような。
人と人とが、悲しんだり、ぶつかったり、喜びあったり、ドラマの魅力感じさせていただきました。

じわっとしながら、劇場をでて行きによったスタバでかえりにオカワリすると店員さんから、
「(演舞場)帰りですか?」って声をかけられ、思わず感想を述べていた私です。
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