2022年7月14日、お参りしました。天台宗の寺院で山号を竹林山と号す。
パンフレットより「はるかなるインドより万里の波涛を越えて渡来した法道仙人(大化年間、孝徳天皇の御代)は、七尾七谷の此の山に七堂伽藍を建て、寺運日増に栄え、僧坊70余の一山地となりましたが永保年間に出火し、堂塔すべて灰燼に帰しました。その後、泉州槙尾山の浄意上人が本堂および末社を建てましたが、1575(天正3)年10月3日、戦国動乱の兵火により、全山ことごとく炎上し、のち当山の智光法印が再建に着手しましたが、工半ばにして遷化し、爾来、寺運なく、荒れるにまかせ、1697(元禄10)年ようやく良海法印が本堂を修造し、寺坊七舎のうち、慈眼、松林、普賢、蓬莱、宝樹の五ケ院とし、寺運更に沈み遂に慈眼院のみとなり、明治に入っても尚風雪つよく、うらぶれの明け暮れでありましたが、霜をふんで山林経営に粉骨し、入りては法灯を高くかかげて諸堂宇修復に砕身し、寺運、日を重ねてよみがえり、今日に至りました。山気清く澄んで深く、千古の老杉は亭々として磴を覆ひ、梢をわたる風邪は野鳥の声をはこび、木漏れ日に映える青葉、若葉、蝉しぐれ、虫の宴、栗鼠に揺らぐ紅葉、冬ざれの石仏等四季の情趣に恵まれております。」
毎年2月11日午後2時執行の「鬼こそ」(追儺式)は、法道仙人に従う四鬼が、その徳に感化され、五穀豊穣を祈って本堂をめぐる。
兵庫県丹波市山南町谷川2630
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鬼こその寺
「常勝寺では、毎年『鬼こそ』が行われる。五穀豊穣、無病息災を祈願する会式で、おにうち(鬼打)ついな(追儺)おにやらい(鬼遣)など様々呼称があるが、当寺では『鬼こそ』と称している。太鼓、ほら貝、鐃、鈸などの仏具を打ち鳴らすことから『鼓騒』(戦場で太鼓を打ち鳴らし鬨の声をあげて騒ぐこと)が訛ったものではないか。鬼追い会式は播磨地方に多く見られるが、丹波地方には当寺にしか伝承しておらず、他に比べて鬼面の大きいのも特色である。」
仁王門
参道、360段を登ります。
由緒書
参道
塔頭寺院
手水鉢
本堂
薬師堂
宝篋印塔
石碑
弁財天
鐘楼堂
パンフレットより「はるかなるインドより万里の波涛を越えて渡来した法道仙人(大化年間、孝徳天皇の御代)は、七尾七谷の此の山に七堂伽藍を建て、寺運日増に栄え、僧坊70余の一山地となりましたが永保年間に出火し、堂塔すべて灰燼に帰しました。その後、泉州槙尾山の浄意上人が本堂および末社を建てましたが、1575(天正3)年10月3日、戦国動乱の兵火により、全山ことごとく炎上し、のち当山の智光法印が再建に着手しましたが、工半ばにして遷化し、爾来、寺運なく、荒れるにまかせ、1697(元禄10)年ようやく良海法印が本堂を修造し、寺坊七舎のうち、慈眼、松林、普賢、蓬莱、宝樹の五ケ院とし、寺運更に沈み遂に慈眼院のみとなり、明治に入っても尚風雪つよく、うらぶれの明け暮れでありましたが、霜をふんで山林経営に粉骨し、入りては法灯を高くかかげて諸堂宇修復に砕身し、寺運、日を重ねてよみがえり、今日に至りました。山気清く澄んで深く、千古の老杉は亭々として磴を覆ひ、梢をわたる風邪は野鳥の声をはこび、木漏れ日に映える青葉、若葉、蝉しぐれ、虫の宴、栗鼠に揺らぐ紅葉、冬ざれの石仏等四季の情趣に恵まれております。」
毎年2月11日午後2時執行の「鬼こそ」(追儺式)は、法道仙人に従う四鬼が、その徳に感化され、五穀豊穣を祈って本堂をめぐる。
兵庫県丹波市山南町谷川2630
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鬼こその寺
「常勝寺では、毎年『鬼こそ』が行われる。五穀豊穣、無病息災を祈願する会式で、おにうち(鬼打)ついな(追儺)おにやらい(鬼遣)など様々呼称があるが、当寺では『鬼こそ』と称している。太鼓、ほら貝、鐃、鈸などの仏具を打ち鳴らすことから『鼓騒』(戦場で太鼓を打ち鳴らし鬨の声をあげて騒ぐこと)が訛ったものではないか。鬼追い会式は播磨地方に多く見られるが、丹波地方には当寺にしか伝承しておらず、他に比べて鬼面の大きいのも特色である。」
仁王門
参道、360段を登ります。
由緒書
参道
塔頭寺院
手水鉢
本堂
薬師堂
宝篋印塔
石碑
弁財天
鐘楼堂
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