須磨観光ハウス~花月と猫の物語

1937年(昭和12年)に神戸市迎賓館として誕生した須磨観光ハウス「花月」と猫ちゃんたちを応援するブログです。

優しい「うし兄ちゃん」~離れていても大好き!

2021-01-26 07:06:48 | 猫の物語
せっかくですから、前回ラビに追われた「うし」の話をしましょう。

「うし兄ちゃん」・・・敬愛をもってそう呼ばせていただきます。「うし」にはコハルやチビ(うしの妹シマ子の子供)のように、のびのびとした少年時代はありませんでした。母親ジジはすぐ弟と妹を産んだので、人間に例えれば「うし」はアダルト・チルドレンだったのではないかと思います。



今は西エリアに住む、弟妹のニャン太・ニャン吉・シマ子の「3縞」と東エリアのクマちゃんを育てたのは「うし」なのです。崖の登り方を教えたり、寄り添って温めたり、兄ちゃんなのにお乳を吸わせたり・・・うしは少年期に、ずっと北側バックヤードにいて、一生懸命子守をしながら成長し、そして巣立っていきました。実はこの「うし」との出会いによって、私は花月猫ちゃん達のファンになりました。

マネちゃんも私も、そんな優しい「うし」が大好きです。だから愛情の証拠に「うし」は首輪をしています。花月猫ちゃん達の中で首輪をしているのは、女帝ビビと優しい兄ちゃん「うし」だけです。

母に替わって忙しかったせいか、父の性格を受け継いだせいか、「うし」はあまり社交的ではなく、今はオス猫として単独行動をしています。ニャン太・ニャン吉は今、西エリアにいますのが、「うし騒動」の時、本当はどちらを応援していたのか?「3縞」の心中は定かではありません。ラビと「うし」は仲が悪いそうです。う~ん、私もどちらの肩を持ったらいいのか、選べません・・・。

「うし」が巣立つころ、マネちゃんはとても悩んでいました。あんなに優しくて思いやりのある「うし」を、危険な野山に放り出していいものかと、「うし」が辛くて危険な目にあったら可哀想だと・・・私に貰ってもらえないかと相談されたこともあります。しかし巣立とうとしているオスの成猫、室内飼いにはもはや手遅れだと思いました。「うし」にはオス猫としてニャン生を送ってほしいと思っています。

おじいちゃんになった「うし」が家に入れるようになったとしたら、その時に考えますね。今では「うし」は全く人のところへ寄り付きません。呼べば用心して逃げてしまいます。とてもとても切なく悲しいのですが、これから数年は「うし兄」がオス猫として成功し、幸せになるのを遠くから祈り、見守るしかないようです。うし・・・いつも大好きだよ!



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