青木遺跡の青木4号墓です。四隅突出型墳丘墓です。この墳丘墓は約2000年前の弥生時代中期後葉のもので、四隅突出型墳丘墓の出現期に作られたものです。従来、この墳丘墓は広島県北部の三次盆地付近で生まれ、次第に山陰海岸部へと伝播したといわれていたようですが、この遺跡により出現当初から出雲平野に存在したことがわかりました。
現在この墳丘墓は埋め戻されており、写真に見えるのはレプリカです。
これは南西方向への突出部です(たぶん)。妻木晩田遺跡や西谷墳墓群をごらんになった方であればわかると思いますが、突出部が袋状になっておらず、列石が一列だけ飛び出したような形をしています。この青木4号墳の時代を経て西谷墳墓群のように巨大化していくのでしょうね。
青木遺跡は弥生時代から平安時代までの遺跡で、青木4号墳の近くに奈良時代の水場遺構があり、これも再現されています。泉の周りを木枠で囲ってあり、近くの柳の根本跡に須恵器が残っていました。何らかの祭祀が行われていたようです。