8月25日土曜日に中野にある、なかのZERO小ホールでドキュメンタリー映画-在日朝鮮人『慰安婦』宋神道のたたかい-〈オレの心は負けてない〉が上映されました。私もその日行ったのですが、私の想像とは裏腹に会場には大勢の人が訪れていて、驚かされました。しかも若者が大勢いました。本気で人を集めようと思えば集められるのだなあと思い、この先活動をしていく上での一筋の可能性を感じることが出来ました。上映会場では、チャンさん姉弟や梁さんが若者を対象として、会場をまわりながらハイナンNETの宣伝活動を行っていました。チャンさん達の熱心な姿を見て、私も初挑戦しましたがどうもうまく出来ず、梁さんの助けをかりる事になってしまいました…。修行が足りませんね…。あのような機会を逃さず宣伝活動を行いネットワークを広げてゆく地道な活動が大切だと思います。
さて、映画の感想ですが、非常にいい映画でした。
この映画は在日の「慰安婦」被害者として唯一の裁判原告・宋神道さんのたたかいを記録したものです。
支える会の方々が宋さんと出会うところから始まり、闘争の中で対話し、信頼関係を築き上げてゆく。もちろん彼らの間には民族や世代、記憶や体験という超えられない断絶はあります。
そして宋さんは肉体的、心理的苦痛とたたかいながら、証言者として裁判訴訟や、講演会、街頭での抗議行動といった闘争を主体的に行ってゆきます。
この映画を見て私は多くのことを感じました。ただ書ききれないので二つだけ感じたことを述べさせてもらいます。
一つは自分の認識の浅はかさに気づかされました。
宋さんの、快活さ、力強さ、人々を引きつける魅力、主体的に闘争を行ってゆく姿を見て、驚かされました。というのは彼ら(彼女ら)のような悲惨な体験をした(している)人々に対する私の持つ「イメージ」と、宋さんの姿があまりにもかけ離れていたからです。私は元「慰安婦」の女性達のことを、無意識のうちに「被害者」化しているという事に気づきました。元「慰安婦」の女性達をステレオタイプ化した「被害者」という枠にすっぽりとはめ込んでいたのです。そうした暴力的な認識から、彼らの多様なあり方を認めず、「かわいそう」とか「助ける」という考え方が生まれ、彼らの主体性を奪っているんだなと思いました。
もちろん宋さんの陽気な笑顔の裏には、戦前、戦後と続く、暴力に曝された記憶と現在まで続く苦悩があり、凄まじい心の葛藤の中で証言をしているという事を忘れてはいけません。宋さんが明るさを失わずに生きてきたのも、そのような困難な境遇で生きてきたが故だからかもしれません(これも決めつけるべきではないのですが)。
二つめは、宋さんが「裁判なんてやってもどうしようもないからもうやめよう」といった事についてです。深く考えさせられました。重要な問いだと思います。彼らは証言することで解放されているという側面もあるかもしれないけれど、新たな苦痛ともたたかっています。私はハイナンNETで活動をし、証言を支える立場にありながら、彼らに応えるだけの覚悟でやっているのか、と、考えさせられました。ただこの問いを考えるということは、決して「国民基金」を支持するための論拠として考えるのではなく、むしろ反対に、批判するためにも、この問いを私達は考える必要があると思います。
まだまだ言いたい事はたくさんありますが、簡単にこのくらいでとどめさせていただきます。
さて、映画の感想ですが、非常にいい映画でした。
この映画は在日の「慰安婦」被害者として唯一の裁判原告・宋神道さんのたたかいを記録したものです。
支える会の方々が宋さんと出会うところから始まり、闘争の中で対話し、信頼関係を築き上げてゆく。もちろん彼らの間には民族や世代、記憶や体験という超えられない断絶はあります。
そして宋さんは肉体的、心理的苦痛とたたかいながら、証言者として裁判訴訟や、講演会、街頭での抗議行動といった闘争を主体的に行ってゆきます。
この映画を見て私は多くのことを感じました。ただ書ききれないので二つだけ感じたことを述べさせてもらいます。
一つは自分の認識の浅はかさに気づかされました。
宋さんの、快活さ、力強さ、人々を引きつける魅力、主体的に闘争を行ってゆく姿を見て、驚かされました。というのは彼ら(彼女ら)のような悲惨な体験をした(している)人々に対する私の持つ「イメージ」と、宋さんの姿があまりにもかけ離れていたからです。私は元「慰安婦」の女性達のことを、無意識のうちに「被害者」化しているという事に気づきました。元「慰安婦」の女性達をステレオタイプ化した「被害者」という枠にすっぽりとはめ込んでいたのです。そうした暴力的な認識から、彼らの多様なあり方を認めず、「かわいそう」とか「助ける」という考え方が生まれ、彼らの主体性を奪っているんだなと思いました。
もちろん宋さんの陽気な笑顔の裏には、戦前、戦後と続く、暴力に曝された記憶と現在まで続く苦悩があり、凄まじい心の葛藤の中で証言をしているという事を忘れてはいけません。宋さんが明るさを失わずに生きてきたのも、そのような困難な境遇で生きてきたが故だからかもしれません(これも決めつけるべきではないのですが)。
二つめは、宋さんが「裁判なんてやってもどうしようもないからもうやめよう」といった事についてです。深く考えさせられました。重要な問いだと思います。彼らは証言することで解放されているという側面もあるかもしれないけれど、新たな苦痛ともたたかっています。私はハイナンNETで活動をし、証言を支える立場にありながら、彼らに応えるだけの覚悟でやっているのか、と、考えさせられました。ただこの問いを考えるということは、決して「国民基金」を支持するための論拠として考えるのではなく、むしろ反対に、批判するためにも、この問いを私達は考える必要があると思います。
まだまだ言いたい事はたくさんありますが、簡単にこのくらいでとどめさせていただきます。
あの映画面白かったですねえ、私は別に運動とかしてなくてたまたま知ったので、まあ見てみるか、という感じだったのですが、見て損しませんでしたよ。マジ面白い!宋神道さんは単に明るいだけではないですね、突っ込みが凄い、彼女は本音で喋っていてそれが、面倒くさい裁判よりずっと面白いし、ああ慰安婦のおばあさんてこんなに「人間らしい存在」なのか、って判りましたね。
ともかくこういうドキュメンタリーで見て損しない映画としてもチョー珍しい映画で、私の2007年マイベスト映画に決定です。