ハイクノミライ

ハイクノミライ

24日はもちろんクリスマスイヴです。

2007-12-30 22:46:38 | よしなし事
24日は振り替え休日だと現実逃避に走る向きが一部にあったようだが、もちろんクリスマスイヴです。僕は現実を受け入れて、むしろ悠々と六本木の木枯らしを浴びてきた。 小学生の学芸会の直前、担任の今井先生にかけられた「お客さんはワカメと思いなさい」という言葉が、こんなに後になって役に立つとは。 つれづれなるままに某さわDさんに電話をしてみると、さわDさんは家族の分だけの3つのショートケーキを買って帰る . . . 本文を読む

幸せについて

2007-12-30 22:00:28 | よしなし事
昨日は父の3回忌だった。 家に戻ってきて、家族4人でぼーっとお茶を飲んでいるときに、一番下の弟が1本のビデオを取り出してきた。父と母の結婚式のビデオ。この空気を読まない感じが何とも僕の弟らしいのだけれど、そういうことはともかく、そのビデオを観る流れになった。 今はよぼよぼの祖父がしゃきっとしてたり、今はふっくらしているおばさんがスリムだったり、いろいろ笑いどころは多かったのだけれど、披露宴でひ . . . 本文を読む

法政オールナイト句会

2007-12-18 01:27:35 | よしなし事
先週の土曜、法政オールナイト句会に飛び入りで参加させてもらった。 幹事はTHCでもおなじみ、小林鮎美嬢。 てっきり鮎美さま+ラブリーきのこの他に数人かなと思いきや、現地に着いてみると10人ほどの大所帯。 最近俳句を始めたばかりの人もいるようで、うち2人は鮎美さまが当日に隣の部室の人たちをスカウトしてきた模様。すげえ行動力。 ひよってしまい、終電で帰宅。途中までしか参加できず無念。次回はちゃん . . . 本文を読む

西東三鬼スタディーズ(5)「新俳話会」のころ。

2007-12-17 23:52:21 | 新興俳句スタディーズ
昭和九年の十月のある朝、私は勤先の外神田の病院に行くために、秋葉原の高架駅をあるいていた。歩廊の窓からは北は上野、本郷が見え、南は日本橋、京橋の家々がみえた。いつも見馴れた俯瞰風景であるが、私は明けても暮れても、新しい俳句とそれを作る人々の事ばかり考えていたので、屋根屋根をつらねたその朝の大都市を眺めた時、同じ東京の屋根の下に住みながら、そして同じ革新的志向を俳句に持ちながら、お互いに名前と作品を . . . 本文を読む

僕が愛する俳句たち(28)疾風来て畦に倒るる春の鶏

2007-12-16 22:16:52 | 僕が愛する俳句たち
  疾風来て畦に倒るる春の鶏  水原秋桜子 『帰心』 秋桜子は、本当はあまり好きじゃない。 4Sというくくりで言えば、最初は半分以上の人間が誓子にかぶれるんじゃないかなという感じがしてるんですけど(当社調べ)、僕個人としては、ここ1年青畝がすごくキテます。 秋桜子はどうだろう。『葛飾』も読んでは見たけれど、これを初めて読んで「面白い」と思っちゃうのって、どうなんだろう・・・ 掲出句。 . . . 本文を読む

西東三鬼スタディーズ(4)「走馬燈」のころ。

2007-12-16 12:00:03 | 新興俳句スタディーズ
「走馬燈」は、昭和八年、清水昇子(現在天狼、青玄同人)のポケットマネーで創刊され、幡谷東吾(梢閑居)が編集にあたった。同人は十名程、十六頁の薄い俳誌、雑詠は草城選であったが、運営、研究などの点で、同人誌というべき性格を持っていた。 「走馬燈」の表紙の題字は誓子揮毫であった。それは誌名の「走馬燈」が、当時、幡谷らが私淑した誓子の第一句集の中の、連作の題名によったからである。 「走馬燈」の雑詠選者は、 . . . 本文を読む

西東三鬼スタディーズ(3)三鬼、運座初体験。

2007-12-15 23:31:13 | 新興俳句スタディーズ
その頃、東京の街々の貸席には、毎晩のように、何々吟社の運座が催されていた。現在の句会とちがって、そこに集る人達は、特定の俳誌に属しているわけではなく、ただ運座で高点をとって、賞品をせしめるのが目的であった。私の運座の経験は、一、二度にすぎないが、ある時の最高点の賞品は、炭俵が出されていた。それを貰った人がどんな方法で家まで持って帰るのか、私は不思議でならなかった(『俳愚伝』) 三鬼 それで当日 . . . 本文を読む

僕が愛する俳句たち(27)寒鴉己が影の上におりたちぬ

2007-12-12 01:40:46 | 僕が愛する俳句たち
  寒鴉己(し)が影の上におりたちぬ  芝不器男 『定本芝不器男句集』 同じく「影」という言葉を用いた句に、虚子の   箒木に影といふものありにけり があるけれど、個人的には不器男の句の方に共感を覚える。 虚子の句は、影の発見を作品の前面に押し出したことで、やや饒舌の嫌いがあるように僕には思える。 また、虚子句には真理がある。不器男句には真理がない。いや、もっと正確に言えば、不器男句 . . . 本文を読む

西東三鬼スタディーズ(2)三鬼翁、己が名の由来について曰く、

2007-12-11 03:40:30 | 新興俳句スタディーズ
三鬼 そうかな。同じ事かな。まあいいや。小生、俳句に沈没するに至った、そもそもを一席やりましょう。あの神田の病院にね、四人でいつも通って来る下町の道楽息子がいたんだ。それが揃いも揃って慢性のトリッペルでね、当時、あの病気の治療は何ヶ月もかかった。そのうち外科の医者と友達になっちまったんだ。ところがその外科が、少年時代の投書家でね。その道楽息子共と俳句のプリントを作り出したんだ。小さな病院だから、僕 . . . 本文を読む

西東三鬼スタディーズ(1)たとえば、健吉が三鬼を語るとき。

2007-12-09 23:13:44 | 新興俳句スタディーズ
西東三鬼は、もつとも特異な經歴を負つた俳人の一人であります。三鬼の俳句の特異性は、一つには、彼が中年に至つて俳句をはじめたことから來てゐるようです。彼の俳句には、はじめから春性がありません。誓子や草田男や草城より一つ年長ですが、彼が俳句を作り出したのは、昭和六年、數へ年三十二になつてからです。その前は、大正十四年から昭和四年まで、シンガポールで齒科醫を開業してゐました。そのまま順調に進んでゐたら . . . 本文を読む