はぐれの雑記帳

極めて個人的な日めくり雑記帳・ボケ防止用ブログです

歌集 色褪せた自画像 第3章 遠く離れて(2)

2016年05月22日 | 短歌
願 い  92.4


0415 生きる命が限られて生きる時代が限られる あした天気になあれ

0416 小鳥が朝軒下に来て私に囁く いま流行りの言葉は過労死ですと      

0417 幸せの方程式の解をもとめるときに関数「心」の数値が決められぬ

0418 心の貧しい人と出会った、とても良い服を着て 偉そうに威張っている

0419 胃袋がひっくり返るほどの咳をして僕は死ぬ存在だと知らされる





0420 威張ることに慣れた人を見ていると窓の外の緑の美しさに気づく

0421 緑がとても濃い影をつくりだして、森に迷いこんだような深い溜息をつく

0422 また朝がきた、深呼吸一つしてこの朝のはじまりを吸いこんでいく

0423 猫の透明な目はときにくるくると変わり、私はまた騙されている











願 い 2  92.4


0424 結核はむかしの病だというのに、ずっと胸を患ってコンコンと咳をする

0425 短い一行の歌が私の生きていることをきっと証明するにちがいない

0426 透明になるのは自分の心だと願いながら鏡を磨く

0427 コートを脱ぎなさい、やわらかな陽があなたの背にふりそそいでいるではないか




0428 真っ黒な画布にぽつりぽつりと灯がともる幸せ不幸せ背中あわせの夜更である

0429 いまだ寝静まれる朝、ラジオが突然に「至る処に青山あり」と話し始める

0430 あるがまま受け入れて肩の力を抜くさ 逆転のタッチダウンならず

0431 十月の終わり何回かの結婚記念日 いずれの死までずっと記念日







宴の後に
  92.3「芸術と自由」163


0432 積み上げた積み木を崩す一言があり崩れた後のしずけさとむきあう   

0433 空腹となってめざめる朝に ささやかな義にすらも飢えていることを知る

0434 ゆっくりと驢馬が歩む 義に生きたいと思いながら そのあとを離れて歩く

0435 あなたこそイスカリオテのユダではないか 手にした銀貨はどこですか

0436 その夜はなお眠れぬままに過ごしたに違いない 晩餐の後のユダの行方は




0437 誰にしたがうべきなのか あけきれぬ朝にうつむいて歩むユダの後姿は

0438 誰も咎めることはできまい ユダにも理由はあるのだと柚子をしぼる

0449 ゆっくりと背をむけると 春の雨のなかにひとすじの道がつづいていた

0450 秋雨が顔をうつ うつつにも冷やされていく人間関係







遠く離れて  
92.3 92年新短歌連盟「アンソロジー」


0451 生け垣の間から ぬーと現れた老いた猫がじっと人間の顔を吟味して立ち去る

0452 路地裏の壊れかけの街灯が照らし出す世間はぼんやりとうす暗い

0453 薄ら寒い風が吹き 弱い者を叩いて生きるが勝ちと猫が尾を立てる

0454 心を弄ぶやつがいる、おとなしく眠りにつこう、憤る冬の風音を聞きながら 

0455 青い鳥がちりぢりに去ってゆく瞬間に弱々しくいっぽんの葦は起立する




0456 じっと耐えて 時を待つしかないと流氷に閉じ込められた海が呟く

0457 真実を言ってはいけないと猫が睨むのでますます道に迷いそうです

0458 嘆くことも叫ぶこともない、ただ白い流氷の風景に溶けこむ

0459 流氷に埋めつくされた風景のなかで 僕の存在は黒い点にすぎない

0460 信じることができない人の世がある時 流氷の海は暖かいのではないか

0461 深い雪の中の踏み跡を辿りながらとおい雪解の春を慕います

0462 小さい花は小さいなりに咲くだろう春の雨が鬱とうしいと嘆くこともあるまい

0463 光りがあればその光りのなかを歩きたいと重い扉を押し開ける


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