はぐれの雑記帳

極めて個人的な日めくり雑記帳・ボケ防止用ブログです

歌集 色褪せた自画像 第1章 夢がさめてから(5)

2016年05月11日 | 短歌

鎮魂歌  90.12


            昭和六十四年天皇崩御し、新たなる年号平成に変わる。昭和の時代、天皇の命により、
            支那大陸の侵略戦争に戦車部隊にて戦地に赴き、勇敢なる働きをなしたる軍司軍曹は、 我が父にして、
            名も無き庶民の一人なり。青春を軍隊に捧げ、戦後の激動の時代を悲しくも不器用に生きた多くの人々に捧げ祭る。
            我が父軍司昇歳七十九、天皇に殉死するごとく一月十八日この世を去る。

0137 宗祖闇に奉じ船漕ぎいでる時喇叭手は「海ゆかば」吹く
            
0138 天地裂く稲妻走れる今宵イエスの死を嘆くとき

0139 軍神にならざる火夫生き延びて無言のままに死にゆく

0140 寡黙にして温かい肉體屍となって悲しみの底にある父性

0141 万人の歌声をもって天国に響け鎮魂歌農夫のために

0142 麗しき聖母マリアの臨終を聖書語らず我も知らず

0143 鎮魂の鐘よ響け天空に水底に過ぎし世に未来にも

0144 いずれくる私のときのため、悲しみ深い人のためのレクイエム
   





地 球(テラ) 90.6-11『芸術と自由』160




0145 みどりの地球をいとしむ者は幸いだ、地球消滅のときに立ち合うことがない

0146 地球ではまだ貧困が支配する2001年宇宙船「ハル」は発てない

0147 地平線の上に赤い目玉がしっかりとこの地球睨みつけている

0148 地球が浮かぶ銀河が浮かぶ宇宙を創った手の大きさを考えている

0149 地球一ミリ一ミリ軌道をズレて季節はずれに台風の襲来 







うすれゆく愛の  91.1-11『芸術と自由』157

                 何をもって幸せというのか、人ひとり愛しきれずにさ迷える時代、
                 信じきれるものの失われた時代だからこそ、「愛」とは、愛に生きるとは何かを問いたい。


0150 ブラックホール白鳥座X‐1地球一つ投げ入れて愛について語ろう

0151 大理石に刻まれた乳房の重みにざわめき立つ一片の思念

0152 マリア微笑みみどり児を抱く父を知らない子のまた生まれきて

0153 月光静かに語りかけて黒鍵に踊る白い指への恋心

0154 のびやかに肌露出して颯爽と夏季繁殖成虫類が街を行く

0155 愛するための隣人をさがせば視線そらしたままの神の教え

0156 ミニスカート大和撫子科生物の形態進化を論じる夏

0157 帝国一つ滅ぼして満員電車に座る聖処女のあかいくちびる

0158 姦淫犯さざる聖処女マリア皿一杯にニコチンの毒を盛る

0159 皿に盛られた果実みずみずしく手のひらに触れる二十歳の乳房

0160 小雪ふる朝のホームに肩すぼめ立つ素足のままの不良少女A

0161 その微笑みの誘惑絶ちがたい日の夕にひときわ大きな鴉が飛ぶ

0162 夕暮は世界の果てに地の果てに愛薄れてゆく風がふく







疑 惑  90.6-7
               

               人を信じることはむずかしく、裏切ることはたやすい、
               憎しみはひそかに芽生える。男と女はなおさらのこと。


0163 残り雪陽のかげる坂に凍てついて女の口紅濃いと思える

0164 突然の雪の重みに耐えていて折られるほどに枝はしなだれている

0165 りんご剥きおえたナイフ、その刃 女にむけて置かれている

0166 ひとつかみほどの愛を確かめる術もなく老衰のこおろぎ

0167 疎ましい夢と思える長い夜背をむけて女ひとり傍らにいる

0168 すこしづつ歪んでゆく心の軌跡ころがり落ちた柘榴が血を流す

0169 こみあげる怒り地下水脈を走り美しき殺意という言葉を愛す

0170 ひたひたと湧きくる憎しみひっそりと刃を研ぐ泉のほとり

0171 ひたすらに凍てつかせた憎しみあなたの死でも溶けることがない






変  身  91.8/92.1

               次女あずさ、昭和五十年三月十九日生まれ。高校二年のときアメリカに留学、自ら求めて人生の海に漕ぎ出す。    


0172 健やかにほっそりのびた娘の手とうに親より大きくなって
                                     
0173 カンナの花生き生きと色づいて朱、道の傍に一途に自立する

0174 薄曇りの朝空に巣立ちする確かな雛の羽ばたきをきく

0175 留学の旅に発つ子の地球は小さな住みかにすぎない笑顔


               長女ほたか、昭和四十七年二月二十三日生まれ、二十歳成人。


0176 少女は天動説を信じたまま嬉々としていま二十歳になれる

0177 振り袖にそっとふれる子の紅少しうすく一瞬の沈黙に春

0178 少女は変身してちちははの前に振り袖の蝶いま翔び立つ