はじめに
この歌集に収めた作品は、短歌を詠みはじめてから十年の間のもののすべてです。手を加え作り変えたものも多くあります。
初期の作品は第一章「夢がさめてから」に集約されています。第二章「悲しい在り方」以降は、熱心に短歌を詠み始めた作品群です。
私の短歌は穂祖谷秀雄さんとの出会い、棟の会に入ったところから始まり、定形ではなく、自由な形式の薪短歌でした。古典的な近代短歌の研究、現代短歌の学習も自己流ではありますが、少し勉強しました。定形によらない短歌は以外とむずかしいものがあり、散文にならずに、短歌的抒情を短い文体に取り入れることは、思った以上に難しいものがあります。短歌は定形詩であるという前提にたつのと、短詩であるという立場の違いは、解決されないままでしょう。自分が短歌形式で歌を詠んでいるという意識が、その両者の立場を含み持つのではないだろうか。。私の作歌の方法に影響を与えたとはっきり指摘できるのは、塚本邦雄、津島喜一、穂祖谷秀雄の文体と方法です。その影響は一読されれば分かると思います。
新短歌の形式についていろいろと思うことがありますが、津島喜一の形式はもっと研究されてよいと思います。また私の作品の多くは写生的であるよりは、写生を踏まえて虚構的に表現する方法を主に考えているのは、先の二人の表現方法を肯定するところにあり、また周辺の写実をモットーとするような短歌表現を面白いとは思わないことに原因があります。それでも写生的表現は真に難しく、まだ真に迫る写生表現の技術がないためかもしれませんし、生理的にむいていないのかもしれません。ただリアリズムという点にあっては、私の短歌はまぎれもなくリアリズムを指向していると言えます。また、私の短歌は虚構性に満ちていると受け止められれば満足です。また劇的な構成なり、そこに劇的な雰囲気が醸し出されれば未熟ながらも満足すべき作品と思うことができます。
私の作品は特徴的に政治、思想、現実の出来事にかかわっている歌が多い。それは意識的に社会詠でありたいと言う思いが強いからです。成功しているかどうかは疑問の向きもあるかもしれませんが、これが私の歌です。
また、発表形式も作品を一作づつ提示するのではなく、作品群として提示したのも、連作の場合もありますが、それらの作品群に何等かの意味を持たせたいと思ったからです。連作であっても歌として一つが成立していなければなりません。失敗していることの方が多いかもしれませんが、その作品群にストーリーをもたせるような試みを行っています。
不幸なことに短歌から離れ、「芸実と自由」からも遠のいてしまいました。今後のことはわかりませんが、今までの短歌をまとめておきたいという思いにかられまとめました。
歌集「色褪せた自画像」は一九九三年までを、96年までを歌集「遥かな空に」、さらにそれ以後を歌集「雑念の書」として2000年の夏までの作品を収めました。穂祖谷さんの追悼歌を最後にしたのは偶然ですが、一つの区切りになると思います。私の人生を書き記すための歌集でもあります。ただそれだけの歌集でもあるかもしれません。
短歌は面白く、自分の為に表現する文学であるとも思います。
2000年10月30日 所沢にて 軍司克己
第一章 夢がさめてから
夢がさめてから 89.4.12
短歌を本格的にはじめたのが平成になってからで、身辺雑記、世の不満と無常を書くためでもあった。父を亡くし、仕事の上でも転職に迷う時期でもあり、短歌的環境としては十分であった。自由律短歌に入ったのは偶然のことで、大田区の棟の会に入ったことがきっかけとなって穂曾谷秀雄さんに出会った。 先生と言うのは嫌いで、それに先生と呼べるほどいい生徒でもない。穂曾谷さんの偉さなど知りもしないで始めたのがこの短歌となった。
0001 もくれんのものも言わずに風にちる 路上へひとひら闇にまぎれて
0002 吹く風に春を知る、寂しさも常のことだと他人事にして
0003 身につらい氷雨木枯らしがされば和らぐ風に月をみて笑う
0004 春がきた、霞みのなかに世の中がぼんやりとして、老いもきた
0005 君一緒に行ってくれますね 行ける処まで そう 私の終りまで
0006 赤とんぼ夕日のどかに群れている 私もとんぼ極楽とんぼ
0007 ちっぽけな自分の心をとりだして宇宙のひろさに溶かしたい
0008 千年も生きてみたいと思うけど自然のあくびひとつにかなわない
0009 あの世とはとてもいい処に違いない 行った人誰一人かえらない
東欧変革 89.10.12
平成元年は大変革の起き始めた年であった。ハンガリー動乱ははるか昔、プラハの春は私が学生の時であった、ソ連の戦車がプラハの街を制圧する。朝日新聞の一面に載った報道写真が今でも忘れられず、共産主義を唱える国の真実を見た思いがした。東欧の革命はまさに奇跡のようであったが、また 歴史の必然でもあったと思う
0010 世紀末大きなページがめくられてその風が東欧に吹きつける
0011 空腹を満たすはずの赤い林檎ポスターで見ている人民と大衆
0012 ドナウの岸辺に幻の千年王国いま人民の屍を築いて栄える
0013 銃声響き民衆が立って舞台世紀末の幕があがる
0014 テレビの画像が世界をまわる独裁者倒せ古都ブカレスト
0015 世紀末アンシャンレジューム暴君の首はねられてメリークリスマス
0016 悪魔が築いた壁民衆が打ち砕く、物見よ物見よ朝は来るのか
時に寂しく 会社勤め 90.1.5
0017 唇が「何で俺が」と言いたげに会議の最中に乾いていく
0018 明かりだけの部屋に残ってパソコンの画面に呟く独り言
0019 心細い人に仕えている思い 黙って今日も会議を終える
0020 ごますりも他人を刺すのも仕込まれた 食うためにとは言いたくもない
0021 賢いと思えぬ人に仕えてる 机の上に鉛筆ころがす
0022 思いつきばかりの発言が波となり舵のない船が漂う
0023 胸のなかの雄叫び飲みこめば離れて影が密やかに歩き出す
0024 気難しさが私の顔を一日支配する 沈黙を従者として
0025 赤信号で歩道に立ち止まれば人生の修行が足らぬと叱られている
0026 一月のしょぼつく雨に身をさらす さっさと歩けと青信号
時に寂しく 通勤の朝
0027 東京に雪降り積もり通勤の波にはこばれてくる朝の倦怠
0028 物言わずじっと動かず朝からはぐれて通り過ぎてゆく時
0029 むき出しのコンクリートの床に私が埋没してゆく朝の重圧
0030 雪の中に沈んでいく朝があり 救い出す手立てがない
003 ものうげにタバコのけむりが漂い 倦怠の朝に漂う私もひとり
0032 机の下に落ちた白紙 君は暗号解読書を踏んでいないか
0033 窓の雨が午後を灰色にしてここは惑星ソラリスかもしれない
0034 クリップをまっすぐ伸ばして折りまげて声かける相手がいない
0035 コーヒーの紙コップ グシャっと潰す 力まかせにグシャっと潰す
0036 糠に釘、暖簾に腕押し、豆腐の角に 連想しながら言葉をつなぐ
0037 「川の流れに身をまかせ」ひばりさんが唄い私は流される