昭和初期 小樽の小学校 十四

昭和初期　小樽の小学校　　　十四
　
　こうきゅうなぬいものに使う白の絹糸を、川沿いの路地のおくのまた小さな坂道をのぼったところの三軒長屋のまんなかの三谷というおじいちゃんとおばぁちゃんの住む家まで買いに行く。この使いはぼくにとっていちばんええ使いやった。
　行く度にええにおいのする家でげんかんからすぐたたみ部屋のからかみにせんにんみたいなじいさんの絵があって優しそうなおばぁちゃんがカスリの着物姿で出てきて、おいでやす！まいどおおきに！と京都の言葉で言う。京都も大阪もことばはいっしょや。
　母は三谷さんは京のええとこのでじゃけん品がええろう！とほめる。
　えほんの桃太郎のおばあさんみたいなやさしい顔やった。　　
　いつもきれいな紙にラクガンとかすあまとかを包んでくれる。
　小樽にうっとらんぬれた甘納豆をくれたこともある。
　こんどは帰りに中村君ちへよった。
　もろうたスアマの桃色のを中村君にあげた。
　土間のかべに消防のおじさんがきるようなあついきものがさがっている。
　がっこうの図書室にあったアイヌのきものだった。
　…アツシ織りのきものだ！うずまき模様は悪魔がはいらないようにそでとか胸のへりとかすそにもししゅうがあるべさ！お父からおしえてもらったんだ！…
　きょうどとくほん教科書にはアイヌが熊に弓をうっているところの絵があった。いろりのはんたいがわの壁に短い刀が木のサヤにはいって下がっている。
　…あの刀で熊をやっつけるんか？…
　…んでねぇ！熊はドクの矢でうってころすんだ！刀はマキリだ！…
　マキリはアイヌのことばと言う。
　…こんどハリウスさ遊びに行くべ…
　…ハリウスってなんや？…
　…小樽からずっと東に一里でアサリ、そのさきがハリウスだ！…
　…けったいな名前やなハリとウスなんて…ハチとウスは本にある…
　…ハハハハ！ハリウスは村の名前だ！アイヌ語さ…たべものがたくさんある、というア　　イヌ語だ！…
　…ほっかいどうは皆アイヌ語やな…
　…むかしからアイヌがすんでいたべさ！アイヌの名前がのこっとるべ！…
　中村くんは胸はって答えた。