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女優奮闘記~東洋医学療法士への道

舞台女優が、東洋医学の鍼灸の専門学校に入学し、体験と考えたことを語る、不思議で東洋医学に満ちたサイトです。

嬉しいニュース・・・猿之助さんと息子

2011年09月27日 19時36分01秒 | 日本の伝統文化
猿之助さんの一人息子である香川照之さんが、
歌舞伎役者として来年デビューすることになった、というニュースを聞いて
びっくり!
嬉しかった。
香川さんのことばも真実味があってよかった。
今年の春から同居していて、
45年間封印してきた歌舞伎への思いを
ついに実現できる日が来たということだ。

「音尾さんの着物を着せてもらってます。
お母さんありがとう」

浜さん、りっぱです。
浜さんさすがです。

父への思いと歌舞伎への憧れは
秘めていただけに
とても切なるものを感じ取り
涙が出ました。

不思議な人生を歩かれたこのご家族に
幸あれと願います。

45歳の出発。
まだ若い。
ご子息が8歳。
この孫ちゃんは、
猿之助さんにお名前をいただけてよかったね。

71歳で、脳梗塞で身体がご不自由にもかかわらず
こうして今日マスコミの前に出てこられた猿之助さんに拍手を送りたい。
亀次郎さんもいるし、
玉三郎さんもきっと応援してくださるでしょうから
孫ちゃんをいい歌舞伎俳優に育ててくださいね。

市川中車の名前が復活。

亀次郎さんが4代目猿之助を継ぐことになったんだ。
よかったね。

人生の不思議を見た今日でした。

思い続けると
きっと
そうなる日がやってくるのですね。

今夜は、食事の後、かっちゃんと一緒に歩きました。
なかなか快適です。
これから彼について歩こうと思います。

みんなが認め合い
赦し合い、
幸せになりますように・・・

この美しい秋の一夜をありがとうございます。

あさっていよいよ模擬テストです。
今夜もうちょっと学びます。



晴天なり~いざ新潟へ

2011年03月04日 09時09分52秒 | 日本の伝統文化

晴れました。
うれしいな、と思っていたら、
8時過ぎに真谷先生から電話あり。
新潟は雪が降っていて、
市内は真っ白だという。
「こちらは慣れているんで大丈夫ですが、
みなさんは・・・」
と、うれしいお心使い。
そして、
「今朝になって急ですけど、
和の輪の宣伝物があれば・・・」
ありゃ~、
ありがたいおことば!
「会員さんが増えるといいなと思って・・・」
ほんと、ありがとうございます。
うちの宣伝のことは
全く考えていなかったので、
とりあえず、
目の前にある会報を20枚程度持っていくことにする。
NPOは寄付と会費で運営しているのだけれど、
長年応援していただいている方々には
ただただ感謝している。
遠く九州や、北海道の方いらして、
日本伝統文化を次の世に継承して行くことと
世界に日本文化を紹介し、交流して行くことは
人々の浄財があってのことなのだ。
会員のみなさまに対して
責任を常に感じている。
この世に、
消えてしまうが、
確かに作り上げた美しい瞬間を
残したいのだ。
玲子ちゃんという繊細な音をつくりだす魂の音楽家さんと、
のえちゃんというピュアな魂の歌い手さんと
神戸ちゃんの照明で(新型インフルエンザは治ったとのこと!よかった!)
滝ちゃんと小関さんという
伝統の世界どっぷりで、しかもわたしと気持ちのぴたっりくる舞台監督さんと
中島さんの音響で
うちの理事たちがわたしとこの舞台をサポートしてくれる。
特に篠田先生には記録でお世話になる。
乙部さんと古仲さんは制作で
荒武さんは衣装係で
総勢11名の座組み。
たのしいなぁ、うれしいなぁ。

さぁ、三味線抱えて
旅芸人になりましょう。
明日、新潟りゅうとぴあ、能楽堂です。
旅が無事で、
お客様がみな無事で、
舞台が静かなエネルギーの流れる、
こころに沁みとおるものとなりますように・・・
みんなが静かな感動を味わうことができますように・・・
義太夫様、
女神さま、
恵信尼さま
そして
親鸞さま
皆が無事で帰路につくことができますように・・・
岡崎の先生とよき出会いとなりますように・・・・

いってきま~す!


江戸しぐさ 

2011年02月16日 21時07分32秒 | 日本の伝統文化
今日は「江戸しぐさ」の講演会があった。
なかなか含蓄のある教えで、
知らない方も多かったので、
チャンスがあれば、
みなさんに紹介したいと思う。

船橋へ行き、
荷物を積み込む。
車に入ったのでほっとした。
明日は、1日家で休養しようと思う。
昨日、寝たおかげで、
風邪はなんとか抜けたようだ。
でも20日の本番があるので、
大事を取ろうと思う。
明日は、1日家にいて
午前中 三味線の稽古と、セリフの稽古。
午後は、臨床総論の勉強。
夜は早く寝ること。


訃報・・・・あぁ、中村富十郎さん!!!

2011年01月04日 17時39分10秒 | 日本の伝統文化

中村富十郎さんが亡くなった!!!
ショックショックショック!
まだ81才だった。
去年の11月の舞台を途中降板されていたらしい。
こちらは東洋医学の勉強と 和の輪の仕事と私生活に追われて
富十郎さんの
最後の舞台を見ることができなかった・・・・。
それにしても、
また名優が一人旅立たれた。
素晴らしい芸だった。
見事な声と踊り。
たくさんたくさんの舞台を見た。
富十郎さんを追っかけてみていた。
かなしい、かなしい。

今日から学校が始まった。
年末年始の疲れがでたのか、
今日はとても眠かった。
困ったものだ・・・・・
明日はしっかり授業を受けなくてはね。
先生に申し訳ない。

人はかならず死ぬから
遠い遠い目標を持って、
生きていくんだね。
富十郎さんの夢は、
たかのすけちゃんが20歳になった時
自分が90歳になるから、
その時富十郎を継がせる、と言っていた。
富十郎さん、あとたった9年だったのに・・・・
たかのすけちゃんを誰が育てるのだろう。
素晴らしい素質と礼儀正しさを持ったたかのすけちゃん。
踊りのセンスもよく、
吾妻徳穂さんの才能ももらっているかのような子だ。
立ち役も女方もできた富十郎さん。
お願いできるのは、現勘三郎さんにかいない・・・・
勘三郎さんが育ててくれたら・・・・
祈ります・・・





かちさび~古事記研究会

2011年01月03日 19時00分58秒 | 日本の伝統文化

かちさびは 自分の本文進むこと
天津罪とぞ 人のいうとも

古事記を2年間学び続けて
すこしずつ解ってきたことがある。
自分のことがわからないと
人のことも見えないし
本当のことはわからない、ということ。
年明けに
学んだ「かちさびは、
また自分を見つめ直すことばとなった。
今年も米津先生がお元気で99歳を迎えていただけたらと願う。

小松左京女シリーズ「湖畔の女」を朗読。
面白い物語になったと思うが・・・・・
萩原さんが蛇の神社物語の本を持ってきていたことも
不思議な偶然の一致だった。
おもしろい。
よきことを想い、
かちさびをみつけ、
己の道をあるけたらねぇ・・・・

さぁ、明日から学校が始まる。
今夜は早めに寝よう。

 

 


2010年12月4日茂山千之丞さん亡くなる

2010年12月05日 21時58分53秒 | 日本の伝統文化
今インターネットのニュースで
千之丞さんが亡くなったことを知った。
夕鶴の与ひょうの役を見たときには
その声のよさにひびれた。
舞台を見て何年かして、
幸運にも対談させていただいた。
それをきっかけに、狂言を習い始めた。
表参道の稽古場で
狂言を教えていただいた日の事を思い出す。
また、
息子のあきらさんには国際交流基金の仕事で
一緒にロシアに行ってもらった。
千之丞先生、
こころからご冥福をお祈りいたします。

わたしもいつか行く道。
体が動くうちは
しっかりと良い舞台を作りたい。


以下は、インターネットの記事  そのまま

大蔵流狂言師の重鎮で
伝統芸能の普及に努めた
二世茂山千之丞さん
(しげやま・せんのじょう、本名政次=まさつぐ)が
4日午後1時43分、
肝細胞がんのため京都市の病院で死去した。
87歳。京都市出身。
自宅は公表していない。
葬儀は近親者で行う。
喪主は狂言師の長男あきらさん。

千之丞さんは
十一世茂山千五郎の次男として生まれ、
3歳で初舞台、
1946年に二世千之丞を襲名した。
人間国宝の兄千作さん(90)
=十二世千五郎=と共に、
終戦直後から全国の学校を巡回して狂言の普及に努めた。
古典の復曲や新作上演も多数手がけたほか、
51年の「京都薪能」創立で
中心的な役割を果たすなど、
能楽界全体の振興にも貢献した。

長年鍛え上げた芸に
天性の美声と豊かな声量でファンを魅了。
東京の野村家と人気を二分する
京都茂山家の隆盛の基礎を築いた。
60~70年代には歌舞伎や新劇、
オペラの舞台にも立ち、
当時の能楽界を騒がせたことも。
中でも木下順二作「夕鶴」で山本安英のつうの相手役、
与ひょうの好演で知られる。
 
晩年は体の衰えが目立つなか、
声だけで上演する「素狂言」を考案するなど、
新たな表現に挑戦。
今年10月の茂山狂言会では
大曲「枕物狂(まくらものぐるい)」を再演した。
その後体調を崩し、同月中旬から入院していた。


ありがとう、歌舞伎座

2010年05月10日 06時36分35秒 | 日本の伝統文化
歌舞伎座が、2010年4月30日をもって、
終わり、建て替えすることになった。
3年後の2013年に新しい歌舞伎座となって
お目見えする。
歌舞伎座とのおつきあいは長かった。
歌舞伎の低迷期も知っている。
お客が薄い歌舞伎座で、さびしい空気を感じながら
ついうとうとと眠ってしまったことも何度もあった。
前進座創立50周年で
歌舞伎座の舞台に立てたのは、本当にラッキーだった。
毎日、毎日、開演前に、舞台へ行き、
花道を歩き、発声練習をした。
「俊寛」のときには、下手の上にある照明さんの部屋に行き
毎日照明室から「俊寛」を見た。
楽屋は冬香ちゃんとの長細い2人部屋だった。
座頭の翫右衛門(かんえもん)さんの助手をしていて
座頭の楽屋は、歌舞伎の大御所「中村歌右衛門」丈の部屋だったので
緊張した。
TVやら、取材やら、マスコミ関係、お客様が多く、
毎日毎日面白かった。
興奮の1カ月を今も覚えている。
歌舞伎座の幕見と、3階B席がわたしの定席だった。
毎月、昼の部と夜の部を1日で見た。
朝11時から夜9時までを歌舞伎座で過ごしたのだ。
ジョンと出会ったのも
天井桟敷の歌舞伎座だった。
その後、毎年ジョンは日本に来るが、
ジョンが1等席を招待してくれ、
ここ何年か、年に1回は1階で観劇した。
わたしのご贔屓は
先代勘三郎さん、
玉三郎さん、
富十郎さん、
現勘三郎さんは、脇役のころから見ていたが、ここまで成長するとは!すごい!

華のある、うまい役者さんが好きだ。
玉三郎さんと勘三郎さんがいる限り
歌舞伎は人を呼ぶだろうと思う。
玉三郎さんと勘三郎さんという
「天才歌舞伎俳優」が揃っている
今という時代、
ありがたいと思う。
ありがとう、歌舞伎座。
新しい歌舞伎座を楽しみに待っている。
わたしはそのころ、
何をしているだろうか。
3年後・・・・
学校を卒業し、国家資格もいただき、
日本の伝統文化と東洋医学に関わる仕事をしている、だろう。

志を持ち、しっかり学ぼう!

うけ日~古事記は語る

2010年01月04日 17時43分46秒 | 日本の伝統文化
古事記に「うけ日」という場面があった。
「うける」ということを考えてみたい。
私たちは、
毎日毎俊何かを受けて生きている。
お日様の光を
空気を
食べ物を
人間関係を
仕事を
眠りを
考えを
起きる出来事すべてを

うけそこない、
受けが下手な人は
せっかくの恩寵をうけていない、かも。
何が一番大事かということを
時々は考えたい。

うけているそのことを
感謝してみまいか。
受けたボールをその人に
受取っていただけるよう
丁寧に投げ返してみまいか。

うけ日は
一人ひとりに与えられた
「受け持ち」のことも教えてくださった。
その受け持ちを「美事」にやり上げて
見たいと思う。

すべての人に
与えられた「受け持ち」があるのだ。

今日から出張

2009年08月20日 07時07分47秒 | 日本の伝統文化
義太夫の稽古に三宮へ今から行く。
4か月ぶりの稽古。
しばらくお休みしようと思っていたが、
近松さんと岡本一抱さんに「稽古しいやぁ」と
いわれているように感じ、
行くことにした。
電車の中で「写真の女」の本を書こうとおもうが、
たぶん寝るだろうな・・・
電車に乗ると寝る、という条件反射が長年の旅生活の中で
できているもんな。
太極拳のDVDも持っていく。
ホテルでできたらと思う。
自分の気持ちがどう動くのかわからないので、
いつも荷物が多くなってしまう。
「あれ、ほしいな」と思った時に
そばにないといやなのだ。
この4日間で
読む本と、生理学と黒本2冊と、「写真の女」と、義太夫の本2冊と、太極拳を持っていく。全部やりあげるつもりでいる。
いつもそんな気持ちで生きている。

背中が2日前からざわざわと、電気が走っている。
風邪かなぁ…
なにかがきているのかなぁ・・・
もしくは
なにかの知らせかなぁ…
結果は23日にお知らせします。
では~23日に帰ります!


伝統とはつないでいくこと

2009年07月10日 06時05分39秒 | 日本の伝統文化
歌舞伎チャンネルで
歌舞伎を許可した元進駐軍のNO2の●●さんが(名前は?)
当時の話をしているのを見た。
マッカーサーが日本人に全く興味がなく、
(2年間一度の日本人について質問をしたことがなかった)
60歳と過ぎていたマッカーサーは、
自分のことしか考えていなかったこと、
進駐軍役人の中で
ただの一人も歌舞伎に興味を持っていなかったこと。
しかし、彼は言う。
「歌舞伎は、世界一美しい舞台芸術である」と。
歌舞伎が生きながらえたのは
彼がいたからだとわかった。
「伝統文化は、一度なくしたら終わりです。
つないでいくことこそ大事なのです。」
本当にそうだと思った。

新内の家元が言っていた。
「舞台がない~食べられない~プロが育たない~習う人がいない」
女義太夫にしてもまさにそうだ。
芸人で暮らしていける時代ではない。
素人さんに教える町のお師匠さんもいなくなっている。
かわりにカルチャーが盛んだが、
カルチャーでは伝統芸は育たない。
芸は、師匠と弟子のこころの交流なのだ。

かくいうわたしも、
三宮にお稽古に
行かなくなって4か月が過ぎた。
全く連絡していない・・・・
まずいなぁ・・・

















































































































































































































































































































































































































































へみはらい

2009年04月18日 23時21分28秒 | 日本の伝統文化
今日は、古事記研究会。「へみはらい」を学ぶ。
本当にそうだ。
先人たちの犠牲のもとにわたしたちは
こうして便利にまた豊かに生きていられる。
学ぶということは
真剣なことだ。
真剣に学ばなければ、と「へみはらい」を学びながら
考えた。
生理学の小テストを検討。
先生はとても親切な問題の出し方をしている。
プリントを順番にきっちり覚えていけばいいのだ。
木曜日のテストの範囲は、
血液。
今、わたしは「不得意を得意にする方法」を考えている。
解剖学は、
B5をA4に拡大して、ファイルを作った。
明日は午前中にスメットさんのことろへ行って、
お昼からバレーのレッスン。
午後は、三味線の稽古。
旅公演の荷物を作り、
夕方から3時間ほど、解剖学と生理学の勉強できたらいいな。
とにかく
毎日コツコツ覚えていこうとおもっている。