○笠形神社
兵庫県神埼郡市川町2025 拝観自由
笠形山の山麓にあり、1400年程前の孝徳天皇(596~654年)に
法道仙人が創建として伝えられている。
彫刻の作者は、久須善兵衛政精 中井丈五郎正忠 中井文吉(権次正貞)
本殿
中宮
写真 4月23日撮影
○笠形神社
兵庫県神埼郡市川町2025 拝観自由
笠形山の山麓にあり、1400年程前の孝徳天皇(596~654年)に
法道仙人が創建として伝えられている。
彫刻の作者は、久須善兵衛政精 中井丈五郎正忠 中井文吉(権次正貞)
本殿
中宮
写真 4月23日撮影
2017/11/ 3(金)
兵庫県養父市十二所724 拝観
文政8年(1825年)に建立。
本殿から更に山道を登ると、観音堂(大悲閣)があります。
豊臣秀吉の中国征伐の頃まで14の坊があったとされ、
現存する、本殿(客殿)も当時の坊であったと云われています。
ここにも兎の毛通しに鳳凰、
その下に屋根を支える桁材の上に獅子が歯を噛んでいる獅噛、
その下は玉を握るに龍の彫刻があります。
柱の側面には獅子と長い鼻と牙をもつ漠が彫刻され、
その他にも花を浮き彫りした彫刻もあります。
観音堂
獅子噛みと龍
刻印は「彫刻師 丹州柏原町住人 青龍軒中井権治 正貞」
木鼻に口を開けた獅子と漠
口を綴じた獅子と漠
2017/11/ 3(金)
○満福寺(まんぷくじ)(本殿)
兵庫県養父市十二所724 拝観自由
創建は伝承によると天平年間(901年~923年)。
今から1200年前に僧行基によって開かれたと伝えられる真言宗の名刹です。
幼くして父母を亡くした池田草庵が子供の頃に学んだお寺としても知られてる。
現在の本堂は、嘉永年間(1848年~1854年)に再建された。
彫刻の向背は何とも重厚で立派な作品がある。
作者は「中井権次の足跡」の資料によると中井権次正貞。
本殿
屋根のすぐ下には今にも飛び立ちそうな鳳凰、
向背の彫刻には躍動感のある龍、
その上にふくよかな天女が二人、 舞を舞っている。
鳳凰
天女と龍
定番としての木鼻には唐獅と象
2017/11/ 3(金)
○玉水神社(たまみずじんじゃ)
兵庫県養父市玉見宮ノ上38 拝観自由
創建不詳。
明治6年(1873年)10月村社に列せられる。
天滝の帰りに立ち寄った神社です。
当日は近所の方でしょうか赤ちゃんの健やかな
成長を祈るお宮参りがされていました。
境内には樹齢300年、高さ20~40mの
ムクノキ、エノキが立ち並びます。
彫刻は「中井権次の足跡」の資料によると権次一統の作品。
鳥居
社殿正面左側に大きなイチョウの木が立ちます。
幹回り5.5m、樹高40mのムクノキは県指定天然記念物に指定されています。
向杯の龍や木鼻の目にはなぜか白く塗られています。
2017/10/ 9(月)
○五社稲荷神社(ごしゃいなりじんじゃ)
兵庫県丹波市柏原町柏原4001-1 拝観自由
創建は不詳ですが同じ境内にある柏原八幡神社
が万寿元年(1024年)に勧請されている事で
同時期に伏見稲荷大社(京都府京都市伏見区)
の分霊が勧請されたと思われる・・・と。
現在の本殿は江戸時代中期に柏原藩主織田家に
より再建されたものです。
4代目中井言次君音の作品が本殿の向拝の屋根
下に鳳凰、木鼻に獅子と龍、欄間に龍、手狭に
植物、脇障子に龍、蟇股に神獣が見事に彫られています。
今日は「織田まつり・うまいもんフェスタ」が
開催されるので会場近くにあるこの神社を訪れました。
先ずは入口の鳥居からと・・言いたいのですが
撮るのをすっかり忘れていました。(-"-;)
木立に覆われた石段を上がると山門に。
平成24年に屋根が葺き替えと修復がされ美しい姿になりました。
社殿
鳳凰(朱雀)
二頭の龍
木鼻
蟇股
脇障子
下り龍と登り龍
脇障子の裏には「彫刻師 當所住 中井言次君音」の刻印があります。
2017/10/ 9(月)
○新井神社(にいじんじゃ)
兵庫県丹波市柏原町大新屋514-1 拝観自由
創建は大和時代の欽明朝(539年-571年)。
以前の社は、今より約500m奥の滝ケ谷に
祀られていたが天正7年(1579年)に明智光秀
の高見城攻めの時に焼失しその後、再建された
のが今に至る。
本殿は瓦葺き妻入り。
両側に6代目中井権次正貞作の一対の猿の木彫像があります。
鳥居
左に三本の巨大杉が立ちます。
本殿
屋根には鳥獣対策でしょうか糸が張ってあります。
向って左が雌、右が雄の猿が並びます。
撮影していると管理人と思われるおばさんが
来られ上がって撮って下さいと声をかけられ
撮らせてもらいました。
雌猿
雄猿
三猿、中井権次正貞の作品ではありませんが。
2017/10/ 1(日)
○伊尼神社(いちじんじゃ)
兵庫県丹波市氷上町新郷1747 拝観自由
創建は平安時代、延喜5年(905年)。
現在の社は、建保3年(1215年)、
江戸時代は一宮大明神と称し、昭和15年に
奴々伎神社から伊尼神社と称するようになった。
清住のコスモスを見た後、立ち寄った神社です。
既にお年寄り夫婦が参拝されており、
後からも数人が参拝されなど由緒ある神社と思われます。
龍の彫り物の作者は中井権次一統なのか。
刻印からは中井権次一統ではないようですが、
取りあえず記載しました。
鳥居
参道
拝殿
龍の彫り物
「中井権次の足跡」の資料によると
5代目中井丈五郎橘正忠の相方の久須善兵衛政精とあるが・・・
しかし、「姫路市外西青山 井上好郎之作」の刻印があり、資料とは異なり疑問が残ります。
境内社
2017/ 5/ 3(水)
○柏原八幡宮三重塔(かいばらはちまんぐうさんじゅうのとう)
兵庫県丹波市柏原町柏原3625 拝観自由
本殿裏側の高台に建つ朱塗りの美しい三重塔が目をひきます。
創建は室町時代、応仁2年(1469)。
本殿と同様に幾度の焼失を繰り返し、江戸時代後期文化12年(1815)に
中井権次が中心となって再建された塔です。
建築は中井一族の宮大工、彫物は正忠、正貞。
初層、尾垂木の竜頭彫刻
尾垂木の上、肩で軒を支える男
2017/ 5/ 3(水)
○柏原八幡宮(かいばらはちまんぐう)
兵庫県丹波市柏原町柏原3625 拝観自由
「丹波柏原の厄神さん」と呼ばれ厄除け大祭は
全国より多くの参拝者で賑わいます。
創建は平安時代の万寿元年(1024年)
明智光秀の丹波攻略の戦火により焼失し
天正13年(1585年)に再々建したのが現存する社殿。
観光案内所の前が駐車場となっておりその横が八幡宮の鳥居です。
長い延々と続く石畳を上がっていきます。
小高い山頂あがったところに鳥居とその奥に社殿が見えます。
社殿
刻銘より中井権次正貞の作品。
拝殿の戸が開いていたので撮影させていただきました。
拝殿の中の狛犬像も中井権次正貞。
2016/11/13(日)
○金剛院(こんごういん)
京都府舞鶴市字鹿原595 拝観300円、宝物殿500円
関西花の寺3番札所。
「丹後のもみじ寺」ともよばれ、もみじの植林は江戸時代より始まったとか。
境内一帯に広がるモミジは三十塔や本堂などを包み込むように美しく色づきます。
三島由紀夫の金閣寺にも登場。
平安時代初期の天長6年(829)人王第51代
平城天皇の第三皇子、高岳親王によって創建
されたと伝えられています。
室町時代に重要文化財の三重塔が再建されています。
長い急な石段を上がると小高い山の中腹に本堂が見えます。
本堂の木鼻には定番の唐獅子と象、
中央に龍とその上に二人の天女が舞を舞い、
唐破風には翼を広げた鳳凰が飛翔しています。
彫師は刻銘より6代目中井権次正貞。
山門
急な石段を上がると本堂に
本堂
雲山閣
鐘楼
三重塔