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山の恵み里の恵み

キノコ・山菜・野草・野菜の採取記録

人間機関車

2011-10-04 17:36:54 | 山の恵み

 沼は演説百姓よ よごれた服にボロカバン
 きょうは本所の公会堂 あすは京都の辻の寺
  (池田首相の浅沼委員長追悼演説より)

 「人間機関車」の異名をとった社会党委員長には言うまでもなく遠く及ばない。アチラは文字通り東奔西走、全国を股にかけて吼えまくったのに引き換え、コチトラはちょこまかと東の山西の山を這いまわるばかり。しかしチートモ成果が上がらなかった点だけは似ていなくもないなー。
 今日4日は昼過ぎから頼朝山。キノコの気配なし。でも徒労を笑っちゃあいけませんぞ。大事な人を迎えるには「三顧の礼」を尽くすべし、とは三国志も教えるところ。キノコ様を頂くのだって、最低3回は敬意を表してからじゃなくては。
 キノコは空振りでも、ちょっといいことがありました。ふもとの新諏訪バス停まで来たら、まさに戸隠からのバスが停留所を通過する寸前。駆け寄る、ドアが開く、飛び乗る---一瞬の無駄もない。素晴らしい!おかげで気分爽快。「手ぶら」の悲哀も吹っ飛びましたよ。こんなことは滅多にない。往きの時刻は調べて行くのに、何故か帰りの時刻は覚えられない。たいていは乗り損ねの繰り返しなのさ。

ジコボ記念日

2011-10-03 16:52:24 | 山の恵み

 「...この味がいいね」と君が言ったから
 七月六日は サラダ記念日 (俵万智)

 忘れもしない昨年10月1日。ところは戸隠諸沢(もろさわ)。時期こそ半月遅れだったけれど、いつものところに、いつものように、ジコボが群生していて、30本余り採れ、ホクホク顔で帰ってきたっけ。俵万智さんにならって、『ジコボ記念日』にしようかなー、なんて思ったりして...。
 今年の10月1日はあいにく土曜日。土日は避けようと決めていたけれど、「記念日」から3日も遅れるなんて、待ちきれない。
 2日(日)の朝は時雨模様、つまりジコボ日和。「パワースポット(何のこっちゃいな)詣での人々がたぶんまだ乗らないだろう時間帯、つまり朝一番(7時発)のバスで戸隠へ。諸沢のバス停からジコボの「畑」までは15分ほど。行って見ると、どうも雰囲気が昨年とはえらく違う。近くの田んぼの稲刈りはおおよそ終わっているのに、林はまだ真夏のまま、紅葉の気配さえ感じられない。夏草が猛然とあたり一面を蔽っている。
 こりゃー変だぞと思いつつも、「畑」の中を歩き回る。なーんも無し。ジコボどころか、キノコ類そのものがほとんど出ていない。あー、だめだこりゃ!それでも思い切り悪く2時間近くあちこち歩き回り、せっかく担いでいったビクがカラッポのまま、帰りのバスに乗る。でもまあ、こんなこたーしょっちゅうあるさ。たっぷり森林浴できただけでも嬉しいと思わなくっちゃ。

 帰り際になって雲が切れ、うっすらと雪化粧した戸隠連峰が姿を現す。「初冠雪だね」いっしょにバスを待っていたジーチャンと言葉をかわす。通りがかったバッチャンは「寒くなりそうだねえ」と顔をしかめる。
 実は前日(1日)も山に入ったのです。晴れわたった秋空を見ているうちに、どうにも辛抱しきれなくて、昼前の鬼無里線で小田切口の「カンコ山」へ。入ってすぐのところのアミタケ畑。小豆大のアミタケが点々と出ている。3日ほど早過ぎたか。中でも大粒のやつを10個(「本」じゃなく)ほど頂いて、急斜面を登る。なーんも無し。1時間ほどでスゴスゴ引き下がる。
 こんなアホな真似ができるのも、「バス賃100円」のおかげ。塚田前市長、鷲沢現市長、おふたかたには足を向けて寝れないなあ。もっともお住まいが何処にあるか知らないけど。
 

条件が揃ったぞ!

2011-10-01 13:50:01 | 山の恵み

 揃った、出揃った、条件が揃った!
 行こよ、行きましょ、キノコの山へ!

 丁半、駒が揃いました。さあ、張った張った!

 泣き笑いして我がピエロ、秋じゃ秋じゃと歌ふなり
 Oの形の口をして、秋じゃ秋じゃと歌ふなり (堀口大学)

 9/30(金)。霖雨。茂菅神社の大煙火が裾花渓谷を揺るがし(たはず、音が聞こえなかったので未確認)、ついにキノコ発生の3条件が揃いました。冷たい雨、冷たい風、そして震動。きっと、きっと、シメジやアミタケが一斉に頭を出しただろう(出して欲しい)。すぐに行くから待っててね。
 10/1。晴。普通なら朝一番のバスで山に向かうところだが、あいにく今日は土曜日、つまりフーテンの寅さんの所謂「労働者諸君」の日。こちとら「遊び人」は遠慮させていただきます。明日もやめとこ、休日ダイヤでバスの便も悪いし。
 その代わり、畑の始末を済ませてしまおう。珍しくナスがまだ残っているけど、今日で終わりにしよう。小さなものをいれれば、40個以上あるぞ。食べきれない分は辛子漬けにでもしようか。あとはトマトが数個、青いまま頑張っているけど、もう赤くはならない。放っておこう。残るは唐辛子とピーマンとネギだけ。ネギは霜がおりるまで待ち、ピーマンと唐辛子はまだ葉が青々としているから、これだけはもうしばらく様子見だな。霜に会えば唐辛子の葉も食べられ、酒のサカナになる。
 不思議な夏でした。トマトは雨にやられてダメだったけれど、ジャガイモもナスもニンジンもサツマイモもキューリもカボチャも大豊作。「異常気象」も悪くはないね。大地震と大津波で飢饉になると思い、戦後の「食糧難」の頃にならって、主に芋類とカボチャを備蓄しておいたけれど、幸い心配したほどの事態にはならず、良かった、良かった。
 畑は秋シフト。野沢菜・雪菜・大根・カブ・ホーレンソーの種蒔きと、白菜とキャベツの苗の植付けが終わりました。いずれもあの猛暑に恐れをなして、作業が周囲の畑より1週間遅れ。無事大きくなってくれることを祈るばかり。ニンジンは遂に時期を逸してしまい断念。
 残る作業は、サヤエンドウの種蒔きとタマネギの植え替え、そしてネギの収穫だけ。

ダイコンタケ

2011-09-30 16:05:24 | 山の恵み

 「もーいいかい」 「まーだだよ」 (山林問答)

 27日(火)。戸隠中社のヤブを覗きに行く。ひっそり静まりかえっている。キノコの気配なし。顔見知りのバスの運転手が、先日(戸隠)西岳の下でマイタケを採ったよ、と声をかけてくる。爽やかな感じの好青年、いつもながら格別自慢げな口調でもないので、妬ましさに身を焦がすってこともない。
 29日。シメジの名所『富士の塔』の中腹を探る。下のヤブでカンコ1本、上で2本。大収穫!と思うことにする。サブチャンこと「山の達人」が付いていてこれだけなんだから、ホントに「まーだだ」なんだろう。中社でざるそばを食べ、柏原(かしゃっぱら)方面にくだる。途中で知る人ぞ知る野菜直売所で大ぶりな大根を1本買い、「ダイコンタケが採れた」と喜ぶことにする。このダイコンタケ、キノコにあぶれた不心得者が、山の畑から失敬しては農家を嘆かせるときの常套句。もちろんコチトラ、そんな真似はしないけどね(これだけはホント)。
 数年前までは、裾花谷のキノコさんたち、9月半ばの新諏訪(しんずわ)神社の秋祭りのお神楽と煙火の音で目を覚ましたんだけれど、おととしあたりから、9月末の茂菅(もすげ)のお祭りまで待つらしい。キノコの「出」は確かに半月遅れになっている。あれもこれもヤッパ「地球温暖化」と言うか、「日本暑熱化」が進んでいるのかなあ。

キノコ見えず

2011-09-25 17:05:12 | 山の恵み

   キノコ見ゆとの報に接し...直ちに出動...
  本日天気晴朗なれども波高し (1905.5.27)

 「カンコがいっぱい出たそうですよ」。西山(戸隠・鬼無里・小田切)方面の山菜・キノコ情報が最も早く入ってくるところのひとつ、裏権堂(北権堂)のスナック『藤城(ふじしろ)』のママがそっと耳打ちしてくれたのがきのう(24日)の昼前。波はなかったが天気は晴朗。いつもなら「直ちに出動」するところが、あいにく午後は用事があって山に入れず。
 今朝8時10分、長野駅発鬼無里行き。裾花温泉で下車。頼朝山の裾を回りこんで、頂上まで歩く。キノコの気配ほとんど無し。夏の終わりに出るイクチ類もほとんど見えず。カンコさん達々、まだ標高の低いところまでは下りてきていないようだなあ。10:30、手ぶらのまま、横棚からバスで帰る。明日はもうチート奥、富士の塔の下あたりを攻めてみようかな。
 話は違いますが、例の「敵艦見ゆ...本日天気晴朗」の電文を書いたと言われている秋山真之参謀。ヒョンなところで再会(?)しました。『慶応三年生まれ七人の旋毛曲り』(新潮文庫)。漱石・外骨・熊楠・露伴・子規・紅葉・緑雨、7人の「つむじまがり」のうち、同じ松山出身の正岡子規と親交があったらしく、何回か登場しています。そう言えば秋山参謀、軍人には余り向いていなかったらしく、晩年は精神にちょっと異常をきたしたとかなんとか、『坂の上の雲』に書いてあったような気がしますが、確かではありません。

きのこの季節到来か

2011-09-20 10:43:16 | 山の恵み

 さあ、キノコの季節到来だぞ!(だといいんだけどね)。
 キノコ発現の三大要素、①お湿り、②冷えこみ、③震動(地震・強風・落雷など)のうち、①と②はきのう(19日)に揃い、数日中に台風さまの通過が見込まれるそうなので、③も揃いそう。いよいよですぞ!
 昨年は皆さまご記憶の通り、9月7日までは炎暑、9月11日を境に最高気温が下がり始め、最低気温も14日から20度を下回り始め、26日には10度を切りました。そしてキノコの大発生を初めて確認したのが10月1日。陽気が「キノコっぽく」なってから、実際に「出たぞ」となるまで、半月もかかりましたっけ。待ち遠しかったなあ。
 この秋は秋雨前線さまのご通過が、昨年より10日ほど遅れたので、キノコの「お目覚め」も遅れるかもね。それでも万が一ってこともある。お彼岸が過ぎたら、あちこちの「キノコ山」へご機嫌伺いに出かけようかな。おととい(18日)『富竹のきのこ達人(ご本人の強いご意向により「名人」から一段階格下げ)』から、西山の一角『富士の塔』あたりで、カンコ(ウラベニホテイシメジ)を数本見つけたとの一報をもらいましたが、これはまだ「はしり」のうち、『カンコ軍団』の斥候(物見)といったところか。
 伊那や塩田のマツタケ産地では、昨年に続いて今年も大豊作を予想しているとか。「キノコ予報」ほどアテにならないものはない。昨年は「大凶作」の予想が一転して「大豊作」になった経緯からして、キノコ村のご意向は推測至難。山に入ってみなきゃー分らない。ま、そこがキノコ採りの面白さなんだけどね。
 福島県では会津近辺を除いて「キノコ採取全面禁止」だとか。それを聞いて、どっと押し寄せる「キノコ狂い」がいるんじゃないかな。特に栃木のひとは、テレビに写っているチタケ(チチタケ)を見て、居ても立ってもいられない思いをしているんじゃないかな。現にコチトラだって、羽があったら今すぐにでも飛んで行きたい。科学的根拠の希薄な「暫定基準値」だか「規制値」なんか屁でもない、命よりキノコのほうが大事、ってなもんさ。
 もし仮に放射性物質を大量に含んでいると言うなら、それこそ「全面採取」して、まとめて焼却なり埋め立てなりし、危険成分を「全面除去」したほうが良いんじゃないかなあ。そうしたほうが「放射能クリナップ」になるのとちゃうか?

初山はコゴミとワサビ

2011-05-02 17:30:35 | 山の恵み

 山裾はヤマブキ、野原はタンポポ、田畑は菜の花、いずれも鮮やかな黄色。顔を上げれば山桜の白。木々は芽吹きどきで萌黄のベールがかかっているよう。そして景色全体はモンゴル沙漠からのお客(黄砂)で薄ぼんやりと霞がかかって、山はまさに春たけなわです。
 今年の初山は、例年通り小田切国見。ちーと早いとは思ったけれど、休日はバスが動かないので仕方がない。コゴミは3日ほど早め、ワサビ(葉柄)は5日ほど早め。しかし手ぶらで帰るのも癪なので、辛うじて食べられそうなのを僅かずつ頂戴して来ました。
 明日は都会からの客があるので、春の山の恵み・里の恵みでもてなすつもり。ウド・タラノメ(到来もの)・こごみ・わさび・のびろ・あさつき・こしあぶら(山の売店で購入)……天ぷらにしたり、ゴマ和えにしたり、酢味噌和えにしたり、鉄火味噌にしたり、おまけに知り合いが釣ってきてくれた岩魚まで付いて、これぞ豪華山家料理!ただしお客が喜んでくれるかどうかは未知数ですがね。
 何はともあれ、まずまずの滑り出し。嬉しいねえ。

まぼろしのキノコ

2010-10-19 14:30:26 | 山の恵み
 「きのことり きょうはどこまで 行ったやら」(加賀の千代夫)
 ホント、今年のきのこは凄い。きのこ村の活況はいまだ衰えを見せていません。数量もさることながら、極めて珍しいきのこも食べられたりして。
 中でも「まぼろしのキノコ」クロッカワ(地方名ウシビテ/ウシブテ、図鑑名クロカワ)なんか、生きているうちに再び口にできるかどうか。言うまでもなく、採ったのはヤツガレではありません。既述「きのこ名人」小林三郎さん。16日(土)善光寺の裏山で見つけ、かねてから「死ぬ前にもう一度食べたい」との願いを覚えていてくれて、2本採ったうちの貴重な1本を届けてくれました。早速晩酌のつまみに、焼いておろし醤油。もったいないので四半分に切り分け、ひと切れずつ息子とふたりで頂きました。残り半分は次の日にひとり占めにするつもりで隠してしまう。なんともサモシイねえ。
 クロッカワにありついたのはこれで四度目。最初は45年ほど前、下伊那は阿智村と飯田市山本境の丘陵地帯。忘れもしない夕暮れ近く。緩やかな斜面を下に向かって一直線に伸びている黒い帯。幅50センチ、長さ10メートルぐらいだったかなあ。最初は大蛇(おろち)かと思った。恐る恐る近寄ってみると、それがなんと、黒いきのこの大行列でした。表面はざらざらと黒い毛に蔽われ、裏は真っ白。なんとも不思議なきのこだったので、数本だけ採ってふもとに戻り、地元のひとに訊ねたら、なんと、下伊那ではマツタケより貴重とされるきのこだとかで、それからが大騒ぎ。噂を聞きつけておおぜいの人が集まるやら、残りのきのこを採りに山に戻るやら、炭火をおこすやら、酒を買いに走るやら、時ならぬ大宴会になったっけ。
 次は30年ほど前。「西山のきのこ名人」清水和夫さん(先年物故)にマツタケ山を案内していただいていたとき、松葉を踏んで歩いていたら、突然名人が「そこを動くな」と大声で怒鳴る。驚いてその場で立ちすくんでいると、名人が近づいてきて、「足元にクロッカワがあるぞ」と叫ぶ。厚く散り敷いた松葉を剥いでみると、あたり一面がクロカワのじゅうたんだったなあ。
 三度目は居酒屋『幸べえ』の近くの「きのこっ採り」。本業の理髪店は従業員まかせにして、秋になるとマツタケを求めて東北信一帯を駆け回る御仁。かねてからマツタケはいらないがクロッカワがあったら採ってきてくださいと頼んでおいたのを覚えていてくれて、一本だけあったからと『幸べえ』に届けてくれたっけ。懐かしいひとびと、初めはほろ苦く、肉厚の身を噛んでいるうちにやがて甘味が出てくる感じがこたえられないよ。
 クロカワは不思議なきのこで、縁先や土間に放っておいても、いつまでたっても腐らず、固くならず、焼けばすぐに元通りの柔らかさに戻る。コウタケによく似ています。そう言えば、今年はコウタケにもありつきましたよ。久しぶりに『幸べえ』の暖簾をくぐったら、コウタケがどーんと一抱えも置いてある。「お馴染みさん」のどなたかが持ってきてくれんだとか。ことしはよくせきキノコにツイテルなあ。
 今日は戸隠中社。バスの営業所から歩いて10分の窪地。あの木の根元にも、この木の根元にもぎっしりナラタケ(通称ホンナラタケ)がついている。1時間ほど採ると、ビクがいっぱい、大きなビニール袋がいっぱい。林の奥まで入るつもりが、入口で終わり。早々に引き上げてきました。はてさて、奥はどないなっていることやら。明日にもまた行ってみなくっちゃ。それにつけても、バス賃100円さまさまです。10倍のバス賃だったら、それほどホイホイと出かけるわけにはいきませんからねえ。
 (写真はナラタケです。クロカワではありません)

覆盆子

2010-02-22 07:52:04 | 山の恵み
 「つぐの日雨晴る。路々立てたる芭蕉塚に興を催して辿り行けば行くてはるかに山重なれり。野の狭うとがりて次第々々にはひる山路けはしく弱足にのぼる馬場嶺、さても苦しやと休む足もとに誰がうゑしか珊瑚なす覆盆子、旅人も取らねばやこぼるゝばかりなり。」(かけはしの記)
 「路傍覆盆子林を成す。赤き實は珠を連ねたらんやうなり。駄菓子賣る處だになき此山中造化の賜は腸にこたへてうましうましと獨りつぶやきぬ。」(はて知らずの記)
 どちらも正岡子規の紀行文からの抜粋。前者はは明治24(1891)年6月、松尾芭蕉の『更級紀行』の跡を慕って木曽路を旅している途中、奈良井宿でのこと。子規23歳。後者はその2年後の7月から8月にかけ、今度は『奥の細道』を辿って、1ヶ月にもおよぶ大旅行の終盤、大曲から黒澤尻(現在の北上市)へ向って歩いていたときのこと。
 ところで「覆盆子」ってなんだべ?フルーツ好きの子規のこと、木の実には違いない。しかしそもそもこの覆盆子、何と読むのか、どんな木の実なのか分からない。運悪く、最初に読んだ「明治紀行文集」にはルビが振ってなかった。昔の人の文章はフリガナが付いていないと困ることが多い。『子規全集』にでもあたれば分かるんだろうけれど、25巻もある全集、とてもじゃないがメンドクサイ。おまけに、市立図書館では、司書に頼んで、書庫から出してきてもらわなければならない。
 そこでインターネット。まずは「覆盆子」でヤフー検索。漢方の生薬として名高く、特に韓国での人気抜群らしい。ふくぼんし、和名くまいちご、洋名ラズベリー、韓国では何とかかんとか。健康食品やら薬めいた広告ばかりズラーッツ出てきて辟易。グーグルで「覆盆子 正岡子規」と入れてみる。ナ、ナ、ナント!原典の無修正版がネットに載っている。ルビはもちろん、旧かなも旧字体もそのまま。スゲーッ!
 明治の文人はフリガナをつけた原稿を出版社に渡したそうだから「覆盆子くさいちご」という読みも子規がみずから付けたものだろう。とにかく良い世の中になったものですなあ(「青空文庫」というところの労作らしいが、詳細は不明)。ほかにも「覆盆子を含む小説一覧」なんてものさえある。
 これなら、あちこちの図書館でウロチョロしなくて済む。ホントにホント、インターネットの時代になりましたなあ。のべつまくなし「世界お遊戯大会」中継を垂れ流しているマスコミなんかもう要らない。チンピラ政治家の顔や声ばかり出てくるニュースも要らない。テレビよさようなら(どーせここしばらく見ていない)、新聞よさようなら(どーせ長い間読んでいない)。ラジオだけは熊よけの鈴がわりに重宝してるけどね。
 情報はすべてインターネット、嬉しいような、そら恐ろしいような。