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山の恵み里の恵み

キノコ・山菜・野草・野菜の採取記録

苗代ぐみ

2010-02-05 16:18:46 | 里の恵み(保存版)

 正岡子規はかなりの果物好きだったらしい。明治24(1891)年初夏、24歳のとき、上野から信越線で篠ノ井(ただし横川~軽井沢は未開通だったので馬車)、そこからは芭蕉の『更級日記』のコースを逆に辿って木曽路を、徒歩と馬車と馬と舟で、犬山あたりまで旅した記録『かけはしの記』、およびその時食べたくだものの話『くだもの』。読んでいて驚いたのは、路傍になっている木の実、木いちご・桑の実・苗代ぐみを、手当たり次第に採っては食い千切っては食いしているさま。とても尋常じゃない食べっぷり。
 猿が馬場では「木いちごの一面に熟しているのを見つけた。これは意外なことで嬉しさもまた格別であった...ついに思う存分食ふた。喉は乾いているし、息は苦しいし、この際の旨さは口にいふこともできぬ」。
 木曾では「大きな桑の木があってそれには真黒な実がおびただしくなっておる。見逃すことはできない、余はそれを食ひ始めた...その旨さ加減は他に較べる者もないほどよい味である。余はそれを食いだしてから一瞬時も手を措かぬので、桑の老木が見えるところへは横路でも何でもかまわず入って行って貪られるだけ貪った。何升食ったか自分でもわからぬがとにかくそれがためにその日は六里ばかりしか歩けなかった...もとよりその日はひと粒の昼飯も食はなかったのである」。
 贄川では「一間半ばかりの苗代
茱茰なわしろぐみが累々としてなっておった...ハンケチに一杯ほど取りためた...」。
 さてここに出てくる木の実のうち、桑の実と木いちごは分かるが、苗代ぐみが分からない。赤くて果汁が豊富で初夏に熟すというと、ニワウメかタワラグミのどちらかじゃないかな。ネットで調べたらあっさり判明、こちらでタワラグミと呼んでいるものでした。地方によってさまざまな呼び名があるのは、ナラタケなどと同様、昔から全国的に親しまれてきたしるし。(註参照)
 子規は別に「異常に」木の実・草の実が好きだったわけじゃない(フツーよりちょっと多めな気がしないでもないけどね)。異常だと思う人こそ異常なのさ。このごろは田舎の子ども(大人も)でさえ、まわりにいっぱいある山の実・野の実なんか食べ物じゃない、「フルーツ」といえば八百屋の実、スーパーの実のことだと思い込んでいるらしい。これこそまさに「食の貧困」だねえ。ま、「ひとさま」のことをあれこれ言っても詮ないこと。年寄りは年寄りなりき、ホンモノを楽しむことにしましょう。

註:その後「タワラグミ」で検索したら、『peaの植物図鑑』というブログに、綺麗な写真付きで、別名『ナツグミ/ダイオウグミ/ビックリグミ』とありました。

 

 

下町のさくらんぼ

2008-06-09 17:43:07 | 里の恵み(保存版)
 我が家のサクランボ、実はサクランボモドキ。通称コウメ、図鑑名ニワウメ。大きさは1センチ足らず。真っ赤に熟すと、甘さほんのり、酸っぱさかなり。ホントのサクランボが高嶺(高値)の花なので、この実を食べて、サクランボを味わったつもり。5粒ぐらい一度に口に放り込めば、サクランボ1個食べた気にならないこともない。
 昭和20年代・30年代、いわゆる高度成長(諸悪の根源)が始まるまでは、果物なんて買って食べるものじゃなかった(買う金もなかった)。町中でも好きなだけ只で食べられた。みんな優雅に暮らしていたから、たいていの家は庭に1本や2本、なんらかの果樹を植えていた。だから、町内をひとまわりすれば、垣根越しに手を伸ばして、いろいろな果物が食べられた。戦後数年間の食糧難時代、最高のごちそうだったなあ。
 初夏にはスグリ、コウメ、タワラグミ、クワグミ、ハタンキョウ、アンズ、モモ、バライチゴ、キイチゴ、イチジク。秋口になると、ナシ、リンゴ、ブドウ、ザクロ、クリ、クルミ、カキ。今にして思えば、皆さん鷹揚だったなあ。悪ガキどもが庭木に「たかって」も、追い払うなんてしなかった。たぶん、どの家にも同じように子供がいて、「お互いさま」だったのだろう。それが何故か、40年代に入ると、人気(じんき)がとげとげしくなって、庭はブロック塀で囲い、果樹園は有刺鉄線を張り巡らすようになっちゃった。「楽園喪失」ってわけ。
 皮肉なことに、「囲い込み」が始まったころから、食糧事情が良くなり、また子供たちも大きくなって、庭の果物なんかには目もくれなくなっちゃった。家々の果樹もだんだんと姿を消し、気がついてみると、庭木も無くなり、花壇に変っていた。そうなるとまた、昔が懐かしくなり、スグリの強烈な酸っぱさやハタンキョウの甘さが恋しい。長野市内を歩き回ると、ポツポツ残っていて、一度『下町の果樹分布図』を作ろうかな、なんて思ったりしたこともあったっけ。
 今や再び食糧難時代。下町の果樹の復権も近いかもね。我が家でも、あれこれ昔の木の実を庭に植え直し始めました。